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二度目の記憶の目覚め

 私がある日見た夢。それは()()()ではない姿を、教えてくれるものだった。


 私は、ブラック企業に勤めていた普通の会社員だった。始発の電車に乗り、最終電車で帰る毎日。休日は、家にこもって体を休めるだけの日々。


 だけど、そんな私にも楽しみが一つあった。通勤の電車の中と昼休み、休日にだけ出来るスマホゲームだ。『聖女と五人のイケメン薔薇騎士団』という異世界ハーレム恋愛体験ゲームだが、社畜の私にとっての唯一の至福の時間だった――そう、あの日までは。


 ゲームを始めてからの最初の攻略対象。その彼である黄薔薇騎士団長との、エンディングまであと少し。座りっぱなしで疲れた足取りで、いつもの最終電車に乗ろうとして急ぎ足でホームを進んでいた。すると、フラフラと歩いてきた酔っ払いに盛大な勢いでぶつかられて、私は悲鳴と共にホームに落ちた。そうして、ちょうどホームに入ってきた電車に轢かれてしまった――と、思う。


 ホームから落ちた途端、固い鉄のぶつかる甲高い音と衝撃で、私の意識はそこまでで途切れていたからだ。



 そうして再び目が覚めると、何故か私は幼児になっていた。しかも周りにいるのは、ドレスやメイド服を着ている宮殿の様な豪華な場所。日本でない事は、確かだ。まさか、最近本や、漫画で見る異世界転生? かと真っ先に思った。

 ここはどこなのか、私は誰なのか。それが気になって事情を聞こうかとしたが、幼児の私は勿論話せない。話せるまで、とにかく皆の会話を聞いて状況を理解しようとした。自分が暮らす、この不思議な世界の事を。


 まず、幼児用のベッドで寝ころんでいた私の名を呼ぶメイドの言葉に、とても驚いた。


「ヴェンデルガルト様、今日は天気が良いので庭に参りましょう」


 と、『あのゲーム』の主人公の名前で呼ばれた事だ。『イケメン薔薇騎士団』のヒロインの名前は、基本的に主人公の名前は好きに変えられるのだけど、基本のままだとボイス付きで呼ばれるので主人公の名前は変えずにいた。美しいイラストと素敵な声で、私は会社の激務から癒されていたのだ。


 そうして成長していくうちに、私はゲームの主人公として生まれ変わっている事を受け入れた。『ヴェンデルガルト・クリスタ・ブリュンヒルト・ケーニヒスペルガー』、それが私の今の名前。上に兄が二人、姉が二人、下に弟と妹がいる七人兄弟だ。バッハシュタイン第三王女、いずれ嫁ぐ身――って、もう十三歳になるのにイケメン騎士五人出てこない! たまたま国の名前と私の名前が一緒だったのか。と、ひどく落ち込んだのを覚えている。私のお世話係で仲のいいメイドのビルギットに慰められて、それでもここで生きて行こうと思った。


 しかしこのままだと、私はすでに愛妾が何人もいる侯爵の嫁になる。父から、「成人になる十六歳になれば婚礼の準備をしよう」と、聞かされたが――そんなのはごめんだと、幸いゲームと同じ治癒魔力を持っていた私は『治癒魔法』を極めて、修道院へ入る気でいた。

 前世? の私も、彼氏もいなく寂しい人生だったのだから修道院くらいどうにでもなる。


 十六歳になるまで、後二年ほどになる十四歳を迎える年。父である王と宰相や臣下達が、深刻そうに何事かを話しているのを見てしまった。王国の騎士たちに囚われているのは、平民の服を着て泣きじゃくっている私と同じくらいの赤毛の可愛い女の子だった。

 何かの罪を働いたのかと思って見守っていたが、どうも違うらしい。「まさか、百年目が今年だったとは」と、臣下の誰かが呟いた。「古龍に捧げられて、聖なる(heilige)乙女(Jungfrau)になれるんだ。光栄に思いなさい」と言う宰相のその言葉に、私は急いで書庫へ向かった。小さい頃に聞いた事がある――古龍の花嫁伝承だ。


 書物で確認すると、古龍との契約には『百年ごとに美しい乙女を古龍に捧げる』と約束した――書物には、間違いなくそう書かれていた。

 確か今年は、一六〇〇年。節目を兼ねた建国祝いの祭典の準備も行われている。


 許せない、と私はドレスの裾を握り締めた。国に税を納める民衆がいるお陰で、王国が成り立つのだ。それなのに、王家――王国を護る為に一人の女の子が犠牲になるなんて。前世でも社会の不条理さを感じていた私には、それがどうしても許せなかった。


 一度突然死んで、今生きているのはおまけみたいなものだ。それに、もしかしたら本当にあの好色な侯爵に嫁がされるかもしれない――私は、自分が古龍の花嫁になる決心をした。

 食われても構わない。イケメン騎士たちにも会えず――なによりも、あの赤毛の少女を助けられるなら。私でも、誰かの役に立てるなら、怖くはなかった。



 そうして、私を迎えに来た古龍の優しい瞳を、私は忘れない。


『待っていたよ――ああ、君を待っていた。私は、コンスタンティンだ』

 古龍は、確かにそう名乗った。それから私とビルギットを優しく背に乗せて、彼の家に向かった。食べられる訳ない。こんなに優しい瞳の持ち主が、そんな事をする訳がない。



 それから、たった二年。私と古龍、泣いて「姫様と一緒に行きます」と付いて来てくれたビルギットの、三人での優しい穏やかな二年の生活を過ごした。


「ヴェンデルガルト、今は少しお別れになるけれど――必ず、また君を探すから。今は私の我儘を許して欲しい」


 ある日コンスタンティンは苦しそうにそう告げて、私とビルギットに魔法をかけた。それから、私はまた意識を失っていた。



「目覚められました? ――ヴェンデルガルト王女」



 何故か懐かしい、ビルギットの声だ。いつも聞いていたはずなのに、どうしてこんなに懐かしいの?


 ――私は、瞳をゆっくり開いた。

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