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疑惑

 ヴェンデルガルトを襲った男は、そのまま地下の隠された部屋へと連れていかれた。拷問や折檻(せっかん)が行われる、城の上の煌びやかな世界とは違う裏の世界だ。


 『アネモーネ』と呼ばれる城の一部の者しか知らない組織が、ここを管理している。彼らには『情け』という感情がない。この部屋に送られた者の口を割らせる事、または処罰する事にのみ無慈悲にどんな手を使っても任務遂行する集団だ。白塗りのマスクをかぶり、全身黒のスーツにマント姿。地上では滅多に見る事が無い姿だった。




 赤薔薇騎士団の服を着ていたが、この男について赤薔薇騎士団の誰もが知らなかった。その為、身元と誰の指示によって犯行を行おうとしたのか、早くに吐かす為ここに送られた。対象がヴェンデルガルトだけでなく、果ては皇国全てに対して謀反を起こそうとしているのなら、早急に潰さなければならない。地下への入り口でアネモーネの番人に男を引き渡すと、赤薔薇騎士団は不気味さに圧倒され足早に城内へと戻った。




「何も吐かずに、死亡しただと!?」


 ジークハルトは、ドンと机を殴って報告者に怒鳴った。男が地下牢に運ばれてから、半日も経っていない。怒鳴られた赤薔薇騎士は、深々と頭を下げた。


「申し訳ございません。どうやら、口の中に毒物を仕込んでいたようで――アネモーネが拷問を行う前に、血を吐き死にました」


「――何か、身元が分かるものは持っていなかったのか?」


 この騎士に怒っても仕方ないとジークハルトは気付き、深々と溜息を零してからそう尋ねた。


「何も――所持品もなく、身体に特徴的なものもなく……ただ、『お嬢様の為、殺さなければ』と申していました」




「お嬢様の為?」




「はい。今医者が調べていますが――毒物は、ジギタリスの花ではないかと」


「ジキタリス……」


 ジキタリスは、毒性の強い花だ。ヴェンデルガルトと自分が部屋に入る前――皇帝が謁見室に入る前くらいに口にしたのだとしたら、毒が効く頃と時間が合う。




「あの……噂程度、なのですが……」


 部下が、言い難そうに言葉を濁す。


「何だ? 何か、心当たりがあるのか?」


 ジークハルトが促すと、部下はジークハルトの執務室に彼と自分しかいない事を改めて確認してから、ようやく口を開いた。


「ラムブレヒト公爵家に温室があるのはご存知ですよね?」


「フロレンツィアの? ああ――確か、あったような気もするな」


 ここで突然自分の婚約者の名前が出た事に、ジークハルトは怪訝そうな顔になる。


「あの温室に、ジキタリスが沢山栽培されているのです」


「何だと?」


 彼女に興味がなく、公爵家に招かれても食事をしてさっさと帰っていた。屋敷の構造や何があるかなど、ジークハルトは知らない。




「またこれも噂ですが――ラムブレヒト公爵家では気に入らない人物に、薄く薄く薄めたジキタリスをお茶に混ぜて送り、お腹を壊させたり不調を与えるような事をしている……と」




「何故黙っていた!?」




 ジークハルトは大きな声を上げて、立ち上がった。そんな黒い噂を持つ家の者と婚約している自分は、その行為を容認しているようなものだ。


「あくまでも噂です!」


 そう言われて、冷静になろうと頭を抱えて椅子に腰を落とした。


「もしラムブレヒト公爵家が関わっているとなると、大事(おおごと)だ。先ずは調査だ――イザークを呼んでくれ。この事は、騎士団全員に緘口(かんこう)令を敷くように。それと、あの男の人相書きをしてくれ」


「了解いたしました」






「ヴェーが襲われそうになったって聞いたけど、ジークハルトは何してたの?」


 部屋に入るなり、イザークは不機嫌そうにジークハルトに詰め寄った。警備の甘さで文句を言われるのは仕方がないと、ジークハルトは素直に「すまない」とイザークを宥めた。


「この男について調べてくれ。ラムブレヒト公爵家に関わりがあるかもしれない。俺が動けば、相手に知られる」


「ジークハルトの婚約者が関係している訳? こいつ、どこにいるの? 僕が口を割らせるよ」


 人相書きの紙をイザークに渡すと、彼は覚えるようにその紙をじっと見てジークハルトに訊ねた。


「いや、もう死んだ。口を割る前に、自害したらしい」


「――本当に、何してたの? 死なせたら意味ないじゃないか」


「俺はヴェンデルガルト嬢の傍にいたから、後で報告を聞いたんだ。すまない、お前しか今は頼れない――頼む」


 今回の事で、ジークハルトはすっかり気を落としている。ジークハルトを嫌っている訳ではないイザークは大げさにため息を零すと、「分かったよ」と部屋を出て行った。




 そこでジークハルトはヴェンデルガルトに謝るのを忘れていた事に気が付き、コートを羽織ると部屋を出た。



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