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ガヌレットの姫

 運び込まれてきた少女たちに、ヴェンデルガルトは治癒魔法をかけた。か細い息の少女たちには、特に祈りを込めて治癒魔法をかけた。


 少女たちは、クラーラの時と同じだ。疲労が強く、眠ったままだった。その間に、湯浴みもさせた。やせ細った彼女たちの身体を見て、メイドたちはあまりの悲惨さに目に涙を滲ませている者もいた。

 温かなベッドに眠らせると、メイドたちは何時彼女たちが起きてもいい様に食事の仕込みも始めた。クラーラは一緒の牢にいたラングヤール子爵家のローザを見つけると、彼女のベッドに潜り込んでずっと手を握っていた。


 欠伸をするテオの白い毛を撫でながら、ヴェンデルガルトは少女たちが運ばれてきた時の甘く重い香りを思い出していた。あの匂いも、彼女達を苦しめていた成分が含まれていたのかもしれない――その香りが、時折ジークハルトからもしていた。もしかすると、フロレンツィアからの移り香かもしれなかった。そうすると彼女も、あの薬を使っているのだろうか? それはとても、恐ろしい事だった。


 今夜は、三日月だ。


 テオが、小さく唸った。威嚇と言うよりも、怯えが含まれた唸り声だ。ヴェンデルガルトは、テオの視線を追った。そこには――自分を拒絶した、かつてコンスタンティンだったラファエルの姿があった。屋敷の庭の木の陰に、立っていた。テオは、魔獣だ。もしかすると、龍の絡んだ気配に怯えたのかもしれない。ヴェンデルガルトが戸惑っていると、彼女のお茶を用意しようとしていたビルギットが気付いた。

「ヴェンデルガルト様、私が話してきます」

 もう一度、話したい思いがあった。しかし、また拒絶の言葉を聞かされると思うと怖かった。ヴェンデルガルトは、ビルギットの言葉に頷いた。


 二階からヴェンデルガルトは、その姿を見ていた。やがてビルギットが庭に現れて彼へと向かう。そうすると、二人は何かを話し出した。こちらを見ないラファエルに、ヴェンデルガルトは、カーテンを閉めて見ないようにした。


「ヴェンデルガルト様に何かお伝えする事がありますか?」

 そうビルギットが声をかけると、ラファエルは「君でもいいんだ」とビルギットに向き直った。

「もう、毒の心配はなさそうだね。私は、レーヴェニヒ王国に戻るよ。その前に、今君たちの国が大変だと知り手助けをしようとしたんだ」

 ラファエルは、本当にコンスタンティンの記憶がないようだ。記憶があるなら、「ビルギットでもいい」なんて言うはずがなかった。

「探しているものは、意外な所にある。そうして、意外な仕掛けがあるんだよ。それは、見れば分かる。それを探せば、証拠が手に入る」

「皇国に対して謀反を起こそうとするものの――証拠、ですね?」

 ビルギットの言葉に、ラファエルは頷いた。そうして、小瓶を胸元のポケットから取り出した。

「これは、ノッケルガーを煎じた薬だよ。身体に害はないが、心を悲しく蝕む記憶を薄めてくれる――ヴェンデルガルトに渡してくれないか?」

 ノッケルガーは、東の薬草だと教えてくれた。コンスタンティンの記憶を曖昧なものにして、ヴェンデルガルトに新しい道を歩いて欲しいというラファエルの気持ちだった。

「お渡ししますが、飲むか飲まないかはヴェンデルガルト様にお任せします」

 そう言って、ビルギットは彼から小瓶を受け取った。その小瓶からは、爽やかな香りがした。

「龍の番と言うのは、生まれ変わっても同じなのでしょうか?」

「さあ……どうだろう。龍と人間の番は、コンスタンティンとヴェンデルガルトが初めてだと思う。記憶がない私は、彼女を番とは思えない。それに、今の私には婚約者がいる」

 残酷過ぎる、とビルギットはヴェンデルガルトを想い胸を痛めた。二百年寝ていただけだ――ただ、国が滅ぼされる事件に巻き込まれなかった。そのお陰で、ヴェンデルガルトは処刑されなかった。

「東の国は――君たちに似合わない。とても不幸な国だから、巻き込みたくない」

「不幸な国?」

 レーヴェニヒ王国は、バルシュミーデ皇国に次ぐ大きな国だ。西の植民地などを考えると、不幸な国だとは思えない。

「何故かは言えない。君たちは知らない方がいい。ただ――コンスタンティンの罪滅ぼしの為、君たちが困ったときには私が助けに来よう。それで罪がなくなるとは思わないが」

 そうなると、この小瓶の薬をヴェンデルガルトは飲んだ方がいい気がした。彼に会うたびに、辛い思いをしてしまう。


 風が大きく吹いて、ラファエルの髪が風に舞った。

「もう秋が来て、長い冬が来る――どうか元気でいて欲しい、ガヌレットの姫とビルギット」

 ビルギットは、その言葉を聞いて驚いた顔になった。しかし、そこにはもうラファエルの姿はなかった。


 ガヌレットの姫――二百年前に、ガヌレットがお茶菓子になる度に喜んだヴェンデルガルトに、コンスタンティンが付けたヴェンデルガルトのあだ名だった。


 ビルギットは、二階を見上げた。ヴェンデルガルトのいる部屋はカーテンで隠されていた。そうしてビルギットは、小瓶を握り締めてヴェンデルガルトの元に戻った。


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