謀反の疑い
「泊っていけ」と言うフロレンツィアを振り切り、もう少しで零時になる時刻にジークハルトは城に戻ってきた。マントはあの少女を包んだので、少し風は冷たく感じる。フーゲンベルク大陸の冬は長く冷たく、夏は短い。大雪の時期もあるので、北に位置するバルシュミーデ皇国の冬は厳しいのだ。
城の中に入ると、ジークハルトはギルベルトを探す前に、医務室に白薔薇騎士が立っている事に気が付いてそちらに向かった。
「お疲れ様です、ジークハルト様!」
白薔薇騎士が敬礼をすると、それに敬礼を返してギルベルトの所在を聞いた。
「今、執務室でエルマー副団長とお話をされています。中の方は、ヴェンデルガルト様のメイドのカリーナが看ています。当分起きそうにないくらい、お疲れの様です」
その報告に頷いて、ジークハルトはギルベルトの執務室に向かった。
「お疲れ様です、ジークハルト。彼女はヴェンデルに治療して貰い、無事ですよ」
ノックして中に入ると、ギルベルトとエルマーは頭を下げた。
「急いでいたので、何も言わず預けてしまい申し訳なかった。フロレンツィアの別宅の、庭に地下室らしいものがあった。他にもいると彼女は言っていた。しかしフロレンツィアの目を盗んで助けるには、彼女一人が限界だった」
「それが最善だったでしょう。その場でフロレンツィアにバレてしまえば、もしかしてジークハルトに何かあったかもしれません。本人が気を失っているのでまだ話は聞けていませんが、何らかの薬草漬けにされて娼婦のような事をされていたようですね」
気の毒そうに、ギルベルトは顔を曇らせた。エルマーも顔色が良くない。それに、ジークハルトは気が付いたようだ。
「エルマー、お前はあの少女を知っているのか?」
「はい。私の兄の娘の知り合いでした。カンナビヒ子爵家の令嬢です。今、子爵邸に使者を送っています」
「行方不明だったのか?」
ジークハルトの問いに、エルマーは力なく首を振る。
「いえ、ここ最近令嬢や子息の行方不明者は報告がありません――他にもいる、と彼女は言ったのですね?」
ジークハルトは頷いた。彼女の手枷には、折れていたのか鎖がなかった。そのお陰で、地下牢の中で出入り口になるあの金網に来れたのだろう。その時に自分が居たのは、奇跡に近い。
「もしかすると――考えたくありませんが、他のご令嬢たちも誘拐されているかもしれません。ラムブレヒト公爵や取り巻きの事を考えると、大々的に聞いて回れません」
「薬と――貴族の娼婦か。それが、ラムブレヒト公爵の資金源だな。それに一度手を出すと、脅されて金を援助したり協力しなければならないのだろう」
こうなると、誰がラムブレヒト卿を支持しているか分からなくなってくる。このままでは、兵を募っていつ反逆の狼煙を上げるか分からない。知らない間に、蜘蛛の糸の様に謀反の準備が進んでいる。
「兵も集まっているよ」
そこに、新しい声が加わった。イザークだ。彼は、ラムブレヒト卿の愛人の紹介でお茶会に誘われていた。イザークが行く事は出来ないので、彼に似た青薔薇騎士が代わりに行っていたらしい。
「お茶会は、ヒューン伯爵邸で行われていたよ――まあ、別宅だったけどね。僕の部下以外に、五人程同じ年頃の青年がいた。未開拓の土地を開拓するため原住民と戦う騎士団を作る、という話だったよ。参加すると、伯爵くらいの爵位が貰えたり領地が貰えるって事らしい。そんな馬鹿な話、ある訳ないのに」
「契約書にサインさせられたのか?」
「どうも、出されたお茶に思考能力を鈍くさせる成分のものが出されたみたいだよ。飲んだふりをしていたけど周りの様子を見て、『気分が悪いから後日サインに来る』と言って逃げて来た。僕の部下って賢いよね。微かに見た書類には、『いかなる相手でもラムブレヒト公爵の命に従う事』って書いてあったらしいよ」
「やはり、反逆の準備をしていると思って間違いないですね」
「しかし、フロレンツィアの庭は季節外れの花ばかりで、枯れそうだった。あれは何なんだ?」
「それは、多分花屋の愛人の温室を借りて違う植物を育てる為に、仕方なく出された花だよ。温室で、キョウチクトウとマッサを育てているみたい。二百年前に、西がやっていた金儲けをそのままお手本にしている」
「そうか、それで教養のある令嬢を攫ったのか! なんて汚い……!」
エルマーが、拳を握り締めた。
「彼女がカンナビヒ子爵の令嬢で間違いないかを確認してから、地下牢の事や……答えたくないだろうが客は誰だったのかを、聞かなければならない。あの少女の精神は大丈夫だろうか? まだ、若い少女だ」
「はい……出来れば、ヴェンデルガルト様に傍にいて欲しいです。男ばかりでは不安でしょうから」
エルマーの言葉には、悲しみが詰まっていた。
「分かった、頼んでみよう」
ジークハルトがそう言うと、ギルベルトもイザークも頷いた。




