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水脈の戦士

初めまして青海夜海です。

 

『スキル』――それは己のみに与えられる固有能力。神の恩恵や血統の受け継ぎ、器の昇華によって顕在する己の新たな可能性。それは人によりけりだが、最大三つまで発現し、能力は発動のきっかけとなった出来事や過去、想いに直結する。

『魔法』――もまた同じだ。魔法は己のみの特性であり、唯一無二の可能性。『スキル』と違うのは外部への具現化である。


 今、リリヤの漆黒の魔法が迸り大地を抉る。まるで大蛇のように闇が噛みつくのを音もなく気配を消して駆け出したその者はスキルを持ってして回避し、リリヤの背後を捕った。

 繰り出される斬撃を長年の経験という戦闘の勘のみによって跳躍して回避。紡がれた魔法の名の下に水流の龍が音のない咆哮を上げてリリヤに迫った。


「はっ」


 闇を纏わせた一閃。斬撃が龍を蹴散らした。着地したリリヤは目の前の少女を見つめる。

 水辺の草原と呼ばれるアーテル王国北側の静かな水のしたる草原。森林とは違うが所々に樹々は聳え、洞穴や高台、小さな池や大きな湖、優流の川や風が美し気に流離う草原が世界そのものの幸せを形作るかのように存在していた。

 太陽が薄い雲に遮られ影が訪れる。リリヤと彼女しかいない草原は静謐に清かった。


 ミラーダ・テルミスと名乗った少女とどうして戦っているのか。それはとても簡単なこと。振り返るほどの意味もない間奏だ。



 滞在二日目の今日、ここ水辺の草原にはポーションを成合するために必要な薬草が満ちており、規定範囲内で持ち帰り他国で売ろうというゼアの金儲け作戦にリリヤが駆り出されたのが顛末。

 そういうわけで薬草を調達しながら浪々と歩いていると、開けた水のしたる草原に出て、大きな岩に腰を置いていた一人の少女と出会った。


「うん?初めまして。私はミラーダ。君の名前は?」


 それが彼女ミラーダとの挨拶。

 そこから淡々と

「リリヤ。こんな所で何してるんだ?」

「スキルの特訓かな。あっよかったら私の特訓を手伝ってくれない?」

「…………」

「もちろんタダじゃないないよ。えーと、リリヤは薬草集め?」

「そうだけど……」

「じゃあ、薬草集めるの手伝ってあげる」

「いいのか?結構ノルマまであるけど……」

「うん。大丈夫。君を詮索するつもりもないから」

 と、そんなこんなの会話から今の状況へと繋がったのだ。


 間一髪で躱されたことに不満げでう~と唸るミラーダは次に、魔法で浮かべた水を自分の周りで操って感覚を確認する。


「いけると思ったんだけど……もしかしてリリヤってめちゃくちゃ強い?」

「いや、気配を消して背後からの攻撃は危なかったよ。一秒でも遅れてたら脚は切られてただろうし」

「でも、それを今できないと意味ないよ。はぁー私に英傑だとか次のギルドリーダーってみんな期待するけど、やっぱり【正義】とか【色彩】とかといい勝負できる気がしないや」


 そう剣を振るって動作を確認と同時に操る魔力操作を繰り返して身体に刻ませる彼女は、ギルド【黎明の理(アウロラ)】に所属する【水脈】の二つ名を誇りとした英傑――ミラーダ・テルミスその人。

 ヒューマンに属する彼女の瞳は水のような青い透明を宿し、優雅に流れる髪は白に近い水色。身体に巻き付くかのように色香ももたらす。腰に佩く剣は業物のようで水脈の絵柄が施されている。けれど、白すぎる細い肩はどこか場違いで、けれど認めてしまう。彼女のためだけの剣なのだと。リリヤにとっての〈蒼月の剣〉と同じ。

 ミラーダの噂は兼ねがね旅人のリリヤの耳にも届いていた。

 ヒューマン《劣等種》の身でありながら人魚(マーメイド)のように水を掌握し、魚戦士(アクアマン)のように水中戦闘はお手の物。水脈の申し子とも呼ばれる神童であり、海脈の国リヴァル共和国精鋭のギルド【アウロラ】の次期リーダーと名高い期待された英雄候補。

 その英雄候補は目の前で次のステップへと努力を重ねている。


「神童じゃないのか?」

「あーあれね。小さいときにスキルと魔法を取得したのが前代未聞だったらしくて、ちょっと私に過保護というか愛情が深い従姉が鼻高に尾ひれ背びれをつけて言いふらしたの。そこからは私は神童扱いってわけ。ほんといい迷惑だね。姉さんのせいでどれだけ陰で努力したか……」


 もう同情の余地すらない理不尽ぶりに「お疲れ」とだけ言っておく。変に同情や共感の類をしても彼女を傷つけるだけの上辺であろう。その虚飾や虚勢を必要にしていないように思えるのでそれ以外は特に言わない。ミラーダも「ありがとう」とへにゃっと笑う。


「うーん!初めて誰かに話せた」

「それは荷が重い」

「大丈夫。誰も信じないし、明後日からの国立祭が終わったらリヴァルに帰るし」

「じゃあ何しにここにいるの?まさか観光?」

「違うよ違う。海皇様の補佐官……えーと外務省とか言う役職のお偉い人の護衛。国賓として出席するんだって」

 どうでもよさそうに話すミラーダは今も剣とスキルの繋がりを調整しているが、その重要任務を放り出してこんな辺鄙な所で訓練していていいのか不安に思ってくる。

 別にミラーダが怒られようが罰を与えられようがどうでもいいが、こちらがミラーダを唆した悪者扱いされるのは御免だ。そういった罪を擦り付けられる経験は山のように存在し案外にトラウマになりそうなまでに嫌である。

 けれど、ミラーダは気にする素振りひとつ見せずに「もう一度お願い」と剣を構えるので、リリヤも倣う。

 リリヤは仮面の奥から彼女をみとめ、同じく剣を構えた。


「じゃあ行くよ!」


 沈黙は一瞬。呼吸を同じに誤差なく二人は駆け出した。

 そして振り下ろすミラーダの斬撃と円弧を描いて振り上げるリリヤの斬撃が波紋のように音色を打ち奏でた。


「さすがだね!」

「はっ!」


 続いての二撃三撃が地面を揺るがし、木々を爆ぜさせる。飛び退いたミラーダは疾走する。それは普通の走りとは違った。

 水辺のここでは水を弾く音が絶え間なく鳴り響く。けれど、ミラーダのそれはまるで水の上を走るかのように、水たちは身動き一つしない。故に英傑としての過不足ない迅速と己の【スキル】によって気配、姿身、音をリリヤに与えない。これが【水脈】の二つ名を賜う彼女の由来だ。

 けれど、それは些細。リリヤにとっては混乱するほどではない。

 ある時には地面と同化する戦士、ある時には炎に身を包む炎士。何千の戦いがミラーダのスキルを見極めた。

 音はなくとも波紋は微かな揺れとなり、脚裏をくすぐるように通り過ぎた。背後からの斬撃。風すら遅れる水脈のような流れる流美な一撃は、リリヤがしゃがんだことによって空を斬る。


「うそ⁉」


 不意な行動に瞠目を禁じ得ない。彼女も幾度の戦いでこのスキル――【水脈(ミオ)】によって完封紛いの試合を幾度としてきた。そこにとある魔法を用いることで前半はセルラーナと同格で戦えるほどには異質なスキルだった。


 (魔法を使わないで【ミオ】に全神経を注ぎ込んだんだけど⁉それを初手にして読んだの⁉私の攻撃をまた避けた⁉)


 ミラーダを見上げる紺青の瞳はまるで笑っているよう。


「残念だね」


 低い体勢から左腰に佩く蒼剣を螺旋を描くよう、それこそ流れる水のように優雅に走る。


「あぁっ……⁉」


 凄まじい斬撃による波動が衝撃を加える。そのまま着地も出来ずに水沼へ転がったミラーダは胸を抑え苦痛の表情でリリヤを見上げた。見事に体内への衝撃が臓器を揺るがし、激痛が走る。その体内を抑えたいがままに、ただのかすり傷程度の胸を抑えても意味はない。


「……なんで、さっきは勘って言ってたのに、どうしてわかったの?」

「簡単だよ。確かに水の上を走られるのは脅威だ。でも、音はなくても確かな振動は伝わってくる」

「まさかその振動だけで私の動きを読んっていうの?凄すぎ⁉」

「違う違う。その振動と、もう一つはやっぱり気配かな」

「気配?」


 気配はちゃんと消しているつもりなんだけど、と不服なミラーダにリリヤは頷く。


「いくら優れた英傑でも勇者でも気配を常に消しておくのは困難。それこそ暗殺者なんかが得意で、そこら辺の魔物相手じゃ話しにはならない。音を消し気配を隔離してもどこかで君の姿を見えてくる。だから、全神経を気配と振動だけに集中して最初の一撃に絞った」

「で、でも!どこでその案を見つけたの?」


 全くの疑問。こちらとてスキルも魔法も教えていない。困惑と深読みするミラーダにリリヤは真実を言う。


「――君は仮にも英傑だ。その情報を一概の戦士が知らないと思うか?」


 その物言いに今度こそ自らに呆れて苦笑いした。


「つまり、私のスキルを予め知っていて、その上でその作戦に乗り出したってことか~」

「そう。一回目は予想なんかをつけたくて普通に戦って、初撃以外はどうにも上手くいかない気がしたからね。神童を否定したのが頷ける」

「うぅ~皮肉だ⁉」


 その堂々とした立ち振る舞いにミラーダは面白そうに笑みをつくった。相手を把握したうえで不可能ではないと絶対の信頼を自らに、ミラーダの不可視を躱し反撃して見せた。彼の術にまんまと嵌ったなと、息を吐く。


「あーあ。やっぱり私もまだまだってことだね」


 引いてきた痛みに抗いながら立ち上がる。自分より十セルチ以上高いリリヤと視線を合わせて手を差し伸べた。

 ミラーダを見てリリヤは眼を見開く。その驚きはミラーダにもはっきりと伝わり可笑しくて笑った。


「なんでそんなに驚いてるのよ。友好の証って奴だよ」

「友好ってそれ……っん⁉」


 そう笑う彼女から何かを目にして驚き視線を逸らしたリリヤ。それが照れているようで可愛いな、なんて思って悪戯心が湧く。


「何照れてるの!友達いないの?」

「い、いや……そうじゃなくて……えーその……」


 ちらちらとミラーダを見る仮面のリリヤに訝しく首を傾げる。そして、リリヤは小さな声で恥ずかしそうに、だけどどこか淡々に言葉にした。


「…………服」

「へっ?」


 何事と思いながら自分の姿を見ると、言葉を失った。

 そう、リリヤによって切られた服の胸もとから、女性らしく瑞々しい綺麗な白い胸と水色の下着が見事に覗いていた。

 胸に付けられた傷は一日で綺麗に治るようなもの。けれど羞恥によって顔全体が赤く染まっていく。


「なっなななななな⁉きゃぁあああぁぁぁぁ——————っっ‼」


 ばっと両腕で胸元を隠ししゃがみ込んだミラーダは、震える身体と真っ赤な顔で泣きそうにリリヤを罵る。


「変態⁉バカ⁉スケベ⁉これが狙いだったの!」

「誤解だ⁉」

「うっ嘘よ!わ、わわわわわたしの身体を見るために……うっ、酷いっ!」

「だから、服を破いたのは悪かったけど、悪意や下心があったとかじゃなくて……!」


 そう宣えどもミラーダは見られたことに怒りと羞恥を覚えているだけで、リリヤの行動など些かどうでもいい。震えながらミラーダは後退るリリヤに叫んだ。


「エッチぃいいいいいいいいい——っ‼」

「誤解だぁあああああっ!」


 ミラーダの叫びに咄嗟にその場を離れて木影に隠れる。直ぐに自分の外套を脱いでほり投げた。


「ほんとに悪い。薬草採取はいいから、それで許して」

「~~っっ!…………」


 沈黙の中で外套に袖を通すと絹が擦れる音が混じる。何か早く言ってくれないかと思春期な男然なリリヤの態度に赤を真っ赤にしたミラーダはついついおかしく思えてしまう。

 神童と敬われる自分を人間として対等に女として見てくれることを嬉しく思った。ミラーダも元は普通の女の子なのだ。しばらくの沈黙を仕方がないなーと息を吐いて立ち上がる。


「今回はだけだからね」

「それは、許してくれるってこと?」

「うん。ほんとは責任を取ってもらいたいんだけど」


 生娘の世間知らずのお嬢様のような傾いた発言に変な冷汗をかくリリヤの様子をふふっ口元を抑えて微笑んだミラーダ。


「二つくらい簡単なお願いを聞いてくれる?」


 責任を取るではないことに安心したリリヤは「なに?」と訊ねる。

 ミラーダは人差し指を伸ばした。


「一つはこのことは二人だけの秘密。誰にも言ったらダメだからね。あっあと私のことは名前で呼んで」

「別にそれくらい全然いいけど……」

 とは言え、復讐者のリリヤにとって親しい関係性を持つことは躊躇われる。己の存在を相手が知ってしまった時、リリヤの信頼や関係は忌憚によって罵倒で終わるのが常。いずれ別れる旅違い。だから『名前』は事実呼びたくはない。けれど、お願いを叶えると言った手前引き下がることはできない。渋々承諾したリリヤにありがとうと言う。


「その二つでいいの?」

「ううん。小さいことだから纏めて一つだよ」


 ……ちょっと理解できなかったけど、どこか真剣な眼差しに反論することは躊躇われた。

 透明な水の瞳。清く涼しく綺麗な眼。ミラーダに身体ごと向き直すリリヤに告げる。


「――私を忘れないで」

「――――」

「今日の日を、出逢った関係性を殺さないで。私を君の中で生きさせて」


 まるで異質。まるで懇願。まるで託し。リリヤは痛そうに眉を顰め、譲る気のないミラーダの相貌にため息を吐いた。


「…………薬草集める。ミラーダも手伝って」


 その一言に満面の笑みで頷いたミラーダはリリヤの横に並んだ。

 これはほんの気紛れ。些細なイレギュラー。彼女があまりにも似ていたから、そう言い訳する他なかった。


次の更新は明日の15時ごろになるかと思います。


妖精と狼の一幕です。


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