聖獣
背後から切りかかってくる魔族を悉く躱し、無駄のない即技でカウンターを打ち込む。内臓をひっくり返されて魔石が砕けた魔族は唾液を吐いて灰になって風に飛ばされていく。
「こんなもんだろ」
有り様を背に疲れたと木の幹に凭れる。リリヤと一時的に別れてからもう何十匹の魔族を葬り灰と魔族や魔物特有の赤黒い血糊だらけの森林地帯。
ここ森林地帯で隠れも逃げもしないゼアは格好の獲物。しかし、またしても何度めかの挟撃を揚々と回し蹴りで迎撃し、神足をもって懐に潜り込み腹に拳を一つ。超打撃に不快な粉砕音を残して吹き飛んでいく。
攻撃直ぐの隙を本能的に狙った爪撃だが、左足を軸に独楽のように回転して浮き上げた右膝と右肘で手の甲を挟んで止める。魔族の痛哭など姦しく挟んだ脚を突き上げる。ノックバックさせ態勢を崩した瞬間、左手に煌めいたナイフの一閃によって魔族の存在は消えた。
「消えろ」
その光景を木々たちは慄いた。静寂が訪れて、ゼアの土草を踏む韻だけが鮮明。
ゼアは種族——『聖獣』。
神の使いとして下界に連れられてきた精霊の類。それゆえに人よりも高い身体能力や潜在能力、五感、六感を優する。索敵能力は狼人を超越し、直感は猫人族を遥かに凌ぐ。
その『聖獣』の中でも狼族であるのも強さの証。
狼は龍に劣るとも、けれど食物連鎖の最高域付近へと君臨する狩人。人間であれども手こずるような存在の血を引いている。それに加えての『聖獣』だ。魔族など敵ではないのは自明の理。
そして、ゼアの唯一の『スキル』――【狼血の咆哮】。全身体能力及び全神経の補正強化。血統者との共鳴感覚。本能解放。
【カマラ】によって英傑よりも高みへと押し上げる。露店で買った仮面で素顔を隠しながらの戦闘力は恐れ入るもの。常に人間を超越するゼアは全滅した皆もろともを横目に、振り下ろされた声に冷静に振り返った。
「見事だな。さすがは『聖獣』なだけあるってもんだ」
目が見開いたのは一瞬、無表情のゼアは銀の瞳を眇めた。
「貴様は誰だ?」
黒赤の髪に吊り上がった眼、理知的な相貌は齢二十後半だろう。鍛え上げられた身体でありながら、その手にも身体のどこにも武器がない。魔法使いだろうか。それとも格闘士だろうか。訝しぶゼアを前に髪を搔き揚げた。
「オレはグランダルナ。『竜印の覇者』の一人だ」
『竜印の覇者』とは、『竜種』を主に相手とるアーテル王国の精鋭中の精鋭部隊。
この世界の食物連鎖の頂きに君臨する『龍』の魔物化した亜種。知能も自己もない破壊兵器同然の怪物。そのドラゴンを駆逐するのが『竜印の覇者』だ。
アーテル王国特有の組織であり、その実秘密結社とも言える。つまり、表には出ないような任務も任されたりする。
「まあ『冥王ヴェルテア』がいなくなっちまったからな、今は暴走を起こしかねない魔物たちの処理と魔族対策ばっかりだ。ここいらのダンジョンの管理が行き届かねーの」
聞いてもいないことをペラペラと話すグランダルナ。誘惑か牽制か、それともおちょくりか。煩わしそうにため息を吐くゼアは問う。
「何が言いたい」
冷酷な凍える声音。英傑でさえも身体を震わしかねない。けれど、グランダルナは愉快に笑った。
「いやなに。お前さんには必要な情報なんじゃないかと」
「何が」
「例えば――悪魔の居場所とか」
「⁉」
ゼアの眉を痙攣させるその言葉。その変化を逃すような奴ではない。それはゼアも理解している。こうも的確に心を揺さぶり目的までの当てられたのだ。入念な下調べと観察のなせるもの。故にゼアは一瞬で理解した。
「俺たちをつけてたのは貴様らか?」
「いいや違う。いや違わないな。どこの国でも噂になってるんだよ。『白狼』と『死神』が魔族の現れるその地に必ずいると、な」
「…………」
「ま、【死神】については何年も前から噂があったが、【白狼】はここ二年ってとこだ。……まーそれはいいとして。で、そいつらを『竜印の覇者』たちが尾行して掴めた情報が〝悪魔の居場所を探している〟だ」
勝ち誇ったかのように笑うグランダルナにゼアは疑心する。
(国の中まで追尾してた奴らじゃないのか?なら、恐らくこいつらは外での監視だろ。だったら口封じされた奴はなんだ?……わかんねーけど、こいつには言い逃れはできないか……)
ゼアとリリヤは旅の際に尾行されていることが多々あった。
例えば盗賊や怨敵、暗殺者や国の調査団など。その数は多岐に渡りあまつさえゼアを愛した女性ストーカーだった日もあり、ゼアに愛を語り尽くす女性と狼狽えるゼアはなかなかに傑作であったもの。まあ誰であろうと彼らの実力であれば振り撒くなど造作もない。
しかし、『竜印の覇者』はギルドの英傑たちと遜色ないほどの強者。本気を出せばリリヤたちと互角に殺り合える。ならば、情報を抑えられるのも必然的といえる。どこかで油断して零した。それが堪らなくゼアは怒りを覚える。
「情報はそれだけか?」
「ああ。これ以上は何も。拾えた会話がこの程度さ」
仮面の奥で見極めるように細めるゼアの瞳からグランダルナは逸らさない。
赤黒の瞳は雄弁に語っている。真実であると。疑いは拭えない、けれど、それだけの情報であったのが幸いだ。
だから、ゼアは少しだけ警戒を緩めた。
「話を聞いてくれるってことでいいのか?」
「さっさと要件を言え。わざわざ俺たちと接触するためにこんな辺鄙までついてきたんだろうが」
「ご名答。もう一人の子は他の奴が当たっているはずだぜ。お前さんがオレを無視してもその子がどう答えるか。ドキドキするか?」
面白そうに笑うグランダルナだが、彼の予想に反してゼアは馬鹿馬鹿しいと嗤った。
「あいつは俺よりも信念が固くてな。あいつの邪魔をするなら、そいつの命はない。あいつの道は誰も邪魔できない」
それは信頼よりも悍ましい何かだ。歪で不確かで、けれど理解の果てで尊重の極み。
ゼアの瞳が言外にこう語る。
――友を邪魔する奴は俺が殺す。
震えた。ドラゴンの大群にようやく余裕を持てるようになってきたグランダルナでさえ、仮面に隠された銀の眼の前には緊張に包み込まれた。喉に鋭利な刃が当てられ、死の鎌が魂を脅かす。そう想像してしまほどにゼアの威勢は殺意と同じ。
気づけば大量の汗が額から流れ、塩の味が唇を潤した。爪の跡が残るほどに手を握っており、呼吸が荒いことに気付いては酸素を求めて喉が鳴る。
「あは、ははは……。まさかここまでとはな」
乾いた笑みを零すグランダルナは理解したとばかりに戦意を消した。勝てないと悟ったか、諦観へ移ったのか、それともそれ以上の意味があるのか。ゼアの予想では三択目だ。
決してゼア以上とは言い難いが、ドラゴンを相手するほどの力をもっている男だ。本気を出せばどうなるかなどやって見なければわからないが。
故にそれ以上の理由があると考えるのが自然。ゼアは聡いがグランダルナも同じ。もう意味のない言葉などいらない。息を吐いたグランダルナは腰に手を置いた。
「仮面さんよ。オレたちの仲間にならないか?」
想いの寄らないことに驚愕を禁じ得ない。初めて驚いた顔を見せたゼアは思考する。
「『竜印の覇者』のか?」
「ああ。別にそれじゃなくても騎士団とか魔族対抗部隊に所属しないか?」
「……俺たちの力を見込んでか」
「それもある。けど、それ以上にお前らは悪魔を探している。なら、俺たちと協力して活動したほうが情報は集まりやすい。他の国とも連携している分、こっちのほうが効率もあって得策だ。それにお前らのような力ある者を野放しにしているなんて勿体ないとのことだぜ。そこはオレも同感だがな」
特に【正義】や【色彩】なんかもな、と笑うグランダルナの言葉に違和感を覚える。
「勿体ない?誰がそんなことを?」
「あー……王様の右腕様だっけな。なんか昔にお前らを見たことがあるとかないとか……。まあそれはどうでもいいだろ。後で問いつけるなりしてくれ」
知らないとばかりの手を振るグランダルナとは別に、ゼアの思考はその右腕様とやらに移行した。右腕ということは王の直近か宰相あたりだろう。
確かにリリヤと出会った頃にこの地にやってきたことはあったが、その時出会った人だろうか。その時も力の片鱗など見せていないはずだ。けれど、曖昧な記憶は答えを導いてはくれない。
(もしかして、見られていた?いやそんなはずはない。あの時は厳重警戒が出ていたし、あそこにいたのは俺とリリヤだけだった。なら違うどこか?……わからねー。問い質す必要がありそうか……)
何とか完結して問題提起と解消法を模索したゼアは顔を上げる。
「それでどうする?待遇はいいもんだと思ってくれ」
その言葉が一番ゼアの心を揺らすが、それ以上にやるべきことがある。それは何人たりとも揺らぐことは永遠に有り得ない。吐き捨てるように宣言した。
「――残念だがお断りだ」
絶対の意。真理であり抗弁にもならない摂理にも似た宣言。グランダルナは意味がわからないとばかりに頭を横に振る。
「いやいや。よく考えろ。悪魔の居場所を全国がお前に情報を提示するんだぞ!それに国家栄誉や功名なんかももらえんだぞ!一躍英雄になれるチャンスを自ら手放すってのかよっ!」
「そんなものをどうでもいい。俺たちは求めていないから貴様にやる」
「やるとかそういう問題じゃねーんだけどな……。一生遊んで暮らせるような大金も貰えるし、食事や部屋だって貴族が使うような豪奢だぜ。これを本当に見逃していいのかよ!」
「…………そんなもの、興味はない……」
「めっちゃ間があったけど……」
「黙れ!これだけは変わらない。俺たちの目的の邪魔をするな。貴様の提案は破棄する」
金に目がないゼアが金を無視して断ったのだ。もうこれはグランダルナの方に傾くことはない。ちなみに、ゼアが金に目がないという情報は取得済みだ。ゼアの情報はそれなりの揃っているのにも関わらず、『死神』の情報は一つしかない。
故にゼアへの交渉が肝だった。『死神』の方は恐ろしすぎるからだ。真面に相手をすれば殺されても仕方がない。しかし、それも無益と終わり落胆のため息を吐く。
「一千万フランだぜ?これでもダメか?」
「ダメだ」
「なら五千万でどうだ?」
「…………金で俺を釣ろうとするな!飛び掛かりそうになるだろ!」
「なら……」
「あァ!何度も言うがその答えは変わらねー!用が済んだならさっさと失せろ。それともここで戦うか?」
面倒くさそうに煩わしそうに髪をぐしゃぐしゃにするゼアの問いにグランダルナはぶんぶんと頭と手を横に振った。
「遠慮遠慮。オレの仕事はおーわり。まあ王様や団長さんが悲しむだけで、オレには何の損得もねーし、ここらで退散させてもらうぜ」
「どうでもいいことをべらべらと……ならさっさと消えろ。時間を取らせるな」
「はいはい。気が向いたら声をかけてくれ。ギルド管理部の例のおちびちゃんにでも話しを通してくれよな」
そう言い残してグランダルナは去っていった。
息を吐いて消えた彼の提案を今一度思い出す。
確かにメリットが山ほどありデメリットが少ないいい案件だ。悪魔の情報をいち早く手に入れることができ、この手で撃つことが出来るであろう。
けれど、それでは遅い。もっと早く、誰にも邪魔されず己だけで仕留めなければ意味がない。リリヤに関してはそうだ。
ゼアも妹を奪われたこの憎しみ、【狼血の咆哮】で血統者との共鳴感覚によって、妹がまだ生きていることは薄っすらとわかっている。なら後は見つけ出して助けるだけだ。
この国に留まり停滞するなど遅すぎる。人生は一秒でも変わるのだから。
浮かび上がる遥かな情想に舌打ちをする。
「あのチビに話すなんてこれ以上にねーよ。その時点でお前の負けだ」
ゼアは疲れたと息を吐いて魔族の気配がないことを確認してのち、来た道を引き返す。




