旅人
審判の祠と名のついたダンジョンへの道中、平野や森を徘徊する野生の魔物を瞬殺。魔物は刃を振り上げた時には魔物の首は断たれ、咆哮を鳴らす前に心臓たる魔石が貫かれていた。リリヤの正確無比な剣技は凄まじいの一言。ゼアも負けずと突貫してくる猪型の魔物を真向から蹴り飛ばす。まるで石ころのように飛んで行った魔物の姿は見えなくなった。
「なーまだつかねーのか?」
「もうそろそろ見えてくると思うけど……」
以前一度だけ訪れたことがあるリリヤはその当時の記憶を勘に木々は綻ぶ雑草の少ない森を歩く。大して魔物が強いわけではないが、どうしてかいつも以上に数が多くリリヤは訝しむ。
「ここらへんには何もなかったよな?」
「うん?この一週間、きっとり調べたろ。異常が見当たらねーって言ってたろ」
「そうなんだけど……嫌な予感がする」
それは長年旅を続けてきたリリヤの経験の勘。ある調査でここら一帯は確認したつもりだけど、それでも不安は拭えないと警戒を強める。リリヤに倣ってゼアもめんどくさがりながら慎重になる。
刹那、火炎がリリヤたちの地を焼き払った。瞬発的に飛び退いたリリヤは身体を捻って砲撃の主に目を向ける。ゼアも瞬時に短剣を腰から抜いて投擲。それは悲しく火炎を放った者によって弾かれた。
「あーあ。まさか避けられるとは。僕としたことが失態だね」
あはは、と笑う青年はリリヤを不敵にみた。鋭くけれど笑う青い瞳。白髪に魔法戦士らしいローブ。青い輝きの粒子が散る手で青年は髪を払った。
「お前は?」
楽しそうな青年は胸に手を当てて紳士にお辞儀した。
「僕の名はヘルマ・メルクリウス。君と同じ流離の旅人にして、天の国の民だ」
ヘルマと名乗った青年を観察したリリヤは、左胸にギルドのエンブレムがないことを確認して姿勢を緩めそうになるが、攻撃してきた以上戦闘意思はあるのだと身構える。
ギルドは別名で言うなら冒険者の派閥だ。世界各地に根を張るダンジョンに進出し、未知の脅威である領域の攻略、クエストによる物資や素材の捕獲。ダンジョン外の蔓延る魔物の排除などが該当する。言わば第二の家といえる一種の職業だ。
十歳以上であれば誰でも加入することはできる。医療ギルドや商業ギルド、中貿易ギルドなど複数の役などにも分かれている。当然一般市民などは所属などしないがギルドの恩恵は及んでいるもの。そのギルド頼りの一般市民が軒晒しの戦野にいるなど考える価値のない愚問。故にギルド無所属は珍しい。
ならば、魔法を扱えてなおエンブレムを所持しない彼は何者か。
それは何者にもなれる『旅人』であろう。
「君の名を教えてもらっていいかな?」
「はっ誰が攻撃してきた奴に名を教えるかッ」
問いかける旅人ヘルマ。ゼアの反発は正解だ。ヘルマと名乗った青年はリリヤたちを狙った攻撃を仕掛けた。つまり、彼にとってリリヤたちは排除対象。リリヤは本当の真意を見いだそうとして、しかし諦めて名乗った。
「……俺はリリヤ。君と同じ『旅人』だ」
「なっ⁉馬鹿かおまえ……!」
「『聖獣』ならわかるだろ」
そう短く言われ、よくよくヘルマを観察すると見えてきたある点に驚愕した後、クソっと吐き捨てて傍観に徹する。俺は関わらないという意思表示だ。ゼアのことなど気にせずヘルマは名乗られた名を復唱する。
「リリヤ。そうか。……リリヤ——白ユリの剣か。ふふっ君の名は覚えたよ」
頷くヘルマは得体が知れない。そう、数多の人間と幾千の感情をこの身、この心に焼き付けられてきたリリヤから見ても、彼は異常だった。
それは狂気であるとか悪魔のようだとか、はたまた生命体ではないとかそういったものではない。正しく表す言葉は存在しない。直感だけで物をいうのであれば。
「お前は……『精霊』なのか?」
唐突の問いにヘルマは「へー」と青い眼を細めた。
精霊とは神から生まれし人外の妖精。神の神意を宿し妖精の器をもって構成されて生まれる超越で理の存在。神と妖精の狭間で生き、自然を司る理の事象。
「惜しいといっておくよ。確かにこの身には『血脈』が流れてはいる。けれど、そんなことは今はどうでもいい。運命として出会った僕と同じ『旅人』の君に一つ助言をあげるよ」
そう宣ったヘルマは口元を引き締め真摯な瞳でリリヤに託すように声を発した。
「——〝静観が浴びた熱が弾ける時、その御身は背を悪に刺されるだろう。それは期して赤だけに染まる〟」
その言葉だけを残して背を向けた。
「またどこか出会おう。後は託したよ——死神」
風がリリヤを包み込み、煙が晴れるように彼は姿を消した。
彼が消えた先を、しばらく眺めながらリリヤとゼアは再び歩きだした。
審判の祠。もうしばらくの北に存在すると言われている『冥界』を番人する審判官の内の一人が守護していたと言われている神話の名残。今はダンジョンとして機能しているが名は敬意にそのままに、冥界神ハーデスの神意に満ちたマナによって濃密な『魔素』が生まれ強力な魔物が生まれている。
かのダンジョンをはじめに攻略したのは、三百年ほど前のギルド【ルージュビアグラム】。そこから最強伝説が始まったと言われている。魔法士や治癒士などのサポートは勿論。守備人や探査者も必須とある攻略基準。しかし、リリヤとゼアは基盤を覆して二人だけで蹂躙していた。
ワイバーンの旋風を横へ大きく跳んで躱し、岩壁を蹴って宙から見下ろすワイバーン直球。
「ふっ——」
一閃の斬撃が弧を描いて胴体を切断。痛哭を上げるワイバーンは魔石を切られたことによって灰化。着地と同時に地を蹴って疾走。ピュトンと呼ばれるワームの中でも大きく全長五メルは優に超す大蛇。その顔は蛇というよりは筒に牙と並べ目をつけたような忌避感を与える存在。獰猛なピュトンの顎がリリヤがいた大地を喰う。すぐに背後へ回ったリリヤは魔力によって一時的に剣を長刃に形為し、跳躍して頭上から魔石を見事に貫いた。
「やっぱりキモイ……。そっちは終わった?」
振り返るとゼアの蹴りがワイバーンを地面へ蹴り落としていた。凄まじい衝撃音と共に煙が舞い、ワイバーンは動かなくなった。
「今終わった。魔石だけ回収する」
「よろしく」
ナイフで胴体を捌き魔石を引っこ抜く。するとワイバーンは灰へとなり羽だけを残した。
「ラッキー。羽だぜ」
ドロップアイテムはギルド管理部で換金してもらえるので放り捨てていたリュックに詰め込んで持ち上げる。
「じゃあ行こか」
「ああ」
そうして、何事もなく十階層まで降り目的のエアレンの探す。
「十階層以降にいるはずなんだけど……」
「そんなすぐ会えるわけねーだろ。エアレンなんて稀少種なんだぜ。そう簡単に見つかるわけ……」
ないだろうと笑おうとして、それが角から現れた瞬間さすがにリリヤもゼアも眼を剝く勢いで瞠目した。何らな軽く叫んじゃう勢い。
カバほどの大きさにヤギの黒い毛色に多彩色の斑点。大きな牙と自由自在に操れる二本の長い角。あらゆる動物が混同した姿は牡牛を酷似させその獰猛さから猛牛とさえ呼ばれる気色の悪い混同動物。石粒のような瞳と二人の瞳が瞬きを共にする。
『ォオオオオオオオオ——ッ!』
向こうからの突貫に意識を戦闘態勢に移行してリリヤが伸びた角に〈蒼の剣〉で無効化。二本目の角を俊足するゼアが弾き飛ばし、ノータイムでリリヤがエアレンの目の前に入り込み、猪の顎を跳躍して回避し隙を狙ったゼアのナイフが両の角を切断。痛哭など耳障りだとゼアがその巨体を蹴り上げ空中のリリヤが斬撃を放つ。見事に魔石の直撃を外しエアレンは真っ二つとなって死滅した。
「最高……!今日はいい日だァ!」
高笑いするゼアを置いて、直ぐに角を魔石がなくても維持できる魔道具の瓶の中に入れてから魔石を抉りだす。さっさと片付けて帰還しようとせっせと処理していたその時、ゾッとリリヤとゼアの背中をなぞった。名は悪感。
「…………地上か?」
「いや、地上に近い階層内。数は不明だけどおそらく地上に進出しようとしてる」
「ちっ。入った時はあいつらの気配なんて一つも感じなかったぜ」
「…………運がいいのか悪いのか。とにかく行くぞ」
走りだすリリヤにゼアは雑にバッグ背負ってあとを追う。




