炎刻の序章にもなり得ない始まり
青海夜海です。
第二章は『炎と英雄』の物語です。
適当に更新します。
刻は既に満ちている。
炎刻の激譚より物語は遥かへ進んだ。期せず変わること無く進んで行く。
けれど、道はなかった。橋もなかった。夢も言葉も意志も神意も。
あるのは慟哭と痛哭、もしくは絶望だけで完成した極地。
知る者はいない。見た者もいない。けれど、知っている昔日の『竜王譚』。
『炎刻の覇者ヴァハグント』による死滅の炎奏。
いや、そんな綺麗なものではない。
浄化に等しく破壊に酷似。惨禍に怏々しく独奏の火身。
八竜王の一竜にして冥王ヴェルテアと並ぶ暴君覇者。
ヴァハの鉱山を支配する山彦は宣託するもの。
地は果てた。あらゆる炎に焼かれ死地と化した。
海は燃えた。灼熱の業火と成り果てて消し水とした。
空は哭いた。黒煙の立ち昇る蒼穹は暗黒時代の再現。
蒼は飲まれ雲は淀み雷が走り豪雨が火の粉と降り注ぐ。
人類は絶望した。そして逃げ纏い、死に触れあった。
業火の流れは濁流。
炎者の猛進は奇怪行進。
降り注ぐ火の雨は死の毒。
嗚呼、下界に逃げる地など存在しない。
焼き払われていくだけだ。誰も竜の怒りを鎮めることは出来ない。
神託は告げられなかった。宣託は意味を為されなかった。
慟哭は見捨てられた。懇願は荒塵と並ぶだけ。
神々も英雄も勇者も聖者も賢者も眷属も、誰一人としてこの地を助けには来てくれない。
不滅の炎を燃やすかの地に……誰も脚を運ばなかった。
豊かだった森は沈み、動物の鳴き声すら狂気のそれ。鉱山が熱を増し、噴火が幾度に始まる。
目下に広がる血糊は最早炎の残骸と見分けはつかない。灰塵すら靡くことはない。揺らめく揺蕩う焔も灰塵を統べるのみ。
天界と下界の狭間に存在する灼熱の世界『ムスペルヘイム』の再現だ。
炎の番人『スルト』の傍ら『ヴァハグント』は下界に己の神殿を築き上げた。神でない身でありながら神の御業を遂げてみせる。
嗚呼、時代の終局だと人間は炎に身を投げた。
嗚呼、人類の滅亡だと人間は傀儡に生気を手放した。
嗚呼、炎の刻が来る。地平何ヘクトと焦土に変えられた世界。正しく燎原の意である廃土の壕。
嗚呼、終わるのだ。英雄の時代はやって来なく、神々の神話は紡がれない。ただの何でもない一頁目でしかない。
人類が再び滅び、憐れんだ神が修復するだけのやり直し。それだけでしかない。
ヴァハグントは炎の調停者ではない。
炎の刻を来たらす万軍万死の『覇者』だ。
実に寡黙で城から出ようとしない『竜』。
力は暴君のそれでありながら、気まぐれな『天空ウラノス』や狂戦の『大地ガイア』とは違う。
意志を問う『神判』だ。
奴が宿す炎はヘスティアやアポロンとは違う。浄化ではない。調停でもない。――『試練』だ。
しかし、ある悪魔がヴァハグントを愚弄し試練を破壊した。侮辱と罵りと悖った嘲笑。故に奴を殺すまで世界は犠牲となる。
たった一人の悪魔を殺すまで。
しかし、その願いは天界より舞い降りた神々によって終わりを告げた。
過去の悲劇を生み出した能のない神々よ。勝利の女神だけが今もずっと炎を調停している。
――――――――――――――――
昔、旅をしていた仲間に知っているかと訊かれたことがあった。
「何を?」
そう訊き返すと、彼は決まって面白そうに笑うのだ。
「『死神』の噂だ」
『死神』――死を司る理の神。
理を統べる中で唯一名すら残さぬ恐れの象徴。
曰く、死を導く者。曰く、生を絶やす者。曰く、天へ導く者。
けれど、どれだけの文献を漁ろうと歴史を振り返ろうと、死神の名はあれども異形も威光も神意も書かれていない。
死というだけで慄かれる神。それが下界の観測だ。
そして今、その死神たる何かについて友は語る。
「死を振り撒く血濡れの竜……名は『死神』。東のトネリコで先日現れたらしいぜ」
「トネリコって……僕たちの所から結構離れてるじゃないか?」
「ああ。だか‼街での買い物の時に商人から聞いた確かな話だ。また、一つの村を壊滅させたとか」
「壊滅って……それだけなの?」
すると友はニヤリと口角を上げた。
「それだけじゃねー。なんと魔族までも滅ぼしちまったらしい」
「魔族⁉」
「それだけじゃない!今回はなんと容姿が判明したらしいぜ」
そう言ってグッドサインをする友の情報話しにいつの間にか引き込まれていた。葉のつかぬ樹海を魔物の気配に気を張りながら、僕は生唾を飲んだ。友は言う。
「白髪で仮面を被った女だ」
「おんな⁉」
「その背中からはやっぱり竜の翼が生えているらしいぜ」
想像など容易く出来るものか。女でありながら仮面を被り翼を生やし魔族を葬り村を壊滅させる。
これだけの情報は僕の頭を痛くする。頭を抑える僕に友は笑った。
「その身姿は天使のようで悪魔のよう。女神の美貌を宿し、天使の衣を纏い、戦士の剣を掲げ、竜の翼を羽ばたかせ、悪魔の憎悪に殺意する。故に『道化』。故に『死神』。故に、この下界に名を遺した唯一の死の神【アウズ】。奴の由来だ」
大仰に手振りを加えて演説する友。ただの寓話か。それとも幻の類か。または……
そんな思考が巡った時、僕たちは異変に気付いた。周りから注がれる妙な視線と気配の数多。僕たちは無言で足を止め、背負っていたバッグを降ろし背中合わせに剣を構える。
「まさか、死神に惹きつけられてきたとか?」
「そんなわけないだろ。腹でも空いてるんだよ」
「俺たちは朝飯ってか」
「朝にしては多すぎるけどね」
なんて欠片もない軽口も精一杯の虚勢でしかない。
不安を相手に悟らせない。俯角を与えない。そんな僕たちの浅い息と行動停止に奴らはのそのそと姿を現す。
人間の魔物化にして人類の敵。
数千年前から生き続ける人間の成れの果て。額から生える角に背中に生える漆黒の羽。充血のような血糊の瞳に赤黒い血線の幾何学。
奴ら魔族は奇声を漏らしながら猿のように僕と友の二人を標的に群がった。
その数ざっと三十。勝てない数ではないが、一瞬の過ちが命獲りになる相手。スキルもなく魔法しか宿さないこの身には死闘せずにして勝利を収められない敵。もう笑うしかなかった。
「ははははは……遂に俺たちの偉業の日が来たってわけか。ギルド低級者二人による魔族殲滅。これで職にありつけるな」
「そうだね。相手も食にありつこうとしてるしお互い様だね」
「俺らはたいして美味しくないって言うのにな!美食家じゃねーんだな」
「雑食の類でしょ、どう見ても。人間の三大要求は枯れてないみたいだね」
「それだと繁殖もその過程ってかァ。あはははは。笑えるな!」
「まったくだよ。人間を捨ててるのに、人間であるんだから」
「違いねぇーなっ‼」
停滞を耐え切れなくなった魔族たちが一斉に僕らに飛び掛かった。脚下をくぐり抜けるように僕と友は左右に分かれて回避する。
派手な破壊音を背後に目の前に迫る魔族の胴体を上段斬りで抉り、脚を裁いてステップを踏んで双方からの双撃を後に回って首を切り飛ばす。
「よし」
上手くいった感慨に息を吐いた時、その一瞬の油断でただの弱さ。
「ダルデン――ッ⁉」
友の叫び声は微かに鼓膜を歪にさせた奇怪と与えられる衝撃に処理を不可能とさせた。
「ガァッッァァッ――ァァッ‼」
凄まじい衝撃の数多を僕は知らない。自分がどうなったのかもわからない。
ぼんやりとなる意識の中、灼熱と冷熱が矛盾に身体と意識を蝕み、血を吐きだす。やたら遠くから聞こえる友の声も戦闘音も別の世界に思えた。
空虚な頭の動かない僕は何となしに自分の状況を振り返れども、横腹の辺りから生暖かく鉄くさいぬるっとした赤い液体がガナの実から垂れる液を水に溶かしたとうに、ドロドロと濁流しているよう。
指は動く、腕は動く、肩が動かない。脚は動く、腰から上が動かない。握っていた剣はいつの間にかどこえやら、確認を終えた思考は酔いに回っているようで、無数の囲む敵の存在すら危機感を持てない。
僕らとは違う無機質で殺意な赤い瞳が心臓の輝きに思えた。
ダンデンは決して弱いわけではない。ただ強くもない。駆けだしでもなければベテランでもない。そんな何でもない少年で、何でもない道のりを歩いてきた。
未来を信じ、過去はそのままに、今を普通に生きる少年。
故に死闘を知らない。経験が圧倒的に足りない。力がない。知識がない。うまく立ち回れただけで安心するような少年だ。
隣で必死に剣を振り回し魔法を放つ少年も同じ。次には左腕が宙を舞い、絶叫が風を上回る。片隅に見える墳血は綺麗ではないと思った。
彼らは――死を知らない者たちだった。
ゆえに、彼らは今初めて知る。これから味わうのが死であると。それは酷く絶望で残酷で暗黒。だから片隅で思う。死神とは――
「死ね」
その一言が『死』を薙ぎ払った。
雲に覆われた太陽が顔を出し、その者を逆光で隠す。灰の散らばる戦場には遠くで唖然とする少しの魔族と、その者を見上げ呆けた僕と友だけ。
死を与える者はいなくなっていた。
そして、かの者は剣を振り払い、その場を消える。いや、消えたように見えた。僕らの眼では追いつくことの出来ない速さは命を瞬時に絶つ脅威。
叫喚はなかった。次にいたのは僕たち三人だけ。だから知る。目の前の助けてくれた者が誰であるのかを。
純白の長い髪に顔を隠した仮面。血だらけの黒の外套に身を包み背中から生える漆黒の翼は美しい存在であった。
「あなたは…………」
「…………」
彼女は治癒薬を二つ僕に放り投げて、その美しい龍の翼をはためかせて旅立っていく。その姿を僕たちはずっと眺めていた。
「なー」
「ああ」
「綺麗だったな」
「強かったよ」
「あれが……そうなのか?」
「そうだと思うよ。そう、あれが————」
この日、この時、この場所で僕らは死を味わい、そして『死神』に出逢った。
「死神だ」
死神とは…………救いを与える者でもある。
次の更新は今週中にできればと思います。




