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四つの戦場

青海夜海です。遅くなりました。


 西――魔法陣。

 竜印の覇者の隊長にしてナンバーワン【業火】クレバス・クレトハルは唾を吐き捨てた。


「ふん。同族が同族を喰らい進化するなど馬鹿げている。誇りすら持たぬ愚図など脅威などになるか!任務遂行には貴様は邪魔だ」


 威嚇するクレバスの目の前には楔と繋がった強大な魔法陣と、それを守るかのように進化した魔族。それもまた亡者を贄にした黒の粒子が集う醜態。

 背中から腕を生やしたサタナキアは剛腕を地について四足歩行の獣となる。


「魔族としての矜持も亡者としての価値も喪う。憐れだ。死神よりもより醜悪にして惨い。存在自体が穢らわしい。言うならば醜魔(サタナキア)。ふん。実に下らん」


 マントを払い、サタナキアの前に敵として並んだクレバスは獰猛に、彼こそ獣のそれと同じように笑った。


「貴様のような醜悪。この手で殺せる悦びは興奮するぞ!悪は死するべき調停の定めだ!」


 魔法保存(ストック)していた業火の刃が放つ手に倣ってサタナキアを穿つ。奇声を上げるサタナキアの側面へ走り、再び業火を振るう。


「あははは!貴様はその程度かァ‼なら死ね!俺の手で死んでしまえ!」


 業火が容赦なくサタナキアを撃つ。奇声は業火に焼かれ、赤き瞳はクレバスを映さない。

 身体を形成する粒子が弾けていく。焼かれ藻掻き苦しみ発狂する。荒れ狂う背中の手腕がクレバスを襲った。それが最大の抵抗でそれしかない未完成の獣であった。

 四方八方から三十を超える手腕がクレバスの生命を奪いに伸びる。

 脚を掴もうと、腕を引き千切ろうと、首をへし折ろうと、心臓を抉り獲ろうと、もしくは自分の体内に引きずり込もうと嵐の様に荒れ狂った。


「気持ち悪い!実に不愉快で目障りだ!貴様の悪手が俺に触れようなど、俺をどこまで苔にするぅううううううう‼」


 業火の爆破が十の手を焼き払う。瓦礫を足場に跳躍を繰り返し、炎の振るいで打ち払い迅速で回避する。

 クレバスは正義ではない。彼が掲げるのは悪を殺すのみ。それだけに竜印の覇者に所属している。強さは滅ぼすための力。権力は滅するための力。戦力は駆逐するための力。

 クレバス・クレトハルは悪を殺すだけの『殺戮者』だ。

 故に悪たる者の反抗など度し難い。悪が己に逆らうことこそが、彼の琴を弾く原因だ。

 そう、今だ死神とエルフの逃亡のイラつきがここに発散させられている。だから、業火は地獄をも超えた。


「【業火鮮烈の()よ、憤怒揃えてその心を炎に変えろ】」


 高速に動きながらの並行詠唱。建物側面を蹴って宙へ舞い、サタナキアの目の前に着地して腕を掲げる。手腕が喉に迫る一瞬の前、彼は炎を纏った。


「【フレイクロムス】ッッ‼」


 業火が全てを焼き払った。それだけだった。

 奇声は存在しない。命の残滓などあるわけがない。存在ごと地獄の炎は焼き殺したのだ。


「ふん。天罰とでも思っておけ。……これが装置か。悪魔の掌に乗る愚者だと思うな!俺を甘く見るな愚図共!」


 そして、クレトハルの魔力の込められた拳が魔法陣と繋がる楔を砕いた。




 北――魔法陣前。


 赤黒の髪と釣り上がった瞳。黒を基準にした男は苦笑い。竜印の覇者ナンバーナイン【暗蛇】グランダルナは部下や同僚の後ろでその巨体を眺めていた。


「これは……でかすぎだろ……馬鹿じゃねぇ―の」


 見上げれば全長約五十メル以上はある黒い粒子が蠢くサタナキアは、口元から生えた鬼のような牙で嗤った。

 巨体である巨人(ギガース)はゆったりとした動きで拳を振り下ろした。それは空気を裂いて風を往なした隕石の落下と同じ。大地を消し飛ばすほどの威力だった。

 故に誰もが死を覚悟した。同時にこれをこの国に到らせれば、国自体が終わるのだと直感した。故に逃げることは許されない。

 竜印の覇者は秩序を守る役目を担う極大組織だ。 王の直属の部下であり、国の『駒』だ。刻み込まれた使命が果たせと胸に鯨波した。


「皆詠唱開始!私の合図で発射する!」


 ナンバーファイブの号令が決意となった。


 彼らは詠唱を始める。魔力が集い、言の葉を紡いで形としていく。ナンバーを持つ五人の騎士も同じ。誰もがあの拳を防ぐ全身全霊の魔法を完成させた。

 再び見上げれば、視界を埋めるほどの拳。醜悪な魔物と人間の混沌した身体。その心臓には月の大きさに輝く巨大な魔石が煌めいている。

 そして、魔法陣の位置を確認して、グランダルナもまた動いた。

 誰にも知られずに暗殺者のように。


「魔法発射っっっっっっ!」


 極彩色の魔法が拳と激突した。鬨声と金切り声は激烈だった。

 しかし、人間は弱すぎた。進化した巨人が強すぎた。それだけだった。


 ただ威力を殺しただけの拳は容赦なく、彼らを跡形もなく潰した。大地が数十メルへっこむそれだけ。けれど、人間には十分の終わりだった。

 血の池が出来た跡地から拳を引いていく巨人(ギガース)。拳から垂れる赤が残酷な結末を物語っている。

 出来上がった巨人(ギガース)は強すぎたのだ。クレバスが戦ったサタナキアよりも遥かに壮大で絶望だ。故に誰がみても理解する。終わりだと。

 しかし、強さとは力だけが物言うものではない。圧倒的な力は破壊でしかなく、それだけでは己を守ることは出来ない。

 数十人の死などもろともしない狂人がいるとして、その狂人が暗殺に長けた者であるなら、相手の弱点など見極めるのは朝飯前。

 だから、この声は巨人(ギガース)を殺す悪魔の声であった。


「――仇は獲ったってことでいいか?」


 巨人の胸の前に現れた男は先端が槍型のワイヤーを胸の――人間が空を仰いでみる月のような〈魔石〉に突き刺し神秘を発動させる。

 その胴体は固くなどない。その皮膚は強固などではない。薄く柔く浅い。


「術式構築起動:魔力制御成功――座標指定――接続クリア――術式発動〈暗澹たる蛇は喰う〉【蛇牙】」


 そして、皮膚を貫いたワイヤーが蛇へと変貌し、毒の牙が剥き出しの魔石を喰らった。


『ゥゥゥゥ――――ッッッ⁉』


 小高い奇声を上げて、いとも簡単に灰になって死んだ。


「暴力だけじゃ勝てねぇーんだよな。ま、任務完了だし、まあいっか」


 着地したグランダルナは首の後ろで手組んで魔法陣へと歩む。

 仲間の死の跡など一切に見ず、悔やむことも哭くこともない。

 ただ結果であった。それだけだとでも言うかのように、仲間の死などどうでもよかった。


「死んじまったのは仕方ねーし。……どう説明すっかな」


 頭をボリボリと掻きながら、元暗殺者は竜印の覇者ナンバーナイン【暗蛇】として魔法陣を破壊した。

「任務が一番。自分が死んじゃもともこもねーよ」




 東――魔法陣。


「【心は叫ぶ、想いは猛る、過去はもう振り返らない】」


 凛とした声音が戦場の中、歌を紡いでいた。


「【創元の神楽よ、盲目の神華よ、今に視よ、私の(すべか)らぬ生き様を】」


 一人の少女が走っていた。風を切って空気に包まれて走っていた。咆哮による迎波が少女の痕を粉砕する。そんな戦場の中、その歌だけは止まる事無く、美しく響いていた。

 やがて終わるエンドロールに向けて、歌は終局へと到る。


「【蒼き意志(ほのお)と紅き勇気(ほのお)を捧げ、沈黙を赦す。蒼炎よ夢想に沈めよ】」


 それは生き様から生まれた魔法。過去ではなく未来を生きる彼女に与えられた魔法。

 建物を蹴って地面に着地と同時に彼女――竜印の覇者ナンバーセブン【蒼炎】ルベル・ピオニィスは蒼の魔力を解放した。


「【沈黙の聖火(ウェスタ)】」


 浄化たる聖火は蒼を纏いてサタナキアを包み込んだ。悪たる根源を浄化へ導く炎。意志が揺らがない限り絶対不可侵の蒼き炎。

 名は聖火を戴き、『浄化』を意味する篝火の眷属たる魔法。


 横に振る腕に従って、蒼炎は消え去った。未完成にして体内の発達しかできていなかったサタナキアは、綺麗に浄化させた。


「こんなものでしょうか?他の皆さんも頑張ってくれてますし、私もですね」


 その地だけは血に濡れていなかった。綺麗に浄化された美しいままの大地であった。

 心を強さとするルベルの魔法やスキルは炉の神からなる守り火なのだろう。


「私の任務は終わりましたけど……セルナさんは大丈夫でしょうか?それに……」


 見上げればどこよりも誰よりも激しい死闘が空中を瞬く速さで繰り広げられている。

 悪魔と復讐者の死闘。【アウズ】たる人間の悪魔と【明星】たる世界の悪魔。


 リリヤの闇とルシファーの血が交差してぶつかり合って殴り合って殺し合う。

 美しい白髪を血に染めて、仮面の剥がれたその相貌は歪に蒼月(ルーナ)の瞳は憎悪に燃えて、悲しみに嘆いている。誰にでもわかるその二律背反な感情の丈。


 血が吹き荒れ、雄叫びが幾度に叫び、限界を超えた戦いが永遠と行われている。

 どちらかが死ぬまで終わることのない死闘。

 けれど、それもすぐに終わりは来る。

 『復讐』からなる丈は『欲望』の前に、『狂気』の前には無惨だった。人間を捨てきれていないリリヤには人間を捨てた本当の悪魔とは違った。決定的に違った。

 ただ違うのは囚われているかどうか……それだけだ。

 誰も知ることのないその差は、悪魔の紅き槍の一撃が漆黒の剣を押し切りリリヤの腹部を切り裂いて、変幻した槍からの砲撃が地上へと吹き飛ばした。


 思わず「あっ⁉」と声を漏らしたルベルだが、時すでに遅し。

 轟音が劈き宙に舞った鮮血がルベルの瞳にも鮮やかに映った。それは死だけを連想させ、上空で笑い続ける本当の悪魔を見て諦めが喉の手前まで押し上げてきた。

 もう無理だと、死んでしまうのだと、この監獄に囚われ命を冒涜させるのだと……そう口、あるいは心から零れそうになった時。


 一つ……楔が切り離された。


 浄化されていく楔の残照は魂の転送と同じ。ここに戦う者にはわかる。

 それは狼煙、それは反撃、それは迎撃の合図だ。


 はっと我に帰ってその方角を見て時が止まった。

 駆けていく。彼女が、【正義】が駆けていく。天井を伝って走る走る。

 それは尊い光景だった。輝きの光景だった。そして、憧れた瞬間だった。


「…………そうですね。まだ、諦めちゃダメですね!私も戦わないとお母さんもお父さんも、アリナも守れないです。これだけは死んでも守らないとダメなんですから!だから、見ててください神様。私の生き様を」


 そして、ルベルも続いて魔法陣を破壊した。楔が途切れ、火の粉となって消えていく。

 ボロボロと崩れるように火の粉は天へと還って逝く。続いて北の楔が崩れ、西の楔を破壊された。

 それは逆光だった。反撃の狼煙だった。奇跡でも希望でも何でもない。成し遂げた人間の意地の悪い足掻きからなる狼煙だ。反撃だ。弔いだ。


 楔の破壊は赤き星に亀裂を入れ、国に描かれた魔法陣は星の終わりと共に消滅した。

 瞬間、亡者は欠片と還り名は天へと召された。

 囚われの国は今、解放されたのだ。


次は頑張って金曜日に更新予定です。

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