ギルド
リリヤとゼアはギルド管理部の扉を押して中に入る。管理部には数多の冒険者が依頼掲示を見定めたり、これからダンジョンに行くのか十人ほどで作戦内容や荷物を確認している者たちもいる。
「すごい人……」
「やっぱむさ苦しい……。さっさと済ませるぞ」
人がいっぱいで鬱陶しいとゼアは人だかりを堂々と突破して掲示盤を見定める。その背後にリリヤが続き、二人して目を通しリリヤが一つの依頼書を手に取った。
「これにしよ」
「えー……いいんじゃねーの。ちょっとめんどくせーけど、報酬額が良いしな」
二人して納得した依頼書を持ってカウンターに持っていく。
「すみません」
リリヤが呼びかけると一人の受付嬢が反応した。
「はい。なんでしょうか?」
微笑みを湛えた大きな深紅の瞳の受付嬢は姿勢を正した。背は小柄で一五半ばもなく、ツインテールに結ばれた赤い髪は炎のようで印象的だ。齢はよくて十六程度だろうか。幼さと態度のマッチングが異様に違和感を与える。
(こんな俺より幼そうな人が受付をしてるのか?)
そう疑問に二人揃って思っていると、受付嬢は腰に手を当てて前のめりになる。
「今、失礼なこと考えたわね?」
「「えっ?」」
心を読んだかのような絶妙な問いかけに珍しく声がそろう。そんな素の反応にぷんすかと怒った。
「アタシはアムネシア・アスター。学園を卒業した立派な二〇歳よ!」
「「うそっ⁉」」
「ちょっと!失礼よ!アタシは二〇歳っ!お・と・な・なの!」
子供のような容姿で子供のような言動。学園は十八歳で卒業であり、それと同時に成人の儀がある。それを受けた者が成人として大人として社会から認められるのだ。
その学園を卒業して成人の儀を受けたことに疑心するリリヤとゼアは面倒くさいなと思いながら、ことの本題へと切り込んだ。
「俺たち、このクエスト受けたいんだけど」
ようやくの事に、アムネシアは業務を進めていく。
「まーいいわ。えーとクエスト内容は……はぁ⁉」
内容を確認していたアムネシアの突飛な奇声にリリヤは肩を竦め、ゼアはなんだよと辟易する。が、二人の様子などアムネシアには見えておらず、依頼書に釘付けになっていた。
「…………審判の祠ってここらでは最難関ダンジョンよ!上位ギルド部隊が万全の準備をして向かうドラゴンも出没するような危険地帯よっ!」
ざわざわと周りの眼がリリヤとゼアと叫ぶアムネシアに注がれていく。居心地が悪く前のめりになって顔を隠す二人はこそこそと話す。
「別にいいだろ。その依頼の〈エアレンの角〉を採取するだけだろ」
「だけって、あんた……!」
「猛牛がなんだってんだ……。はぁーさっさと手続きしろ。ほれ」
半ば無理矢理に押し込めて二人分の偽装したギルド証明カードを滑らせる。むっと怒りを溜めたアムネシアはそれでも業務を渋々承諾する。
「あんたちみたいな『俺最強―!キラリン☆』とか思い込んでる人たちが難易度の高いクエストで逃げかえって来るのはよくあるのよ。その度にいちゃもんをつけられるのよ」
悲しい現実を聞かされたリリヤはため息をゼアは心底鬱陶しそうに顔を眉を寄せる。。
「そんな屑どもと一緒にするな。餓鬼の目玉は腐ってんのか?」
ゼアは直球で侮辱に対する侮辱でカウンターを撃ち堪らず「ぐへっ」とダメージを受けたアムネシアは笑みを引きつかせる
「そのガ・キ・のアタシに苛立ってる時点であんたこそお子様よ!ギルド職員としての口うるさい忠告をさらっと流せない小さな器なのね。あんたロクな人生送れないわよ」
確実に頭に血が上ったゼアも頬が痙攣しだし、威圧の空気にリリヤは一歩下がる。
「大きなお世話だおチビちゃん。俺は事実を言っただけなんだよ」
「だとしても言葉が幼児ね。反抗期の男の子からしら?アタシはギルド職員なのよ」
そう胸を張られたらゼアとて反撃できない。彼女が言いたいことはギルド職員の義務として、忠告をしたということ。それに威圧な反応したゼアはお子様だと、そう暗に嘲笑の声。
「結論は出たわ。あんたの方がお子様よ!」
「……バカ言え。見た目から餓鬼のお前は立派なレディーにすら見えねー。ただの小競り合いで餓鬼扱いするお前こそ餓鬼ってもんだろ。それにお前の未来を視れば安いもんだ」
「なー⁉あんたねーっ⁉」
「きっと小さいから男たちは誰も女としてみねぇーだろうな。四〇を超えても独り寂しく笑顔だけを振り撒いて、その果てロリ好きの親父どもや変態にその小ささが「可愛いね」、とか言われて舞い上がんだろ。それで————」
「あぁあああああああああああああっっ。なんなの⁉なんなのあんたっ!アタシはそこまで惨めに落ち毀れるわけないわよ!女性に向かってそんな想像……最低っ‼」
叫んだアムネシアの瞳は潤み、ひくひくとする肩と胸、幼子の泣き顔は母性をそそるような可愛らしさ。けれど、そんなことを悠長に感じている暇などなく、ゼアはやり過ぎたと焦りに眼を泳がせた。
そしてそこに一人の受付嬢が乱入して、用紙の束でアムネシアの後頭部を殴った。
「ぎゃふんっ!」
「もー!ダメでしょ!受付嬢が冒険者様に嫌味を言っちゃ!」
アムネシアの涙共々痛感へと消える。唖然とするリリヤとゼア。アムネシアの後ろから現れた女性は腰に腕を置いて、ふんと鼻息を立てる。
ウエーブのかかった金の髪に翡翠色の瞳。豊かな双丘がお子様でもまだあるアムネシアとも大違い。そして肌を露出しない制服装と、尖った耳はエルフの証だ。受付嬢の制服のネームプレートにヴァーネ・シンベラーダと書かれている。エルフのヴァーネは深々とアムネシアの頭ごと腕で無理矢理下げて謝罪する。
「申し訳ございません。アムネシアには後で厳しく言っておきます!」
「痛いから!ヴァーネ痛いわよっ!」
「こら、喋らない」
「あはは……いやいいよ。頭を上げてくれ。それにこっちこそゼアが無粋なことを言ったのは間違いない。ほらゼア」
「…………悪かった」
泡のような小さな声は確かにその場にいた全員へと響いた。
理不尽を嘆くアムネシアに少々の罪悪感を抱いたからだろう。ゼアの謝罪は貴重である。
頭をさすっていたアムネシアは、折れることのないと思っていたゼアの謝罪に戸惑いながらも不敵に笑った。どうやら、ゼアと同等に負けず嫌いらしい。
「ふふっそうよ。あんたがアタシを馬鹿にしたのがそもそもの元凶なんだからっ!因みにアタシは謝らないわよ」
「ちょっとアムネシア⁉」
「女性を侮辱した罪はそう簡単には消えないわ!アタシはギルド職員として正しい忠告をしただけよ。それに突っかかったあんたが悪い。そうよ!あんたには土下座を申請するわ!」
ゼアが折れたことに傲慢に厳かになったアムネシアは調子に乗っていく。言い換えればそれほどまでに激怒だったということ。しかし、それは少々傲慢が過ぎた。それは正しくゼアへの侮辱であり、夢想の呼び戻しからの破壊だ。
ゼアと旅した三年の年月は長く、だから、リリヤは吐き出すようのため息を最初に吐いておいた。三年間共にいて理解していないほど愚かではない。
ゼアはカウンターテーブルを叩きつけ、その銀色の双眼で睨み付けてその口を歪ました。
「なっなによ……?」
恐れずに下から見上げるアムネシアにへっと吐き捨てる。
「じゃあ勝負をしようか」
「……勝負?」
「ああ。俺たちがクエストクリアしたら俺らの勝ち。失敗ならお前らの勝ち。どうだ?」
「ちょっと!選手様⁉なんで私までっ⁉」
「どうだと言われても……。そもそも生きて帰ってきてもらわないとこっちも後味悪いわよ。それにメリットのない賭けだなんてしないわよ!馬鹿じゃないの」
慌てて手をひらひらさせるヴァーネと打って変わってアムネシアは挑戦的。それに加えて案外に冷静で賢しいらしい。譲らないその剛毅に関心をしながらもゼアは畳みかける。
「報酬額と拾った魔石の総合額。全部お前にやるよ」
「えっ、全額⁉」
「ああ。そして土下座もしてやるよ」
豪快するゼアにアムネシアの瞳が輝いた。しかし、次の一言に顔は歪む。
「その代わり俺が勝てば土下座して謝ったのち、三日間の宿代と食事代を出せ」
「土下座⁉」
「安いもんだろ?最低でも五万フランは出す。これだけでもA級のクエストレベルの賞金だ。俺らが無様に泣き返って来るだけでお前らは無償でそれを貰えて、更に土下座までしてやるんだ。どうする?」
「だからどうして私も入っているのですか⁉」
ヴァーネの叫びは虚しきことか二人の耳には入っておらず、リリヤが憐れむのみ。
ここまできたらもう引き返せない。これは一種の病気だ。馬鹿にされたら見返さないと気が済まない性質なのだ。究極の負けず嫌いで、面倒くさがりや。
『聖獣』の強さを持ちながら本当に人間らしい感情をもった少年。ゼアの矜持は人が思うほどに高く、やわではない。
ゴクリとその生々しい賞金に唾を飲んで、ゼアと受付紙を交互に見て、やはり欲と、そして負けん気が勝った。
「いいわよ!あんたが勝てば土下座でもなんでもしてあげるわ!三日間の宿代も食事代も提供すると誓いうわ。でもっ、あんたが負けたら全額そのまんまアタシが頂くわよ!泣いて謝っても知らないわよ!」
「それでいい。吠えずらかかないようにな」
「ええ。あんたこそ。負け惜しみを後でたっぷりと聞いてあげわ!」
不敵に笑う二人にリリヤとヴァーネはお互いにため息を吐いた。




