昏冥に一光を刺す
青海夜海です。
そこは冥獄。そこは監獄。そこに光はない。故に戦士は駆ける。光とならんと英傑は走る。
ローズの業火が先隊を灰へと還した。
ナイフの煌めき、蹴りの旋回、滂沱な加速、援護の魔法、燃える矢、鋭き氷棘、走る稲妻、捉える樹根。
殺伐の大地は荒れ狂う津波と同じ。血が止めどなく宙を舞う。風と光が交互に駆けていく。残骸の山。叫喚の雷霆。痛哭の海。
二人の英傑による蹂躙は圧巻の極めだった。
極意の位置に君臨する速さと、誰にも真似することのできない最強の魔法。この二つが噛み合えば誰も立ち向かうなど不可能。
そう、後方で眺めるレェムファたちは思った。
無茶苦茶な魔法攻撃に対応できるのは敏速な判断力と、それを可能にする神足の域に達する脚。また速さが信頼できるからこそ、魔法は淀みなく全力で投下できるのだ。
それが重なれば数万の軍隊を二人で完封なきまでに封鎖するなど容易い。協力という点において二人の相性は抜群だ。
故に目の前に残る魔族と亡者は五桁を切った所。
運がいい者と後方にいた者と、もしくは只ならぬ強者のみとなった。
「一人だけ桁違いなのがいるようだな」
「はい。わたしたちとそう変わらない……『亡者』ですね」
歩み出した強者は火の粉を纏い、いつかの全盛期を駆り立てた姿で右手にもつ巨斧を振り被った。瞬間、風を切った風圧の斬撃が走る。地面を抉り瞬足の速さでゼアの身体へと。
「【咲け!星華】っ!」
ローズの詠唱から鉄色の星が鉄鋼の壁と変化して斬撃を防いだ。鉄の遮断と引き換えに風圧は途絶える。
その姿は怏々しかった。豪胆な体つきに剛腕を揃えた屈強な男。造形を得意とする筋肉質の種族――ドワーフの亡者は、意志のない様であれ、どこか獰猛に嗤った。
「まさか……【轟震】ドランガル⁉……レェムファたちの所にいなかった時点でまさかとは思ってしまいしたが……これほどまでに強いなんて知りませんっ」
「あれだろ。確か十年前に北西のダンジョンを一人で攻略したとかどうとか」
「聞いたことはあります。確かダンジョンの難易度はわかりませんけど、階層は四十あったとかないとか……」
「はっきりしろよ。お前は一々曖昧過ぎんだよ」
「し、仕方ないじゃないですか⁉わたしが知知り得たのは四年前なんです!記録はギルド管理部が厳重に保管していますし、お姉ちゃんに訊いても教えてはくれませんでしたから」
頬を膨らますローズをため息であしらうゼアは、改めて単独ダンジョン攻略者を捉えた。鍛え上げられた身体も漲っている力も、握っている巨斧でさえも当時のにおいを感じる。
アムネシアによれば亡者は『血液』を媒体として組み込んだ『魂』から『記憶』を読み取って出来上がった存在。つまり、あれはドランガルの中で『一番』印象が強く刻まれていた想い出。ならば過信はできない。
どこからか鳴り響く戦闘音に破壊音。四方からそれらは木霊してくる。リリヤ以外にも誰かは戦っていて、リリヤの復讐のための己は使命を成さなければいけない。
全てを救うのはリリヤだというのに、感謝されるのはいつもゼアだけだった。
それが不愉快で、だけどすっぽかすなんて馬鹿げている。感謝などいらない。助けることができるなら、リリヤは自分を身代わりとする。
今のゼアは身代わり。救世主であるための贄だ。故に勝利以外は望んではいけない。
「クソかよ。……面倒くさいしやってられねぇーし、帰りたいし休みたいのに……。誰だよ。あんな強そうなの殺したの」
「悪魔本人です!ローズお姉さまー!」
「だそうよ」
「あーほんと悪魔死ねよ」
「動悸が不純過ぎる……」
軽口を言っている場合ではない。大地を蹴って突貫してきた戦斧が大地を木っ端に粉砕。後ろに大きく跳躍した二人は驚愕を表情に奴の力量を検める。
「エルフ!俺の援護をしろ!」
「わかってます!あと、わたしの名前はちゃんと呼んでくださいっ!」
ゼアの渾身の蹴りと、ドランガルの拳が悲鳴よりも壮大に鳴り響いた。その勢いをままに軸足を滑らせ、回し蹴りで頭蓋を狙う。が、斧を持つ右手の甲で受け止め弾き返された。
「……ちっ」
「【アイリス・アステール】」
瞬時の隙を狙ったローズの石礫が前進を留めるが、それも斧の薙ぎで消し水。
意志のない紛い物は雄叫びを吐き出す空気の音も一切なく、ゼアに突進する。
拳の応酬、斬撃と剛撃の旋回、魔法と超撃の応戦。駆ける駆ける。穿つ放つ、叫ぶ。振るう蹴る殴る。走り躱し交差して瞳を捉える。
交戦は果てを知らない激闘。幾度の連携と豪胆は未来を示さない死闘。己の叫びと振り絞る幾千の極めは、ただ勝利へと噛みつく。
「はぁああああああああああああああッ‼」
ゼアの全霊前進渾身の蹴撃が遂にドランガルの溝内を確かな感触をもって吹き飛ばした。何重の瓦礫や建物を貫いていくドランガルにローズは最期を言い渡す。
「燃え塵れ‼」
赤い星の花が咲き開き、渦を巻いた焔がもう人間のいない街を焼き払った。全てを灰を成す業火なままの焔の弔い。その光景は絶世のそれだった。正しく焦土と成り果てた浄化の地。王宮から中央街への街路や店家は余すところなく灰へと還った後のみ。
これが本気。これが【色彩】の名をもつリシュマローズ・シンベラーダの本領。
笑えてくる。この妖精が相手だったらどう足掻いても誰も勝てやしない。
「はぁ……はぁ……っ、派手だな」
「はぁ……っふぅ……いいじゃない、ですか。倒したのですから」
「ふぅ…………いや、そうでもないみたいだ」
「え?……何を言って――」
「俺は狼だ。お前らの何倍も感覚がいいからな、わかるんだよぉ」
「…………冗談きついですね」
「笑えたらよかったな」
「まったくですよ!……それが英傑の本領ということですか……」
「知るか。だが、あいつと闘っている時に魔族が動かなかった。そして確実になぜか数を減らしている。ならそういうことなんじゃないか。知らねーけど……」
言葉からは真剣身がまったく感じられない。寧ろ余裕を残しているかのようで、周囲の残党を清掃するミラーダたちには状況の危機感が理解できていなかった。
けれど、気づく。戦闘で流した汗とは違う冷汗を流し、彼らの瞳がドランガルが死んだとされる跡地から視線を離さない。。
そして――灰に埋もれた焦土から一人のドワーフが立ち上がった。
否――それはドワーフなんかではなかった。
無論亡者でも魔族でもない。得体の知れない最早『怪物』と称するに値する未知だった。
筋肉質の身体に蠢く蟲の大群のような黒く禍々しい粒子が絡まり、その者を進化させていく。言い換えれば寄生していく。
それはこの地で死んだ魔族たちの灰だ。残りカスがドランガルの魂の残骸からなる紛い者たる身体を媒体に、新たな生物を形成していく。
それは悪魔には劣るとしても、生物界の頂点に君臨することが可能な存在。
命ある魔族から魔力と生命力が魂の破片を魔石へと進化させ、よって創造されるのは魔族を越えた絶対の魔物。
赤い星は楔を通して世界を構築していく。集めた魂血を力として彼らに魔族の進化を与えた。
それは【明星】たる〈権能〉からなる『一番』への昇格。
そう、ルシファーの一番の脅威は魂からの『模造』ではなかった。
そう、本当の真の恐ろしさは、悪魔としての強さはその更に先にある。
その日、その場所で、五つの舞台から同時に獣の奇声たる雄叫びが、囚われた世界へと打ち上げられた。
「ハハハハハッ‼さぁ!始まるさァ――明るき星が煌めかせるボクら悪の進撃がァ‼」
極大の赤い柱が天に向かって伸びていく。それは楔に囲まれた囚われにして進化なる柱。強大な魔力と悪大な脅威たる殺気が国を取り込んだ。
『ォォォォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ――――ッッッッ‼』
本当の絶望の始まりだった。そしてほんの少しの過ちでもあった。
けれど、これは奇跡を紡ぐ物語ではない。これは欲望の物語。
故に生物たちの意志で全てが変貌する。ただそれだけに希望を持つことは烏滸がましい。
だから、どうか奇跡はないと知れ。
ここから始まるのは、抗うだけの些細な意志の啓示だ。
来週には更新します。




