復讐者と悪魔
青海夜海です。
リリヤとルシファーの前哨戦。
それを『悪魔』と見間違うのは容易かった。
自分の仲間なのだと勘違いするのに容赦はなかった。
その姿身も秘められし殺戮の殺意も、歪んだ価値観も悪魔と変わりなかった。
……それが己に向けられたものでなければ、ルシファーは同族と勘違いしたことだろう。
少しの警戒でありながら心は許していたかもしれない。けれど、何も迷うことなくルシファーにトリカブトの毒よりも強烈な殺意が刃よりも怜悧に浴びせられる。
今まで経験したことないほどの、あの日初めて龍の里を滅ぼした時の子供以来の憎悪たる激情。殺意たる憤怒。その名は『復讐心』。
堕天使にして悪魔の資格をもつ【明星】のルシファーは嗤った。
天使の羽を羽ばたかせ、迫り来る復讐者に立ち向かった。
狂気的な笑いをそのままに加速した真っ赤な爪撃と、漆黒の剣からなる斬撃が音を彼方に銀煌めく刹那を作り上げる。
「アハハハハハハハハハハ――ッッ‼」
「死ねぇええええええええ――ッッ‼」
爆風が監獄を揺るがした。弾ける光が太陽よりも豪華に輝く。
二人の一撃は世界に刻む一撃として始まりを迎えた。
弾き合って距離が出来るが、そんなものは誤差。復讐者の神飛を極めた斬撃の連撃がルシファーを殺しにくる。一つ一つ洗練させた無駄のない強さを求めた剣技。赤き星が統べるこの国の下、彼の剣戟だけは己の彩を喪うことなく塗りつぶさん限りに輝きに焦がれる。
斬撃を爪牙で往なし、急上昇する。いくら悪魔であれ、その攻撃を全て往なし躱すのは不可能。この統べて強化されたこの身体で能力でさえも、至難と言える。悪魔にそう思わせるほどには強き者だ。
「待てェ――ッ!」
すぐさま追いかけてくる復讐者を見下ろして、悪魔は嗤った。
「キミは暗愚だ。殺意のままに思考を捨てるのは愚図の極まりさァ!」
「黙れェェェッ!貴様のような畜生こそが愚図だろうがァ!」
「この統制した世界の支配者たるボクに!キミ如きの剣が通るわけがないさァ!」
「ごちゃごちゃ五月蠅い。死ね――ッ」
「フフフフっ……思い知るといいよ!ボクの恐ろしさをその真髄までねッ‼」
赤き星を背上に止まったルシファーは、彼目掛けて腕を振り落とした。すると、赤き星が鮮烈に光を高め、血棘の乱撃たる矢弾が放たれる。
彼我の距離は三十メル。避けられる距離ではない。
棘の螺旋が彼を穿とうとして……けれど、それは想定外だった。
すべてを弾き落とす剣戟と異様な速度の疾飛が、全ての棘を往なし弾き躱し亡き者とする。翼で宙を優雅独奏までに舞い、剣舞の幾千たる閃光が星の如く煌めく。蒼と漆黒の剣が討ち果たした。
「これは……予想以上だね。ボクの〈権能〉から集めた生命力でも、刃が断たないなんて……ふっ……ふふふ、フハハハハハッッ‼面白いよ!キミは面白いさァ‼」
愉快に滑稽に傍若無人に笑い転げる悪魔は飛び込んでくる復讐者を獰猛に嗤って迎えた。
「いいよ!ボクの名はルシファー!キミと本気で戦ってあげるようッ‼」
「黙れ悪魔ァアアアアアアアアアアアアッッッ――――ッッッ‼‼」
ルシファーの右手に真っ赤な長剣が創造させる。それは槍のように細長く棘のように先端は鋭い。それでも剣と表すのは形状が剣のそれであるからだ。
急降下していくルシファーの槍撃と突貫する復讐者の双撃が混じり合った。
「アハハハハハハハハハハ――ッ‼」
「あぁあああああああああ――ッッ‼」
爆音、爆風、激光。空に浮かぶ雲は遠ざけられ、監獄の空は震える。背高い建物の上方は吹き飛び、木々は薙ぎ斃れ楔は激しく振動する。
始まりと同じ最大の一撃。燃える互いの熱が上空で交わった。
「フハッ!素晴らしい力だ!今のボクに劣らないなんて、フハッ信じられないさ!」
「黙れ!貴様は絶対に許さないッ!殺してやる殺してやるッッ!殺すために生きてきた!だから……貴様ァを殺す――ッッッ‼」
「キミがボクを?戯言はよすんだね。ボクがキミを殺すんだよ!アベンジャーッ」
弾き飛ばしたルシファーは果敢に連撃する。槍を旋回させて縦横無尽に復讐者を殺しにかかる。なんとか躱したリリヤは逆方向に急転換。脱兎の如く羽ばたく。
「ハハハハハハハハハハッッ死ね死ね死ねッ‼」
ルシファーもまた神飛の域に乗ってリリヤの後ろを追う。
空中戦は苛烈だった。
縦横無尽に飛び回り、斬撃の応酬が止まることはない。
槍の旋回が双撃の嵐が幾度も己を殺しに来る。その度に躱し、往なし、回避して、けれど確実に身体は傷ついていった。肩が抉られた。墳血が舞う空の中、豪胆たる槍の穿ちが見逃さない。
そして、それはこちらも同じ。
急ブレーキからの反転で直進しルシファーの内に入り込み斬撃を放つ。それは確かな同じ傷を与えながらも、さすがは悪魔。瞬時に守備へと転換し、槍の柄で捌く。けれど、この好機を見逃すつもりなど微塵もない。息をする暇すらない双撃が抑え込む。
皮膚を裂いて衣を切って血を飛ばし蹴りを腹に繰り出す。しかし、魂たちによって強化されたルシファーは復讐者の一歩先を行った。
蹴りを耐えきったルシファーの槍が眼光に迫り、身体を急転させて何とか躱すも、長剣の柄がリリヤを地上へ殴り飛ばす。
「がァぁっっ――⁉」
耐え切れない衝撃のまま、一角の建物を貫き石板に衝突。内臓が暴れ骨が軋む嫌な感触と音が脳内を刺激した。
息が詰まり世界から一瞬見放される。転がりの果てにゲホゲホと吐き出すように息をして見上げれば、数百の棘が穿ちに来る。
荒い息も痛む身体もそのままに「くそっ」と吐き捨ててその場を離脱。刹那に元居た場所は血棘の餌食と成り果て、無惨にも棘地獄と化した。
頭上から飛行してくるルシファーを睨んで握っている剣を更に強く握りしめる。
スキル【龍血】の翼だけを消し去り変形させていた魔力を戻した。
【ルドラ】はリリヤの体内を巡る龍の血液からなるスキル。それは魔力によって疑似的に龍の一端を己に宿すもの。身体強化はもちろん、龍の治癒能力なども備わっているが、今のリリヤには少しの力の引き出しと翼に変形させる程度しか出来ない。本来であれば龍化も可能な技。けれど、それには精緻的な魔力操作と常に供給し続ける魔力量が不可欠だ。
まだ、齢十六のリリヤには魔力量が圧倒的に少ない。並みよりは多いとしてもそれまで。ローズであればリリヤの三倍五倍程度は保有しているはず。
故に長期空中戦は己を苦しめるだけに過ぎない。地上は不利と分かりながらも、倒すためには不利を覆すことを可能として、狼煙を上げなければ悪魔は倒せない。
空中と地上の彼我を覆す力がなくてはならない。
『リリヤ、大丈夫か?』
己を神器と変形した漆黒の剣のヴェルテアが問う。息を整え冷酷な瞳で答えた。
「大丈夫もなにも、あいつを倒すだけだ。ヴェルテア、もっと俺に力を貸せッ!」
『……存分に振るえ。お前の復讐がそこにあるなら』
それは契約の印。それは契りの成す事項。それは意志の心和。
竜と少年の始まりの決着がすぐそこに転がっている。ああ、誰も彼らを止められない。
「翼を失くした愚かなる者!ボクの眷属となる光栄の頂きに飢えて死ねっ!」
「黙れ。貴様を殺し、家族の名前を天へ還す。俺の復讐に絶えろッ‼」
急降下の加速からなる一撃が、飛び下がったリリヤの後地を跡形もなく霧散する。すぐさま飛翔からの連続が支離滅裂にリリヤを喰らう。
しかし、リリヤも負けていない。果敢に振るう斬撃が少しずつでもルシファーを死に至らしめる。それでも、飛翔からなる加速は地上のそれとは別物。風に乗る最大はリリヤを激しく吹き飛ばす。
「がぁハッッ⁉」
「アハハハハハハハハハハ!まだまだこんなものじゃないよね!」
瞬間移動の如くリリヤの行く先に現れ、背中を殴り、腕を切り裂き、腹を蹴り、脳を揺さぶる。肋骨の割れる音が響いた。身体のあちこちから血が噴きだす。激痛が激熱となって休まることなく走り続ける。
「く……くそっ……ぁああああああっ!」
なけなしの根性と憎悪で激突を足裏の摩擦で逃れたリリヤは、突貫してくるルシファーの長剣を双撃をもって立ち向かった。けれど圧倒的にスピードに乗った威力は桁が違う。
飛翔能力と〈権能〉による最山頂の能力上昇がリリヤの【アベンジャー】の遥かな上にいく。
押しつぶされるよう強撃に、膝をついて何とか受け止めるも、ルシファーは笑うばかり。
「よく耐えたね!あれだけの攻撃を喰らってまだ動けるなんて、本当に凄いさァ!ボクが認めてあげるさァ‼ボクの〈血錠〉に抗えた人間がいたってことを」
その顔は恐ろしいほどに美しかった。イケメンとされるゼアが未完成に思えるほどに黄金的な比率を伴う綺麗な顔貌をしていた。
その顔は恐ろしいほどに不気味だった。得体がしれない。笑顔を向けられるだけで萎縮して、魂を掴まれるような恐怖たる笑顔をしていた。
ああ、天使がいたというならそうなのだろう。そして、天使が地に堕ちたというなら正しく疑いはない。天使が堕ちて成り得た悪魔。
ルシファーの振るいがリリヤをいとも簡単に後方へ追いやる。
「はあ……はあはあ……」
「おやおや苦しそうだね。さっさとボクにその命を委ねればいいものを」
「誰が、貴様のような低俗な畜生に俺の命をやるか。貴様はここで、俺に殺される運命だ……っ。その身の死を贖罪としろォ!」
「そんな状態でよくそれだけ言えるね。関心関心。と言え、贖罪?……あーなるほど。ふっキミの名は何と言う?」
そう訊ねてきたルシファーは長剣の先でリリヤの心臓を狙う。
視ているのはなんだ。心臓か、命か、否――『魂』だ。
この身に宿す『魂血』に飢えているのだ。
八年前と一緒。あの頃と何も変わらぬ姿。何も変わらぬ欲望。何も変わらぬ野望。
悪魔の目的など知らない。ルシファーの企みなどクソくらい。あの日の再来など許しはしない。
今回も助けられなかった人が大勢いる。守れなかった人々が魂を奪われ亡者と成り果てている。
奴の〈権能〉は一度みた。奴の特性は理解している。
なら、今のリリヤにできるのは復讐の果てに繋がる魂たちの解放だ。彼らたる個体を声明する『名』を天へ還すことだけだ。
あの日の囚われて亡き者と成り果てた龍たち。
今宵、知らぬ人間であれ、いつかのように死に曝された人々。
「本当にくだらない。……それでも、家族を送りたい。それが一つ目の使命」
いつだってそう。間に合わない、助けられない、救えない。
殺して殺されて足掻いて諦めて死んで生きて目覚めて悲しんで憐れんで自害して怒って苦しんで泣いて喚いて責めて、責めて、責めて……憎んで嫌って刃を握る。
ああ、本当に救えない、救われない。
リリヤの物語《人生》は『悲劇』。
喜劇も希望も愛も友情も情熱もない。何もない。全てが死んだ。彼の傍から離れていった。彼岸のその先へ、紅き花々のアルカディアへ先に逝かれた。
そんなリリヤが生きてきた理由。自害も諦めもせずに、殺し続けて生きてきた理由。
「俺は、この世界から悪魔も魔族も……『悪』すべてを滅ぼす。『死』を与える。そのために生きている。そのために強くなる。そのために、『復讐』する。……もし……その果てに、もしもの果てに、世界の理に背く禁忌の悲願を叶えると言うなら、俺は『死神』で在り続ける。誰よりも醜い【死神アウズ】として、死を与え続ける」
譲れない諦められない失くせない。この想いだけは決して死なしてはいけない。
彼岸花のような彼女との出会いから、もう既に覚悟は決まっている。
なら、こんな所で何もなせずに死ぬなんて……ありえない。有り得てはならない。
これは意志。誰にも覆せない強固な意志。
これは願い。誰にも届かない己だけの未熟な願い。
これは復讐。また出逢うための、全てを取り戻すための愚かな復讐。
彼は立ち上がった。血が流れる身体は無惨。瀕死の状態は無様。
けれど、尊かった。否――眩しかった。……それだけだった。
リリヤは己を戒める仮面を取り外し、その相貌は赤星の下、照らされた。
「…………まさか……」
白が染める夜空の髪。中世的でけれどどこか神秘的な顔立ち。世界が駆ける蒼月の瞳。
少年とも少女ともわからぬ復讐者は名を示した。
「俺の名はリリヤ。貴様たちを殺す【死神アウズ】だ」
知っていた。彼はあの日の――。そして、聞いたことがある死神を名乗る悪魔殺し。
「そうか!キミは八年前の龍の里で逃げた子供か……!フハっ!こんな所で逢えるとは!嬉しいものさァ!」
「覚えてくれていたか。そうでなければ貴様を存分に殺せない。嗚呼……俺も嬉しいよ。貴様を殺す日が来たんだからなァッ‼」
「死を振り撒く血濡れの竜――【アウズ】。神の名を拝借するかァ!」
「そうだ!この身は貴様らを殺すためにある。あの日、貴様が俺の家族を殺した!シアナ姉さんもアルデ兄さんも、ハミルもリッタもファルビアネもクリスも……っ!そして、おじいちゃんとおばあちゃんもッッ!貴様がァ全て俺から奪ったッ!貴様ら魔族がみんなを奪ったッ!命も平和も、『名前』たる『魂』もォ――ッッッ‼……許せるはずがない‼絶対に許せないッ‼殺してやる!殺して殺して殺して、殺してやる――――ッッッッ‼」
あの日の俺ではなく、【死神アウズ】として生きてきた復讐者だと宣言する。
誰もが畏怖して嫌う存在。
人間の悪魔たる者。
けれど、その全てを受け入れた彼はその女神の『名』を自らに刻む。
リリヤは漆黒と蒼の剣を構え、ルシファーを睨み付ける。それにルシファーは初めて存分に笑った。
「いいさ!あの日のキミもォ!面白い悲鳴を上げて死んでいく龍人たちも、もちろん覚えているさァ‼あの日の少年が……ボクの予想を超えるキミが、どこまで辿りつけのかァァ!アハハハハ!」
「ルシファァアアアア——ッッッ!死ねぇえええええええええぇぇぇぇッッッ!」
同時に地を蹴った二人の神足から放たれる刃が、終局を迎える鐘の音の如く、国中に響き渡った。
一週間以内に更新できたらと思ってます。




