正義進行
青海夜海です。
遅くなりました。今日中にもう一話更新します。
リリヤの下へ向かう正義の使徒と小さな炎の巡り合わせと決断。
激烈な空中戦を追いかけるように走っていたセルラーナは、目の前に憚る魔族に迷いない剣の一線で灰へとする。無限に湧いて出る魔族と亡者の大群を螺旋のような鮮やかで揺らぎない剣戟が孤を描いて葬る。
『ギャアアアッ⁉』
魔族の断末魔は奇怪で、亡者の消えゆく火の粉は哀れ。もしも、その欠片が『魂の欠片』であれ、セルラーナには微塵も後悔はない。
これは正義の執行、もといい囚われからの解放の意だ。
『それら』がなんであるかは知らない。けれど、出会った『亡者』の姿形は記憶している人と幾分に変わらず、その亡者の礎となった人はセルラーナの眼の前で息絶えていた。
故にわかるのだ。
これはまやかし。これは虚偽。これは紛い者。
胸で赤く燃える火の魂こそが、本来の人間としての魂の破片であり、それは楔によって囚われているのだとセルラーナは考えた。だから、弔うために天へ還すために彼らを殺す。それしか救う方法がない。彼らの肉体は疾うに死に至っている。
「そこを、通しなさい!」
跳躍からの一閃が十体の魔族を殺す。銀の輝きが孤の往来が鮮血を通り過ぎていく。
もうほとんどの生きた人間がいないこの地に、生きているたった一人のセルラーナは標的だ。ここら一帯が彼女だけを襲いに来る。故に数の減りを知らない。
『質』を求める英雄時代は終わった。
この時代は今だ『数』を優位とする。
それは魔族が人間の土地を奪い続けている侵略略奪行為から生み出された『方式』。
神々が天界へ帰り、英雄が生まれず竜たちが眠りについた瞬間から、その不条理な方式は法則となっていた。なぜなら、悪魔の中でも頭一つ飛び出した頭角をもつ神にも勝る悪魔がいなくとも、人間たちは着々と追い込まれ、挙句に龍人をも滅ぼされている。
彼らに心はない。感情も理性もない。魔物と同じで、痛覚はあれどそれも殺戮本能の前に無神経だ。けれど理解している。何千年の功績が讃える。
数こそが全て。数こそが力。数こそが悪。数こそが正義。故に確実に着実に殺すには、一人に対して圧倒的な軍数で挑めばいい。それだけだ。
魔族が放つ魔力砲を後方へ跳躍して躱し、飛翔して迫る魔族の群れをみとめて詠唱する。
「【正義の剣に誓いの光を】」
それは短縮詠唱。元々の詠唱を短文化した魔法の極め。ローズなんかもやって見せる行為。極めた魔法の名を呼ぶ。
「【エウノミア・ルウ】!」
純金の粒子が剣へ集い、それは聖剣のように赤く暗い世界には希望の一柱のよう。
「消えなさいっ!」
横一閃に振り払えば、純金光が長刃となり宙を飛ぶ魔族を一掃した。着弾と共に光が破裂し一帯に輝かせる。花火のような刹那の閃光。それは時としてリリヤが地上に降り立った頃、セルラーナは亡者だけでも全て天に還した。
「魔族は邪魔よ」
拓けた道をセルラーナは疾走する。唖然とする魔族が気が付けば彼女の姿はどこにもなく、食べ物に飢えた動物の如く血相を変えてその場を飛んでいった。
それから少しして息を潜めていたセルラーナは息を吐いた。
「…………助かったわ。それで、貴女は……?」
自分を瞬間的に隘路へ導いてくれたその人を暗がりの中、見た。紅緋色の髪を後ろで一括りにした空色の瞳を薄暗がりで輝かせる少女は畏まった。
「私はルベル・ピオニィスです。セルラーナ・アストレアさんですよね?」
「えっええ……そうだけど」
「まだ生き残っている人がいてよかったです。あっセルナさんって呼んでもいいですか?」
「えっいいけど……貴女は確か……」
嬉しそうにはにかむ少女――ルベルに既視感を覚える。
「私は『竜印の覇者』の一員です。以前何度かクエストを一緒に受けたことがあります」
「思い出したわ。神の眷属の子ね!」
「はい。今は戦闘音が聴こえたので助けにきました」
思い出したセルナだが、そんな悠長に話している時間はない。戦闘音が止んだ世界は虚しさだけに囚われているかのよう。直ぐにリリヤの状態が脳裏を過り、その場を後にしようとするが、セルナの袖口をルベルは引っ張って引き留める。
「離して。私は行かなきゃダメなの」
「悪魔の所にですか?」
「ええ。そこでリリヤが戦っているわ。独りで戦っているの。だから、私がいかないと。彼を一人にしてしまう。私は【正義】として誓ったもの」
そう、私がいかないといけない。
約束をした。契りを交わした。
否――そんな高尚なものではない。
もっと泥臭くて醜い己の利己の押し付け。とても恣意的で私欲な繋がり。
(私たちはわかり合えない。交わる何かがあったとしても、私たちの本質は違う)
過去の悲惨に執着する少年と、己の血統を誇示する少女。復讐と正義。欲望と人望。求めと救い。
二人は余りにも違い過ぎる。
欲望に駆られる【復讐者】を待ち受けるのは『悲劇』。
救いに奔走する【正義】を待ち受けるのは『喜劇』。
人間の悪魔がなす『復讐劇』、人間の救世主がなす『英雄劇』。
その果てに。もしくはどこかに誰かを助ける、そんな繋がりが有ろうとも――彼らは譲らない。
それこそが弱さで救えないどうしようもない性なのだ。
(でも、私個人としての心なら、私は彼を独りにしたくない。ここままじゃ、瞋恚とともに焼かれて灰になってしまいそうだもの。……だから、私だけでもリリヤの隣にいないと)
正義の瞳は澄んでいた。透明で熱く、月光よりも陽光よりも、世界が一番に美しく輝く朝と夜の狭間の海の青のように、唯一無二の決心だった。
この囚われた異質な世界で、彼女だけが異彩を放っていた。純白から成り立つ世界の青さに勝る正義の輝き。囚われることも恐れることもない、強い色彩をルベルは知った。
慄くこの何千と死んだ人間を目にして、亡者と魔族の侵攻を目にして、監獄と化した贄の傀儡を身に染みて……それでも、彼女は正義を絶やさない。希望を灯し続ける。
その裏に可能など考えの余地はない。これはやるべきこと、成すべき事項、そして英雄へと昇華するための物語の一頁目に過ぎない。
「【正義】の名をもって、人々を私が思う形で助ける。だから、こんな始まりでは止まれないわ。そうしないと、私はまた迷ってしまうもの……。だから、走らないとダメなのよ。……この想いだけでも貫きたいの」
ルベルは聴いた。女神が微笑む声を。神々が見定める視線を。理が頷く風の囁きを。
(セルナさんは、凄く強いです。私なんかよりも強い。……眩しい)
セルラーナ・アストレアは正義の女神の紋章があしらわれた剣を握り、戦闘からなる建物の崩壊を目に、ルベルを振り払って歩き出す。
勇敢、雄壮、勇栄、雄大。否――『愚直』。
それこそが『正義』を掲げる戦士の本質だ。
それでも、愚かであれとも、正しく輝かしい。眼を細めずにはいられない。
ルベルは思い出す。薄く途切れ途切れの記憶の断片を。
幼き日にルベルの家族を魔族から助けてくれた悪魔のような戦士の背中を。
母は言った――あの人のように泥臭く生きなさい。
父は言った――あの人のように思うままに生きなさい。
『愚直』に生きることこそが――誰よりも強く輝けるのだから。
あの人は怖かった。顔を仮面で隠し背中から生える龍の翼。残酷な惨殺に圧倒的な力。魔族を呼び寄せた人間でさえ、容赦なく殺してしまうその無慈悲さ。
あの人の名は『死神アウズ』。
村の皆は助けてもらったにも拘わらず死神を責め立てた。けれど、母も父も言うのだ。
恐ろしくて残酷な人だった。殺意に囚われている人だった。
だけど――優しくてどこまでも愚直な人だった。
(みんな戦っている。わかっています。わかっては……いるんです。だけど、私も感化させたみたいですね。……それもこれも全部、あの人とこの人のせいです)
ルベルは今世紀一番の覚悟を決めた。竜印の覇者に所属する時よりも、戦士として生きようと決めた時よりも、博打に近い愚かな選択。
けれど、その選択を決めた時、ルベルは誇らしく思えた。
「セルナさん……私に力を貸してください!」
ピタリと脚を止めたセルナは視線だけをルベルに留める。
「私の力を何に使うの?」
正しく見定めているのだ。ここでセルナの心を侮辱するような発言をすれば、ここで出会った縁は切られる。我ら竜印の覇者の協力者とは一生なってはくれない。
ここは執念場。正義からの試練だ。ルベルは息を呑んで、ぐっと拳に力を入れた。
「この監獄を破壊します」
「————……!」
ルベルは宣言した。この窮地を救いに導く提案を宣った。
無謀、無策、まさか。勝機あっての言霊だ。覚悟あってのお願いだ。
蒼き炎を宿す少女は、魂血を贄とする〈権能〉の力の一部を理解している。それはアムネシアと同じ『炎を司る』魂として、神の眷属として世界の危機を俯瞰して読み取れる。
「この監獄は死んだ人間の魂の破片をその人物、本人の血液を媒体にして発動しています」
「なら、あの楔は血で出来ているってこと?」
「はい。血漿と魂の欠片を媒体に魔力で出来ているはずです。そして、奪い取った魂血が悪魔の力を強めています。知らないと思いますが、ほんとは最初の襲撃での人間の血で、この国全体に魔法陣の術式を描いていたのです!」
「――っ⁉︎だから外壁から内へ攻めたのね」
「恐らくは……確証はありませんけど、あの楔が繋がっている所の魔法陣を破壊すれば、監獄は打ち破れるはずです」
それは成算だった。『竜印の覇者』としての努力の日々と、炎を司る己の力の超象によって高められた研鑽だった。探偵のように事柄の見解を立て、騎士のように問題へと魔法と剣舞を解き放った。調停を行う組織として、問題解決への迅速かつ早急な調査は当たり前。こんな時だからこそ、はやくこの国から脱出または悪魔を討ち滅ぼさなければいけない。
悪魔の炎が『邪炎』だとすれば、ルベルの炎は『正炎』だ。
正しき炎、即ち『心』を指す。正義を味方とする心は常に燃え猛る静寂の蒼を染める。それが【蒼炎】の名を冠する彼女の生き様。
故にだ。故に使命たる蒼き炎は寡黙しない。猛る猛る、怏々しく心の聖火のままに燃え上がる。言うならば『正義』だ。
「私の仲間が北と西に向かっています。私はこれから南の楔を破壊する予定です。なのでセルナさんには東をお願いしてもいいでしょうか?」
「他の魔法陣はどうするの?」
「北には私の部隊の団長が。一番厳しそうな西には竜印の覇者の精鋭部隊が向かっています。私たちにこれ以上さける人員はいません。私は一人で南を破壊します。なので、勝手なのは重々承知していますが、お願いです!私たちに力を貸してくださいっ!」
ルベルは勢いよく頭を下げ、そしてセルナ即答した。
聴こえたのは銀鈴の声音。揺らしたのは正義に満ちた志。顔を上げたのは伸ばされた英雄の、救いへの御手。
ここで彼女を見捨てる選択をするのであれば、セルラーナは死ぬべき人間だ。『正義』を掲げていい人間で在るはずがない。故に答えなど決まっている。
「いいわよ。貴女に力を貸してあげるわ」
「本当ですか⁉」
「その代わり、それが終わったら私の役目は終わりよ。それ以上は手伝えないわ。いいわね?」
ルベルはありがとうございますと大きくお辞儀した。
リリヤの叫びが、悪魔の咆哮が再び交差しようとしている。
「ここで走り出さなきゃ、私がここにいる意味がないわ。悪魔を倒して、魔族を滅ぼして、人々を救うのが私の使命だもの」
セルナはリリヤの戦場に背を向けて、東へ駆け出した。正義の使徒は憚る敵を煌めく剣戟で道を拓ける。黒い墳血が舞うなか、彼女だけは白き純正を放つ天柱に映った。
「速い!……私も、私だってやってみせます!」
慌てて走り出すルベルもまた、炎を放つ。
セルナによって拓かれた希望と同じ反逆の狼煙を上げた。
今日中にもう一話、リリヤと悪魔の死闘を更新します。




