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奇怪の加虐

青海夜海です。

地下ダンジョン進行。しかし、彼らの眼は地上を知らず、その意思は奇怪に晒される。

 

 辿りついたそこは微かな魔石灯によって照らされた暗闇の世界。

 微かに耳朶を踏むのは魔物たちの小さな遠吠えのみ。自分たち以外に気配のないここ。暗闇のみに満たされた洞窟はとある階層を如実に差していた。


「……ここが、三十階層……」

「そのはずよ。三十階層は他の層と違ってほとんど明かりがないことで有名なのよ」


 リリヤの隣に並んだセルナは辺りを見渡しながら腕を包む。


「それにしても寒いわね」

「ほんとですね。風はないのに妙に気温が低いというか……こう、悪感みたいな」

「馬鹿馬鹿しい。それよりも急いだほうがいいだろ、ヴェルテア」


 ゼアの確信にヴェルは頷く。ヴェルの表情からもわかるように、流石に同じ階層であればゼアたちにも魔力を感知することは容易い。眼を細めるヴェルが誰よりも事の始まりに危惧している。なぜなら……。


「もう三分もないであろう。地上では何かが起こり始めている」

「何かって……?」

「わからぬ。けれど、あれは始まってはいけないものだ。最初の暗黒期の再来にも似た暗影の魔力。恐らく悪魔が〈権能〉を使用したのであろう」

「ちっ。ヴェル案内しろ。奴らはどこにいる」


 嫌な予感が全身に悪感というなの不吉を滲ませ、額に汗を浮かべる。

 あのヴェルテアが言うのだ。それは始まってはいけないものだと、悪魔だけが用いる既知外の〈権能〉の発動だと。

 一切合切魔物のいない迷宮は果てしなく静かで、生命の動きすら感じられない。けれど、感じる確かな魔力の領域。場所は近い。

 リリヤたちはヴェルテアの後を追って右へ左へと幾度と全速で駆け抜け、やがて見えてきたのは岩壁だった。


「行き止まり……違うわね」

「リリヤ!この壁を破壊しろ!」

「ゼアいくぞ!」

「アァ」


 俊足をもった二人が地を踏み込んで跳躍した。魔力の込められた蹴りが岩壁を粉砕する。同時に張られていた結界をヴェルテアが破壊した途端、その死なる気配が莫大に増幅した。

「そういうことかよォ!」とイラつきを隠さないゼアが見る前方は魔物の巣窟。

 魔族レベルに群を作った殺戮の化身は敵を認め一斉に狩りに飛び込んだ。

 けれど、ここに集うは英傑。英雄の切符を手にすべし世界に認められた強者たち。まるで予想していたかのように、詠唱が奏でられる。


「【世界の彩よ、私の花に染まれ】――【彩の星華(アイリス・アステール)】っっ‼」


 ローズの歌が魔力に乗って彩を顕在させる。それは己が視覚する世界の彩。


 スキル【彩の調べ(インデセント)】……魔力を視覚に通すことで世界の彩を鮮明に判明に認識することができる能力。己が見たいと思う色が色濃く千の尺度を持って目に映すのだ。魔力を可視化していた故の早業。


 熱き灼熱の業火。それは番人をも唸らせる地獄の焔。敵を殲滅すべし正義の炎。

 この道を照らし、誰にも邪魔させない炎彩。浮かび上がる星のような赤一色。

 闇の中、それは魔物の赤い瞳よりも優雅で魂の熱よりも焦がれていた。無数の星が煌めく。


「咲け!炎!」


 振り払った腕と共に、星屑は発光して目の前一帯を炎の残花域へと変えた。四方八方から放たれた炎の渦は最早炎の檻そのもの。ローズの魔法が魔物に声さえ上げることを許さず蹂躙した。

 炎の跡には焦げる岩石のみ。灰すらも残さない業火は完全なる強さの証。


「さぁ行きましょう!」

「え、ええ……そうね」


 さすがの規格外にセルナは口元を引くつかせる。


【色彩】の名は伊達ではない。自らの深層意識と世界の彩たる理を結合していくことで無限の可能性が生まれる。世界の(いろ)と己の心理(いろ)が交わった時、神々でさえ歯向かうことを許さぬ魔法へと進化することであろう。

 リシュマローズ・シンベラーダは世界最強に君臨する魔法士(メイジ)の次に来る魔法使いだと謂われている。

 ここにいる誰もが魔法ではなく武術や剣術に長ける者。故に見た業火の魔法に度肝抜かれて一瞬の膠着を許すほど。

 魔物が一匹たりとも灰と還った地獄の跡地に今だ冷めることのない熱だけが残り、そして歌らしきものがリリヤたちの聴覚を振るえさせる。その歌――否、それは奇怪な咆哮だ。

 人外の人が狂った動物のように喚く醜悪で奇怪な叫び。鼓膜を犯すような耳障りな音だ。曲がり角から聞こえてくる、それは魔族の雄叫び。


「鬱陶しい、雑音め」


 反吐が出そうになる。ゼアのなじりは当前。ローズは耳を塞ぎ、セルナも顔を顰める。


「不味いな。魔力が変芸している」

「そうね。あの角の先からね。急ぎましょう!」

「これでも急いでんだよ……」


 率先するセルナの『正義』からなる使命感にゼアはうんざりとして、けれど後に続く。

 そして、角を曲がり進んで行くと、松明が照らす暗闇には似合わぬ緑光を捉える。


「あそこに魔族が……」

「俺とセルナが先に行く。ローズとゼアは後を頼む」

「了解」

「わかりました!」


 うんざりとしながらも闘志を燃やすゼアと、真剣な眼差しを緩めることのないローズ。セルナも決意と闘志に頷いた。


「リリヤよ。いつ転移が始まってもおかしくない。まずは転移術式を破壊しろ」

「わかってる。できるな?」

「ええ!任せなさいっ!」


 扉で隔てるその向こうへ律義にノックすることなく、リリヤが魔法で打ち破った。


「【ケール】」


 暗黒の魔力弾が剣の一振りに乗って扉を破壊した。

 突然の出来事に、驚愕の反応を見せる魔族を目に映して、銀の煌めきが舞う。瞬間、扉の前にいた魔族が黒い血を墳血する。


『ギュゥウウ⁉』


 着地と同時に顔を上げて見渡す、そして気づいた。転移方陣が完成しているのだ。

 いくつかに分かれて創られた大規模な術式をリリヤが読み取ることは不可能の代物。

 そしてそれが出来たとしてももう遅かった。破壊するのには時間が一秒もなかった。


 セルナとリリヤが捉えた先、転移方陣が魔力のエネルギー粒子で魔族を包んでいく。

 それは完了の合図。それは始まりの合図。それは、間に合わない決定的な負けの合図。


「まっ――」


 黄金に輝いた方陣は魔族を次から次へと転移していく。見渡す限り数万、もしくは六桁にもなりそうな魔族が数百の部隊となって配属される。

 これはヤバイ。リリヤの直感が負けを感じ、けれどそれに浸っている時間などない。くそっと歯噛みして襲い掛かって来る魔族を捌き、ゼアたちに叫ぶ。


「どこかの転移方陣に乗り込めェェーーッ!」


 焦りながらゼアとローズとヴェルは左手前の方陣に、リリヤとセルナは目の前の方陣に魔族を蹴とばして乗り込む。

 瞬間、黄金の輝きが身体を包み、数万以上の魔族と共に囚われの国――アーテル王国へと転移した。


 この瞬間は負けを意味していた。


 けれど、彼らは知らない。地上の国がどうなっているのか、ルシファーの〈権能〉がなんであるのか、誰も知らない。


 その地は穢された魂の真髄を歪められ、囚われた魂血(せいめい)は悪魔の名のもとに贄と成り果てると……。


 ――嗚呼、そこは地獄。そこは監獄。そこは冥獄。悪魔によって囚われた一番星。


『堕天使の精髄』が成す、輝かしき世界でたった一つの血縁からなる偽造眷属の誕生。


 ――嗚呼、赤き星は絢爛華麗に夕暮れの空の下、輝き続けていた。


26日あたりに更新予定です。

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