アーテル王国
——ガラガラ
商人が引く素朴で質素な馬車の荷台で、リリヤはむくりと起き上がった。
固い木製で痛めた腰や背筋を伸ばし、「はぁー……」と息を吐く。随分長い間眠っていたわけではないが、木材の寝心地の悪さに眠気はどこかへと消えていった。
寝ぼけることもないリリヤに気づいた商人が振り返る。
「坊ちゃん起きたかい」
「ああ。荷台はやっぱり腰とかが痛くて碌に寝た気がしない」
「あはは!ちげーねえですね!」
からから笑う商人を横眼に道すがらを見渡す。森林から少し離れたここは整備されており、馬車などが通る一本道がどこまでも続いている。
整備と言えども草木が刈られており、幾度の車輪の跡が刻まれた土のへこみのみの道路だ。それでも、商人としては有難いことこの上ない。森を突き切って命懸けの商売をしていた頃とは比べ物にならないほどに、効率化と生存率、利益が上がった。
また国と国との外交などもこの路が一端である。
世界の中心オリュンポスから見て北東に位置する海脈の国リヴァル共和国も、西に位置する鉱山の地ハング帝国、更に進んだ、時の国テレマまで続いているとも云われている。
それは些か語弊があり、正しくはこのような整備され補強された道路が各地を結び付けているだけ。それでも『旅人』にとっては欠かせない『道』である。
青空が広がる空に小さな雲がぷかぷか浮かんでいる。そよ風がリリヤの群青の長い髪を攫い雲を動かした。木々が嬉しそうに鳴らし鳥が羽ばたく。
携えている剣も心地良さそうに陽光を反射する。緩やかな気温は肌に心地良く、再び眠気が襲ってきそう。欠伸をするリリヤに商人は話かける。
「最近魔族の活動が表沙汰になってきたらしいですね。なんでも『ヴェルテアの消失』が魔族の動きを活性化させたとか」
「……そうらしいな」
「坊ちゃんも気を付けてくだされや。魔族の活動範囲も目的もわかりませんし、南のパーネが侵略されたらしいですし。まあ、あそこは辺境地で住民もほとんどいなく無人都市同然だったって話です」
「ああ聞いたよ。ボスハンムさんも気をつけてね。護衛もつけずに国を渡ろうだなって自殺行為同然ですよ。俺らがいなきゃどうなっていたか……」
ため息を吐くリリヤに商人は豪快に笑った。
「いやはや。確かにそうで御座いますな!けど問題ありませぬ。かの国は最強派閥の三大ギルドの一つ【紅雨の閃剣】がおりませぬが、魔物の討伐も魔物侵攻の阻止。『魔族』どもへの牽制もできてまっせ。まーあんたら御二方は本当に強う御座いましたから問題ないでしょう。いやはや派閥などに所属しておられるのですか?」
反省の色が全くない商人に半ば諦め気味に髪を抑えた。横でまだぐうすか寝ている友を見てから視線を風景へと戻す。陽光が溢れる世界はどこまでも綺麗に満ちていた。その世界にリリヤは眼を細める。
「ギルドには入ってないよ。俺らは旅人だから」
「そうで御座いますか。私めは目的は商品の調達と店の管理等で御座います。何かお困りであればここの店に来てください。一週間ほどは滞在しておりますので」
出会い頭に貰った名刺に目を落とした。『ロギボの店』と書かれた店名と商人の名前が載っている。ざっと見てから外套のポケットにまたしまう。今回はリリヤたちも暫く滞在する予定だ。お言葉に甘えて頭を下げると機嫌良く頷いた。
暫く雑談をしていると、そうして、それは見えてきた。
道の行く末に大きく聳え栄える人類の砦。八竜王が一竜『冥王ヴェルテア』と共に成り立った、八代国の一つ。大都市と領地を合わせて国と名乗った都市の国。
商人ボスハンムの声にリリヤは目線を、友のゼアは瞼をそれぞれ送り開けた。
「見えてきましたぜ。アーテル王国」
1『邂逅』
整備された大理石の歩道に馬車道。立ち並ぶ店々は活気に溢れ陽気で賑やかだ。
響いてくる人々の楽し気な声音。笑い声に嬉し声。商売の声に談笑は国を豊かに魅せる。
「眩しい……。いい喧騒だ」
「そうだな。俺にはちょっとうるさすぎる」
眩しさに目を細めるリリヤとは対照的にゼアは欠伸を一つ。興味なさそうに、いやそれ以上に煩わしそうに息を吐いた。気持ちはわかるリリヤは咎めるようなことはない。クールビューティーなゼアに構わずリリヤは歩き始める。
見る限り人族が多数を占める中、やはり妖精族や小人族や狼人、猫人族やドワーフと言った他種族も普通に生を謳歌している。
容姿端麗で気高い矜持をもち、肌を晒すことを苦手とし接触自体を極端に嫌がるエルフの相貌は美しい。
ヒューマンよりも背丈が小さく小柄なピグミーは、己より背の高い筋肉質の身体を持つ造作を得意とするドワーフと言い合っている姿もある。
その様々な姿に存在に目が奪われ、ありもしない日々を思い描いては首を横に振った。その様子を見ていたゼアは別に何も言わない。
出会った頃からの呪いだ。生きてきた全てがリリヤを呪縛で苦しめている。きっと消えることはない。
ゼアの視線を感じたリリヤは誤魔化すように口を開いた。
「この国は多種国家らしいね。他の種族を受け入れることで他国との貿易や商貿をうまくやってるって、ボスハンムさんが言ってっけ」
「……ああ。王が外との関係を重んじてるそうだ。魔族の侵攻で不毛な土地が増えてるしな。それよりもさっさと資金調達するぞ。荷台で体が痛い。さっさと宿で休みたい」
「相変わらずすぎる。でもそれには同意。俺も休みたい」
ゼアの意見に頷いて商街区のほうへと足を進める。
今、リリヤたちにはこれといった資金がない。食料もなければ宿代で精一杯の硬貨。ここに来る前に商人ボスハンムに魔物の血肉全てと護衛を取引に数十キール先から運搬してもらったのだ。今から魔物を狩りにいってもいいが非常に面倒くさい。何か手っ取り早く稼げる方法はないかと、辺りを見渡す。
「それにしてもやけに賑やかすぎる?何かあるのか?」
「さあ。飾り付けとか出店とかしてるから祭りでもあるんじゃねーの」
「こんなことならあの商人に聞いとけばよかった……」
後悔すれどももう遅い。見渡せば祭りという催しに既視感を感じる。いくつかの国でも見た祭りと酷似しており、誰も彼もが談笑に花を開け忙しそうだ。
「取り敢えずどこかの店にでも入って聞いてみるか」
「なら俺がいく。その方が手っ取り早いし効率的だ」
「大した自信家だこと。いつもいつも思うけど……」
「俺の容姿が優れてるんだ。自信じゃなくて結果だ」
普段面倒くさがりやで、人任せが多いゼアだが効率などを考えた時、自ら率先して申し出るのは珍しくない。その方が効率的に利益を得れるからだ。自らを客観的に理解しているゼアは名もない花の美しさより、名のあるバーベナのように魅了に誇れている。
ゼアは一点の出店をみとめると足を運んだ。若い女性のヒューマンが営む雑貨屋を一瞥してから話しかける。
「少しよろしいでしょうか?」
「えっ……あ、は、はい!」
準備途中だったのか、いくつかの雑貨を手に振り返っては、その尋ねてきた人物に顔を赤らめた。営業スマイルを浮かべたまごうことなき美少年がそこにはいた。
「私たち、この国に来たばかりでして、今日は何かあるのでしょうか?」
面倒くさがりやで悪態をすぐにつくゼアはどこやら。そこにいるのは優しい口調で微笑みを絶やさない完璧な美少年。薄鈍色の髪の間から除く双眼は銀色で美しい。端麗で精悍な顔立ちは女性を虜にするほどに佳麗だ。
美しさと男らしい鋭さがあり、例に漏れず女性は声を上ずらせて赤い顔のまま答える。
「は、はい!あ、明々後日から三日間にわたって、アーテル王国創立二一六八年記念式典があります!各国のアーテル王国に支持高い国賓がたや周辺のアーテ領地に入る市町村に住まう人たちもこの日ばかりは祖国の祝いを来ます」
「へーだからお祭りムードってことか」
「はい。そして明後日には前夜祭ということで、毎月のはじめに開催されていた闘技戦があります」
「闘技戦……?」
ひょこりとゼアの後ろから顔を出したリリヤにキョトンとする店員さん。ゼアがイケメン爽やか笑顔で「私の連れです」と言えば相手は何も詮索なんてできない。その顔と声に許してしまう。
リリヤはゼアのように一八〇とそこそこ高いわけでもない。
一七〇程度の身長に群青の髪は女性のように背中まで長く、十八歳のゼアと違って十六のリリヤは中世的な顔立ちで紺青の瞳は鋭さはあれ、男らしさを感じるかと言われれば微妙な様。身体は華奢であり、手足など筋肉はあれども折れてしまうのではと思うほどには細い。よく女性として間違えられ、ゼアといれば彼女として女性に睨まれることは多々ある。
昔、『おじいちゃん』に耳朶を切られたことがあり、それがトラウマとなっての今の状態だ。それはたぶん言い訳であり、毛先などはちょくちょく切っているし、何よりばっさり切れないのは未練と執着だろう。そしてこれからも切る予定はない。
「はい!ギルドに所属する冒険者同士が他ギルドと決闘が許される、言わば力試しが可能な催しです。アーテル王国はギルド国家として名を馳せています。なので、ギルドに所属する者同士での力比べが公認されていて、今では一つのエンターテインメントとなって高い人気を誇っています」
「他派閥と競えるなんて寛容だね。ギルドの位さえ変わって来るだろうに」
少しだけ面白そうと思っているリリヤの戦闘狂にゼアは辟易してから店員に手を振る
「ところで、ギルド管理部ってどこにあるかわかる?」
「ギルド管理部でしたら西街区の混沌の塔の左となりにあります」
「わかったありがとう。それとそのお面を二つ買わせてもらうね」
そう言って女性がもっていた龍の面を指さす。賄賂というわけだ。嬉しそうに微笑んだ女性店員は囁くように蠱惑的に「割引しておきますね!」と二十フランの硬貨と引き換えに仮面を渡した。それに紳士的に微笑むゼアに手を振って後にする。
「じゃあ、いくか」
「何しに?」
「外で狩りすんだよ。それ以外に何があんだ?」
「いや、参加したいのかなーって」
溜め息を吐いたゼアは「それはお前だろ」と、馬鹿馬鹿しいと歩いていく。
「金になんねー戦いなんて意味ねーよ」
貪欲な金の猛者。とまでは言わないが、金に直行するゼアにリリヤは呆れるのだ。
ゼアから『冥王』の仮面を受け取ってる。ゼアの手元に残るのは『海王』の仮面。
「まー行くか。まだ時間もあるし。偽装のギルド証明カードってあった?」
「三日前の盗賊が持ってたぜ」
「じゃあ、名前だけ書き替えておくか。被害者の報告が通達されていたら不味いし」
そう、犯罪一歩手前の所業でギルド無所属の二人はどこかのギルドの冒険者と成り済ますことにした。
………………
「それで、貴様は何者だ?」
路地裏へと曲がり込んだリリヤとゼアに追いついたのは、フードを目深に被った誰とも知らない者。排水溝から水がたれ流れる音と共にフードの者はナイフをくり出して、リリヤ目掛けて穿った。
「真っ先に殺しにかかるか。暗殺者」
しかし、リリヤの蹴りがナイフを弾き飛ばし、しびれる手首を抑えようとする暗殺者の懐に俊足の斬撃が肩から胸を切り裂いた。
「ぐぁぁっっ⁉」
「急所は外してある。すぐに死なれては困るから」
フードが脱げたその相貌は爛々と生命に滾らせた無精髭の男。まるで魔物のように喰いかかろうとする男だが、ゼアのナイフが両太ももを貫通させて身動きをさせない。
それでも殺意を抱き続ける男をリリヤは冷酷で冷淡な眼で見下ろした。
「質問に答えろ。そうすれば命だけは助けてやる」
「……し、つもんだと……?」
まるで長い間言葉を使っていなかったかのような掠れた音。強烈な違和感を覚えながらもリリヤは囃し立てる。
「お前の目的はなんだ?お前に命令した奴は誰だ?どうして俺たちだとわかった?——お前は誰だ?」
「おれは……もく、てき……」
「さっさと答えねーと死ぬぞ」
ゼアが呆れたようにそれでも戦士の威厳で威嚇すると、男はさっきとは打って変わって明らかに委縮する。まるでちぐはぐな態度。
それについにても問い質そうと違和感に訝しんでいるその時、変化が起こった。
「おれは……おれはっ、オレハァ……!」
「離れろ!」
ゼアの合図でリリヤも屋根上へ跳躍。瞬間、男の体内が皮膚を通り越して真っ赤に輝きだし、そして破裂した。
内臓も骨も脳すらも残らない、血だらけの果て。その路地裏は真っ赤な血の一色に染まり切った。
「……口止めか」
「らしいな。ってことは、この国に首謀者か観察者がいるってこった」
「俺たちを殺すため……なのか?」
「さーな。けど、俺らの自由は少ねーかもな」
路地裏を歩く男性たちの悲鳴で辺りが一時騒然となり、その現場と回収できなかった情報を後ろに、リリヤとゼアはこの国に潜む『何か』に意識を傾けその場を後にする。




