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記憶の断片

青海夜海です。

炎の記憶、それはすべての元凶を映し出す鏡

 

 闘技場から感震する歓喜の熱気。震え上がらせるような燃える応援。それを一人の男は鼓膜に揺らされながら、露店が並ぶ街路を歩いていた。

 彼は昨夜リリヤたちが騒いだ店で、ゼアとアムネシアに発破をかけた男だった。煙管を吹かしながら祭りに呑まれた人々が行きかう街路を無関心に通り過ぎる。


「……たく。頭いてぇ……。昨日は飲みすぎたなぁ。あの嬢ちゃんと兄ちゃんの漫才に呑まれるんじゃなかった……くそ」


 がくりと肩を落とした男は昨日のゼアとアムネシアの喧嘩から発展した勝負に乗ってやったりした。酒の飲み競いやあの店名物の『従業員の失敗料理』のギブアップ選手戦など。それら全てに彼は金を加担した。それで今は金欠の極みだ。故に祭りなど金のない男には空腹の中で高級料理を食べてられている様なもの。

 吐き捨てるように青空を背に脇道へと入ろうとして、ばさりと何かが羽ばたいた音が頭上から聞こえた。それは意もせず不吉な予感で固められた予兆だったのかもしれない。もしくは運命とでも悪運とでも言える。


 この日、この時、この場所で、男だけが殺戮の始まりをその瞳に焼いた。


 落ちこぼれた瞳をそのままに仰げば、男の眼は時を止める。

 不吉な黒き翼。鋭利な爪牙。飢えた殺戮本能。漆赤の魔物の瞳。額から伸びる漆黒の角。


 それらは誕生して以来、永遠の人類の『敵』。


 悪たる力を身につけた人間から生まれし、殺戮の化身。世界を蹂躙する魔物と同義。


 それは天の災禍。それは人類の敵。それは悪の眷属。


 男は見た。男は知った。男は……何もできなかった。


 空を覆うほどのそれら――『魔族』は男以外の誰にも知られぬまま、飛翔から死を戴く爪牙を振り撒いた。


 悲鳴はない。恐怖はない。血の華が咲き誇るだけの刹那だった。首がはち切れ、頭蓋がひしゃげ、胴体が抉られ、内臓が吐き出し、濁流たる血液が流れだす。

 血華の世界は悍ましく、美しいとは口が裂けても言い難い。絶望と酷似した一瞬は正しく終わりであった。


 何千たる漆黒の悪は獰猛に嗤い、翼を広げ生きとし生ける者の場へと飛び立った。

 何も出来ない男は腰を抜かし、口を開いたままその場を永遠と、悲鳴が上がる最後まで見続けていた。


「………………なっ、なんなんだぁ……うそ、だろ……」

「嘘じゃないよ。ボクたちは誰にも知られずにこの国に侵入したのさ」


 無意識な呟きはどこか知的な青年の声が答えた。

 恐る恐る振り返ると、そこには濁った金色の髪に物腰の柔らかそうな赤い瞳。中性的で整った顔立ちは美しい。聖者の衣を羽織り、白と赤で出来た生羽を生やした青年がいた。

 引き付けられるようなオーラに男の激しい動機は静寂のように落ち着いていた。

 けれど、同時に理解もしていた。出会ってはいけない者だと……。


 右手の掌に小さな赤い球体を浮かばせるその人物は、薄気味悪く魅了するかのように唇を弓なりに曲げて。


「ボクの名を名乗っておくよ。きっとキミの人生は最期になるからね」


 天使のような悪魔は正しく自らを悪魔と名乗った。


「――【明星】ルシファー。天使から堕落した成れの果ての悪魔さァ!」


 ルシファーと名乗った悪魔は不気味で美しく、真髄まで男を歪めた。

 男の魂が侵されていく。それは否だった。


「……………………え……?」


 赤い何かが男の足元に落ちた。虚空に投げ出されたかのような喪失感が支配して、空白の何かに手を伸ばした。見上げていた視線が自然と虚空の腹部へと誘われ……すっぽりと穴の開いた己の胴体を見て、唖然と顔を上げる。


「キミの血はどんな一番(いろ)をしているのかな?」


 そして知った。灼熱と冷感が襲う我が身は、死に逝く最期だと理解した。

 穢されたのは魂と命の尊厳だった。


「うぅ……」


 微笑む悪魔の笑みを最期に男は生命の源を天へと還した。

 けれど、彼の、彼らの『魂』は還ることはなかった。

 男の聴覚が捉えた。


「キミの魂血(せいめい)を戴かせてもらおう。なーに、魂はボクの楔となるだけさァ‼光栄に思うんだね!」


 世界の悪の根源は歪めた笑みで男を血だまりへと殺した。

 無惨に残酷に酷く惨く非道的に、悪魔ルシファーは魔族を率いて、魂血を啜る反撃へと蹂躙を始めたのだ。



明後日に更新します。

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