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集いし者

青海夜海です。

今回もよろしくです。

 

 赤い星のような惑星が血濡れたアーテル王国の上空に浮かんでいた。

 その異質さは誰も気づかない。そこに確かにあってないもの。それはそういうものだという認識に侵略される。

 やがて魔族によって殺された罪なき人の亡骸や血漿の跡から鎖のような楔が赤い星へと伸びていく。アーテル王国の外壁を沿うような円状に、そして幾何学的にして機械的な模様を内部に、楔は上空の赤い星とアーテル王国を切り離せぬ牢獄としていく。


 生命の果てと亡命の嘆き。

 血液の懺悔と魂の虚ろ。

 死んだそれらに意識はない。あるのは留まるなにかのみ。

 だからそれは冒涜ではない。

 言うならば後の祭りから始まる魂血の祭り。

 明星の顕花だ。


 出来上がっていく己の想像の世界に、一人赤い星の下で羽をはためかす悪魔は愉快に軽快に昂揚に笑い声を上げた。


「アッアハハハハハハハハハハッッ‼遂に始まるさッ!ボクが願う、ボクが叶える、ボクが成し遂げる征服の時間が始まるさァ!冥王ヴェルテアが消え去ったこの地に、我ら『悪魔』の時が支配する!ボクの『明星』が可憐に輝くのでしょう!」


 その笑い声は悪魔としては些かお上品過ぎるが、それであっても悪魔的思考に基づいた嗤いは卑下たものに違いはない。

 人間の侮辱、人間の傀儡、人間の存在否定。それこそ罪深き冒涜。尊厳の命の自己の冒涜だ。


「さあさあ‼どんどん死ね!それがキミたちの役目でボクの役に立つ唯一の栄光さ!さあさあ喚け哭け!哀れに命乞いをしてみろ!情けなく尻尾を撒け!フハハハハハ——ッ!みんな、ボクのために死んで。死んで死んで死んでくれ――ッ!その命はボクが大切に扱ってあげるさ!」


 狂っていた。異次元だった。可笑しくて同じ悪魔でさえその頭の中に興味が惹かれるほど。その悪魔は狂っていた。

 己のエゴのために死ね。己の欲望を為すために死ね。己の、悪魔の征服のために死ね。

 悪魔は知能のない魔族を駒として、人類に死ねと要求しているのだ。否、それは要求などではない。そんな生易しいものではない。

 それは正しく絶対の殺戮。絶対の蹂躙。絶対の死への導き。


 赤い星と幾つかの楔が繋がった。


 瞬間、楔が生えるその地は赤く血よりも悍ましく輝いた。そして、繋がっていく。輝きが血糊をなぞるように繋がっていく。それは奇怪。それは幾何学的。それは恐怖的。

 アーテル王国に住まう誰にも認識されずに、その『儀式』は着々と進んで行く。


【明星】の悪魔が成す〈権能〉の具現化のために。


 異様な色に染まっていく知り得ない元の空、悪魔は盛大に腕を広げ刮目させた。


「さあァ‼キミたちの『(ひかり)』を、ボクが新しい『ひかり』に変えてあげる‼」


 魔族討伐を終えた人間たちに、今も怯える戦えない人間たちに、どこかで足掻こうとする人間たちへ……最後まで愉快に軽快に昂揚に笑った。




 *




「本当に無事でよかったわ……ローズ」

「わかったから離して!みっみんなの前で、その……は、恥ずかしいから⁉」

「私の妹は照屋さんね」

「わたしだけじゃないから⁉」


 そう抱きついてくるローズの姉――ヴァーネ・シンベラーダを思春期の反抗期らしく鬱陶しく引き離そうとするローズ。けれど、ヴァーネの力はどこか強く、それは妹愛ゆえなのかその豊熟した身体で抱きしめる。豊満なとても女性として成熟した双丘の感触に、ローズの瞳が冷めた絶望にも似た光を宿し微動だにしなくなった。


「わたしは所詮……」

「ちょっ⁉︎べ、別にローズの胸は普通よ普通!細くてスタイル良いんだから、気にしちゃダメよ!」


 同じ女性として素早くローズの心情を察したセルラーナがフォローするが、セルラーナを見たローズが涙目になっていった。


「セルナだって私よりあるじゃないですか⁉黄金比レベルな肉付きで、着痩せするタイプでしょっ!」

「着やっ、そ、そんなことないわよ……でもスタイルの良さとか、こう……へぇ、セルナ?」


 胸を腕で隠しながら、違った人称で呼ばれ、咄嗟に言葉が見つからなくて視線があちらこちらへ動きまくるセルラーナと視線が合ったリリヤだが、見知らぬ顔でそっぽを向く。同じくゼアも他人と化する。


(俺らに振るな!)


 二人の心情が見事一致する。こういったデリケートなお話は女性だけでやってほしい。できるなら男性の前ではやめてほしい。

 そう思う二人を憐れんだのか、それともローズのどこかに同情する所があったのか、赤い髪をツインテールにした齢二十にしてはあまりにも小柄な童顔のアムネシアが、ヴィーネからローズを引き離した。

「あぁ……」と悲しそうな顔をするヴィーネを横目に子供が抱きつくような形で、今度はアムネシアがローズを離さない。身長一五三のローズに対してアムネシアは一五〇ない身長差。その絵面は年の離れた姉と妹のよう見えなくもない。


「この巨乳族!アタシだけじゃなく、この子までその毒々しい甘美で艶美なケモノで犯すつもりなの⁉」

「わっ私はちがっ……」


 またも咄嗟に手を左右に振るセルラーナだが、アムネシアは恨めしい顔で見上げた。


「それだけ美少女で私と同じくらい胸もありそうで身長も……ぅぅぅっ!恨めしい!」

「おいおい。お前までシンベラーダと同じになってどうする?」

「うるさいわね!あんたは黙ってなさい!」


 冷静なツッコミをいれて宥めようとしたゼアを赤い瞳が鋭くして一蹴する。さすがのゼアもその口を噤んでリリヤに視線をよこす。リリヤは頭を横に振るだけだ。


「こんなことしてていいのか?もう魔族は撤退したようだが……我もこの話を聞いていてよいのかどうなんだ?」


 リリヤの横でちょこんと椅子に座るはヴェルテアことヴェル。黒髪を弄りながら詰まらなそうに唇を尖らす。そんなヴェルにアムネシアの赤瞳が捉えた。


「貴女もアタシたちの仲間よね!」

「ふぇっ……?わ、我か?」


 唐突な巻き添えに素っ頓狂な声を上げて大きな瞳をパチクリしている。その愛らしさに女性陣はキュンとなった。

 ヴェルの身体は元々十三、四歳程度の少女の身体なので、成長期が始まる頃間。しかし、何千年を生きるヴェルテアの身体は受肉しているだけであり、成長は存在しない。魔力なんかでどうにかなるといえ、ヴェルテアがそれをすることはないのだ。

 同じ身長差に仲間意識を抱くアムネシアの熱い瞳が、言葉を急がせる。


「わ、我は……その、みな綺麗だと思うが……?」


 そうたどたどしく頬を赤らめて小首をかしげるその姿。非常に愛らしく、彼女が言った『綺麗』は心に癒しを与えた。


「ううう~~っ!可愛すぎるぅぅぅ!」

「幼いころのローズのようね!」

「わっわたしより絶対可愛いですから⁉」

「アタシよりも小さくて可愛いいなんて……負けたわ」

「誰に何に負けたんだよ……」

「わっお、おい!だ、抱きつくな!」

「ほんとに可愛いわ‼私の妹にならない!」


 ヴェルに心を奪われて抱きつくセルラーナに微笑ましいものを見るヴァーネ。今だ胸を気にするローズと負けを認めたアムネシアたちをゼアはげんなりとした面持ちでため息をついた。わぁわぁ騒ぐ彼女たちの喧騒を、リリヤの一言が沈黙させた。


「そろそろ話をしていいか」


 真顔でどこまでも真剣身を帯びた音色は、昂揚していた心音を冷静に頭を落ち着かせていく。

 じゃれあいを一旦やめた彼女たちを見て、リリヤは扉を方に目線を向けた。


「……魔族が撤退したのは、本当だな?」

「助かったぞ。……魔族の撤退は本当だ。お前も気づいておるだろう。我の結界内から反応が途切れていく」

「それに他のギルドどもが押し返しているのは、俺も見たさ。そこでアストレアとチビたちと出会ったのが、俺らの経緯だ」

「ゼアの言う通りよ。私たちが前線に出ている間に戦闘態勢は整えていたわ。後、家名ではなく名前で呼んでくれないかしら」

「気が向いたらな」


 二人の証言があるのなら事実であろう。幾ら数ある魔族であろうと、数多のギルド部隊に対抗するのは無理な話だ。言わば覇者の陣に群がった害虫。奪われた生命与奪など罪として裁くには容易すぎる。決して魔族は鍛え上げた人間にとって恐ろしいものではない。

 なら、何に怯え悪の根源と可視化するのか。

 それは単に魔物的本能と人間の倍以上の繁殖能力をもつ圧倒的な数の上だ。

 一つの国に戦える人間が百だと仮定した時、そこに攻めてくる魔族は推定五百。そして彼らには逃げるという選択枠がなく、殺すまで死ぬまで戦い続ける。それが何よりも魔族を恐怖する原因だ。逃げる時は奴らを操っている者がいる証拠。

 けれど事これとは違う。なぜならこの他国の者も集う式典の日に襲撃をかけたかだ。だからこんなにも早くに徴収がついたといえ意味が分からない。それよりも気になることがあった。


「ヴェル……どうして魔族の接近がわからなかった?」


 リリヤの問いにヴェルは沈黙した。それは思考の最中でまた至らぬ答えへのアクセスだ。皆一同にヴェルに視線を止めて、ヴェルは腕を組んだ。


「…………我の国一帯に張り巡らせた結界には反応はなかった」

「けれど魔族は現れた」

「それってお前のミスじゃねぇーの?」


 疑うゼアに怒ることもなく沈着して頭を横に振った。


「違う。我の結界は完璧であった。故に我の策に気付いていたものがいるということだ」

「魔族がヴェルちゃんの結界に気付いたってことですか?」


 首を傾げるローズ。ヴェルは天井を仰ぐ。


「いやそういうわけではなかろう。我の結界に気付き、他の策を練って誰にも知られないように侵入するなんてこと、あの低能な魔族どもに出来るはずがない。加えて命令のように撤退していく能ない魔族の行動。それに魔族の情報は初めから懸念しておったわけだし、結界を無意味にするような奇策を使う力があったということであろう」


 そう、魔族は思考を持たない魔物と同じ。故にこんな芸当が出来はずがないのだ。そこから導きだせる答えは。


「つまり――『悪魔』が関わっている……そうだなヴェルテア」


 その確信をもった返答にヴェルは眼を伏せた。それこそ肯定の意であり、ここから予測は大体つく。

 思考し続けるリリヤと違い、彼女たちは何故かポカンと意味のわからない名前を聞いたとばかりに、目をぱちくりさせる。

 ゼアは顔を手で覆ってため息をついた。これにはヴェル自身も己の過ちに気付き顔を引きつるあまり。その異様な空気感はリリヤの思考を中断させる。リリヤが彼女たちに訊く前に彼女たちは声を揃えた。


「「「「……ヴェルテアっ⁉」」」」

「……あっ」

「あーあバレちったな」

「どうするのだ、リリヤ?」


 そして事の重大さにようやく脳が追い付き、今になって慌てて口を塞ぐが、意味のないこと。ヴェルと同じように引き攣った笑みを浮かべるリリヤに恐る恐るといった風に訊ねる。


「……えー、ずっと気になってたけど、その子って結局誰なの?」


 代表者アムネシアの質問に一同固唾を飲む。それに対して彼ら三人はただただ沈黙を守り抜いた。


「えー待って。アタシの記憶が正しければ、あんたは彼女のことを『ヴェルテア』と呼んだわよね?」

「………………空耳じゃないか」

「わたしはリリヤさんの妹さんなのかなって思ってましたけど、奇跡的に『冥王』と同じ名前の妹さんとか?」

「………………妹では、ない」

「確か八竜王ドラグテインの内の一竜、『冥王ヴェルテア』は四年前に姿を消したと思うのだけれど……」

「………………そう、だっけ」


 曖昧に濁すリリヤに女性陣の顔は蒼白していく。否定しないのだ。異論をつけないのだ。ならば答えを言っている様なもの。

 視線を逸らすリリヤに痺れを切らしたアムネシアがバンっ机を叩いた。


「まっまさか⁉本当にあのヴェルテアなの……⁉」

「………………ゼアどう思う?」

「俺に振るな!」

「それでゼア!どうなのよ!」

「何で俺なんだよっ!あーもう面倒クソがァーッ!」


 頭をガシガシと掻いたゼアはリリヤを見てからヴェルとアイコンタクトをとって息を漏らした。


「……そうだ。こいつはお前らも知る『冥王ヴェルテア』だ。詳しくはしらねぇーから後は頼むぞ」


 もうやってられんと掘り投げたゼア。元々はリリヤの役目なのだから悪語のいわれはない。

 まーそんなことは誰も言わないが……ゼアに託された張本人ヴェルことヴェルテアへ固唾を飲んだ緊張の視線が集まる。ヴェルテアは諦めたため息を吐いた。


「そう、我は冥王ヴェルテア。彼の北の冥境に住まう暴君覇者である」


 少女の声音で黒い髪を靡かせ漆黒の瞳で見据えた彼女の言葉は、何よりも真実味があった。


「我は昔、リリヤとの闘いで敗れて、我の主となる契約の下、四年前からこうして旅をしているのだ」


 こちらこそ真実味はない。けれど、彼女たちは自ずと理解してしまった。彼女こそがヴェルテアで、その心意こそが『冥王』の名を冠する定めなのだと。


「それはつまり……ヴェルテアをリリヤさんが倒したってことですか?」


 ローズの言葉にヴェルは笑った。


「あと一歩で我が負けたのだ」

「嘘をつくな。あの時のお前は本来の三割も出ていなかったはずだ」

「それでも負けは負けだ。我の心意は我を倒す者に宿す。故にリリヤは我の主で悲願を叶えるための力というわけだ」


 そう悲嘆なく答えるヴェルは満足とばかりに腕組みを解く。

 リリヤとヴェルテアは四年前に激戦を繰り広げた。その果て、【復讐者(アベンジャー)】の無限をもって、その遺憾なる偉業を成し遂げた。

 人間単独の八竜王が一竜、『冥王』ヴェルテアの討伐。

 けれど、それを知るものは誰もいない。

 その千撃を見ていた彼女以外は……。


「……そう。それがあの時の願いだったのね……」


 その呟きは確かにリリヤの耳朶が捉えた。微かに開いた眼で彼女を見る。


【正義】の名を冠する誇り高き正義の剣たる可憐な少女――セルラーナ・アストレア。

 その青き黄金を帯びた瞳が魂の輝きをそのままに、リリヤを見つめ続ける。


 いつの日か瞳に焼き付いた死闘が再生される。


 超越した限界の更に極地へと誘った、この世界で最もお互いの意志と信念、願望と叫びで成り立った尊き戦闘。それはこの世界のあらゆる闘争に置いて、何よりも尊く誰よりも雄々しくどこよりも輝かしく、世界で一番美しい在るべき在り方だった。

 雄と雄が命を駆けた泥臭くも愚かでも美しい一対一。忖度も不条理も言葉も名誉も栄光も慈悲も慈愛も何もない。

 あるのは己だけの魂の咆哮。誰よりも熱く、何よりも強く、どこまでも諦めず。

 幼き日に見た同じ年頃の少年の激闘が、今だセルラーナをつき動かす。【正義】であり続けようとさせる。

 そして自分に夢を与えたその存在こそ彼――リリヤ・アーテだ。

 彼の紺青の瞳がセルラーナを認めた。


明日は夜に更新になるかと思います。

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