アウズ1
青海夜海です。
前回の続きです。
「君はバカなの……?」
「バカじゃないです!それに、さっきの答えですが……うん、あなたのことなんて、ちーーっとも!怖くなんかないですからっ‼」
揺らぎない意志と決意に満ちた瞳はただ前だけをみる。
その在り方がリリヤには輝かしく誰よりも尊く、もうこの世にはいない『彼女』と重ねて見えた。
それがどれだけ有り難くとも、心優しくとも、光明であったとしても、リリヤには受け入れる資格が……否、覚悟がない。そして意味がない。それを受け入れてしまっては、今までの全てをこれからの悲願を幸という微睡みに侵食されてしまう。
そんなことは在ってはならない。誓ったから。
「……俺は、復讐する。残酷に魔族も悪魔も魔物も……人であってもあらゆる悪を殺す。俺に害する敵を殺す。君も俺の邪魔をする時が来たら、容赦はしない。――それだけは譲れない」
絶対の意。冷たく熱を帯びた瞳。憎悪と嫌悪と拒絶と勇気と示しが入り交じった仮面。
それでいい。それでいいのだ。彼の本音が聞けたなら、今はそれでいい。受け入れられなくても別にいい。これは単なる自己満足と勝手な償いだから。
「それよりも、これ、どうしよ?」
「………………」
「待てェエエエエ‼クソガキィイイイイイイイイイイイイイッッ‼」
隊長さんとその部下たちが極悪犯罪人を追いかけるべく、激昂の様子でリリヤたちの跡を追跡してくる。距離は離れず近づかずだが、横から迫って来る魔族の爪牙がリリヤに振り払われる。
「咲け!星花!」
手を翳したローズの掌から花が咲き、その中央から炎の渦が巻きあがった。魔族の絶叫が灰となって沈黙する。それはほんの二秒足らずの出来事で脚を止めることなく制圧した。その手際の良さに驚愕とドン引きするリリヤにドヤ顔。
「わたしだってもう何度も魔族と闘ってきたんです。あなたの足手纏いになんてなりません!」
それは言うところ、リリヤのこれからに無理矢理でもついて行くという風にも取れる決意表明。リリヤの拒絶すら受け入れないその頑なさに嘆息する。
「……君を受け入れることはしない。できれば関わらないでほしい。……今だけはだからな」
「!はい!」
二人は繋いでいた手枷のような握りを解き、余計なものがなくなったその身体を更に加速させる。
「奴ら我らを振り抜く気だ!逃がすなァ!追えぇええええええええええ——っ‼死神を討てぇえええええ‼」
「うぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお‼」
今も魔族が暴れまわる国の中、『竜印の覇者』たちは己の使命を忘れて、逃走する死神と妖精を追いかけた。四方八方から迫りくる無数の魔族。街路の脇道から突如現れたそれは、リリヤが瞬時に殲滅。
「はっ」
脚を止めずに加速した斬撃が更に三体を灰へと還す。後ろから聞こえてくる金属音と魔法の弩風。生きている人が一人もいない滅んだそこであるが、建物や体制を何も気にしていないその豪快さは、些か過剰にも思える。しかし、そうなるのもまた人類の悪魔たる『死神アウズ』の存在ゆえなのだ。
「【業火鮮烈の真よ、憤怒揃えてその心を炎に変えよ】」
団長さんの詠唱が凄まじい魔力の熱と共にいくつもの魔法陣が味方のいない地を埋めた。
「【フレイクロムス】ッ!」
魔法陣が一斉の情熱して、業火の柱の渦を巻き上げた。
『ギャアアアアアアアアアアアアアッ⁉』
数多の喚声が文字通りに灰たる塵となって魔族が全滅。その恐ろしい熟練の力に自ずと理解する。これが竜印の覇者ナンバーワン隊長クレバス・クレトハルの【業火】知らしめる力の根源だと。
「どいつもこいつも規格外すぎるだろ……」
「それをリリヤさんが言うのですか……?」
ため息を吐いたローズは面白そうに問う。
「勝てませんか?」
「違う。相性が悪すぎる。俺があんな馬鹿力だけの奴に負けるはずない」
「ですよね。あんな頭の悪そうな鬼顔のおじさんなんかに、わたしも負けませんし!」
「だぁああれがァ!頭が悪そうな脳筋鬼爺だァ‼ふざけるのも大概にいろォオオオォッ‼」
「「いや、そこまで言ってないから」」
鬼顔は更に鬼畜となり、激爛の憤怒を宿して追いかけてきた。その速さは先ほどの倍。超強力な加速に「うそっ⁉」とローズが驚愕した。けれど、リリヤにとっては焦るものでもない。
「遅い。ちょっと我慢して」
「へっ……?」
何をと訊く前にローズの身体が抱きかかえられた。仰向けで意味のわからないローズは現状の状況を確認する前にリリヤがスピードを一段階上げる。そしてパートナーの名前を叫んだ。
「ヴェルっ‼」
「人使いが荒い」
苦情を垂らしながら屋根の上から飛び降りた黒髪黒瞳の少女は、正しく天使のようにリリヤの前に着地する。そして同時に襲い掛かってきた魔族を両手に塞がっているリリヤの代わりに一瞬の殲滅。それは指を鳴らしただけで走った風によって千斬られた。
「えっ?……え、えっえっえ……⁉」
今だ自分の状況も理解できていないローズは混乱するばかり、駆けるリリヤの隣に付いたそのヴェルと呼ばれた少女は面白そうにからかう。
「なんだリリヤ。こんな時にもお姫様抱っこをしよって?」
「俺がいつ他の女性をお姫様抱っこした?これが初めてだし、仕方ないだろ」
「お前、この子のことが好きなのか?」
「は?バカ言うな。お前が間に合ったからこうして運んでるだけだ。てか、邪魔でしかない」
「ちょっと辛辣です⁉」
「でも、本には王子様が恋した愛おしいお姫様にするものだと書いていたであろうけど……」
「えっ……⁉」
「創作書だろそれ。偏った知識だってわかってるくせに……何千年を生きた竜はバカなの?」
「バカとはなんだこの狂戦士めが。まったく……それよりも我の娘になる日が……」
「えぇええええ——っっ!」
「こないから!まず、お前は俺の親でもない。変なことを言うなバカドラゴン。……はぁーほら、ローズも困り果ててるだろ」
「ただ照れているようにしか見えぬが……」
「もぉぉぉ~~っ!やめてくださいぃぃぃぃぃぃぃ~~っ‼」
魔族を滅ぼしながら『竜印の覇者』から逃げる今この状況とは思えない軽口はクレバスにとっては舐められているも同然。突然現れてリリヤたちに加戦した少女が何者かは知らぬが、あやつの味方をするのであれば敵でしかない。
炎の渦が魔族と宿屋ごと灰へと還す。その熱がリリヤの頬を掠め、少女に向かって頷いた。
「仕方ない奴め」
「ああ。頼んだ」
ヴェルは一際大きく跳躍して、その竜の根源たる爪牙の力を持った拳で周りの建物を一斉に粉砕。倒壊していく建物たちが路を遮り、クレバスたちに襲い掛かった。
「止まれッッ!」
先頭で走るクレバスの急ブレーキになんとか崩壊に巻き込まれずに済んだが、追跡は困難を極める。
「クソが!回るぞ!」
そう指示して方向転換して気づく。魔族どもが、『竜印の覇者』を囲んでいるのだ。これはしてやられたと、悪態の代わりに唾を吐き捨てた。
今だ夢心地でお姫様抱っこされているローズは恥ずかしいやら嬉しいやらドギマギと五月蠅い心臓が、リリヤに聞こえていないかが気が気でない。
そして先ほどのヴェルとのやり取りが軽口であるとわかっていながら、顔を真っ赤に染めてそれを見られないように両手で顔を覆っていた。
羞恥に悶え苦しむローズは指の隙間から覗き込むと、リリヤの横顔の骨格が新鮮な角度から見えて、その女性らしくも精悍で整った綺麗な顔立ちはやっぱり男の子なのだと思い出すだけで見惚れてしまう。そんなローズの視線には気づかず、隣に戻ってきたヴェルに眼を向けた。
「上手くいったな」
「ま、我にかかれば問題ない。……それでこれからどうする?」
「………………」
何とか逃げ延びたはいいもの、これからのプランが何もない。それこそ始めは魔族の殲滅であったが、今やギルドによって鎮静化されてきている。
ギルド国家のアーテル王国には戦える者が多くついでに式典に合わせて宰相などの護衛に来た他国の戦士たちも合わせれば、いくら最上級ギルドがいなくともそこに過不足は存在しないも同然。
「ローズはどうする?このままどこかに隠れて誰かと合流するか?」
リリヤの質問にビクリと肩を震わしたローズだが、次には深呼吸で落ち着かせたいつも通りの顔でお姫様抱っこまま答える。
「そうだすね。一先ずどこかに隠れましょう。それからこれからの事を考えても十分いいと思います」
「………………ローズ?」
「それと、魔族の奇襲がどこからだったのかも知りたいですし、ゼアさんとも合流したいですね」
「おい?」
「どこか近くの酒場か宿か……それとも空巣でもわたしは構いません」
「おい。なんで目を合わせないんだ?」
まったく目を合わさないローズを訝しんで思わず覗き込めば、忽ち顔を真っ赤にしたローズが何とも言えぬ顔を両手で隠した。
「わっ私のことを今だけは見ないでっ‼」
「別にいいけど……えーと、わかる?」
「これが乙女心だ」
そんなことを真顔で言われればローズとして羞恥の果てまで飛んでいきそう。そんなこんなを話していると、ふとどこかで見たような、被害が少ない路地に出た。
「ここは確か……」
記憶を掘り下げていると、妖美的な声音が耳朶を震わした。
「……ローズ⁉」
三人がその声の主に振り返って。
「お姉ちゃん!」
一軒の家の扉から顔を覗かせたヴァーネ・シンベラーダがその翡翠の瞳を驚愕に広げていた。その偶然の出会いに脚を止めたリリヤと、彼に抱きかかえられている妹のローズとその横に並ぶ黒髪の少女を交互に見て、何を察したのか家の扉を開けた。
「一先ず中に入りましょう。ローズの王子様も妹様もいるみたいですし」
そんな風に妖艶に微笑む姉に妹は泣き叫んだ。
「だから⁉ちがいますぅぅぅっっぅぅぅ‼」
明日の12時頃に更新します。
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