妖精の力の片鱗
青海夜海です。
【色彩】リシュマローズ【進翼】ミミルの魔法士と戦闘士による戦いです。
それを初めて見た時、胸がざわついた。
血がしたり肉が弾け、幾度の交戦が無限に続くその死闘に、私の瞳は釘付けになった。
雄叫びがはち切れるほどに高鳴り、竜の咆哮が嬉しそうにダンジョンを震え上げらせる。
斬撃の応酬と斬獲の応戦。魔法の叫びと息吹きの破壊。
蹂躙と寡黙の意志が行き交い、言葉ではなく、力で示される。
思いの叫びが願いの丈が、そのひとつの剣に魔法に込められる。
それは、己の全てを賭した正しく死闘。死すらも恐れない蛮勇なる愚闘。
けれど、その死闘が何よりも私の瞳には美しく気高い存在に『憧憬』を抱いた。
その愚闘が遥か先の虚無のような未来の希望にも、新たなる可能性への足掻きにも私には見えた。
剣戟に魔法に戦闘に立ち向かう勇壮に、強い意志と存在に私は奪われた。
そして、決着を付けた戦士は竜に何かを願った。否――屈服させた。
青黒く輝きだす世界の臨界で、彼の双眸が私を――瞬間、私の意識は白く塗り潰される。
最後に見えた戦士の瞳。蒼月の瞳はどこ苦しそうに儚く、そう私の瞳に移りこんだ。
そして、私はかの戦士に憧れた。
己の正義と蛮勇紛いの、けれど美しい気高さに私は走りだした。
――己の掲げる正義を胸に、己の剣を貫かん――と。
……………………
「燻る胸が焦がれている。名もない花の穢れを知らず、言葉足らずの現実には醜悪な最期しか宿ることはない。〝正義〟を掲げるキミはどうだろうか?」
そんな言葉に闘技戦を観戦しながら一昨日のリリヤとのことを考えていたセルラーナは虚を突かれ不信感を露わに、その青年を睨み付けた。青年は特に臆した様子もなく淡々と言ってのける。
「率直に問おう。――キミの掲げる〝正義〟とはなんだ?」
ドキッ。胸が軋んだ。鈍器で殴られたかのように胸が痛んだ。
どうして?わからない。
微かに揺れる瞳で青年に瞠目する。青年は薄ら寒く笑った。
「悪を滅ぼすことか?誰かを助けることか?それとも、己の芯に突き動かされるものか?」
「貴方何者⁉」
「僕は【旅人】。物語を綴る語り部さ。だからどうか答えてほしい。キミの真命が、始まる『惨劇』に足りるかどうかを」
青年は目を眇め、セルラーナの深層意識の更に奥すらも見極めようと入り込んでくる。
否――『証』を見定めてくる。
彼の意味するところは全くわからない。彼が吟遊詩人と謂われる語り部だとしても、ここに物語はない。この時代に英雄はいない。当の昔に物語は終局した。
だから、彼の求めるのはわからない。それでも、彼の問いは私を苦しめて迷わせて離さない。
「キミの心域は事に足りるのか?吟唱はキミを詩とできるのか?栄光は訪れるのか?僕はキミに……キミたちに希う。信じているといっても過言じゃない」
問うてくる。正義が問われる。
女神から受け継がれし血統者として問われている。
受け継いた恩恵の意味する所、また残された使命の彼方を彼はセルラーナに問うのだ。
「もう一度訊こう、正義の女神アストレアの娘【正義】セルラーナ・アストレア。――――キミの〝正義〟とはなんだ?」
ドクン、ドクン。血液が激流していく。奔走して暴れ出す。
それは女神の血が流れる私の血が叫んでいる。
懊悩とした意識が散りばめられた血のような赤い鮮血たる花びらのようで、掬おうにも私の掌を透り抜けていく。
何も掴めない。何も得られない。何も答えられない。
虚無よりも空疎で虚空にさえ届かない所。
私の掲げる正義。私が描く正義。私が思う正義。
私が、他の誰でもない私が信じる正義。
自問自問自問。
何も言えない私に青年は寂しそうに顔を歪め踵を返す。
「あっ……」
「いつか教えて欲しい。キミが掲げ貫ける唯一無二の〝正義〟を」
青年――ヘルマ・メルクリウスは【正義】の前から去っていった。
その後ろ姿を永遠と感じる時間、ずっと眺めては思考は回り続けていた。
けれど、輝かしく瞳に焦がれたあの頃と虚しく敗れ失くしてしまったあの頃は、今もずっとセルラーナを責めている。
確かに描ける想いも、過去がセルラーナを縛り付ける。
正しさとは?
正義とは――なに?
――――――――
*
北街区の中央に存在を誇るようなドームでは今まさに闘技戦が行われていた。
他ギルドと力比べができる祭典。今回は創立記念式典に合わせてギルド国家で名を馳せる英傑たちが登壇していた。そこにはやはり有名ギルドに所属する強者ばかり。
アーテル王国三大ギルドの一つ――【金翼創始】からは【進翼】ミミル・バレッタと【光線】バレリッタ・カイロヴァディス。
ミミルは狼人族で十九の女性であり二つ名の通り狼に翼を生やしたような迅速迅雷の獣士。バレリッタは小人族の十四の少年で若くありながら彼から放たれる魔法の光線は忽ちすべてを焼き払う。
世界中央都市オリンピアから旅として一人やって来たギルド【剛毅な化身】の【轟震】ドランガルがゲストとして参戦。
ドワーフの身体は近くにいるだけで汗ぐるしいほどに、勇ましい。肩に乗せている強剛の斧の剛撃など肉も骨もはち切れること違いない。最強のドワーフの一角とその名は二つ名の通りに轟震して届いている。
他にも三大ギルドの一つにしてエルフのみで構成された【妖緑の精華】元団員【色彩】リシュマローズ・シンベラーダに、個としては英傑に及ばずとも団となれば英傑を余裕で上回る協力の技量の高い【白い巨頭】から【双剣】カルトスに【双盾】ポルックスなど。
存分な盛り上がりは最高潮に達し、リリヤとゼアが鑑賞する戦士たちが登壇する。
【金翼創始】の【進撃】ミミル・バレッタと【色彩】リシュマローズ・シンベラーダが闘技場に現れた。
「お姉様ステキ‼」「ローズ、頑張ってください」「キャー!ローズ先輩!」
元【フェーアルヴァーナ】のローズへの黄色い声援。
「「ミミル様‼」」「なんと美しい所作!」「きゃっ‼素敵!鋭い!綺麗っ‼」「「ミミル様ステキ‼(ハート×10以上)」
そしてミミルへの黄色い声援もまた後を止まらないまま、ローズたちを応援する二つの派閥がバチバチと火花を散らす。
「あなたたち何言ってるの⁉ローズお姉様のほうがお美しくてかっこいいに決まってるよ!」
「これだからエルフは視野が狭いのですよ。あのミミルさまの凛とした耳!わたしたちのハートを撃つ王子様の瞳!なによりもかっこいいに加えてお美しすぎる!種族なんて関係なくあの方が一番輝いていらっしゃいますのよ!」
「違う違うちが————ぅう!ローズお姉様が一番です!」
「ミミル様のほうがかっこいいわよ!」
「ローズお姉様!」
「ミミルさま!」
その論戦に少々恥ずかしく思いながら、ローズは頬を染め、ミミルはため息を吐いた。
お互いの距離は約十メル。踏み出しの一歩とともに打ち合える距離だ。それを互いに理解しながら優雅な所作で礼をした。
「お久しぶりです、リシュマローズ」
「久しぶりね、ミミル」
ミミル・バレッタは敬うように深く頭を下げた。
肩上で切り揃えられた黄金色の髪を靡かせ、藍淡緑の群雄な瞳が佳麗で勇ましい顔貌をより強き美人に魅せる。白のマントと胸のアーマーの軽装。ウェアウルフの特徴的な獣耳と尖る八重歯が戦獣としての本能を露わに姿勢を戻してはローズを睨みつけた。
「お変らず美しく元気そうで、私は安心です」
「もーミミルったら……。あなたも元気そうで安心しました」
そう微笑むローズにミミルは表情を崩さない。眼光は野生の獣だ。
「まさかリシュマローズから挑戦を叩きつけられるとは思ってしませんでした。私は避けられているものとばかり」
「否定はしませんけど……。でもそろそろ決着をつけないといけないとは思っていましたし、それにあなたにとってはそうだと思ったから」
「ふふふっ。挑発ですか?」
「どうでしょう?」
曖昧に苦笑するローズにミミルは舌打ちをして両手をだらりと下げ膝を少し曲げて構えた。野獣の眼光がローズに緊迫を迫る。
「まあいいでしょう。此度は全力でいかせてもらいます‼」
臆してしまいかねないほどの殺意に似た闘争心にローズは一度目を伏せて違うと頭を振り、野獣の威勢に魔法士として杖を構えた。
「わたしだってっ」
緊迫が上昇し、観客たちは沈黙する。誰しもが手を握りしめ、誰しもが額に汗を浮かべ、誰しもが始まるその時を悠久を越えるかのような刹那を待ち続けた。
そして————
『それでは闘技戦、リシュマローズ・シンベラーダ選手vsミミル・バレッタ選手の試合――――始めぇえええええええっっっっ‼』
宣言と共にグランドベルの大きな音色が空気を響かせた。
瞬間、二閃が煌めく。ローズが無詠唱で形成した岩石の剣による中段横薙ぎと、腰から引き抜いた二双のナイフによるミミルの上段の叩きつけるかのような斬撃が激しい光と火花を起こし、風をばら撒いて空気を揺るがした。
「うぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお⁉」
情けない歓声を上げてひっくり返りそうになるのは、ゼアにこっ酷くやられのこのこと帰ってきたゴド。野郎の眼には、踏み出したその時と交わした斬撃の最期しか眼には映らなかった。それほどの速さが激流となって会場を唸らす。
「無詠唱でここまで完璧な剣を作りますかぁ!私の斬撃に耐えますかッ!」
「わたしの魔法はそう簡単に崩せませんよ!」
弾き合って距離をとった両者だが、ミミルはすぐに加速する。ミミルの迷いない突貫に二撃を横に大きく跳んで躱し、地面を抉った強撃をままに砂煙からローズに迫る。
果敢な一等一尾の斬撃の応酬。岩石の剣でなんとか捌き、隙あらば生み出すのが簡単な礫や風の刃で反撃するが、ミミルのスピードがどんどん上がり、ローズの魔法が追いつかなくなる。
「はやい⁉」
ギリギリ反応できても剣で攻撃を受け止めることしかできず、魔法発動から届かせるまでの時間をミミルは上回った。
更に加速していく。そして、加速に比例するように攻撃が重くなる。
側面から迫った斬撃に耐えきれず岩石の剣が砕け、ミミルは振り下ろした斬撃の勢いに乗って回転し頭上から足蹴りを振り下ろした。それを杖で受けてたが、戦闘士ではないローズは単純な力量の差で後方へ吹き飛ばされた。
「うっ……⁉」
無詠唱で風を自分に薄く纏い風で地面を叩き体勢を浮かべ整えるが、行間なく迫りくるミミルにイメージする暇はない。
加速した一撃が右手に握る杖ごと痺れさせ、下段斬りを身体を後ろへ逸らして躱す。切り裂かれるローブの布が舞った。
体勢を悪くしたその隙を見逃すミミルではない。右脚を軸にした回し蹴りがローズの脇腹から蹴り飛ばす。
「うぁあああああああーっ⁉」
咄嗟に風の防御壁を作ったが、増量した力は意図も容易く風を打ち破り骨に違和感を激痛をもたらせた。
転がりながら擦れるように杖で勢いを抑制しながらなんと立ち上がる。もう既にボロボロにように見えるローズに心配の声とミミルの圧倒的な力に歓喜する声が渦巻いた。
「そんなものですかリシュマローズ」
そんな冷淡な声音が振り下ろされる。
「あなたにはがっかりです。確かにリシュマローズにとって私は不得意な相手でしょう。ですが、今のあなたの無様は見る耐えません。恥ずかし嘆かわしいばかりです」
「……」
「もーいいです。終わりにしましょう。私はこんなにもつまらないあなたに執着していただなんて、最悪です」
失望、嫌悪の眼差しで見下し勝利を確信するミミル。誰も見ればわかる。速度と力に特化したミミルに対して魔法に特化したローズは最悪的に相性が悪い。ローズの魔法では無限であるが、身体能力や洞察力などの性能は並み程度である。
けれど、勝手に見下し勝手に勝利を確信しているミミルにローズは一笑した。
「あなたが勝つ?笑わせないでください。わたしはまだ戦えますよ」
そう不敵に笑うローズに不愉快そうにミミルは構える。
「今のでわかったはずです。私はリシュマローズより遥かに強いくて速い。意地を張るのはみっともないです」
「そうかも。でも、負ける気なんてさらさらないですから」
「そうですか……。なら、私の最速で捻り潰してあげます‼」
ミミルが二双のナイフを構え狼の牙をギラつかせた。
ミミルのスキル――【速翼の進化】と【主翼の進化】は特殊だ。
【ヘリファルテ】――速度上昇の度に身体能力の向上と筋力強化。
【アクイラ】――追撃または連撃または過度な逃走などの度に速度上昇と身体補正。
詰まる所、速度が上がる度に力が増し、また連続で何かをするたびに速度が上がる。何とも化け物染みたスキルだ。
まず始めに息する暇さえないような畳みかける連撃によって速度が上がり、その度に身体能力が増していく。
これこそが【進翼】と呼ばれるミミル・バレッタの真価だ。更に狼人の優れた潜在能力がローズとの間に物を言う。
全くと言っていいほどのその野獣のような強さに、昔を思い出しては苦しい笑みが漏れた。
結論から言えば、相性もあってローズは不利だ。
エルフは魔法の扱いに長けており、魔力量がどの種族よりも格段に多い。精密な魔力操作や魔法の持久性を有する。けれど、魔法を使うには詠唱が必須であり、その隙を与える瞬間がミミルとの試合に訪れない。ローズのスキルもミミルのような単純なものではないので、覆すのは難しい。迷わず駆け出したミミルに歯を食いしばり、杖を構える。
(速すぎて無詠唱でも魔力の無駄使いになってしまう。魔法を使ったら持久戦に持ち込まれるけど、使でも今のミミルのスピードにどれだけ影響を与えられるかわからない。ミミル相手に半端な魔法じゃ通用しない。スピードも力も負けてる。でも、わたしは負けられない)
ローズの瞳が、ふと、とある人を捉えた。会場上の隅の方で見下ろす二人組。薄鈍色の男と群青の女のような髪の長い人。
その人が誰なのかローズにはわかった。その人はずっと捜し求めていたローズの贖罪だった。だからさっさと終わらせると決める。
そう決断したローズの初撃は早かった。それはミミルすら脚を止めてしまいそうなほどに、その一手は唖然とさせた。
「はぁぁあっ!」
杖の柄を地面に刺したのだ。
会場中が唖然となる中、魔力が地中に流れる動きにミミルははっとした。流れていく魔力が現象を起こす前にミミルは斬撃を腹部へと……。
刹那、ローズが突き刺した杖先から膨大な魔力が柱のようにミミルとローズを隔てた。
「なっ⁉なんですかこれは⁉」
それは魔力の爆発と同じだった。唸るような奔流が柱となり天へ昇り、地面ごと強烈な爆破を引き起こした。
地中の辺りすべてを吹き飛ばす膨大な魔力爆発はミミルは吹き飛ばして地面に叩きつける。
「うっこの程度ッ!」
なんとかナイフを地面に突き刺して体勢を保つミミル。けれど、巨大な砂煙が会場全体を蜃気楼と化する。
戸惑うような観客の声によってローズの位置を音で拾うのは不可能。一旦落ち着こうと深呼吸をしたその時、『歌』が聴こえてきた。
「【世界の彩よ、彼の眼は彩花の顕色となる彩となり】」
それは研ぎ澄まされた音色だった。美しく世界を静寂に変える聖歌だ。
「【貴方の彩よ、彼の心を静寂の星華となる彩となり】」
それは彼女の【魔法】。
誰もが美しいと答え、誰もが綺麗だと虚み、誰もが瞳を奪われる彩星の歌。
それは普通であれば短縮で行えるはずの魔法。けれど、彼女はそれを在りのままの長文詠唱として歌う。その意味にミミルは歯を噛みしめ立ち上がる。脂汗を額に焦る鼓動は今も美しき歌に囚われてしまうそう。
「どこッ‼リシュマローズはどこォ‼」」
「【私の英雄よ、星に昇る彩の結晶よ、その御身に聖なる華の涙花をもって届けましょう】」
完成していく詠唱。告げられていく言の葉。
今ここに喧騒はなく、今ここに無音はなく、今ここに言葉はない。あるのは聖歌のような『歌』のみ。
(やばいやばいやばいッ‼あんなの、あんなのッ真面に受けたら勝ち目なんてあるはずない‼早く、早く倒さないとッ――!また、リシュマローズに負けるなんて――絶対に許せないッッ‼)
焦燥に駆られるミミル。煙のなかをいくら走ろうとも切り裂こうとも、ローズの居場所は全くこれっぽちもわからない。いる場所は把握できるのに、何故かその場にはいない。
(まるで私の位置がわかっているよう⁉どうなっているのッ⁉)
わからないまま彼女の歌は終わりを告げた。
「【世界の彩よ、私の花に染まれ】っ!」
色めきだす。世界が彩に溢れだす。この砂に埋もれた世界が色づいた。
「【彩の星華】————‼」
魔法名と共に砂埃は払われローズの姿が現れた。
彼女を取り囲むように星華の魂が幾十と浮かび上がり輝きだす。
それは赤、青、緑、黄色、紫、白、黒。紅、紺、翡翠、金色、鈍色、純白、そして夜彩。
ローズが描き読み取る世界の彩が顕在した。
誰も読み取ることのできない領域。満たす彩は優雅に雄弁に、そして激情に叫んだ。
「星々の花よ――咲け‼」
ローズの声に応えるように星華の蕾は開花する。
焔が舞い、氷河が流れ、雷が走る。影が蠢き、風が騒めき、世界を白く塗り変える。数多の彩からなる想像の創造物がミミル一人に向けて放たれた。
その圧倒的な技量、圧倒的な魔力、圧倒的な魂胆。ミミルはただただに走り続ける。
「私のほうがァ――」
灼熱を躱し、氷粒をナイフで捌き稲妻の雨を切り抜け疾風の刃を迎撃し。己の速さと力のすべてを持って色彩の魔法に対抗する。
「私のほうがッ‼」
思考が追いつかないまでにナイフを振るい、肉の爆ぜそうな脚を動かし数多の色にミミルは果敢に攻めた。けれど、どれだけの迅速迅雷の才があったとしても、言葉どおり無限の魔法には敵わない。ミミルの身体が付いてこないのだ。彼女の理想にスキルが身体を飲み干してしまう。
炎の波、氷河の隕石、岩石の礫、毒の杭、光の結界、蔦の咳止め。
ミミルのナイフが弾かれ足が捕まり攻撃の限りに悲鳴を上げ、振りほどいて逃げても地獄の責問は閉じることはない。
決して潜り抜けない色彩の向こう側にいるローズを見て、ミミルは盛大に憎み睨み吠える。
「私の方がッッ――強いィィィィィ‼」
幾十の魔法がその身を一切の抗いを許さずして呑み込んだ。
「ぁぁあああああああああああああああああ——っ⁉」
激流に呑まれた彼女の叫びは魔法の爆破と共に消し飛ばされる。
彩の満ちた闘技場は沈黙を守り、爆炎による煙が晴れた頃、ミミルは俯せになって倒れていた。
観客席には強大な結界が張ってあるので心配はないけれど、ところどこに罅が入っている。
ピクリとも動かないミミルに生命を確認する運営者が抱き上げると、彼女は浅く息をして眼を開ける。その瞳に映るローズの雄々しさに忌々し気に苦笑した。
「さいあく……最悪です」」
そのままがくりと項垂れて意識を手放した。
『ミミル選手ダウン‼よって闘技戦勝利はリシュマローズ・シンベラーダ選手だぁああああああああああっっ‼』
「うぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっっ‼」
歓声が一際大きく、打ち上げ花火のように巻き起こった。魔法を消滅させたローズは安堵の息を吐いて運ばれていくミミルに一礼。
あの圧倒的で絶対的な色彩の下に誰もが顔を引きつらしていた。
けれど、これでこそ英傑であり、これでこそ【色彩】の名を与えられた彼女の力なのだ。
また、明日15時頃更新予定です。