狼とツインテールの戦いはこれからも続く
青海夜海です。
狼とツインテールの戦いです。戦いと書いて夫婦喧嘩みたいなものです。
今日も今日として大した収穫は得られず、リリヤとゼアは情報の再確認をしようと商人ボスハンム行きつけの酒場へとやってきた。
見上げれば『盃の酒場』と書かれた看板と大きな木造建ての店が出迎える。中から照らす明かりは夕暮れ時にしてはやけに明るく、それも聞こえてくる楽し気な宴なんかが作用しているよう。
リリヤとゼアは暖簾をくぐり店内へと入った。ごった返すような大勢と酒に肉に野菜に特製の料理。店員たちが忙しそうにあちらこちらを駆け回っている。
「勝手に座るか」
「あの端っこの方が空いてるな」
どうやらリリヤたちの存在に気付けども対処できなさそうなので、勝手に入店させてもらう。
空いてる席に脚を進めて、ふとどこかで聞いたことのある声とその話題に立ち止まった。
ゼアも同じく目指した席の真横……赤いツインテールの気の強い小動物のような少女と、長いウェーブのかかった金の髪を優雅に耳にかける大人な女性に完全に足が止まった。
「あーもう!なんで高難易度のクエストをこうもあっさりクリアするのよ!あいつ絶対ズルしたに決まってるわ!」
ツインテールの少女がお酒と思われるグラスを煽って憤慨する。そんな少女をウェーブの女性は大人で淑女な所作で喉を潤し宥めるように色気ある唇を動かした。
「そんなことないでしょ。〈エアレンの角〉を貰い受けるのだって高額よ。クエスト報酬と割に合わないでしょ?」
「う~~っ!……そうだけど……」
納得いかないとばかりに唸る少女に微笑むエルフ。
「それに【ルージュビアグラム】が遠征に行っている今、魔力伝導率の高い〈エアレンの角〉は入手が困難でしょ。有難いことだわ」
「ふん。あのリリヤって子はいいとしてもあいつだけは例外よ!今日だってなによ!冒険者駆け出しの薬草採取ぅぅ?意味わかんないわよ!昨日はあんなに高難易度のクエストを達成しているのに、どうして今日は薬草採取なのよ!それこそ安く買い取れるでしょうがぁ!」
「まあまあ落ち着いてアムネシア」
「ふん。嫌がらせに決まってるわ!アタシをおちょくって遊んでるのよあいつはっ!」
「う~そんなことはないと思うけどなー」
「絶対そうに決まってるわ!だから、絶対に謝らせて泣きつかせてみせるわ!まだチャンスは……あるはずよっ!」
そう息巻く少女は鼻息を荒く肴の小さな揚げた肉料理を口に掘り込んだ。エルフも上品な手つきで刺身を口に運ぶ。少女の口は肉だけじゃ塞がらない。
「それになによあの態度っ!あの見下した下劣で卑俗な目。思い出しただけでもむしゃくしゃしてきたぁああああ!公衆の場でみんなが見ている中で土下座させられ……あまつさお金まで——ッ。あーもう!許せないッ」
「……もとを辿れば貴女の自業自得なのだけれど……それに言うでしょ。能ある鷹は爪を隠すって」
「それは極東の言葉よ。え?なに?あいつに能があるって?ふふふふっうふふふふふ!ちょっと、冗談はやめてよヴァーネ……!アタシのお腹が捩れるわ……っ‼」
「こら!失礼よ。こんなこと彼に聞かれでもしたら」
「大丈夫よ!そんな偶然あるはず…………」
そこで赤い髪のツインテールの少女は周りを見渡して。
「「あっ」」
少女とリリヤの声が重なった。眼を真ん丸にしてパチクリする可愛らしい初動は愛らしく、けれど直ぐにその綺麗な顔は青く恐れた何かと出会ってしまったのように青ざめていった。お化けでもみたのかな。
「どうしたの?真っ青よアムネシア」
急激な友の変化に気遣うヴァーネは、口をパクパクさせながら震えるように指を刺すアムネシアを不思議そうに見て。
「うっ……うしろ……」
「?後ろに何か……まぁ……」
「……」
ヴァーネの反応もなんとも言えないといった風でリリヤは嘆息。
その隣、アムネシアが顔を青ざめヴァーネが諦めの境地に入った元凶たるその存在。ゼアは怖く愉快なイケメン微笑でアムネシアを見下ろしていた。
「なっななななな、なんで⁉なんでここここっここにあんたがいるのよっ⁉」
「随分な挨拶だなチビ」
ぶるっと震える得体の知れなさにアムネシアは蒼白を通り越して青紫にでもなっていきそうである。あからさまに狼狽えるアムネシアをカモとみたゼアは、どうにも悪人顔で笑った。
「そうかそうか。そんなに俺には能がないと。俺がズルしたと。ふぅーん」
ニヤニヤにするゼアに超イラつくアムネシアだが、今更は何も言えまい。
「俺に能があるからクエストが達成してるんですぅぅぅ。俺がお前が思うよりずっと優秀だからお前は負けたんだよ!フハハハハハ!傑作だったぜ!大衆の前で見下されながら土下座する気持ちはどうだった?」
「~~~っィィィ!あんたァッ⁉」
「皆まで言わなくってもわかってる。さぞかし屈辱に振るえたことだろうぜッ!これで俺のこと敬えってんだ。『ゼア君強すぎ~!やば~い!惚れちゃった。ハート!(棒読み)』ってな」
「そっそそそそんなこと思うわけないわよッッ!うぅー妄言を吐いて辱めるのをやめなさいよ!」
「まずお前が絡んでこなきゃこんなことにはなってねーんだよ……。憐れとしか言えねー」
「あんたふざけてんの!アタシがあんたなんか好きになることなんて絶対にないわ!それよりそっちが勝負を吹っかけてきたのが原因でしょ!わかったわ!あんたのそれ性癖ね!好きな女を自分の配下に置いて屈辱を与える性癖ね!悍ましすぎるわ⁉」
「おい待て。何勝手に解釈して……っ」
「なるほどね。アタシに好かれたいってことよね。ふ~ん……ならこの際はっきりといってあげるわ!」
「いや別に俺は……」
相当に嫌だったのだろうアムネシアの頓珍漢に冷静になり熱が引いてきたゼアは真顔で異論しようとするが、それよりも早くアムネシアは自分の胸に手を置いて宣言した。
「あんたみたいな野蛮で頭が悪くて意地汚く悍ましい愚劣な支配者気取りの顔だけがカッコイイ狼なんて、ぜっーーーーったい‼好きになったりなんかしないんだからっ‼︎」
そう堂々と店いっぱいに広がる大声で申した。
沈黙が広がる。みなの視線が一斉にアムネシアへ注がれるが、彼女は気にした素振りも見せず、寧ろ言ってやったぜ感のドヤ顔で鼻息を荒く吹いた。
びきり。
不穏な音のような空気の亀裂は申し分ない邪気にも似た怒りのオーラ。それは酒場の全てを震えさせ、アムネシアの喉からか細い冷気のような喘鳴が鳴った。
それは雌を欺くような紳士な笑顔。同時に絶対零度の狂鬼にも似た憤怒の笑顔だった。
一歩、ゼアがアムネシアに近づけば、アムネシアも一歩下がる。そしていつの間にか追い詰められたアムネシアは、ハっと我に帰った時には背中に壁があり逃げるには既に遅く、ゼアの見下ろす極寒の眼が捉え唾を飲んだ。第一声。
「黙れチビぃぃぃぃぃーーっ!お前のような知能が浅く女の欠片もない子供風情がぼやくなァ!お前如き誰が好きになるかッ⁉チビビッチッ!!」
純粋な叫びは激しい鼓動に熱を奪わせた人々の緊張を砕いた。
「…………ふぇっ?」
当然アムネシアも首を傾げる。そんなアムネシアなど見もせずゼアは人格否定を続けた。
「大体お前のようなクソガキを相手にする余裕なんてねーんだよ。ガキはガキらしくおままごとと妄想だけしてろ」
「なっ……⁉」
「女性的って言っても、その成人女性の中間的な胸と愛くるしいガキずらだけだろ。はっ魅力がねーよ。俺みたいなイケメンとは月と鼈。龍と兎。天使と引きこもりだな!あははははっ自分を鏡でみてから一昨日きやがれ!」
そのなんて低能な侮辱。しかし、いくら低能で相手を煽る才に欠けてようと、嫌いな人物からの侮辱であればこれ以上の屈辱。故にアムネシアは赤林檎のように真っ赤になった顔と身体を小刻みに震えさせて、ゼアに蹴りつける。
「あっアタシは!ガキじゃなぁああああああああああああああい‼」
先ほどと打って変わって激昂するアムネシアにゼアも買い言葉に売り言葉。馬鹿らしい、実に喧嘩と評定し難いそれは周囲をあっけらかんとさせて続いていく。
「私は立派なレディーよ!胸だってあるし、ただ身長が低いだけで魅力だって十分あるんだから‼」
「はっ!確かに胸はあるがそこのエルフと比べれば貧乳だろ。てか、そもそも平均的な胸で威張るな。何より成人した大人や成熟した女性といった風貌が全く感じられねーからガキなんだよ」
「胸しかないみたいに言うなぁ!あと、胸を否定するなー!ヴァーネが別段大きすぎるだけよっ!あと、色気もあるわよ!目、腐ってんの⁉」
「おー!いけいけお嬢ちゃん!」
「綺麗でカッコイイぜ!」
「そら反撃だ!」
「兄ちゃんも負けんな!」
一人の男から周りの囃し立て宴会の催しのように盛り上がっていく。
そんな二人の喧嘩が続くなか、リリヤとヴァーネは二人して晩酌を採っていた。
「も~!私の胸は関係ないでしょ」
と恥じらうヴァーネに苦笑しリリヤはヴァーネの前の席に腰を下ろした
「ごめん。ゼアには後で言っとくよ」
「いえいえ。むしろ先に怒らせてしまったのはアムネシアですし、もー……あの子ったら直ぐ突っかかるんですよ」
「ゼアも一緒。負けず嫌いだからすぐ見返そうと意地を張る」
そう言って二人、そこの喧嘩中の二人とは違い上品な所作で大人らしく晩酌を続ける。
二一歳のヴァーネは勿論のこと、十六のリリヤの振舞の大人らしさと言ったら、絶賛喧嘩中の二人とは比べ物にもならない。
「リリヤさんはしっかりしていらっしゃいますね。まだ成人していないでしょう?」
「ああ、色々な国や村を旅してきたから。それに……ゼアがいれば自然と大人らしくなるもんだよ。見かけによらないからな」
「ふふふ私と同じ」
「君も?」
ヴァーネは懐かしそうに瞳を細めた。
「ええ。妹と二人で故郷を抜け出してこの国まで旅をしてきました。それで妹はギルドに私は妹を支えるためにギルド管理部へと就職したの。それで、この国に来て初めて出来た友達がアムネシアなのよ」
そう話すヴァーネは楽しそうで幸せそうで、妖艶な居住まいは華麗な花のような笑みへと変わり、新たな一面にリリヤは興味がそそられた。
「私の村は五年ほど昔に魔族に襲われたわ」
そう話すヴァーネからは笑みが消える。
「私たちの村を襲った魔族は大変恐ろしかったと聞くの」
「聞く?」
「当時の私は体調を崩していて、外の様子は何も知らないの。唯一知っている妹によれば、旅人が村を救って下さったようらしいの」
「それは良かった」
一緒に酒を煽り(リリヤは果飲)、喉を潤してから話を進める。
「それから妹が急に強くなりたいと言い始めて、反対する村のみんなを押し切って出て行こうとしたわ。だから、私が妹についていくことに決めたのよ」
「それはどうしてだ?」
リリヤの問いにヴァーネは微笑んだ。
「大好きな妹を助けるためよ。他に何かあると思う?」
「…………いいや」
ふふふっと不敵な笑みを見せるヴァーネに降参だとばかりに頭を横に振った。
ヴァーネは大好きで大切な妹の願い、または葛藤や悩みを支え助力したかった。ただそれだけだ。言うならばそれだけのために家族や村、信頼、愛情、支えまでも断ち切り過酷な旅へと妹の横に並んだ。
リリヤから見ればそれは誰よりも何よりも尊く、愛ゆえの果てしない親愛だ。
『旅』――それは『死』と同義と言われている。
この世界の地上に蔓延る自然界の摂理の敵――『魔物』や『魔族』がどこの地でどこの森で、どこの村でそれがいるかは定かでない。その死地溢れる自然の世界を女性の二人旅など、生き残る確率はゼロに等しい。故に『旅』は『死』と同義なのだ。
だから、その自分の死すら恐れない蛮勇紛いでありながらの決意は、何よりも尊く美しく強い。
リリヤは感慨する。ヴァーネは嬉しそうに笑った。
「そして、この国であの子と出会って、妹の栄光を傍で見守れて私は幸せなのよ」
「誰にも秘密ね」とヴァーネは人差し指を朱の色気ある唇に触れ、一つウインクをした。
そんなどこか二人だけの世界を外壁から鋭い視線で侵入してきたアムネシアとゼアは、訝しむようにリリヤとヴァーネを交互に見る。
「なんだか知らないうちにすっごく仲良しになったわね」
「……君たちは喧嘩終わった?」
「「喧嘩じゃねぇーよ(わよ)!」」
「凄く息ぴったりね」
「「違う⁉」」
「ほらまた」
「真似するなっ‼」
「真似しないでっ‼」
どこまでも息ぴったりで、寧ろ夫妻漫才を見ている気分になってくる。
また始まりそうな喧嘩にため息を吐いたリリヤは、勘定代をヴァーネに渡して自分一人店を出る事にした。多めの硬貨を見て「いいの?」と首を傾げるヴァーネに「迷惑かけた分だよ。主に君とアムネシアにね」と、言うとヴァーネはまた有難く受け取った。
(アムネシアには本当に悪いことしたしね……)
微妙な罪悪感を感じながら、言い争いが始まりそうなゼアの肩を一度叩いてリリヤは一人店を後にした。
また明日更新します。
アムネシアはでてこないことはないってくらい出てくるのでよろしくです。