第6話 思い
それから俺は毎週末、清が暇なときは清に、あとはコウに教わりながらサーフィンを習いに訪れた。
清はその後も登校する気がないらしく、学校には出てこなかったため、そこでしか清に会えなかったせいもある。
清が何を感じて何を思っているのか、もっと知る必要があった。
そんな清を知って自分がどんな判断を下すのか。
もちろん、進士もそこを良く訪れた。
大抵はコウや湊介と話している事が多かったが、俺が学校に行っている間は清もそこにいる。
清は必要最低限しか話さない様にしているらしいが、進士は違うらしい。何かにつけ、清を呼び止めては絡んでいた。
けれど、俺は努めて気にしないようにした。そして、清だけを見つめた。
ここにいる皆といる時、清は確かに生き生きしていて。笑い方も俺といる時と同じ、遠慮なく笑い、悪態をついた。家族や教室で見る少し控えめな清とは違う。
これも、清。
でも、俺が知っているせいもまた清のはずで。
「なに、ぼーっとしてんの?」
リビングのソファに座り、年上のサーフィン仲間と雑談している清を眺めていると、コウが声をかけてきた。清はテラスに立って、ボードをさしながらいろいろ談義をかわしている。
「ここにいる清も、俺の知ってる清も、同じなんだよなって思って」
コウは俺の傍らに座ると。
「そりゃな。どっちも清だ。君の知ってる清もね。大事な彼の一部分だ」
「コウさん」
コウは視線を清に向けると。
「清は君の事、真剣なんだよな。進士の事も、もとは君を忘れたかったからって聞いた。アイツが清にちょっかいかけてたら止めるからさ」
ちなみにその後、進士はコウによって家から早々に追い出され、自宅マンションへと帰って行った。
だから、ここに泊まることはない。マナも何かと気を利かせてくるから助かっているのだ。
俺のいない間、清になにかあったらと気が気ではなかったのもあって、それは助かっていた。
いや。清が進士を好きで合意のもとなら別に俺の出る幕じゃない。
けれど、清は俺を好きだと言ってくれるし、進士の行動を迷惑と思っている様だし。
「でも、俺、まだ何も清に答えていないし…。色々言える立場じゃ」
すると、コウは俺の頭をクシャリと撫でてきた。大きな手の向こうに人なつこい笑みが見える。
「君は、清の事を知っても嫌ってはいない。それは、清にとってとても嬉しいことだと思うよ。付き合う付き合わない以前にね。もし、二人が上手く行かなかったとしても、清にとってそれは一番の財産になるだろうな。だって小さい頃から大好きだった幼馴染に認められるってことなんだからさ」
「コウさん…」
そう。俺は清を嫌うことはない。何があろうと清は清だ。これは初めにも言ったことで。
ここで今まで目にしたことのない清を見続け、それでも、新鮮さを感じはしたけれど、嫌う要素は一つもない。
逆にここで清が生き生きとしていられたなら、それで良かったと思える。
「コウ! 何してんだよ」
気が付くと清がこちらに怖い顔をして向かってくるところ。どうやら談義は終わったらしい。
「えぇ? いいじゃん。いっつもお前がべったりで話すチャンスもなくてさ」
「コウとなんか話さなくったって問題ない。すばる、こっち来いって」
「清?」
腕を引っ張られ、コウから引き離される。
そのまま引きずられるようにして、テラスからは陰になる家の横まで引っ張って行かれた。
途中、通り過ぎたテラスには幾つかテーブルが置かれていて、チラホラとランチを取る客の姿がある。
キッチンでは湊介がマナとともにあわただしく動き回っていた。マキもその間をかいくぐり、給仕に余念がない。
コウはコーヒーなど入れつつ、サーフィン教室の受付や、教室自体に出て行って、たまにここへ戻ってくるのが仕事だった。
教室といっても、一度に教えるのは二組程度。それもスパルタではないから、気楽に参加する人達が多い。
とりあえず、サーフィン入門編なのだそうだ。もっと真剣に習いたい人がいれば、他を紹介しているらしい。そのため、ここは知らない人物の出入りも多かった。
「なんだよ。話してたのに」
「コウは馴れ馴れしいんだよ。湊介さんも見てるってのに…」
清は不機嫌だ。こんな顔を見せるのも、ここに来てから。家や学校にいる時はここまであからさまに負の感情を表には出していなかった。
ちょっと困った顔をして笑んで見せたり、僅かに沈黙したりそんな程度。
そんな清を知るのは、確かに新鮮だった。
そして、その両方を知る自分に、優越感も増す。俺はどちらの清も知っているのだ。
「んだよ。嬉しそうな顔してさ」
「いや。あれだ。なんか、こんな清を見れて得したなって」
「得?」
「うん。両方知ってるお得感」
俺がホクホクした顔をしていれば、清は呆れたようにため息をつき。
「っとに。緊張感ないな。俺は毎日、お前に幻滅されるんじゃないかって、気にしてるってのに…」
「幻滅なんてしてないって。逆に目が離せないって言うか、新たな発見にますます清のことが──」
「俺の事が?」
ふと視線を上げると、清が嬉しそうな顔をして俺を見つめている。それを認めて思わず頬が熱くなった。
「…別に」
「なんだよ。その先、言って見せろよ。な? もう、本当は答えでてんじゃないのか?」
「んなこと──」
と、清がくいと俺の顎と取って上向かせた。家の壁が直ぐ背後にあって、逃げるすきがない。
「なぁ。いつ、答えだせそうなんだ? 急かすつもりは無いけど、そんなに待てない…」
強い光を放つ清の目に、俺は思わず答えていた。
「あれ! 金星食! 今度の金星食の時までには…」
「金星食…」
「来週の日曜日」
「確か、すばる、見たいって言ってたもんな。…いつもの公園で見るんだよな?」
「その、つもり」
「金星食、始まるのはいつ?」
「午後八時…」
「じゃあ、来週日曜日の八時。それでいい?」
「うん…」
清は俺の顎を捉えたまま、見下ろすと。
「な、本当はもう答え出てない?」
「え…?」
思わず聞き返せば。
「だって、すばる。俺がこうやって手を出しても本気で逃げない。キスだって受け入れてるだろ? 男にされるのがいやだったら、即座に振り払ってるはずだ。お前、嫌な事にははっきりしてるから。…俺に触れられるの、嫌じゃないんだろ? それって答えじゃないのか?」
「……」
確かに。これがろくに知りもしない相手からだったら、俺はその手を振り払い、胸を突き飛ばしていたことだろう。
だって。相手は清だ。嫌も何も──ない。でも、それって…?
俺は、もう受け入れているのだろうか。
清の唇が、僅かに開いた俺の唇に重なる。見開いた俺の目を見つめながら。
「…日曜日までに良く考えておいて」
柔らかく触れて、僅かに舌先が唇を舐めた。それだけでゾクリとした何かが背に這い上がる。
「……っ」
清は俺をすっかり抱きしめると、その耳元で。
「俺は、すばるが好きだ。ずっと昔から。思いは誰にも負けない。それに、誰にもすばるを渡したくない。俺の事、少しでも嫌じゃなかったら…前向きに考えてくれるか?」
俺はもう、頭の中がパンク寸前で。ただ、清の言葉にこくこくと頷くことしかできなかった。
そう。俺は星を見るのが好きだった。
親が俺にすばるとつけたのも、きっかけかも知れない。
家から少し行った先にある、小高い丘にある公園。そこが俺の天体観測場所で。
月の出ていない夜、何度かある誕生日とクリスマスを全て我慢し、親に買ってもらった望遠鏡を背負って。
もちろん、傍らには清がいた。初めのころは病弱だった清を心配していたが、気が付けば逆に清が俺のボディーガードよろしくつくようになって。
確かに夜の公園は、違う目的で利用する輩もちらほら見かけ。小柄な俺に比べ、年を追うごとに成長していった清は、中学も半ばになると身長も伸び一見すると大学生くらいには見えていた。
そんな心強い清とともに、月に何度か公園に出かけ夜空を見上げていた。
あの頃から、清は俺を好きだったのだろうか?
何か、そう思うと胸が苦しくなるような、切なくなるような。甘酸っぱいとでも言うのか。そんな感情が湧いてくる。
もう、その時点で、日曜日の答えが出ている気がした。