深山澪・後編
夏が近くなってきたので、凜を誘ってショッピングに行った。大学生の懐事情では量販店がせいぜいだ。最近は安価で可愛い服が多いので助かっている。
「これなんてどう?」
ノースリーブワンピースを手に取り、澪は凜にあてがった。どちらかと言うとシンプルなデザインだが、凜には似合うだろう。
「澪が着ればいいと思うよ」
「凜だから似合うの。こういうの、私が着ると太って見えるのよね……」
「ああ……うん」
凜は澪の胸元を見てうなずいた。比較的スレンダーな凜に対し、澪は肉付きが良い。平たく言えば、胸がでかい。こういう体型は、Iラインのワンピースや、胸の下に切り替えのあるワンピースが似合わないのだ。澪が今手に取ったワンピースは、胸の下に切り替えがあるものだ。切り替えが上がって、太って見えるのである。
「凜は何を着ても割と似合うわよね」
そのあたりが、もしかしたら凜がファッションにあまり興味を持たない理由の一つなのかな、とも思う。ジーンズにてろんとしたTシャツ一枚でも、それなりに見栄えがいいのだ。顔立ちはなんとなく似ているのに、体つきはだいぶ違う。
「まあ、着るものにあまり困ったことはないけど。私は澪がうらやましいけど」
「夏は暑いわよ。やっぱりワンピースの方が楽だし涼しいんだけど、Iラインのワンピースが似合わないのよ」
「ああ……ウエストを締めればいいけど、それはそれで暑いもんね」
「そうなのよ」
結局、部屋着として凜はワンピースを購入した。凜でも夏は暑いらしい。澪も涼し気なカットソーなどを何着か買った。さらにランジェリーショップにも行ってみる。凜が無理やり連れてこられた彼氏みたいな表情をしていた。彼氏を連れてきたことないけど。
さすがに疲れたので、甘いものでも食べようと言うことになり、飲食店の多いあたりを歩いていると、凜が「あ」と声を上げた。
つられて凜の視線の方を見ると、澪たちと同じくらいの年ごろの青年がパンケーキ屋の前にたたずんでいた。入ろうか迷っているように見えた。彼がこちらに顔を向けたことで、澪にも誰かわかった。凜の高校時代の同級生だという子だ。図書館で凜と話していた。あの時、凜が珍しく笑っていたから、覚えている。
「あ、凜。私、買い忘れたものがあるから、先休んでていいからね!」
早口で澪はそう言うと、身をひるがえした。凜の声が「ちょっと!」と追ってくるが、無視して人ごみに紛れる。少し離れたところから様子をうかがうが、一緒にパンケーキ屋に入ったようだ。
余計なお世話かもしれない。だが、人を避けてばかりはいられない。凜が楽しそうならそれでいいのだ、と澪は思う。
買い忘れがある、と言った手前、ちゃんと何か買おうと思う。なくなりかけている基礎化粧品をそろえた。ふと、ショーウィンドーのマネキンを見た。デニムのショートパンツをはいている。夏だもんね。ふと、凜に似合いそうだな、と思った。凜は足が長い。この前凜が澪のスラックスを履いたら寸足らずでショックだった。うん。絶対似合う。そう思ってそれも購入した。
澪は全国チェーンのコーヒーショップでチョコフラペチーノを購入してみた。高校生らしい男の子に声をかけられたが、適当にあしらう。ゆっくりと飲んでからパンケーキ屋のところに向かうと、凜も出てきたところだった。さっきの青年とスマホを向けあっているから、IDを交換しているらしい。手を振って別れたところで、澪は凜に抱き着いた。
「わっ!」
驚いた凜の顔を覗き込む。
「どうだった? いい感じだったじゃない」
「別にどうもしない……ああ、また誘っていいかとは言われたけど」
「ふーん?」
非常に興味深くはあるが、あまりツッコむと凜が引いてしまうので、好奇心は押さえておく。それがよかったのかわからないが、しばらくして凜が彼と出かけることが発覚した。ちなみに、彼は高遠君というらしい。
「凜、ほら、駅前に新しくできた店のクレープ食べに行かない?」
友人は何人か食べに行ったらしいが、澪はまだだった。たぶん、凜も行っていないだろうと思ったのだが。
「ごめん、高遠君に誘われて、行くって言っちゃった。まあ、二回食べに行ってもいいけど」
思わず、驚いた顔をしてしまった。リビングだったので、母も驚いている。凜からこういった話はめったに出ないのだ。澪も母もそんなリアクションを取ったので、凜は不安そうに言う。
「え、断ったほうがいい?」
「断らなくていいわ。行ってらっしゃい!」
なんだかテンションが上がって凜の背中を叩いてしまった。痛い、と苦情が上がる。付き合うにしろ何にしろ、相手を知ることは大切だ。せっかく警戒心の強い凜が前向きなのだから、澪たちが止めることではない。
とはいえ、凜は友人と遊びに行くくらいの感覚のようだ。一応、綺麗めのスキニーにぴたりとしたタートルネックを合わせている。スレンダーな凜によく似合っているが、初デートの格好ではないなと思った。普通に大学に行くような格好だ。
物理的に凜を送り出して感想を聞くと、「クレープがおいしかった」と返ってきた。そうだけど、そうじゃない。澪が聞きたいのは恋バナだ。だが、あまり指摘すると凜が引いてしまう。苦しい。
ちなみに、澪がクレープを食べに行くときも凜と行った。確かに、クレープはおいしかった。
夏が近づき、暑くなってきた。相変わらず高遠と出かけている凜だが、進展があるように見えない。澪の方も、凜の様子が気になりすぎて新しい恋などには目覚めていない。
「暑くなってきたね」
大学への通学が暑い。二人は基本的にバス通学なので、最寄りのバス停までは徒歩なのだ。澪は日傘を出してきたし、さしもの凜も帽子をかぶっている。
「凜もスカートにすれば? 多少は涼しいよ」
少なくとも、着脱が楽だ。凜も夏場の部屋着はワンピースであるが、外に出るときはいつもパンツスタイルだ。
「あれだよ、凜。ショートパンツにすればいいんじゃないの」
「あー、いいかも」
「ショートパンツがいけるなら、ミニスカもいけそうだけど」
「それは嫌」
何が違うのかわからないが、凜の中では違いがあるらしい。ショートパンツは、高遠と出かけると言うときに貸してみた。その脚線美で高遠を悩殺してこい。
澪も澪で、凜と夏休みに遊びに行こうと計画を立てていた。双子で双子コーデをしよう、と言うと、可愛すぎないものなら、と許可を得た。前ならこの許可すら下りなかった。恋とは偉大である。
そう。澪には凜が高遠を好きなように見える。指摘したくてたまらないが、言えば凜はもう高遠と出かけないかもしれない。そうなれば、高遠にも申し訳ない。彼は絶対凜のことが好きだと思う。澪は彼と話したこともないが、押し付けるのではなく寄り添うような彼に勝手に好感を持っている。
とにかく、いいことだと思う。思えば小学校の低学年くらいまでは凜も明るかったと思う。同じようなことを思ったのは澪だけではないらしかった。
「凜、よく笑うようになったわね」
夕食中に母が言った。澪はちらっと隣の凜を見る。凜はから揚げに箸をのばしていた。きょとんとした顔をしている。可愛い。
「特段、笑わなかった覚えもないんだけど」
なんと。自覚なしか。母が苦笑する。
「そんなことないわよ。彼氏でもできた?」
「彼氏!? 凜にか!?」
「父さんうるさい」
黙々と食事を進めていた弟が容赦なく父にツッコミを入れる。父、黙る。
「私に彼氏ができたらそんなに驚くこと? まあ、いないけど」
「そうか……」
父がほっとしたようにうなずいた。まあ、澪が彼氏を連れてきても泣きそうになるので、うちの父はこんなものかもしれない。澪は弟に食べつくされる前にとから揚げを確保する。
「ええ? でも、いつも一緒にスイーツ巡りしてる子は……」
母が高遠に言及しそうになり、澪は慌てた。思わず立ち上がる。
「お母さんストップ! 友達といってるもんね!」
「そ、そうね……?」
凜が引き気味に澪に同意した。少なくとも、はっきりいないと断言するなら、彼はまだ友人のはずだ。母に必死に目で訴えかける。余計なことは言ってくれるな。澪だってめちゃくちゃ指摘したいが、耐えているのだ。あと、今揺さぶるとテストに響く。
凜も深く突っ込んでこなかったので、ここでこの話は終わったのだが、一か月ほど経った後、動きがあった。
「凜、明日お昼どうする?」
学食を利用することもあるが、弁当を持って行くこともある。澪は午後まで試験があるが、午前中最後の試験は凜と同じ一般教養の講義のものだ。
「あー、私は午前で終わりだから、食べに行く約束してる」
「ふーん……」
澪は午後まであるが、凜はその試験で終了だ。友人とご飯に行く約束をしていても不思議ではない。が。
「高遠君と?」
「あ、うん……」
尋ねると、あたりだった。試験期間だからと二人があまり会わないようにしていたというのも知っている。二人とも真面目だ。澪は努めてにやけないように気を付けていった。
「よそ行きのワンピース貸そうか?」
「いい」
首を左右に振られた。大丈夫だ。凜に似合いそうなシンプルなデザインのやつだぞ、と言うと、そうじゃないらしい。
「だって……い、意識してるみたいで、恥ずかしい……」
はにかんで照れながら、凜が言った。その顔はどこからどう見ても恋する乙女で、澪は面食らってしまった。
「澪。あんたの片割れ、噂になってるよ」
「えっ?」
午後の試験が終了した時、澪は同じ専攻の友人にそう言われた。片割れって、凜のことか。無事に高遠とランチに行けたのではないのか。今日の凜がスリムパンツとぴったりとしたサマーニットといういつも通りの格好で出かけて行ったのは少々不満ではあるが、決して変なところはなかったはずだ。
「公開告白されたらしいわよ~」
「はい?」
ちょっと意味が分からない。後悔? 航海? どういうこと?
「みんなの前で告白されて、了承したらしいわ。ドラマみたいって、ちょっとした騒ぎになってるわよ」
「そ、そうなの?」
なんだ、その状況は。友人によると、相手は理系の男の子らしく、たぶん高遠だ。うまくくっついたならいいのだが、何だ、その面白い状況は。
「帰ったら事情聴取ね……」
今、凜は高遠と一緒だろうか。デート中だから連絡もしないし、帰りも遅いかもしれない。今から話を聞くのが楽しみだ。
ここまでお読みいただき、ありがとうございました。
澪視点で、凜と高遠がくっつくまで。せっかく書いたので、アップしてみました。
*深山 澪
かなりシスコンでその自覚はある。凜の恋路に首を突っ込みたいが、こじれそうなので我慢している。凜が自分に対してコンプレックスを抱いているのも知っているが、それはそれ。高遠に対しては凜が心を開いていたので初めから好印象。
巨乳。たぶん、イエベ春。シンプルな服装やメンズライク的な格好もしたいが、あまり似合わないので、似合う凜に着せたい。
*深山 凜
澪のことは好きだが、シスコンというほどではない。澪が地雷の自覚はあるが、澪のことは好きなので仲の良い姉妹でいたい。澪に気を使われている自覚はある。高遠とのことを聞いてこないので、実は感謝している。
スレンダー系。もう少し胸にボリュームが欲しい。イメージとしてはブルべ冬。かわいらしい格好も好きだが、着てもこれじゃない感があるので着ない。
*高遠 成海
澪視点のため、ほとんど出てこない。澪に値踏みされている自覚はある。澪プロデュースの凜の脚線美にやられた。