深山澪・前編
せっかく書いたので、アップします。
澪視点。
深山澪には双子の妹がいる。妹と言っても、戸籍上そうなっているだけで、あまり気にしたことはない。仲の良い姉妹だと言う自負がある。
とはいえ、周囲はそうは見なかった。一卵性双生児であるので、顔立ちの似た澪と双子の片割れ凜であるが、雰囲気は違う。なんとなくふんわりした雰囲気の澪と、なんとなく真面目な雰囲気の凜。どちらかと言うと、澪の方がよくモテたと思う。社交的だった、とも言う。凜も人見知りなどではないが、おとなしい性格なのだ。
目立つ澪に対して、凜は嫌なこともたくさんあったと思う。だが、澪は凜からそんな恨み言を聞いたことがない。唯一、中学生のころに大喧嘩をしたきりだ。話を聞いたところによると、澪に言いよっていた先輩が凜を傷つけたようだった。凜は優しい子だから押し負けたのだろう。凜が澪と別の高校に通うことにしたのは、この一件がとどめだったのだと思う。
子供のころからおとなしい凜は、澪と比べて地味だのブスだのと男の子たちに言われてきた。澪はそんな男子たちを追いかけまわして謝らせたものだが、凜は本人が思っているよりも気にしていたと思う。彼女の警戒心が強いのはそのためだ。人を責めるより自分で抱え込んでしまうところがある凜だから、澪にあたるようなことはなかったが、少し避けられているような気はしていた。
実のところ、凜をいじめていた男の子たちは、澪よりも凜に気があったのではないかな、と思う。澪をだしに凜の気を引こうとしていたのだ。凜はあまり表情に出ないから、いじめたりからかったりして感情を引き出そうとしていたのだと思う。まあ、どう考えても悪手ではあるが、子供の考えることだ。ただ、凜は警戒して余計に心を開かないが。
さて。地元の有名なお嬢様学校に進学した澪であるが、凜は共学の進学校に進学した。真面目な凜は、お嬢様学校よりも進学校の方が性に合ったのだと思う。
澪がお嬢様学校を選んだのは、男子を避けるためでもあった。恋人がいたこともある澪だが、わずらわしさの方が勝った。女子高なら女子しかいないし、穏やかに過ごせるのではと思ったのだ。まあ、思惑通りにはいかなかったが、校内では少なくとも中学時代のような、毎週手紙で呼び出される、などのイベントはなかった。
「この前、駅で澪に声をかけたと思ったら、別人だったわ」
クラスメイトにそんなことを言われて、澪は笑って「それ、双子の妹よ」と言った。澪のお嬢様学校と凜の進学校は、最寄り駅が同じなのだ。そのため、登校下校時間が被ってお互いを見ることはよくある。
「というか、制服が違ったでしょ」
お嬢様学校はワンピースタイプの制服だが、進学校はブレザーだ。すらりとした凜はブレザーがよく似合っていた。凜自身は澪のワンピースタイプの制服を可愛い、と言っているが。
「声をかけてから気づいたわ。眼鏡もしてたし。いやー、後ろ姿が似てたのよね」
「そうかしら」
自分の後姿を見たことがないのでわからないが、澪と凜を見間違う人は昔から結構いた。澪の方が背が低く、目がたれ目だ。凜はすらりとしていてやや切れ長気味の目元をしている。まあ、言われないとわからない程度だが、並べてみるとわかる。
「でも、あなたと違って愛想のない子ね」
「……突然声をかけられて、驚いたんじゃないかしら」
愛想がない、も凜がよく言われている言葉だ。警戒心が強すぎるあまり、表情が崩れないだけなのだが。せめて澪のように笑顔のポーカーフェースならちょっと違ったかもしれないが。
少し距離を置いて、凜の方も落ち着いたのか、一緒に買い物に出かけたり、遊びに行ったりするようになった。澪はお洒落やメイクなどに興味がある、いわゆる女子力が高めであるが、凜は違う方向に興味を振っている。一見おとなし気な文学少女であるが、毎日ストレッチや体幹トレーニングを欠かさないのでスタイルがいい。
高校二年の終わり、凜に彼氏ができたらしいが、澪は本人からそれを聞かされなかった。別にいう必要はないし、澪も彼氏がいることを別に凜に話していない。お互い、なんとなく、いるのだろうな、と察している状態だった。
駅で見かけた凜の彼氏は、おとなしそうな男の子だった。なるほど、なかなか見る眼がある。うちの凜は可愛いだろう、と思っていたのだが、ほどなくあっさりと「別れた」と言われた。たぶん、澪が凜と駅で会ってから一週間もたっていなかったと思う。
高校三年生になっていたので、受験があるとはいえ判断が早すぎる。もしかして、あの時声をかけたのがいけなかったのだろうか。ちょっとテンションが上がっていたのは認めるし、あの時、凜の彼氏が澪を驚いたように見ていたのも覚えている。
そのことについて、凜は何も言わなかったので、澪も何も言わなかった。澪が言うことではないと思った。ただ、また避けられているな、とも思った。
国際交流に興味があったので、大学は一番近い、国際交流の学べる学校にした。たぶん、高三の春のことがあってからコミュニケーションを怠っていたのが原因だろうが、凜と同じ大学、同じ学部を受験していた。別々に家を出たので、会場で遭遇してお互いびっくりしてしまった。澪もそうだったが、近くで学べるのに遠くの大学に行くメリットが見いだせなかったのだろうが、知っていればどちらかは、少し遠いが郊外にある公立大学を受験したと思う。まあ、学びたいこととは少しずれてしまうし、受かったかはわからないが。
大学生になると制服ではなく私服で登校することになる。考えなくてもいい制服のありがたみはわかったが、澪はコーディネートを考えるのが楽しかった。困ったのは凜の方だった。
「凜、またその格好?」
「一応、昨日と違うんだけど」
玄関で一緒に出掛ける準備をしながら、澪は凜を見て唇を尖らせた。フレアのワンピースにカーディガンを合わせている澪に対し、凜はデニムパンツにTシャツを合わせ、上にパーカーを羽織っている。足が長いのでデニムパンツがよく似合っているが、とりあえず見苦しくない程度に整っていればいい、というのがよくわかる。足元も、澪は春用ブーツだが凜はスニーカーである。
「うん。昨日と違うのはわかってるわ」
昨日はボーダーのシャツにカーディガンを羽織っていたもんね。下はパンツスタイルだったけど。というか、澪は凜が高校を卒業してからスカートを履いているのを見たことがない気がする。
「明日、服を見に行かない? もうちょっと可愛いの買いましょうよ」
目的地が一緒なので一緒に歩きながら澪が提案すると、凜は「いい」と言った。
「別に興味ないし」
「ええー。見たいし、付き合ってよ」
こういうと、たいてい凜が折れる。優しいと言うか、押しに弱いなあと思う今日この頃。まあ、連れ出してしまえば凜も楽し気だし、大丈夫だろう。
顔が似ているので、どうしても澪と凜は双子だ、という話が広まる。大学でも、二人を比べる言葉などが飛び交うが、さすがに高校までよりはみんな大人になっていた。
あっさりした格好の凜を連れて、澪は買い物に来ていた。別にブランドショップなのではなくて、普通の量販店だ。
「ほらっ。これとかどう? 双子コーデ」
「そもそも双子なんだけど……」
ちょっとずれたツッコミがなされる。何も言わなかったが、凜が渋い顔をしているので、澪が差し出したワンピースが気に入らないのだな、と思った。たぶん、フリフリの服などが嫌いなわけではないと思う。ただ、あまり似合わない、という意識が働くのだ。全く似合わないわけではないから、一枚くらい持っていてもいいと思うのだが。
仕方がないので澪だけワンピースを購入し、凜にはきれい系のカットソーなどを合わせた。あと、細身のスラックスを合わせる。凜ならスリムスキニーも行けると思うのだが、それはまた今度だ。
「私は楽しいからいいけど、凜は着てみたい服とかないの?」
尋ねると、若干眉をひそめて凜は言った。
「あんまり考えたことないなぁ。見てもよくわからないし」
それで、結局無難なところに落ち着くようだ。興味がないのだろうな、と思う。澪が購読しているファッション誌などを一緒に見たりするが、いまいちピンと来ていないような気がする。
大学初めての文化祭で、ミスコンに出てみないか、と言われた。一年生なのだけど、と思いつつ、友人やできたばかりの彼氏にも説得されて登録した。澪も押しに弱いなあと思う。自由度の高い大学の文化祭は楽しかったし、澪は準ミス・キャンパスに選ばれた。自分でいいのだろうか、と思ったが、思いのほか凜が喜んだのでいいと思うことにした。
「澪。澪の連絡先を教えてほしいって言うやつが多発してるんだけど」
文化祭が終わってしばらくたったころに、澪は凜にそんなことを言われた。大学に入学してから、すでに何度かあった話で、凜はそのたびに澪にお伺いを立てていたのだが、その頻度がえげつないらしい。澪の妹だからと、一日に何度も呼び止められて食い下がられる。ということで、本人の言質が欲しいらしかった。
「いつも通り、その場で断ってよ。なんで凜に言うのよ。私に直接言いなさいよ」
「だよねぇ」
澪もわずらわしさが勝って唇を尖らせて言うと、凜が同意した。それって澪にも失礼だが、凜にもめちゃくちゃ失礼。でも、その中の何人かは、本当は凜狙いなのではないかとひそかに思っている。凜の文化祭の時の男装がなかなか堂に入っていてかっこよかった。
そんなことがあったからだろうか。一年生を終え、二年になる春のころ、凜に対するひどいうわさが流れた。
凜が澪を紹介するのを拒むのは、何をしても澪に勝てないから嫉妬しているのだとか、凜が澪をひがんでいじめているのだとか。事実無根であるし、澪は仲のいい姉妹だと思っているのに、人間というのは悪い噂の方を信じるのだ。言い出しただろう男はもちろん、女子たちも信じているようで、大変ね、などとサークル仲間に言われた。それは事実無根です! 口で言っても、信じてもらえないのだが。
一番大人になったのは凜の方だろう。傷ついていないわけではないと思うが、罵詈雑言を受け流す図太さが出てきた。思えば、凜はいじめられるからと学校を休んだこともない。感心しているうちに、凜が大学内の階段で突き飛ばされ、澪がキレた。
「何よこんなことが私のためになると思ってるなら、片腹痛いわ!」
一応、家に帰ってから声を張り上げた。両親は共働きだし、弟は部活中。一緒に夕食の仕込みをしていた凜が少しあきれたように言う。
「大丈夫だから落ち着きなよ。ていうか、使い方間違ってるよ」
という感じで、凜は歯牙にもかけていない。こういう態度が、相手の神経を余計に逆なでするのだろう。これが凜の心の護り方であるし、そもそも傷つけようとする方が間違っている。今回は幸い、擦り傷程度で済んだが、打ち所が悪ければ死んでいたかもしれないのだ。
「そもそもうちの可愛い凜を捕まえて、地味だの根暗だの、失礼しちゃうわ!」
「澪が怒ることじゃないよ。というか、私が地味で根暗なのは事実だし」
「あのね、凜! 私とあなたは一卵性双生児の双子なのよ! 私が美人なのに、凜が美人じゃないわけないでしょ!」
確かに華やかな装いではないかもしれないが、そもそも澪と面差しが似ているのだし、美人の部類に入るはず。性格だって多少おとなしいだけで根暗なわけではない。主張を聞いた凜は苦笑を浮かべた。
「暴論……っていうか、美人は否定しないのね」
「客観的事実でしょ」
「そうね」
「ていうか、私今、彼氏がいるのよ? 告白を受けるとか、ないと思わない?」
「そうね」
「そうね、しか言ってないわよ」
半分聞いていないのだろう。凜の手元では、ハンバーグが形成されてきている。
「あーあ。せっかくまた凜と同じ学校に通ってるのに」
「うん……」
「凜も大学生活、満喫したいわよねぇ?」
「無事に卒業出来て、就職先が見つかればそれでいいかな」
「夢も希望もないわね! 楽しみましょうよ!」
大学を卒業したら、凜は県外に出てしまいそうだ。少なくとも、澪と凜を比べる人間がいないところに行こうとするだろう。仲の良い姉妹だと思っているので、それは寂しい。だが、澪に止める権利はない。
「あ!」
声をあげると、凜が「何?」と怪訝そうに見てきた。澪はお玉で鍋をかき回しながら言った。
「凜、明日、四時起きね!」
「はい?」
眉をひそめて凜が聞き返す。澪は嬉々として言った。
「四時起きよ!」
「当たり前だけど、午前四時のことよね?」
「もちろん。思ったのだけど、凜もメイクして髪も整えてスカートはいていきましょう。大丈夫。私と似てるんだから、行けるわ」
一度、凜を可愛くしてみようと思った。逆に澪が凜のようなシンプルな格好できめてもいいのだが、どちらかと言うと、凜を着飾りたいと言う欲求が勝った。思うに、みんな格好だけで澪と凜を見分けていると思うのだ。これが似たような格好をしたら、わからなくなるのではないだろうか。
本当に凜を午前四時にたたき起こし、了承を得て洋服ダンスをあさる。クローゼットもあさるが、ワンピースなどはないし、スカートもゆったりした部屋着のようなものしかない。ブラウスは凜のもので、スカートは澪のものを持ってきた。
「このブラウスに、このスカートを合わせましょ」
そのコーディネートを見せて、凜はやっと澪が本気であることに気づいたらしい。タイツあったかなぁ、とつぶやいている。結果としては、あった。まあ、スーツがタイトスカートであるし。凜の方が背が高いので、スカートの丈は少し短くなってしまったが、似合っている。
「コンタクト持ってたわよね。あと、髪も巻きましょ!」
「えー……そこまでいい……」
面倒くさそうに凜は言うが、澪は楽しくなってきて、髪を巻いてハーフアップにしてバレッタでとめた後、凜にメイクもした。うん、可愛い。
「じゃ、後で感想聞かせてね!」
「ん」
大学で別れるときに言うと、彼女はひらひらと手を振ってうなずいた。
「え、あれ? 澪?」
「ん?」
カフェの近くを歩いていた澪は、友人の驚いた声に首を傾げた。
「さっき、図書館にいなかった?」
「いないけど」
「見間違い……?」
不思議そうに眉を顰める友人に、たぶん、凜だな、と思った。もともとパッと見は似ているので、似たような格好をすれば、やはり見間違うのだ。言動で二人を見分ける人が多いが、黙っていればわからないと思う。
その日、バイトを終えた後に帰ってきた凜に尋ねると、彼女は困ったように、「澪に間違われて困った」と言った。実際、困ったのだろう。この作戦は失敗だっただろうか。
そう思ったのは、恋人とデートに出かけたときのことだ。凜を着飾らせた一件から数日後のことだった。その日、澪は凜に借りたジャケットを着ていた。凜はあまり服に興味がないようだが、無難な服のほかにボーイッシュな服などを持っていたりする。これはそのうち一つで、いつもの澪の服の傾向とは違った。それに、恋人も気づいたようだった。珍しい格好だな、と言ってきた。
「似合う?」
「澪はどんな格好でも可愛いな」
「ありがとう。たまには気分を変えようと思って、妹のを借りてきたのよ。双子の」
「ああ……」
同じ大学なので、恋人も凜のことは知っていた。顔がしかめられるのを見て、いらないことを言ったと気づいたがもう遅い。
「澪の妹なのはわかってるけど、出来のいい澪に嫉妬して嫌がらせするようなやつだろ。この前はお前みたいな恰好で、お前のふりしてたっていうじゃん。正直、どうかと思うぞ」
顔をしかめたのは、今度は澪の方だった。それはすべて噂だ。この澪の恋人は、噂を鵜呑みにしているのだ。
「澪?」
立ち止った澪に、恋人が振り返った。澪は硬い表情のまま言った。
「帰るわ」
「え、俺、何かした? 具合悪い?」
驚いたように言う彼に、何もわかっていないな、とため息をつく。
「あなたの正直なところが好きだったけど、噂で人を判断するような人と、私、付き合えないわ」
しかも、それは澪の片割れのことなのだ。澪は凜に嫌がらせなどされたことがないし、凜にスカートを履かせたのは澪だ。そんなこと、確かに彼は知りもしないだろうが、知らないから噂だけでその人をけなすのは間違っていると思う。
押し問答の末、澪は彼と別れることにした。たぶん、澪の方が美人だ、と言うようなことを言いたかったのだろうと言うことはわかっている。だが、言い方が駄目だ。凜をけなすことと澪をほめることは、別の問題のはずなのだ。
ただいま、と帰宅すると、講義が終わった凜も帰ってきていた。
「お帰り。早いわね。デートじゃなかったの?」
「デートだったわよ……」
凜は「ふうん?」と言ったが、それ以上は聞いてこなかった。だが、澪はリビングでおやつを食べている凜に抱き着いた。
「え、何?」
「んーん」
ぎゅーっと頬を擦りつけると明らかに迷惑そうな顔をされたが、振りほどかれなかったので堪能した。
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。
後編に続きます。