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高遠成海・後半

高遠視点の続きです。









「可愛いってのは主観らしいぞ」


 そう言ったのは、一つ年上の兄だ。防衛大学校に進学したいろいろとぶっ飛んだ兄は、ひょろっとした弟を捕まえてそんなことをのたまった。たまたま、休暇で帰ってきていたのだ。


「なんだよそれ」

「美人とか、綺麗とかってのは、割と客観的な視点らしくて、可愛い、だけ主観が混じるそうだ。ブサカワとかがあるのは、いわゆるそういうことだろ」

「……まあ、言いたいことはわからないではないけど」


 不審げに眉を顰める成海に、兄はサクッと言った。


「つまりお前、その子が好きなんじゃないのってことだが」

「……」


 わからなかった。いや、言われたことはわかるが、自分が凜を好きなのかわからなかった。







 そんなことを兄に言われた後に、初めて凜に遭遇したのは、駅前の飲食店が並ぶ通りだった。前から気になっていたパンケーキを出す店の前で入ろうか悩んでいたら、ばっちり目が合った。双子で買い物に来ていたらしく、澪もこちらに気づいて、凜に何事か話すとそのまま身をひるがえした。凜が「澪!」と叫んでいるのが聞こえた。


 話しかけると、置いて行かれた、と唇を尖らせている。仲の良い姉妹だ。こんなに仲が良いのに、他人があれこれとちょっかいをかけるべきではないと思う。


「高遠君も買い物?」


 凜に尋ねられ、本を買いに来たと告げる。今日、新刊の発売日だな、と思い出したわけだが、それはともかく。


「ところで深山。今、暇?」

「まあ、そうね……」

「じゃあちょっと付き合ってよ。そこのカフェ、気になるけど男一人で入りづらいんだよ」


 先ほど自分が見ていたカフェを指さし、成海は言った。ぶらぶらとウィンドウショッピングをしたいかもしれないし、ダメもとだ。だが、勝算もあると踏んでいた。図書館のことで、凜はかなり感謝を向けてくれたから、そのお返しにと付き合ってくれるかもしれない、と思った。


「……私は構わないけど、高遠君はいいの?」


 少し間があってから、凜はそんなことを言った。不安そうに見上げてくる目を見て言う。


「いい。ってか、俺が頼んでるんだけど」


 頼んでいるのは成海なのだから、いいに決まっている。成海は凜に笑いかけて「入ろうぜ」とドアを開けた。店内は見事にカップルや女性客ばかりだ。外から見てもわかったので、小市民のつもりである成海は入りづらかったのだ。


「付き合ってくれてありがとな。前から気になってたんだけど、一人じゃ入りづらくて」


 それぞれパンケーキを注文して、それを待っている間、少し話をする。愛想がない、などとそしられている凜だが、人当たりが悪いわけではないので小首をかしげつつ反応があった。


「や……私も甘いものとか好きだから全然いいけど、同じ学科の子とか、誘えばよかったのでは」

「俺、理学部の数学専攻。女子学生なんて全体の一割から二割だぜ」


 成海の答えに、凜は反対側に首を傾げた。理系に女子学生が少ないのは事実だが、誘おうと思えばできた、と思う。適当にはぐらかした感があったが、凜も深くはツッコんでこなかったので話を続ける。


「中学生の妹に同行頼もうかと思ってたんだけど、深山の顔見たらお前の方がいいなと思って。図書館のことですごく感謝してくれたから、断られないだろうなって打算もあった。ごめん」


 警戒心の強い凜だ。先に言っておいた方がいいだろうと思ったのだが、彼女は驚いたような顔をして言った。


「あっ、そこまで考えてなかった……」

「は? なのについてきてくれたの?」


 成海も素で驚き、二人は顔を見合わせた。そこに、お待たせしましたー、と店員がパンケーキを持ってきた。自分の分を眺めた後凜の前に置かれたパンケーキを見て、言った。


「……余計なお世話かもしれないけど、深山、全部食べられるか?」

「が、頑張る……」

「無理すんなよ……」


 がんばって食べられるものだろうか。凜は上背があるが、華奢だ。華奢で手足が長いタイプに見える。そんなに大食いには見えなかった。これでもかとアイスとクリーム、フルーツが乗せられたパンケーキを食べきれるのだろうか。


「高遠君って、甘党?」

「甘いものは好きだな。量は食べられないけど」

「おいしいよね。なんか高遠君って、ブラックコーヒー飲みながら専門書読んでそう」

「甘いもの食べるときはコーヒーだけど、普段は普通にカフェオレとか飲むぞ。深山は紅茶党?」

「どちらかと言えば。コーヒーも飲むけど」


 他愛ない話をしながら食べ進める。


「つーか、誘って食っておいてなんだけど、本当によかったのか? 買い物してたんだろ」


 すでにパンケーキも半分食べ終わっているし、今更聞くことではないが、凜も有名な服の量販店のショッパーを持っているので、買い物はしていたのだろう。なのに、今は成海に付き合っている。


「ああ……私はもう終わったから。半分、澪に付き合ってたみたいなものだし……それに、見てもよくわからないというか……」


 大学生になると、それまで制服だったのが毎日私服登校?になるわけだから、私服がいる。ダサい格好では行けない、と思いつつ、何がいいのかわからない、という気持ちは理解できた。


「気持ちはわからないでもないけどな。でも、今日の格好は似あってると思うぞ。可愛い」

「へっ?」


 今日の凜は細身のスラックスにウエストで絞ったカットソーを着ていた。これが華奢な凜にはよく似合っている。綺麗めの格好が似合う女性だ。以前、図書館で澪と間違われていた時の格好もかわいらしかったが、何というか、パンツスタイルの時の腰から足首にかけてのラインがいいのだと思う。スカートも似合わないわけではなかったが、単純に成海の好みの問題だ。


「前のスカートも似合ってはいたけど……って、どうした?」


 ふと見ると、凜は食べる手を止めていた。うつむいた耳が赤く、照れているらしい。


「ご、ごめん。その、可愛いとか、家族以外にあんまり言われたことなくて、その」


 明らかに動揺しています、というような顔と声で言われて、成海も動揺した。何とか無表情を保って、何でもないように言う。


「ふうん? 結構可愛いと思うけど、深山」

「そういうのは澪に言って……」

「俺、ああいうタイプ苦手なんだよな」


 テーブルに両肘をついて、顔を隠した凜に言った。苦手というより、凜のようなタイプの方が好ましい、という話だ。兄ではないが、だんだん自分は凜が好きなのではないか、という気がしてきた。


「双子って言っても、やっぱり性格とか違うよな。違う人間なんだから、当たり前だけど」

「……うん」


 そう。当たり前の話なのだ。いくら双子でも、全く同じ存在ではない。別人だ。それを、凜や澪の周囲は理解していないのではないだろうか。まあ、成海も今思ったので、人のことは言えないけど。


「食べようぜ。アイス、溶けてるぞ」

「うん」


 話している内に、凜のパンケーキのアイスが溶けかけていた。


 付き合わせたので成海が全額払おうとしたが、結局割り勘になった。凜が引かなかったからだ。まあ、時代はデートでも割り勘だと聞くので、そうした。ちなみに、凜はあのパンケーキをすべて平らげた。その薄い体のどこに入っていったのかとても不思議である。


「今日は付き合わせて悪かったな。ありがとう」

「ううん。私も話せて楽しかった」


 店から出て、このまま別れてしまうのはなんとなく惜しい気がして、声をかけた。


「なあ、深山。また誘ってもいいか。やっぱりこういうところ、男一人だと入りづらくて」

「うん、いいよ」


 よほどの甘党だと思われたのだろうか。さらりと承諾されて成海の方が戸惑うくらいだった。凜はにこにこしている。彼女に限って、何か企んでいると言うこともないだろう。


「あー、じゃあ、連絡先交換しよう」

「あ、そうだね」


 これもさっくり了承された。成海はちょっと凜が心配になる。警戒心が強い方だと思っていたのだが。だが、IDを交換するときの手つきを見ると、慣れていないようなので普段はもっと警戒しているのだろう。


 新しく増えた連絡先を眺め、凜を見て言った。


「じゃあ、また連絡する。深山も、なんかあったら連絡してくれていいぞ」

「うん。わかった」


 ……この子、本当に大丈夫だろうか。










「ナル兄、彼女できたの?」

「は?」


 出かけようと玄関で靴を履いていると、中学生の妹が話しかけてきた。中学生の妹がいることからわかるように、今日は土曜日で学校は休み。成海はこれから凜とかき氷を食べに行く予定なのだ。


「お前に関係ないだろ」

「えー。だって、さーやがナル兄が女の人と歩いてるの見たって」

「……」


 生活範囲が近いから、目撃証言があっても不思議ではない。ちなみに、さーやとは、小学生の妹である。成海は五人兄弟の上から二番目なのだ。


「モデルさんみたいだったって言ってたよ。ね、美人? そういえばナル兄、最近お洒落だもんね」

「……」


 年頃なのでそういう話に興味があるのかもしれないが、思春期はどこに置いてきたのだろう、とも思う。


「……行ってくる」

「ちょっとナル兄! もうっ!」


 妹の怒りの声が聞こえてきたが、追いかけてくることはない。どうせ、成海はこの家に帰ってくるのだから。


 妹にお洒落だ、と言われた成海だが、特段お洒落なつもりはない。まあ、身なりに気を使うようにはなったな、と思う。それは待ち合わせ相手の凜も同じで、暑くなってきたからか、今日はショートパンツだった。程よい肉付きの白い足がまぶしい。


 先日、誕生日だったのでそれをネタに凜の誕生日を聞くと、年明けの早生まれだった。まだ先だ。なんとなく、二十歳以下の少女を夜の街に誘うのは気が引けて、ランチの約束をした。もっとも、もうテスト期間に入るので、その約束はまだ先になりそうだが。







 教養科目の試験が一通り終わる日、凜とランチに行こうと約束をした。その約束した通信アプリの画面を見ながらにやついていたらしく、妹にきもい、と言われた。確かに気持ち悪かったかもしれない。


 最後の教養科目の試験が終わって、いざ昼食に行こう、と立ち上がったとき、声をかけられた。


「高遠、一緒に昼飯食べに行かねぇ?」


 そう声をかけてきたのは、学部は同じだが学科の違う同級生だった。おとなしい友人が多い成海にしては珍しい、大学生活を謳歌しているタイプの友人である。割と、取っている講義が被っているのだ。


「悪いけど、先約があるから遠慮しとく。ありがとな」

「先約って、深山のじゃない方?」


 別の同級生だった。思わず成海は顔をしかめた。


「じゃない方とか言うなよ。二人とも深山だろ」


 おそらく、彼らが言いたいのはそういうことではない。それはわかっているのだが、凜に好意を寄せている身としては反論したくなった。最初に声をかけてきた同級生が笑う。


「お前真面目だよな。てか、ああいうのが好み? たまに一緒にいるの見かけるけど」

「俺の好みがどうだろうと、お前に関係ないだろ」

「えー、でも、どうせ声掛けるんなら断然深山の方だろ。あ、去年の準ミス・キャンパスの方な。もう一人の方ってなんか地味だし、愛想もないじゃん。双子なのにそんなに美人じゃないし」

「同情なら止めといたほうがいいんじゃないか」


 二人から口々に言われ、成海は心の中で彼らを友人からただの同級生に格下げした。去年、一年生ながら準ミス・キャンパスに選ばれたのは澪の方なので、彼らの言う深山は澪を指すのだ。というか、深山と言う名はほとんどが澪を指しているのだと思う。


「双子だからって全く同じなわけないだろ、別の人間なんだから。お前らは、凜が地味で愛想がないから澪の方がいいって言うけど、それって、双子のどっちも美人で愛想がよかったら、『どっちでもいい』ってことだよな。それって、どっちにも失礼なんじゃねぇの」


 凜と澪は双子で顔立ちもなんとなく似ているかもしれないが、別の人間なのだ。彼らの物言いは、凜どころか澪のことすら見ていない。


「少なくとも俺は、お前らみたいなのにひどいこと言われても、腐らずにいられる深山凜をすごいと思うし、好きだ。多少愛想がなくても、自分の前だけで笑ってくれると思ったら可愛いだろ。じゃあ、俺は約束があるから」


 勢いで言ってしまったが、お前らの知らない凜を知っているんだ、という優越感もないではないから困ったところである。


 これ以上付き合うこともないと講義室を出た成海は、ドアを開けたところで女子学生がうずくまっているのを見て「うわっ」と声を上げた。よりによって、凜だ。


「み、深山? 大丈夫か?」


 大丈夫ではないことはわかり切っているが、一応尋ねる。成海もしゃがみこんで背中を支えるが、勢いで凜と呼んでしまったな、と思いつつ、問題はそこではない。


「今の、聞いてたよな……悪い。嫌なこと聞かせた」


 成海だって聞いていて気持ちよくなかったのだから、凜が傷つくのは当然だ。不意に凜が顔を上げた。むすっとしているし、泣いている。嫌われてしまっただろうか、と緊張しながら、「ほんとにごめん」とうなだれた。


「違う」


 きっぱりと言われ、成海は顔を上げた。凜は泣きながら笑っていた。


「嬉しくて、泣いてる」

「は」


 虚を突かれた成海に、凜は抱き着いてきた。床に手をついて転倒は免れるが、何が起こっているかわからない成海である。いいにおいがする。


 これ、大丈夫だよな? 好かれてるよな、俺。自問自答する。というか、もう聞かれてしまったのだ。覚悟を決める。


「……深山、あのさ、俺、お前のことが好きなんだけど」

「うん。私も好き」


 座り込んだままだが、顔が上がって凜の涙のたまった目が細められる。


「俺の恋人になってほしいんだけど」


 勢いで言いきった。告白されたことはあるが、したことはない。これでいいのだろうか。凜の口元が確実に笑みを描いた。


「私も、なりたい」


 勝率は高いと踏んでいたが、あっさりと返答が返ってきて、成海はうろたえる。


「い、いいのか?」

「うん」


 わあ、と歓声と拍手が上がった。忘れていたが、衆人環視の中だった。成海は凜と目を見合わせ。


「今更なしって言うなよ」

「い、言わない」


 赤くなりながら、凜は言った。冗談だ。とりあえず立ち上がろうと思って、成海は凜に手を差し出した。









ここまでお読みいただき、ありがとうございます。


凜の話の成海から見た話でした。凜の話は「嬉しくて泣いてる」で切りたかったので、そこで切ってしまいましたが、今回は少し先まで。


高遠たかとお 成海なるみ

6月中旬の生まれ。5人兄弟の上から2番目。兄とは1歳違いなので、自分も比べられてきた。不細工なわけでもセンスがないわけでもないが、服は着れればいいと思っていたので、なんとなくぱっとしなくはある。実は、身なりに気を遣うようになってから結構モテていた。今回の話で、作者のせいで足派疑惑が発生した。


深山みやま りん

1月下旬生まれの早生まれ。たぶんみずがめ座だと思う。たいていみんな、凜と澪を眼鏡の有無と胸の大きさで見分ける。凜は眼鏡をかけた、華奢な方。なんとなく理知的で真面目そうに見えるが、結構天然が入っている。ショートパンツは生まれて初めて履いた。


深山みやま みお

双子なので当然1月生まれ。成海視点なのでほとんど登場しないが、成海には仲の良い姉妹だな、と思われている。成海は女子力高めな感じが苦手。


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― 新着の感想 ―
[良い点] 高遠君視点ありがとうございます! そして最後の最後!見ていた人達に混じっておめでとうの拍手を送りたい、お二人とも末長くお幸せに! [一言] 高遠君のご友人が凜ちゃんの高校時代の恋人だったん…
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