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高遠成海・前半

双子の話の高遠視点。

せっかく書いたので、アップします。











 高遠たかとお成海なるみ深山みやまりんを認識したのは、高校一年生の時だった。理由は単純で、同じ高校の同じクラスで、同じ委員会だった。二人とも、じゃんけんに負けたのである。


 当時の凜は、染めたことやヘアアイロンなどかけたことないだろう黒髪を一つに縛り、黒縁の眼鏡をかけた少女だった。成海の友人などは、地味だ、と彼女を評したが、成海は真面目そうだな、という印象を抱いただけだった。実際真面目で、押し付けられた委員会の仕事をさぼったりはしなかったし、間違っていると思ったらはっきりという子だった。


 その凜に、近所のお嬢様学校に通っている双子の姉がいる、という情報が出回ったのは、夏休みに入る前のことだっただろうか。美少女だと言うことで、周辺の学校では有名らしい。個人情報はどうなってるんだ。


「すごい美人なんだろ。お前と違って」

「双子なんだろ。かわいそーに」


 真面目な高校生をしている凜を捕まえて、クラスのやんちゃな男子生徒たちが言った。クラスメイトのほとんどがいる場で、成海もいた。成海はにやにやしているクラスメイトに呆れ、ちらりと凜を見た。彼女は特に反応を示さず、次の授業の準備を始めていた。


「なんだよ、すましやがって」

「可愛くねぇの」


 わざわざ本人に失礼なことを言うお前たちに言われる筋合いはないだろう。凜が反応を示さないのは、反応すれば相手が余計に調子に乗るとわかっているからだろう。委員会で行動を共にすることが多い成海にすれば、彼女は決して感情がないわけではない。









 後期に入って委員会が離れた上に、二年生に進学すると、成海は理系、凜は文系だったため、クラスも離れた。もともとそんなに仲が良かったわけでもないため、彼女とはそれきりだった。ただ、美少女だという双子の件で、かなり迷惑をこうむっているのだろうと言うのは噂で聞こえてきた。双子の片割れを紹介してくれ、というくらいならまだましな方で、凜を利用してもう一人に近づこうと言う男子生徒も多いらしい。興味のない成海の耳にまでは言ってくるのだから、そうとうだ。凜も利用されそうなのはわかっているのか、利用されたと言う話はついぞ聞かなかった。


 恋人ができた、と文系の友人から聞いたのは、二年の終わりのことだった。図書館で勉強を教えあっている内に仲良くなって、付き合うことになったと言う友人の恋人は、凜だった。話を聞く限り、なかなか警戒心が強いだろう凜を、どうやら友人は口説き落としたらしい。いや、詳細は聞いてないけど。


 友人を通じて凜と顔を合わせることがあったが、やはり眼鏡にポニーテールで、気真面目そうな印象が強かった。ただ、友人と話しているときのはにかんだ笑みは可愛いな、と思った。いや、友人の恋人だから何もしないが。それに、当たり前といえば当たり前でもあるのだ。双子の片割れが美少女だと評判なのだから、凜の容姿が整っていても不思議ではない。片割れの澪は文化祭で見かけたが、造作は似ていた気がする。一卵性双生児なのだろう。








 友人も凜もあんなに幸せそうだったのに、ふた月ほどで別れてしまった。一緒に勉強しているときに、うなだれる友人にどうしたのか、と尋ねて発覚した。


「振られた……」

「お前が? 深山に?」

「そう……」


 ショックを受けすぎているためか、友人の手は全く進んでいない。成海はその向かい側で参考書片手に物理の勉強中だ。


「……まあ、話くらいは聞いてやるよ」


 二人とも物静かで真面目で、だからこそ相性もよさそうだったのに。あまりの憔悴っぷりに成海がそう言うと、友人は顔をあげて言った。


「深山の双子の姉に会ったんだ。駅で」

「ああ、あそこ、最寄り駅だもんな」


 成海たちが通う進学校も、澪の通うお嬢様学校も、同じ最寄り駅だ。遭遇しても不思議ではない。


「その、噂以上に美人で、深山とも雰囲気が違って、びっくりして」

「見ほれたのか」

「うっ」


 またうなだれて頭が沈んでいく。頼んだドーナツに全く手を付けていない。成海はカフェオレを飲んでから言った。


「それはお前が悪いと思う」

「なのかなぁ、やっぱり……比べられるのは嫌だって言われたんだ」

「そりゃ嫌だろ。年の近い兄弟だって、比べられるの嫌だぜ」

「俺、一人っ子」

「そうだっけ?」


 成海は一つ年上の兄がいる。両親はそんなことはなかったが、やはり年が近いと比べられるものだ。双子だと、なおさらだろう。


「誠心誠意謝れば?」

「振られてから、避けられてる……」

「警戒心強いな」


 ツッコみを入れつつ、凜と付き合うにあたって、澪は鬼門らしい、と理解した。この後、何とか復活した友人は、県外の旧帝大を受験して、見事合格。そのまま県外に進出した。たまに、帰ってきたときにご飯に行く。











 さて。地元の有名私立大に進学した成海は、深山の双子と同じ大学だった。成海は理学部、深山の双子は文学部だったが、一・二年次は教養科目も多い。そのため、講義が被ることもあった。双子が一緒に講義を受けていることもある。あれだけ片割れ狙いの男に散々な目にあわされているのに、双子の仲は良好なようだった。まあ、確かに男どもが凜に手出しするのは、澪のせいではない。見る限り、二人とも真面目な女子大生だ。


 友人にも淡々としている。感情ある? と言われることもある、常にテンションはニュートラルな成海だが、大学生になると、クールで素敵、などと言われて告白されることもあった。友人には、試しに付き合ってみれば、と言われたりもしたが、全く知らない相手とどう付き合えと。つまり、すべて断っていた。今は数字の方が楽しい。


 二年生になり、深山の双子に関するイベントは次の段階に入ったらしい。これまでは凜と澪を比べて、凜を馬鹿にするような内容が多かったような気がする。それだってよくないし、いじめの一種だと思うが、春になって、凜は澪に嫉妬して、澪への告白を断っている、という噂が流れた。ツッコミたいところは多々あるが、まず、告白は自分で本人に言え、という話である。告白したい男と澪の間に立たされた凜が、伝書鳩になるのを断るのは当然のことである。


 なのに、真に受ける学生が多かった。学部の違う成海の耳にも、凜の悪口……というか中傷が耳に入ってくる。


 バカバカしい、と思った。そう思っているのは成海だけではないようで、凜と同じ専攻の学生たちは、噂など本気にしていないように見えた。だが、それでも凜が一人になる瞬間はある。たまたま同じ一般教養の講義で、凜は一人だった。通りかかった女子学生にカバンをぶちまけられたが、ファスナーを閉じていたのか中身は出てこなかった。何も言わずにカバンを元に戻す。講義終わりに足を引っかけられそうになったが、ひょいと避けた。成海は彼女を追いかけようか迷ったが、やめた。高校の同級生であるが、それほど仲が良かったわけでもない。話しかけても、ただ警戒されるだけだろう。


 昼食を取って、今度は専門科目の講義を受けるために、場所を移動しなければならない。建物が離れているから大変なのだ。一般教養の講義は、文系の棟で行われることが多いのだ。


 急いでいて、それを目撃したのはたまたまだった。建物に続く外階段から、凜が落ちたのが見えた。明らかに後ろから押されていた。先ほど彼女を見送った成海だが、さすがに放っておけずに駆け寄ろうとした。


「み……っ!」

「凜! 大丈夫!?」


 成海が駆け寄る前に澪が凜を助け起こした。少し離れているので、会話は聞こえない。腕を見ているから、擦りむいたのだろうか。


「おーい、高遠。行こうぜ。間に合わなくなる」


 後から来た友人が声をかけてきた。成海はしばらく凜を眺めていたが、澪と共に立ち上がったのを見て、たぶん、大丈夫だったのだろうと思うことにした。それなりに良心を持った一般市民なので、見捨てるようになったのに心が痛んだ。


 思えば、である。凜は自分が馬鹿にされようと、中傷されようと、学校に通うのをやめなかった。高校でも、大学でもそうだ。決して同じことをやり返したり、腐って学校をやめたりしなかった。泣いたところも見たことがないと思う。興味がないだけかもしれないが、本人がよほど鷹揚な性格なのだろう、と思われた。


 すごいな、と思う。彼女は屈しなかったし、自ら負けを認めるようなことをしなかったのだ。







 ところで、成海は大学図書館でバイトをしている。貸し出し手続きなどをする受付業務のバイトだ。大学内では、学生バイトを募集しているところが結構ある。購買だったり、カフェだったり。常にニュートラルな成海がカフェの店員などできようはずもなく、彼は図書館のバイトを選んだのだ。


 このバイトは、暇なときは本当に暇なのだが、忙しい時は貸し出し待ちの列ができる。その日もそうで、成海ともう一人、同じ学年の女子学生と受付をしていた。


「あの、この学生証、あなたのじゃないですよね」


 隣で今日のバイトの相棒の佐藤がそんなことを言っているのが聞こえた。これは珍しい話ではない。図書の貸し出しには学生証が必要なのだが、学生証を忘れた学生が、友人のを借りて借りようとする、ということが月に二・三回ある。もちろん、許可しないので佐藤の対応は間違っていないのだが。


「いくら双子だからって、こういうの、困るんですけど」


 佐藤がそういうのが聞こえて思わずそちらを見ると、佐藤のカウンターの前に立っている女子学生が目に入った。深山なのは間違いないが、成海も判断に困った。


 シンプルなブラウスに、淡い緑のフレアのスカート。すらりとして見える、華奢な体格。黒髪は緩く巻かれ、ハーフアップにされていた。装いだけ見ると、澪のように見えるが、澪は暗めの茶髪だった気がする。それに、化粧をしていて少しわかりにくいが、生真面目そうな理知的な顔立ちに見える。確か、凜がこんな顔立ちだった気がするが、いつもの眼鏡がない。コンタクトなのだろうか。眼鏡で彼女を判断していたのだろうか、と不安になるくらい眼鏡がないことで確証が持てなかった。


「いや、私、深山凜ですけど」


 そう思っていると、自己申告があった。落ち着いた声は凜のものに思える。


「嘘つかなくていいですよ。双子だって見分けくらいつきます」


 佐藤が不機嫌そうに言った。男女から好感度の高いらしい澪だが、佐藤にはそうではないらしい。だが、おそらくこれは澪ではなく凜だ。


「佐藤、そいつ、深山凜。学生証、間違ってないから」

「えっ!」


 成海も手を止めてしまっていたが、いつまでもこのままだと、貸し出しの列が減らない、と思って成海は佐藤にそう言った。高校で同級生だったと言うと、佐藤は信じたようだ。謝っている。いいから貸し出し手続きをしてやれ。


「高遠君、ありがとう」


 帰り際にそう言われ、彼女は凜だな、と確証しながら「ああ」とうなずいた。そういえば、階段から落ちたケガも、大丈夫そうでよかった。








 凜が本を返却に来たのは、それから一週間ほど経ってからだった。たまたま成海もバイト中で、彼女は成海に本を返却した。


「高遠君、先日はありがとう。助かったわ」


 そう言われて、一瞬悩んでしまった。


「先日? ああ、先週のことね。別に。後が詰まってたし、俺は深山を見分けられたし」


 成海が返却作業をしながら答えると、「あ、うん。そうね……」と凜が微妙な反応をした。どうやら、怪しまれているらしいと察した成海は、潔く言った。


「ごめん。実は、確証はなかった。でも、言動が俺の知ってる深山っぽかったから」

「な、なるほど……」


 実際に、顔立ちで見分けるよりも言動で見分けやすい二人だと思う。明るく朗らかな澪と、落ち着いた振る舞いの凜。凜の言動は、なんとなく成海に近しいものを感じる。


 どうやら、凜はよほど感謝しているらしいが、そこまでのことをしたとも思えない。成海は、あの貸し出しの列を流したかった、という下心もあったわけで。


「だから気にすることないって」

「うん」


 不意に。凜が微笑んだ。愛想がない、などと言われているらしい凜だが、成海なんかよりはよほど愛想がある……ではなくて、その微笑を見たとき、以前、笑った顔が可愛いな、と思ったのを思い出した。今日は一週間前のようなスカート姿ではなく、シンプルな格好だが、笑った顔は可愛かった。














ここまでお読みいただき、ありがとうございます。


このまま後編を投稿します。

意識してなかったけど、切れるところが凜のときと一緒。


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