深山凜・前編
新連載というか、単発です。短編でもよかったのですが、私比で長いな、と思ったので分けました。とはいえ、即完結な話です。よろしければ暇つぶしにどうぞ。
深山の「じゃない方」。小学生のころから、凜はそう呼ばれてきた。
凜は深山家に双子として生を受けた。片割れは澪といい、一応、澪が姉にあたる。一卵性双生児で、小学校低学年くらいまでは、顔立ちも似ていた、と思う。
というか、十九歳になった今でも顔の造作自体は似ている。だが、なんとなく澪の方が華があるのだ。簡単に言うと、澪の方が美人なのである。
性格も澪の方が明るく、朗らかで人当たりがよかった。クラスの中心にいるタイプで、カースト的には上位に位置していたはずだ。
凜も別に、人当たりが悪いわけではないのだが、どうしても澪より根暗な印象を与えるのだそうだ。ふんわりとした女の子らしい雰囲気を醸し出す澪に比べ、凜は地味だった。子供というのは残酷で、澪を「深山」と呼んだし、凜を「深山のじゃない方」と呼んだ。これが中学生くらいまで続いた。
中学に上がると、澪はモテた。それはわかる。澪は優しいし、可愛いし、凜にとっても自慢の姉妹だ。月に何度も告白されるのを見たことがある。それはいいのだ。誰が澪に告白しようが、今は恋愛自由の時代である。
双子なので、ぱっと見、凜は澪と似ている。当然の話ではあるのだが、澪と間違われて告白されることや、腕を掴まれることがよくあった。間違いに気づいて、「ああ、じゃない方か」と言われるのは心にぐさりと来たが、これはまだましな方だ。少なくとも、ここで解放されるからだ。
中学二年生のころだ。同級生に告白されたことがある。澪ではなく、凜が好きなのだと何度も言われ、流されるように付き合った。だが。
「お前、じゃない方の深山のどこがいいわけ。暗いし、地味じゃん」
「別にあいつが好きなんじゃねぇよ。暗いし。でも、あいつ、深山の双子じゃん。お近づきになれるかもしれないだろ」
立ち聞きしてしまった、彼氏(一応)の言葉である。凜はその場で踵を返した。背中を笑い声が追ってくる。さすがにかわいそうじゃね、じゃない方の深山!
その日、どうやって帰ったのか覚えていないが、帰ってから初めて澪と大喧嘩した。ただの凜の八つ当たりだ。わかっていたはずなのにショックだった。凜は澪のようにはなれない。
このことがあって、高校は澪と別のところに進学した。とはいえ、最寄り駅が同じ高校だったけど。澪が進学したのは名門のお嬢様学校で、凜はそこそこの進学校に進学した。ちなみに、制服はお嬢様学校の方が可愛かった。
進学校であるので、真面目な生徒が多かったが、どこにでも調子のいいクラスメイトはいるもので、ある時、凜の双子の片割れが、近所のお嬢様学校に通っていると知られた。
「すごい美人なんだろ。お前と違って」
「双子なんだろ。かわいそーに」
にやにやしながらそんなことを言ってきた彼らは、気づいたら高校を中退していた。むしろ、どうやって入学してきたのか謎なレベルだった。
まあ、花の女子高生となった澪が美人なのは事実だ。身内の欲目ではなく、本当に美人なのだ。街角で声をかけられてスカウトされるレベル。ちなみに、凜も一緒に歩いていたが、凜はスルーされた。別にかまわないが、一応、一卵性双生児なはずなのだが。
お嬢様学校に美人な双子がいる、と知られてから、凜は男子に声をかけられることが増えた。進学校とはいえ、男子高校生は男子高校生なのだ。凜と付き合えば、あわよくば美人と噂の澪と知り合えるという下心が見え見えだった。中学校の時のことがあるので、さすがの凜も慎重で、彼らの誘いにうなずくことはなかった。そもそも、このころの澪は初彼氏ができて浮かれていたし。のろけはよく聞いた。
気を付けていたのだが、それでも高校三年に進学したころに、再びそれは起きた。真面目な男子で、図書室で勉強を教えあっているうちに仲良くなった子だった。付き合ってほしいと言われて、凜はためらいながらも了承したのだ。凜も、憎からず思っていた。
二か月ほど、穏やかな付き合いが続いた。ある日、凜は彼と一緒のところに澪と遭遇した。同じ駅が最寄り駅なのだから、澪がいることは何ら不思議なことではない。凜が失念していただけだ。
「凜! あら、恋人!?」
年ごろの少女らしく恋バナが好きな澪が目を輝かせたのが分かった。うなずきかけて、ふと、彼の様子がおかしいことに気づいた。見ると、彼はまっすぐ澪を見ていて、その頬が少し赤くなっていた。
ああ……、と凜は納得した。澪と凜は顔の造作は似ている。澪の方が数段美人で、朗らかだ。彼が澪を好きになっても、それは凜にとっては納得できる話だった。
「ううん。同級生」
そう答えた凜に、彼は「恋人じゃないのか」と詰め寄ったが、凜は「別れよう」と答えた。
「今、澪に見ほれてたでしょ」
「……」
ほら、否定しない。
「澪のせいでも君のせいでもないのはわかってるけど、きっと君はこれから私と澪を比べる。私はそんなの耐えられない」
だから別れよう。彼とは、澪と会ったその駅で、その場で別れた。正直、中学生の時よりも辛かった。
幸い、そのまま受験に突入したために彼とは気まずくならずに済んだ。彼が県外の大学に進学し、凜が地元の私立大学に進学したから、というのも関係しているだろう。
さて。澪と比べられるのが嫌で高校は別のところに進学した凜だが、大学受験に際して澪と同じ大学に通うことになった。専攻は違うが、学部も同じである。例のお嬢様学校は大学まであるので、てっきりそちらに進学すると思った凜のリサーチ不足が原因である。そうとわかっていれば、学びたいことは少し違うが、地元の別の国公立大学に行っていた。受かったかは別だが。
学部が同じであると言うことは、教養科目が重なることが多いと言うことである。一・二年生の間は、どうしても澪と講義が被った。そして、また比べられるのである。美人な深山と、じゃない方の深山。
制服では違いが顕著にわかったが、大学は私服登校だ。少なくとも自分に似合う服を着ることができる。凜はパンツスタイルで大学に通うことが多かった。凜が澪に唯一勝てるのは身長の差による足の長さくらいであるので。
澪はふんわりしたスカートなどが似合うので、双子でも系統が違うのだ、と言い張ることができた。それでも、メイクやヘアセットをちゃんとしている澪に比べて、凜は地味だと言われ続けたが。このころには、凜は眼鏡をかけるようになり、より地味さが際立つようになった。逆に澪は髪を濃い目の茶色に染めていて、それがまたよく似合っている。凜も勧められたが、あまり似合う気がしなくてやめた。
大学では、澪の連絡先を教えてくれ、ラブレターを代わりに渡してくれ、と言うような頼み事が増えた。凜に言うくらいなら直接澪に言いに行け、という話である。最初に律儀にお伺いを立てたところ、澪にすべて断るように言われたのでそうしている。凜もその方が楽だった。
だが、一年生を無事終え、二年生になったとき、妙な噂が流れた。曰く、凜が澪への告白を断るのは、何をしても勝てない澪に凜が嫉妬しているからだ、というのだ。いや、嫉妬していないとは言わないが、澪の頼みである。
地味なくせに生意気。根暗が調子乗るな。澪に対して恥ずかしいとは思わないの。
澪が男女問わず好感度が高いためか、凜に対する罵詈雑言は苛烈だった。高校までとは違い、自分の席などがないので嫌がらせは受けにくいが、凜の友達が代わりに怒るくらいにはひどかった。そして、凜が階段から突き落とされたことで、澪がキレた。
「何よこんなことが私のためになると思ってるなら、片腹痛いわ!」
「大丈夫だから落ち着きなよ。ていうか、使い方間違ってるよ」
幸い腕に擦り傷ができるくらいですんだので、凜はそれほど気にしていない。むしろ、女子に突き飛ばされたくらいで階段から落ちた自分に驚いた。体幹には自信があったのに。
「そもそもうちの可愛い凜を捕まえて、地味だの根暗だの、失礼しちゃうわ!」
澪がぷりぷり怒っている。お前が言うとか、嫌味か、となりかねない状況だが、これは澪が本気で言っているとわかっているので、凜はなだめにかかる。
「澪が怒ることじゃないよ。というか、私が地味で根暗なのは事実だし」
メイクもヘアセットもファッションも最低限、見苦しくない程度にしかしていない自覚のある凜は、澪に言ったが、彼女の怒りに油を注いだだけだった。
「あのね、凜! 私とあなたは一卵性双生児の双子なのよ! 私が美人なのに、凜が美人じゃないわけないでしょ!」
「暴論……っていうか、美人は否定しないのね」
「客観的事実でしょ」
「そうね」
ちょっとおかしくなって笑った。これくらい、自信がないとだめなのだろうか。
「ていうか、私今、彼氏がいるのよ? 告白を受けるとか、ないと思わない?」
まだぷりぷり怒りながら澪が言う。凜は「そうね」とうなずくが、澪に「そうね、しか言ってないわよ」とすねられた。ほかに何を言えばいいのだ。ちなみに、高校時代とは別の彼氏である。
「あーあ。せっかくまた凜と同じ学校に通ってるのに」
「うん……」
凜は県外に出るべきだっただろうか、と今更ながら後悔しているところだが。少なくとも県外の大学に進学すれば、澪を知っているものはおらず、比べられることもなかっただろう。判断を誤っている。だが、地元でも学べることを、わざわざ県外に出てまで? と思ってしまったのだ。たぶん、澪も同じだろう。
「凜も大学生活、満喫したいわよねぇ?」
「無事に卒業出来て、就職先が見つかればそれでいいかな」
「夢も希望もないわね! 楽しみましょうよ!」
ツッコまれるが、澪と一緒にいる限りは難しい気がする。何度も言うが、凜は澪が好きだ。だから、そんなこと言えないのだけど。
何をするにしても、凜より澪の方が優れているのだ。勉強だって、運動だって、澪に勝てたことがない。そんな顔の似た相手がいる限り、凜の充実したキャンパスライフは難しいと思う。
就職は、県外でしよう。もしかしたら、澪が出て行くかもしれないが、そのときはその時だ。一人で自己完結していると、「あっ!」と澪は声を上げた。驚いて澪を見る。
「何?」
「凜、明日、四時起きね!」
「はい?」
突然何を言われたのかわからず、凜は聞き返した。
「四時起きよ!」
「当たり前だけど、午前四時のことよね?」
「もちろん。思ったのだけど、凜もメイクして髪も整えてスカートはいていきましょう。大丈夫。私と似てるんだから、行けるわ」
行ける……かなぁ?
言い出したら聞かない澪なので、本当に午前四時に起こされた。凜の部屋に乗り込んだ澪は、自分の服を持ってきて選んでいる。
「ブラウスくらいあるわよね? 勝手にあさるわね」
「いや、あるけど……」
未明から騒いで、みんな起きないか心配である。凜たちは家族と一緒に住んでいるのだ。
「このブラウスに、このスカートを合わせましょ」
そこまで来て、あ、澪は本気なんだな、と思った。
別に凜もスカートを履くのが嫌だとか、そういうわけではない。ただ、似たような格好をすると澪と比べられることが多いので、意識的に避けているだけだ。今日の講義は澪と被っていないし、まあいいかと着替えた。久しぶりにスカートを履いた気がする。
「コンタクト持ってたわよね。あと、髪も巻きましょ!」
「えー……そこまでいい……」
騒いでいるうちに両親と弟も起きてきた。弟は洗面所で騒いでいる姉たちを見て「朝から元気だね」と冷めた目で言った。元気なのは澪だけだ。
凜よりややふんわりした格好をした澪と、手をつないで大学に向かった。どこからどう見ても仲の良い姉妹である。あと、久しぶりしたコンタクトに違和感がある。
「じゃ、後で感想聞かせてね!」
「ん」
講義が別なので、澪とはバス停で別れた。凜も最初の講義のある講義室へ向かう。
「みーおちゃん!」
背後から話しかけられたのはわかったが、凜は澪ではないので振り返らない。え、無視? と戸惑った声が聞こえる。駆け寄られて顔を覗き込まれたので、にらみつける。
「何? 私、澪じゃないんだけど」
「え、あ、ごめん……?」
呆けたように男子大学生が引くので、凜は構わずに講義室のある建物に入った。講義室では戸惑ったように声をかけられた。
「ええっと、深山さん、ここ、歴史学入門の講義室だけど……」
「だから私は澪じゃないってば……」
「え、あれ? 凜!?」
同じ専攻の比較的仲の良い女子が驚いたように顔を覗き込んでくる。しっかり見れば、凜が澪ではないと気づく。
「うそでしょ。本体何処に置いてきたの!?」
「本体って眼鏡のこと? 一応持ってるけど……」
念のため、眼鏡も持ってきてはいる。凜の変貌に盛り上がっている内に講義の始まる時間になった。
その後も澪と間違われて声をかけられ、お前で我慢してやる発言に腹を立て、代理告白を断ったりした。澪は毎日こんな生活なのだろうか。今日の講義がすべて終わるころには、凜はぐったりである。そうなのだとしたら、同情を禁じ得ない。
今バス停に行くと、三限で講義を終えた学生たちとかち合う。そう思った凜は図書館へ向かった。以前来たとき貸し出し中だった本が返却されていたので、それを借りようとカウンターに向かったのだが、そこでも問題が起きた。
「あの、この学生証、あなたのじゃないですよね?」
この大学では、学生が図書館の受付業務を行っていることがある。そういうバイトがあるのだ。今日の受付はその学生バイトさんだった。女の子だ。学生証のICカードの写真と、凜を見比べている。この大学図書館では、学生証で貸し出し手続きをするのだ。やっぱりあれだろうか。本体(眼鏡)がないからだろうか学生証の写真の中の凜は眼鏡をかけている。
「いくら双子だからって、こういうの、困るんですけど」
ちょっととげのある口調で言われて、どうやら澪と勘違いされているらしい、ということに凜は気が付いた。今日は何度も勘違いされているので、思い至りやすかった。
「いや、私、深山凜ですけど」
「嘘つかなくていいですよ。双子だって見分けくらいつきます」
いや、ついてないから! 心の中でツッコんだが、ここで押し問答しても仕方がない気もした。澪を呼び出すべきか? あ、講義中だろうか。澪だと思って声をかけてくる相手は振り払えばいいが、本を借りるにはそういうわけにはいかない。
もうあきらめて明日以降に借りればいいか、と思ったところで声がかかった。
「佐藤、そいつ、深山凜。学生証、間違ってないから」
「えっ!?」
佐藤と呼ばれた女子学生が驚きの表情で凜と写真を見比べる。ダメ押しのように、先ほど声をかけてきた、もう一人の学生バイトの男子学生が言った。
「俺、そいつと高校で同級生だったから、さすがにわかる。早く手続きしてやれよ。後ろ詰まってる」
「あっ、その、ごめんなさい」
男子学生に説得されて、佐藤は凜に謝罪した。まあ、見分けぐらいつく、と言いながら全然ついてなかったもんね。貸し出し手続きを終えて手元に渡った本を見てから、凜は先ほど助け舟を出してくれた男子学生に礼を言った。
「高遠君、ありがとう」
「ああ」
彼がさっき言ったように、貸し出しの列が詰まっているので、礼を言うだけで終わった。
「どうだった? 可愛いって言われた?」
バイトを終えて帰ってきた凜に、わくわくした様子の澪が尋ねてきた。凜は少し考えてから。
「澪に間違われて困った」
とだけ答えた。ちなみに、バイト先ではいつもと違う凜の格好は受けがよかった。
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。
このまま後編を投稿するので、よろしくお願いします。