第1話 始まったけど終わりそう
「……本当にどうしよう……頑張る以外の選択肢は消えたんだけど、私程度が頑張って解決出来る問題じゃないよね?……うん。ないない!……あーーーー!もう!!」
王都の片隅にある造りは少し古く年期がある工房の中でテテノ・フェリテスがテーブルの上で頭を抱えていた。
どう考えても自分が悪い訳では無いがこれからの事を考えると少し……かなり憂鬱になった。二階の窓から外を見上げると、澄み渡る青い空と白い雲があり、テテノの心の中を浄化してくる…ようないい天気だった。
流れる雲を眺めていると王都の警備で飛んでいるワイバーンに乗った竜騎兵の人達が目についたのでご苦労様ですと頭を下げた。
そしてこれが夢だったらいいな~神様お願いしますと祈りながら視線をテーブルに戻すとそこには、いつも身につけている眼鏡と高級な紙に丁寧な字で書かれた借用証の写しがあった。
それは何度、目をこすっても眼鏡を付けたり外したりしても消える事がなく確かにこの場に存在していた。
机の上にあるそれがテテノを追い詰めているのだが、破る事も捨てることも出来ない彼女は涙で湿った笑いをこぼす。
自らの置かれた立場をもう一度思い出しこうなった原因も少し自分にあるなとぼやきながら少しだけ時間は戻る。
「テノ!いるかい?」
少し薄暗い工房の中で淡く光るポーションを小瓶に詰める彼女は呼ばれた方向を向く。
開けたドアから光が入り込み彼女に声をかけた女性の姿は見えなかったが、その声は尊敬する……錬金術師として尊敬でき、人としてはまったく尊敬出来ない母親だった。
少しだけ待ってと頼み、自分で作った怪我などに治療に使うポーションを全て瓶に詰めてから話しかける。
「お母さん、どうしたの?」
「ん~中々様になってきたじゃないかい。……これなら何とかなるね」
今までの経験上テテノは凄まじく嫌な予感を覚えたが、錬金術師の家系で歴代トップと言われ、女手一つでテテノを育てたそんな錬金術師の大先輩に褒められ警戒心が大幅に緩んだ。
「はいはい。ありがとうありがとう。それでお母さんがこの時間に起きてるのは珍しいけどどうしたの?貸せるお金は無いよ?」
「急な話で悪いけど、お母さん再婚したから貴方がこの工房を継ぎなさい」
「はい?」
テテノはその言葉の意味が分からず間の抜けた表情をしオウムの様に聞き返したが答えは変わらなかった。
「いやいやいやいや!再婚するのはおめでたいし良いんだけど!私のお父さんになる人ってだれ!?」
「ん?テノは知らないね。一昨日知り合った他国の冒険者で昨日一日飲んで今朝プロポーズされたからね~」
言いたい事は山の様にあるし聞きたい事は海のように広かったが、今まで浮いた話も無かった母親がようやく再婚するという事にテテノは素直にお礼を言い、他の事を尋ねた。
「お母さんおめでとう。それで?この工房を継げって言うのはどういう事なの?出て行かなくても部屋はいっぱい余ってるけど?」
「ありがとね。確かに部屋は余ってるけど片付けるのがめんど……じゃなくて旦那について私も冒険者になって国外逃……じゃなくて、色んな所を回ろうと思っているからね~」
テテノは頭を抱え、目の前の人物のせいで借金などがあり生活も大変なので自分一人ではどう頑張っても無理だと言う事を伝えた。
「いや……お母さんの借金もあるし、そこまでこの工房は儲かってる訳じゃ無いから、私一人じゃ流石に無理だよ?おばあちゃんの時代の様に人が多い訳でもないしし……」
弱気になるテテノの肩を母親は手を乗せ、そして少し笑いかけながら近くのテーブルに紙の様な物を置きそして座らせ優しく話しかけた。
「テノ。貴方が王都の魔法学園を卒業してからずっとこの工房で働いているし、それよりもっと小さい頃からこの場所で錬金術を学んでいたでしょう?だから私は貴方が出来ると信じているし、出来ると思っているから任せられるのよ」
そして母親がこれを見なさいと言って先ほどテーブルに上に置いた物はこの家の権利証やこの家を譲るなどの契約書などだった。
「……お母さん、何か準備よくない?」
「そうよ?テノがサインしたらすぐにでも旦那と冒険するからね」
「私が拒否したらどうするの?」
「ん?拒否するの?テノはよく工房をこうした方が良い、ああした方がいいって言ってたじゃない。私からこの工房の権利を受け継げば貴方の思い通りになるわよ?」
そうなんだけど……とテテノは悩んだ。
自分も長い間、錬金術ばかりやっていはいるが目の前にいる母親には知識でも技術も勝てる所は無かったので譲られた所で自分一人でやっていける自信は無かった。
もうしばらく悩んだがどう考えても一人でやって行く事は無理だったので、母親の再婚に反対するつもりは無かったが断ろうと考えたが先手を打たれた。
「テノはお母さんの再婚を喜んでくれないの?」
そう言われてはテテノも鬼ではないし一人前ではないが錬金術師として育ててくれた恩もあり母でもあるので自分が感じた嫌な予感を胸にしまい込んだ。
「はぁー。わかったよ。私が後を継ぐよ……でもたまには帰ってきて手伝ってよね!」
「さっすが私の娘!人を思いやれるいい子に育ったわね!」
母親は踊り出しそうな程の上機嫌になりテーブルの上にある書類全てにテテノのサインを求めた。
「多くない?」
「多いわよ?土地とか建物とかこの家にある物全てがテテノの物になるんだからね~。錬金用の大釜とかも錬金術師しか使っちゃダメだから国とか錬金組合に届け出とかいるしね」
「そうなんだ」
「そうよ~。私もお婆ちゃんからここを任された時は書類とか多かったからね~」
自分はまだまだ知らない事が多いな~とテテノよく読まずに全ての書類にサインをした。
母親の表情を見ていれば書くのを戸惑ったかもしれないが……全てを書き終えた頃には後の祭りだった。
「お母さん、全部書けたけどこれで良いの?」
「いいわよ~全然いいわよ~。じゃあ色々手続きがあるし、テテノも仕事があるだろうから私が錬金組合に持って行ってあげるわ。それからすぐにとんずらするからテノも頑張りなさい」
「……今、とんずらって言わなかった?」
「気のせいじゃない?旦那とそのまま冒険してくるって言ったのよ」
「気のせいじゃ無いような気がする……というか娘に新しいお父さんを紹介しないでいくつもり!?」
「ん?貴方と旦那は他人でしょ?変にギクシャクして気つかうぐらいなら会わない方がよくない?もう成人してるんだし父親に甘えると言うのは何か違うでしょ?」
「そうかもしれないけど……お母さんが選んだ人だよ?」
「そうよ?私が選んだ人だからそういうのは気にしない人なのよ」
そう言ってテテノがサインした書類を丁寧に重ね、マジックバッグにしまい呆れているテテノに手を振ってあさっりと工房から出て行こうとしたが立ち止まり振り返った。
「テテノ、貴方にはこれから先は大変な事が大量に起こると思うけど母として錬金術の師として貴方にアドバイスを送ります」
普段から適当で酒を飲みに行けばゴミ捨て場で見つかったり、憲兵にお世話になったり、賭け事をすれば借金を増やされ、ポーションを作れば質屋に流され、貯金箱にお金を貯めれば器用に中身をすり替えられ……そんな事ばかりで真面目な表情など生まれてから一度も見た事が無かった母親が初めて真面目な顔になったのでテテノは息をのんだ。
「駄目だと思ったらすぐに逃げなさい。自分が生きる事が一番大事よ。他人に合わせてまで戦う必要はないわ」
「お母さん。どういう意味?」
「年寄りのアドバイス。戦って後に見える光景と逃げ切った後に見える光景は実は同じなのよ。それを知っていれば選択肢は増えるわ」
「?お母さんが戦ってる所を見た事がない……」
「そりゃーお母さん逃げのプロだからね~。あの手この手で踏み倒したからね~。さてと私はそろそろ行くからテノはテノのやり方で人生を謳歌しなさい」
「あっ!ちょっとお母さん!」とテテノが言い終わる前には素早く工房から母親は逃げる様に消えて行った。
「お父さんになる人どんな人だったんだろう……黒硬貨2枚(日本円で200万)近くの借金があるのに……はぁ……お母さん再婚おめでとう。私が頑張って返して置くから冒険者になってもいいけど怪我だけはしないでね」
急に母親がいなくなりかなりの不安を覚えたがいつかは独り立ちして自分の工房を持ちたいと考えていたテテノは気持ちを切り替えた。
「さてと、本日の仕事は終わったけど……まだ早いし前倒しでやって錬金組合に持って行こうっと」
一度、背伸びをしてから壁に貼り付けてある錬金組合からの依頼を確認すると明日にやろうと思っていた毒消し薬の依頼がまだ残っていたのでそれを作る事にした。
手際よく棚のから乾燥した毒消し草と作り置きしてある蒸留水を手に取り机の上にある小さい錬金釜に入れ魔法を唱えるとすぐに毒消し草が液状化し蒸留水と混じり合った。
その状態のまま数十分ほど放置し、その間に先ほどの棚から別に取り出した、効能があがる葉や腐敗を抑える根などをすり鉢ですりつぶし入れる。
そして三十分ほど寝かし魔力釜から完全に魔力が抜けきってから準備しておいた小瓶に丁寧に注ぎ入れ完成である。
「魔力抜きしなくていいなら……もっと数を作れるけど魔力が残ってるとたまーに魔力酔いを起こす人がいるんだよね。って別に声に出して言わなくてもいいんだけど、お母さんに初めて教えてもらった事だから思い出したのかな?」
自分の独り言に笑いながら瓶に入れた毒消し薬を数え、数が足りている事を確認するとあまり量は入らないマジックバッグに先ほど作ったポーションと一緒に入れる。
「軌道に乗ったらアイテムバッグを買おう。せめて大樽が入るようなのを買わないと今のじゃ用量がすくない……」
一人事を言いながら火の消し忘れが無いかを確認し分厚く年期のある扉に鍵をかけてから、テテノは王都の街を歩き目的の錬金組合へと向かった。
(う~ん……数ヶ月前に魔神に襲撃されたのが嘘の様に綺麗に治ってる……皆は気のせいって言ってたけど絶対に私の家が空を飛んでた)
等と城の立派な門を見ながら考えて進んで行くと目的の錬金組合の建物あ目の前にそびえた立った。
慣れた足取りで中に入っていくといつもとは少し違う職員さんの雰囲気に気がついた。
(ん?何か私を可哀想な人を見るような目で見てる様に見えるんだけど気のせい?)
すれ違う職員さんの視線が気になったが奥の受付にいくといつも対応してくれる職員さんがいたのでポーションと毒消し薬の納品をおこなった。
「これが依頼のポーションと毒消し薬です。確認をお願いします」
「確認しますので少々お待ちくださいね」
慣れた手つきで職員さんは確認し全て依頼の物だったのでテテノに礼を言ってから受け取り話しかけた。
「フェリテスさん……これから大変だと思いますが頑張ってくださいね。私も出来る範囲で協力しますので」
「はい?何かあったんですか?……と言うか先ほどから他の職員さんにも可哀想な生き物を見る目で見られたんですが……」
テテノが何も知らない様な顔をしていたので職員さんはかなり不安になり尋ねた。
「えっとフェリテスさんはお母様から工房の全てを譲り受けたんですよね?」
「はい。再婚して一緒に冒険者するからと、ほんの二時間くらい前に旅にでましたよ?ここにも寄ったと思いますけど……何か問題起こしました?」
フェリテス家とは長い付き合いになる職員さんはテテノの表情で全てを悟り大きくため息をついてから話しかけた。
「まさか……自分の娘になすりつけて男と逃げるとは……」
とてもとてもとてもとてーーも嫌な予感がしたテテノが職員さんに尋ねようとすると、ここで話す様な内容ではないのでこちらへどうぞとテテノを連れて応接室へと向かった。
テテノに紅茶を入れてあげ準備してきますので少々お待ちをと、一度応接室から出て行った。
広い部屋の中で不安な気持ちに駆られながら紅茶を飲み一人待っていると、少し汗ばんだ先ほどの職員さんが数時間前にサインした書類などを持ってやって来た。
「お待たせしました」
「いえ、それは大丈夫ですけど……悪い話ですか?」
「錬金ギルドにしてもフェリテスさんにしても悪い話です……」
その真剣な表情にテテノか気圧されたので先に良い話もあるだろうと思い尋ねた。
「まずは良い話から聞きたいのであればお願いします」
「良い話ですか……そうですね……テテノさんが正式に工房の主になりました。もう一つが貴女のお母様がこの国から出て行きました。それぐらいですね」
普段からの言動から考えても錬金ギルドから母親が嫌われているのは分かっていたがそこまで露骨に態度に出さなくてもいいのでは? とテテノが眉をひそめた。
「私は貴女のお母様の事が嫌いではありませんが今回の事で本当に嫌いになりました……」
「あの……どういう意味でしょうか?」
机の上に丁寧に置かれた書類の中から数枚ほど取り出しそれをテテノに見せながら説明を始めた。
「この書類は全ての財産を娘の貴女に譲り渡すと書いた書類です。財産と言うのは借金も含まれますが……テテノさんどうしてサインしたんですか?」
「え?……お母さんが再婚するというので黒硬貨2枚ぐらいの借金なら返していけると思ったので……」
「貴女は本当にいい人ですね……つけ込まれましたか」
大きくため息をつき別の書類を数枚とりだし深呼吸してからテテノに告げた。
「フェリテス家の借金は黒硬貨六百枚です……」
「はい?」
「大事な事なのでもう一度言いますが……フェリテス家の借金は黒硬貨六百枚です」
心と体が今聞いた言葉を全く理解出来なかったのでテテノは自分の耳がおかしくなったとおもいもう一度聞き直した。
「すみません。耳がおかしく鳴ったようなので聞きますが……黒硬貨六百枚と聞こえましたが気のせいですよね?」
笑いながら尋ねたが職員さんは首を左右に振り無情告げた。本当の事ですと……
その言葉が嘘では無い事が分かったと同時にテテノの悲鳴に似た叫び声が錬金組合の建物に響き渡った。
新作始めました。
まったく違う感じの現代物でヒロイン死亡のバッドEND物を書いてたら、もの凄く萎えたのでファンタジー物になりました。
前作の様に長くはならないと思いますので、お肌に合いそうならよろしくお願いします。気をつけていますが誤字脱字は多いと思われます。
お盆中は二話更新、次は夕方か夜ぐらいに更新です。




