.8話 わざとですか? 二度目の偶然? それとも必然ですか?
お姫様抱っこ事件から随分と日が経ち、あの暑かった夏が私達を置き去りにし通り過ぎていった。そして何時しか季節はかわり、視界に入る緑の木々が黄色く色づき始めたたころ、身体を伝う風は心地よく、ほんのちょっとだけ寂しくさえ感じる、そんな9月が終わろうとしていた。今度の日曜日、私は先延ばしにしていた『あれ』を実行する。
あれから私を取り巻く環境に特別な変化はなかったんだけども、まぁ、強いて言うなら、学園中で私の事を知らない者がいなくなった事。それに加え、私はこんなふうに命名されていた。
『姫ちゃん』
イヤだぁー!、そんなあだ名…… てか、これは高校生活で、いやいや人生で最大の事件だよ。特大でかつ特別すぎる変化じゃあーりませか……
そんな時でも当事者である織田自身がその事に触れる事はなかったし、月日が流れるにつれ、次第に事件の事は忘れ去られていった。
「姫ちゃぁ~ん、姫ちゃんてば、ねぇ、無視しないでよ!」
ただ一人、この女を覗いてはの話だけども。
「ねぇ、それッ! やめない!? もぅエリカだけだからね、それッ!」
「えぇー、何で? 可愛いじゃん、ナツよか可愛いと思うけどね」
そう言いながら不敵な笑みを浮かべ、栗色で緩やかに巻かれた長めの髪を靡かせ、エリカが肩で風を切り、キラキラ感を漂わせながら私に歩み寄ってきた。。
「ねぇ姫ちゃんはさぁ、あッ!間違えた。ナツはバイクどうするの?」
「う、うん…… まだ何も決めていないだよね」
今度の日曜日の事は内緒にしておこうと思う。少しでも織田のことを仄めかせば面倒な事になることは17年も一緒に居ればね、そこそこ鈍感な私だって気づくから。てか、わざと間違えたろ!『姫ちゃん』って。
「へぇー、そうなんだ。私は買ったよ」
「えッ!? 何それ、誘ってくれれば良かったじゃん!」
こいつは何時でもそうなんだよ。必ず自分が先でなければ、一番でなければ…… 絶対にこのスタンスを譲らん女なんだよ、もはや悪魔か!
「ナツも早く買いなね、一緒にツーリング行こうね、じゃぁね、バイバイ♪」
それだけ言ってエリカは私に背を向けると、私って可愛いでしょうオーラーをキラキラさせながら教室を後にした。
「あッ、えッ、なになに、それだけ? ですか……」
思わず私の口から心の声が小さく零れ出た。意味わからん、絶対に意味わからん。何しに来た? バイクを買った自慢か。もぅ絶対にマジで日曜日は、
『coffee & bike shop ~ Mahal kita. ~』
に行くと決めたんだからね、クソッ!
そして日曜日の当日がやってきた。天気は快晴。天を仰げばそこには青い空、白い雲、身体を伝い過ぎていく風が清々しく心地よい。そして透明感のある風の香りがした。何だか新しい門出を祝うよでもあった。
「なんか、らしくないどメイクとかしちゃったし」
そう、初めて行くお店だって事もあったし、少しは女らしくして行こうかなぁってね。エリカも言ってたじゃない、いつ何処でイケメンと遭遇するかわからないから。でね、わざわざメイク用品を新調しちゃったりしている。まぁ新調とは言ってもプチプラコスメだけどね。
『どうしたナツ、お一人様上等はどこいった! こんな時に女見せて何がしたい?』
って、天の声が聞こえた気がした。「気にするな、ほっとけ!」 と、天に向けて右手の中指を立てる自分がいる。
織田に貰った名刺の裏側に書かれた住所を確認し、自分の家から一番近い普段から通学で使っているバス停に向かう途中、何処か見覚えのある住所がずっと気になっていた。スマホに指示されるがまま目的地のバス停で降りた時、やっと気になっていたモヤモヤが解消された。それはまるで目の前を遮っていた靄がスッと晴れた感じ。もっと例えるならカメラのファインダーを覗き、ピントが決まった時のように気持ちが良かった。一眼レフのカメラなんかは持ってない。多分、ピントが合うとはそんな感じなんだろう、気持ちが良いということを伝えたいだけなんだけども。
「へッ!? 学園前。ですよねぇ……」
見覚えがある住所、それは番地は違えど、地名までが一緒の学園と同じ住所だった。勝手知ったる見覚えのあるバス停でバスを降り、そこからは徒歩で向かう事となった。学園に向かう方向とは逆に進めとスマホの地図アプリが矢印を向けている。普段であればこの交差点を右折して学園の校門を目指すが、この地図アプリは左折した先、すぐそこ数百メートル先を右へ、そしてさらに数十メートル先の右折した所をゴールとしていた。
「あッ、あった。『coffee & bike shop ~ Mahal kita. ~』」
まだ先に見えるその建物は近づくにつれ、徐々にそれが喫茶店だという事がわかった。その建物には数人が外で飲食のできるテラス席があり、入り口の扉は茶色の壁とは相反し水色なの。ネットの写真で見かけるヨーロッパにありそうな可愛らしい佇まいの建物が『ちょこん』と、そこにはあった。
テラスの前にはさもその場所が定位置だと言わんばかりに風景に溶け込むバイクが一台置かれていた。
「フュージョンだッ!」
そこにはあの後ろ姿のシルエットに特徴のある純白の『HONDA フュージョン』がある。その白色は何色にも染まり決して邪魔する事なくヨーロッパ調の建物の一部と化し、まるで絵画に見るそれに似たものだった。
建物の前で立ち止まり、深呼吸して扉の取っ手に手を掛けようとした瞬間、
「あら、お客さまですか? いっらいしゃいませ」
「──きゃッ!!」
そう後ろから声を掛けられ、驚きのあまり悲鳴に似た声を漏らしてしましった。私の後ろには品の良いお姉さまふうの女性が立っていた。可愛い人……
「あ、ハイ、お客さまです」
まぁ自分でお客さまと言う奴も居ないと思うが、とっさの答えがそれだった。
「アユムの友達かしら? 最近、女の子が訪ねて来るのよね…… 所でアユムの彼女?」
「ち、違います。クラスメイトです」
ビックリするから…… 断じて彼女ではありません。といいますか、お姫様抱っこはしていただきましたが、それが何か。
「さぁ、どうぞ、ここのレモネード美味しいわよ」
そう言ってお姉さまふうの女性がお店の扉のドアノブに手を掛けた。
『カラ~ン、コロ~ン』
店の扉に付いたドアベルが優しい音色を奏で、私の来訪を歓迎してくれているかのように思えた。
「いらっしゃいませぇ」
「──えッ!? 嘘でしょ」
なによこのドキドキ感、どうした私の心臓! 落ち着けって……
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