.6話 抑えきれない感情のゆくえ
「こ、声…… 大っきいから、エリカってば恥ずかしいよ」
すぐそこの路地を右に曲がればそこには我らが通う西湘平高等学園がある。バスの前を走るスクーターは学園とは反対の方向へと、その路地を左に曲がった。
「あれ!? 前のスクーター左に曲がった…… 歩夢じゃなかったのかなぁ」
「…… フュージョン」
「なになに、フュージョンって何!?」
前を走るスクーター、それは後ろ姿のシルエットに特徴のあるビックスクーター、
『HONDA フュージョン』
だった。
1986年の発売から1997年までの11年で生産を終了している。生産当初から生産終了までの間、あまり人気もなく、意外なまでにあっけなく販売終了となり姿を消した。その後、皮肉にも後継車種が火種となり、ビックスクーターブームが沸き起こり再販されたほどの今では大人気ビックスクーターだった。
「ナツって、スクーターの後ろ姿で名前がわかるの、もしやヲタ!?」
「ち、違う違う、フュージョンって後ろ姿が特徴的だからだよ」
まぁ、織田に『俺、バイク乗ってるんだ! ビックスクーターってわかる?』って話をされて以来、ネットで色々なビックスクーターの画像を見るうちに、フュージョンだけがなんだか格好いいとは違う、可愛いとも違う、どこか懐かしいノスタルジックな感じが漂う印象的なビックスクーターであり、その事が脳裏に焼き付いていたからだと思う。こんなイメージが頭の中を通り過ぎていく。
学園の近くにある海沿いの国道を太陽の光を燦々と浴び、風を切りながら日焼けしたイケメン男子が爽やかにバイクを走らせる、そんなイメージなんだけども。どんな妄想なの私って…… いかんいかん『お一人様上等』ですけど、それが何か!?
「確かにあれってうちらの制服と同じだったよね? 歩夢だったと思うんだけどなぁ……」
「でもうちの学校ってバイク通学禁止だよ?」
そう、冷静に考えて、もしも仮にあれが織田だったとすれば、完全に校則違反なのだよ。ならば敢えて『俺、バイクで来ましたー』なんて所にバイクを停めるはずもない。そ、そっか、近くに隠してるんだ。「私は名探偵、ホームズの孫娘のナツさま」謎は解けました。
「──あッ! そっか、うちの学校、バイク通学禁止じゃん、どっかに隠してるんじゃん」
「う、うぅん…… エリカってば、声、大っきいよ」
もはや謎解きなどは不要、誰にでもわかる事だった……
校門の手間にある数十メートル離れたバス停でバスは停まった。十数名が乗るそのバスから降りる生徒たちの一番最後で私とエリカはバスを降りた。二年生の二学期ともなればこのバスで通学する三年生はほぼいない。二年生が天下をとり、勢力争いに幕を閉じる時期でもある。
となれば着座位置は必然的に二年生が後方を陣取ることになる。ましてやエリカ様が同じバスに搭乗して来ようものならそのお嬢様席、一番後方の横つながりを譲らないわけがない。そして私はエリカ様のお付きの者としてチョンとその横に座っていた。当然、降りるのは私達が最後となった。
「ねぇナツ、前から来るの歩夢じゃない?」
バスを降り校門への向かう私達の前方に織田の姿があった。逆の方向から校門に向かって歩くそのさまは身長が大きいということもあり、控えめに言っても相当に目立っていた。
「やっぱ歩夢って格好いいよね背も高いし。183センチとかあるらしいよ」
「…… デカッ!」
そうだった、初めて出会った時、あのぶつかった瞬間、間違いなくあれは壁だった。ブロック塀だと錯覚する程だったもの。そして20センチ以上だと思っていたけど、訂正しよう、30センチ以上だった。
「歩夢ぅ~、おはよぉー♪」
私はここよー、と言わんばかりに両手を大きく頭の上で振ると、エリカはそう声をかけ織田に走り寄っていった。そんなエリカに少し照れたように腰の辺で小さく手を振り応える織田がいた。なんだか胸キュンって感じの映画のワンシーンがそこにある。お似合いのカップルとはこういう事を言うのだと心の底からそう思えた。羨ましくなんてない、『お一人様上等!』なんだけども……
「お、おはよ……」
少し遅れて二人に合流し、声をかける。な、なんなんだ! このぎこちなさ。今すぐにも自分をこの世から抹消したいくらいに恥ずかしいから。といいますか、なんだか心臓がバクバクって、落ち着け心臓、どうした私。
「おう、おはよう。相変わらず声、小さいな」
織田が返事を返してきた。ほっとけ! エリカの声が大きいだけだから、私は普通です、多分。おそらく。きっと。心で何度も唱えていた。
私とエリカは織田を挟むように三人並んで校舎に向かう。私の右隣りの織田は首が痛いとさえ感じるほど見上げる所に顔が位置し、話しかける事すら苦痛に感じるほどだった。といいますか、教室に向かう途中で私は一言も口を聞いていないのだけど。織田とエリカの話を横で「うん、うん」って同調し相槌を打っていただけだった。首の痛みは相槌のせいだった、と、納得した。
「ねぇ! エリカの教室あっちだよね」
少しだけ、ほんの少しだけ何時もより強めの口調で二人に声を掛けていた。仲良さそうに会話の弾む二人に横槍を入れ、二人を引き離しにかかる自分の言動に驚きが隠せない。何やってるんだ私。これっていつものエリカじゃん…… 自分でも制御できない感情がこみ上げ言葉となって零れ出ていた。
「はいはい、そうでした。じゃぁまた帰りね歩夢、バイバイ♪」
エリカはそう言ってヒラリと栗色の巻き髪をなびかせると背を向け私達の教室を後にした。
えぇー! なんだよこの感情…… なに私ってイライラしてるんだ? いつだってそうだったじゃんね。そんなエリカにはもう慣れっ子だったはずなのに…… 自分がどうかしている事に気づいていた。
完全にヤバい、お腹が空いてきた。もしやアレか? そんなはずはない、じゃぁ何? なんなのよぉ…… もうイヤッ!
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