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「すごい! すごいすごいすごい! 兄ちゃんすごいよ!」
袋の中身を見た金髪の子の第一声がそれだった。
まだ上部しか見えていない。それなのにとても大きな喜びようだった。
「危ない物も入ってるから気を付けろよ」
取り扱い中に何度も不注意で怪我をした貴重な素材たちを石の階段に並べていく。
あの大穴にいた化け物たちの痕跡。俺も冒険していて初めて見た怪獣たち。
それを一つ袋から取り出す度に、あの夢のような不思議な場所での記憶が蘇ってくる。
穴を登り切ってからまだ半日くらいしかたっていない。それなのにあそこにいたのが遠い昔の様に思えた。
「兄ちゃん、それなに?」
「ん? ああこれはダンジョンで使うのに作った道具だ」
「手作りなの!? すっげえ!」
指さされたのは袋の奥にしまってあった、手作りの崖登り道具だった。
道具の中からピッケルを手に取り座ったまま軽く振る。
全長1mほどの小さなそれは手にとても良く馴染んだ。
穴に落ちてから外の世界では百年も時間がたっている。
そのせいでこれらを作ったのが正確に何年前とは分からない。
だが穴を登るために長時間使い込んだせいか、あの穴という空間のせいか、元からそういう形だったと思えるほどに各パーツが溶けて一体化していた。
作った自分でもこれを有り合わせの物で作ったとは思えない。
柄にした骨も、刃にした爪も、それを縛る腱でさえも欠け一つない。
「兄ちゃんって冒険者じゃなくて鍛冶屋なの?」
目を輝かせまっすぐ見つめてくるその瞳に、俺は苦笑いをして首を振る。
「いや、生きて帰るのに必要だからとりあえず作っただけ。欲しいのが有ったらあげようか?」
「えっほんと! じゃあこのナイフちょうだいよ。きれいだし」
「それは確か最初に作ったやつだな。ああ、むき身じゃ危ないから鞘を作ってやるよ」
並べた道具や素材の中から少女は一本のナイフを選んだ。
化け物を解体するために作った最初のナイフだった。
これもピッケルと同じく日の下で見ると緑にうっすら輝いていて綺麗な物だ。
刃の材料は確かトカゲの外殻だったな。じゃあ鞘も同じような材質がいいか?
刃を包める程度のサイズに皮の柔らかい部分をカットし、切ったその皮のふちに穴を等間隔に空けて太い紐で縫い合わせる。
最期に携行しやすいように長めの紐を前後の両端へつないで完成だ。
作業時間はそれほど長くなかったが、待ってる間少女は騒ぎもせずじっと俺の手元を見つめていた。
「ほら、手とか切るなよ」
「うわぁっ! ありがとう! 大事にするね」
俺が持って少し短いくらいのそのナイフは少女の体には少し大きかった。
刃と柄を合わせた長さがちょうどその細い腕と同じくらいだった。
ナイフを渡した後も少女へ土産の説明をしていたのだが、ふと事務所に残していた荷物のことを思い出した。
「なあ、えーっと……名前聞いてなかったな」「ルナだよ。兄ちゃんは?」
「俺はダレルだ。ルナくん、えっと昔この建物に荷物を預けていたんだが、君たちはそれらしいものを見た覚えはあるか?」
俺がずっと閉じ込められていたあのダンジョンは難易度がとても低い。区分でいうと採取用ダンジョンになる。
ボスダンジョンなどの大規模な戦闘に使う装備は全部事務所に預けたままになっていた。
ダンジョンに居た間は生きることで精いっぱいだったが、こうして外に出たせいで昔愛用していたそれらに未練が出てきた。
「むかし? うーんわたし達が来た時には中は家具も何もなかったよ」
俺が言った昔は百年前だが、彼女らの昔はきっと数年前のことだろう。
そのズレは大きい、だが意味はない。彼女らが見てないなら答えは同じだ。
ここには何も残されていない。そりゃそうだ、この荒れ具合じゃな。
「──地下にも無かった?」
納得しかけたのだが、俺は一応もう一つ聞いてみた。
俺の荷物が有るのは建物の上ではなく地下倉庫の中だ。
そしてその部屋は入り口が何重にも隠されている。
「ちか? ちかってあの地面の下にある? ……え!? ここ地下あるの!?」
俺が地下の事を口にするとルナは口を大きく開けて驚き、持っていたナイフを落としかける。
その驚きっぷりには調べてみるだけの価値が有りそうだった。
「その反応は可能性がありそうだな。ちょっと入らせてもらうよ」
「あっちょっとまってちょっとまって! リリーに聞かないと。リリー! ちょっときてー」
だが腰を上げた俺をルナが手で制する。
そして事務所の中へ大きな声で呼びかけた。
「リリー? それって一緒にいた子か?」
「そだよ。いつか三人でダンジョンにいくんだ」
たしか赤い髪の子をルナはそう呼んでいた。
彼女がリーダー格なのか。まあ確かに初対面でのあの物怖じしない感じはそうかもしれない。
ルナがその少女を呼ぶと彼女はすぐ玄関から現れた。
「……ルナ、大きな声出さないでちょうだい。あっおじさんまだいたの? ──っは! もしかして何か変な事された?」
呼び出された少女、リリーは少し怒った口調でルナに注意をすると、その隣にいた俺を見つけ慌ててルナを自分の方へ引き寄せる。
背はルナの方がわずかに高いが、その姿はまるで妹を守る姉のようだ。
「違うってば! リリーこの兄ちゃんは良い人だよ。ほら見て、ナイフ貰った!」
体を引き寄せられたルナがリリーへナイフを見せる。
宝物を見せる様に、自身の胸元にナイフを突き出されたリリーは呆れた声で叫んだ。
「ナイフ!? ルナ、初対面でナイフ渡してくる奴がいい人なわけないでしょ」
ごもっともだ。
しかも飾りのついたテーブルナイフではなく、狩猟用の大きなもの。
そんな物を理由もなく配り歩く奴はまともじゃない。
仲良くじゃれ合っている少女の間に割り込むのは気が引ける。
だがいつまでも見ていたってしょうがない。俺はリリーに声をかけた。
「えーっと混ぜてもらってもいいかな。リリー君といったか?」
俺が声をかけた瞬間、彼女の雰囲気が一変した。
キッと目を吊り上げ、精いっぱいこちらを睨んでいる。
どれだけ睨まれようが彼女に対する恐怖は無いが怒らせたのなら俺が悪い。
「馴れ馴れしく呼ばないで」
「ああ悪かった。じゃあなんて呼べば? 俺はダレルだ。この会社に荷物を預けてあって、それが今も有るか確認したいんだ」
「……ここに荷物なんて無いわよ嘘つき。早くどこかに行ってよ」
取り付く島もない。俺は味方になってくれそうなルナに目で助けを求めた。
ルナは俺の助けを理解してくれたのか自信にあふれた笑みを浮かべ小さくうなずき、リリーの耳元へ口を寄せる。
「リリー、兄ちゃんがね。ここに地下室があるんだって」
秘密を告白するような、誘惑するようなささやき声だ。
「地下室? 知らないわよそんなの」
リリーの吊り上がった目が困惑するように下がった。