出会い
「どうすればいいんだ。社長教えてくれよ……」
換金所から出てどこをどう通ったか分からないが、いつの間にか俺は会社の事務所前に居た。
入り口前に階段として積まれた石の上に座り頭を抱える。
事務所はあのころと変わらず港を見下ろせる高台にあった。
急こう配の長い登りを乗らなきゃたどり着けなくて、冒険帰りに疲れた体で報告しに行くのが億劫だった。
もっと利便性のいい所に引っ越そう、何度も何度も社長に訴えたのを覚えている。
事務所の中は無人だった。壁や床の劣化具合から放置されてずいぶん長いことが分かる。
先に答えを聞かなきゃ、『俺の意見を聞き入れて引っ越したのかな?』なんて思考を逃がす事が出来たのに。
『記入していただいた組織は存在していないようですが……』
換金所のお姉さんが申し訳なさそうに言った言葉が頭の中で繰り返される。
いつ無くなったのかといった詳しいことはあの場では調べることができなかった。
ただ判明しているのは現在そういう名称の組織はこの国に存在していないということだけ。
ちなみに俺の個人的な通帳は残っていた。だが俺自体は死者として扱われているようで、その名義人は知らない誰かだった。
だから結局ダンジョンから持ってきた土産は換金もせず今もここにある。
係のお姉さんにはやたら引き留められた。それを置いて行ってほしいと。
自惚れでもなくこれを売ったらそれなりの金になる。でも俺は金をそのまま持ち歩きたくはない。
家も何もないんだから当然だ。
今更新しい口座やらを作りたいとも思えない。
だから土産は土産としてそのまま手元に残ったまま。
いっそこの廃墟に隠すのもいいかもしれない。
そしていつの日か誰かが見つけるのだ。『怪しい廃墟からたくさんのお宝発見!』と。
それは少しおもしろいんじゃないか。
自暴自棄になった頭でそんなつまらない冗談を考えていた時だった。
「おじさん、そこで何してんの? 邪魔だからどっかいってよ」
「…………」
女の子の声が聞こえた気がした。少し気にはなったがこんなところに人が来るわけがない。
幻聴だろう。いよいよおかしくなったのか。
俺がここで会いたいのは髭の生えた爺さんたちなのに。
在りし日の事務所内の光景を思い出し、地面を見つめてため息を吐く。
そんな俺の視界に赤い靴を履いた小さな足が見えた。
「ねえ聞いてんの? 邪魔だって言ってんの!」
これも幻覚か? 黙って見ていると、その足がわずかに後ろへ下がる。
動いた。だからなんだっていうんだ。
そのまま視界から消えていくのかと思ったのだが、その足は下がったのち、前方へ加速し俺の顔目掛け迫ってきた。
とても遅い蹴りだった。本気の暴力でなさそうだ。
実態が有るとしてもこんな遅さじゃ当たっても痛くはなさそうだった。
だがそれでも反射的に思わず手で掴んでしまう。
「あっちょっと! 何掴んでんだよ! 放せへんたい!!!」
足の主の少女が抗議してくる。仕掛けてきたのはそっちだろう。
そう言いたかったが、言う気力もなかった。
幻覚に怒っても無駄だと思った。
その代わり俺はその細い足を掴んだまま顔を上げた。
声もこの足も幻で、そこには実際何も無いはずだから。
だが、そこには三人の少女が立っていた。
俺に足を掴まれている赤毛の子。それを見て笑っている金髪の子。そして怒ったような表情でこちらをにらんでいる黒髪の子。
年齢は十代になりたてくらいだろうか。全員かなり幼い。そして全員、なんというか服がくたびれていた。
「いつまで掴んでるんだよ! 放せ!」
赤毛の子が怒鳴る。俺の手を放させようと足を振った。俺は手に力を入れていないのに向こうの力が弱すぎて振りほどけないらしい。
掴んでいたいとか、幼子に意地悪をしたい、なんて感情は無かったが俺はその足を離さなかった。
「その手を放してください。じゃないと大人の人を呼びますよ」
手を離さない俺に黒髪の少女が言う。彼女は他の二人よりわずかに背が高い。
この近くに人が住んでいる建物は無い。助けを呼ぶには下の港まで行く必要がある。
俺にはそんな気は無いが悪漢への脅しだとしても無意味だろう。
脅しに屈したわけじゃないが、いつまでも掴んでいたら流石に可哀想なので手を離した。
足を振っていた赤毛の少女は、急に手を離されたせいで少しよろけたが慌てて俺と距離を取る。
「大丈夫か? リリー。傷とか無いか? あっおっさん慰謝料よこせ!」
金髪の少女は、赤毛の少女を気にかけながらも俺に右手を突き出し金銭を要求してきた。
冗談なのか本気なのかいまいちわかりづらい。
この少女たちは廃墟になったこの事務所を秘密基地にでもしているんだろうか。
百年も放置しておいて今更いう権利も無いかもしれないが、目の前で好き勝手に荒らされるのは気分が良くない。
口から出た言葉は自分でも驚くほど怒りが込められていた。
「……君たちはここで何をしてるんだ?」
「なんでもいいでしょ。さっさとどこかに行って」
赤毛の子は入り口に座る俺を無視し、事務所に入ろうとする。
その体を止めようと俺は右手を真横に上げた。
「遊ぶなら別の場所にしてくれないか? お金がいるならそこの袋から好きなものを持って行っていいから」
「──っ ……遊びなんかじゃない。っち。ルナ、ペチー行こう」
邪魔をする俺の腕を赤毛の子が何度か叩く。痛くはない。
数回殴って無駄だと思ったようで、息をわずかに切らせながら後の二人に声をかけた。
赤毛の子と黒髪の子は俺の腕を大きく避けて中へ入ったが、金髪の子だけ中へ行かずに俺の前で立ち止まった。
「ねえ兄ちゃん。その袋って何入ってるの?」
その顔は好奇心があふれ出している。俺はその表情に懐かさを覚えた。
そういえば冒険の終わりに港へ帰ってくると毎回近所の子供らが土産話を求めて集まってきていた。
あの子らも、もう歳をとって死んでしまったんだろうか。
相変わらず現実感は無いが、事象としてはそういうものなのだろう。
俺が袋を手繰り寄せ、口を縛った紐を解こうとすると、背後から声。たぶん黒髪の子の物だ。
「ルナちゃん! 不審者さんに話しかけちゃダメですよ! 早くこっちきてください!」
「今行くからちょっと待ってて! ほら兄ちゃん早く見せてよ!」
きっと俺への対応は後ろの子らが正しい。こっちの子が間違っている。
俺は苦笑いしながら、袋の口を広げた。