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帰路

 

 俺は出口へとただ走った。何度か潜ったダンジョンの見慣れた道は心を落ちつけてくれる。

 次はどこへ行くんだっけ? なんて迷わず足が自動で出口に向かう。

 ここは俺が知っているダンジョンだ。俺が知っている世界なんだ、そう思える。


 なのに、なのに所々に存在する俺が知らない人工物はなんなんだ。

 なんでダンジョンの中に休憩所や店屋があるんだ。

 しかもテントを張っただけの露店じゃなく何度も使ってるような建造物だぞ。


 混乱しながらも入り口は近づいてくる。徐々に冒険者の姿が増えてきた。老若男女様々な人がダンジョンの奥へと進んでいく。

 開口してすぐにしても人が多い。というか多すぎる。

 明らかに鍛えていないような人たちですら装備も無しに笑顔で進んでいく。

 いったいどうなってるんだ? 自分の中の常識と違いすぎて頭がおかしくなりそうだった。


 まるで町中にでもいるように着飾った、本来ダンジョンの中に居るべきではない人たちが俺に向ける視線が痛い。

 何が起こっているんだ。

 頭から被った毛皮を手で押さえ、俺は更に走る速度を上げた。


「──なんなんだよこれ!」


 入り口の人混みを抜け今の表層へ出た俺はそれまでで一番おかしなものを見た。

 それはいくつも建てられた住居。そしてダンジョン入り口からそこへと伸びる手入れのされた歩道。

 建物のそばで遊ぶ親子が何組もいる。裕福そうな身なりをした親子達が家族の時間を楽しんでいる。

 老人たちの集団がなにやらパーティーを開いている。


 一度後ろを見る。ダンジョンの入り口は確かにあった。

 どういうことなんだ。ダンジョン島が観光地になっていやがる。

 百年も経ったらこうなるのか? 


 穴を登ってからずっと続いていた混乱がいよいよピークに達しようとしていた。


「すいません。ちょっといいですか?」

「な、なんだ!?」


 だから急に話しかけられて驚き、変な声が出てしまうのもしかたない。

 声の方を向くと緑色の作業着のような服を着た男が立っていた。

 その男は振り向いた俺に申し訳なさそうな顔を見せる。


「いえね、不審な人物がいると通報がありまして」


 男は声を小さくし、目線を一瞬遊んでいる家族連れの方に向けた。

 なんなんだこいつは。通報ってなんだよ。


「俺が、不審者? どうみても冒険帰りだろ見てわからないのか!」


 俺は思わず声を荒げた。ダンジョンから冒険者が出てきた、それだけで不審者扱いはおかしい。

 確かに上半身裸で毛皮を被っている。だがそれでも場違いなのは向こうの人間たちだろ。

 苛立つ俺に男は、なだめる様な、小さな子に言い聞かすような声音を出す。


「いや、オールドスタイルなのは分かります。ですが周りのお客様に迷惑がかかりますので」

「……オールド? なんだよそれ」


 その言い方にも俺は引っかかった。でもここでこいつ相手にそれを説明してもたぶん理解されないだろう。

 きっと俺の方がおかしいんだ。

 一度感情を発散したおかげか少し冷静になれた。


 その後、俺はこの男に誘導され本島へと向かう飛行船に乗った。

 もちろんその飛行船も俺が見たことのある物ではなく、飛行速度も船体のサイズも記憶の中のそれとは比べ物にならないほど凄かった。



 飛行船によって連れてこられた港にはいよいよ全く見たことのない物しかなかった。

 本島は広い。俺が行ったことのある場所なんてその中でもわずかだ。

 一縷の望みをもって知らない土地の港なんじゃないかと係の人に聞いた、だが地名だけは俺が良く知るものだった。


 荷物を持って港を歩く。どこへ行けばいいのか心が落ち着かない。

 俺の家や事務所へ行っても大丈夫なのか? そこさえ見なければ大丈夫なんじゃないのか。

 現実と認めそうになる部分とそれを否定したい部分が脳内でせめぎ合う。


「お兄さん換金所はこっちですよ」


 時間を少しでも潰したかった俺はその呼びかけに素直に従っていた。

 換金所、文字通りダンジョンから持ち帰った物を金に換えてくれる国営の施設だ。

 宝の中から土産として持って帰るものを取り分けて出す。すると向こうで勝手にその価値を調べ、所属会社やギルドの口座に振り込まれる。


 俺が後悔したのはその手続きの紙を記入し係に渡した後だった。

 いつもの、といっても何年前のか分からない癖で振込先に会社の名前を書いてしまった。

 このままじゃ俺の帰る場所の現在が分かってしまう。


 めまいがする。心臓が早鐘を打ち胸が痛い。脂汗が止まらなかった。

 逃げるか? どこへ? 荷物をほとんど出してしまったし金は持っていない。

 調べに行った係が帰ってきた。俺の気持ちを知ってか知らずか、向こうも少し困り顔だった。



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