百年後 2
立ち上がり、皆への土産が入った袋を担いだ所で誰かが近づいてくるのが見えた。
人だ。何年ぶりの人間だろう。若い男の二人組のようだ。
背の高い男と低い男のコンビで揃いの防具を身に着けている。
穴に長い間居すぎたせいで人を見ただけでも泣けてくるおかしな気分だった。
向こうは俺の姿を見つけるとオーバーなほどに驚き、剣を抜いてこちらへ向けてきた。
追いはぎか? まあ何でもいいか。ダンジョンへ潜っているなら時計を持っているはずだ。俺が何年入っていたのか知りたい。
「んっんん。っゴホ。人と話すのが久々過ぎてうまく喋れないな」
敵意が無いことを伝えようと俺は両手を挙げてみた。だが相手にはそれがどう伝わったのか、ますます表情を厳しくするだけだ。
「化け物だ! 油断するな!」 背の高い男が小さな男の背を俺の方へ押しながら叫ぶ。
「俺らを取って食おうとしてるんだ! お前こそ気を付けろ!」 背中を押された背の低い男が大きな男の手を払いのけ、逆にその背中へ手を伸ばす。
「あーえーっと待ってくれ怪しい奴じゃない。剣を向けないでくれ……ああそうか、これを被ったせいか?」
脅えた様子の男たちが発した『化け物』という言葉。そういえばさっき毛皮を被ったのだ。きっとそれのせいで誤解しているに違いない。
俺が上から被った皮を地面に脱ぎ捨てると、ようやく向こうも俺が人と気づいてくれた。
「えっに、人間? おい人間じゃねえか」「化け物って言ったのはお前だろ! 俺は最初から分かってたさ」「いいやお前が先に剣を抜いた」「お前だろ!」
俺の顔を見てからも彼らは互いの背中をたたき合い責任を押し付け合っていた。
「あーごめん二人とも。ちょっと聞きたいことが有るんだ。話を聞いてくれる?」
「ああなんだい? 何でも聞いてくれ。あっ名前か? 俺はトッド、小さいのはテッドだ」 背の高い男、トッドがにやりと笑って応えた。
「何か質問なら俺の方が詳しいぜ」 背の低い男、テッドも負けじと胸を叩く。
「いや簡単な事なんだ。時計を見せてくれないか? ちょっとなくしちゃってさ。服と一緒に」
俺は裸になった上半身を指さしながら彼らに尋ねた。
服は今自分で捨てたのだがまあ同じような事だろう。
「時計? まあいいけど。もしかして兄さんは渡りで来たのかい?」
トッドが訝し気な表情をする。
渡りというのはダンジョン閉口後も本島に帰らず近場のダンジョンに移っていく冒険者の事。
その大半は人里に居れない理由を持っている。
「そりゃそうさ。でもなきゃ開口して一番に時計を無くした大まぬけってことになっちまう」
トッドの質問にテッドが勝手に答える。
「だな! でなきゃ俺たちの一番乗りの前に来てるわけないもんな」
「当り前さ。俺らは一番乗りのテットッドなんだから」
「ああ。トッテッドコンビは一番乗りじゃなきゃ意味がねえ」
この二人の事は初めて見た。だがそれなりに経験を積んだコンビなんだろう。
装備や自信からそれがわかる。
「えーっと、そろそろ時計見せてくれるか?」
「ああすまんすまん。おっとそういや兄さんの名前はなんて言うんだ?」
テッドが俺に名前を聞きながら懐に手を入れた。
一瞬その目つきが鋭くなった気がする。俺のことを犯罪者か何かだと疑っているんだろう。
「ダレルだ。ちょっとわけあってしばらく本島に帰れてないんだ」
「そうかい。まあ人間何かしら事情もあるさな。ほら時計だ」
「ありがとう。ってこれおかしくないか?」
テッドから初めてみるタイプの時計を借り、日付を確認すると想像とはずいぶん離れた日時が表示されていた。
そこに書かれていたのは3月3日の文字。このダンジョンは夏の終わりに浮上してくる。
俺が入ったのも暑さがまだ続くそれくらいの時期だった。こんな日時に開いているはずがない。
「おかしい? トッド、今日の日付は?」
「35年の3月3日だ。まあ一日くらいはズレてるかもしれないけどな」
にやりと笑うトッド。二人ともそう言うなら日付はあっているのかもしれない。
だが、トッドは今日付よりも聞き逃せないことを言った。何年だって?
俺は3120年の9月にダンジョンに入った。それからもう十五年も?
「35年!? 15年も経ってるのか!?」
「うおっ急にでかい声出してびっくりさせるなよ。今年は3235年だ。それも間違いない。」
「は? 3235?」
その数字の意味を理解することを俺の脳は拒んだ。
そして全身にバケモノに出くわしたとき以上の悪寒が走る。
ここに居たらダメだ。離れないと。
二人に謝礼として土産のいくつかを押し付け、俺は荷物の入った大袋を二つ背負って走り出した。
今のは聞き間違いだ。どこから? 十五年経っているってとこから全部だ。
そもそも十五年だってあんなところで生きることは出来ない。
あいつらは嘘つきだ。
「おい! 日付教えただけで! こんな高価なもん! 受け取れねえよ! 戻ってこい!」
「俺たちが盗んだと疑われちまうだろー!」
背後から俺を呼び止めようとあの二人の叫び声がする。でもダメだ。あいつらとはもう喋らない。
自分で現実を見るんだ。