百年後 始まり
高さがどれくらいあるか分からないこの暗い崖。
ただまっすぐ登ったって体力なんか持つわけがない。なので俺は足場を順に作って登ることにした。
穴を構成している壁は硬かった。でもそれよりもトカゲの牙の方が更に堅い。
持ちやすい骨に牙をロープでくくりピッケルを作る。
そのピッケルで壁を何度も叩くと深い穴が掘れた。その穴の淵は全くもろくなっていない。
次にその掘った穴へ骨を加工して作った足場パーツを差し込む。平行の高さにもう一本。
そしてその並んだ骨の間に裏返した殻をロープでくくれば立派な足場の出来上がりだ。
遠くからでも分かるように化け物たちが食い残した小さな光る石をロープに埋め込んでおく。
テストとしてその上で何度も飛び跳ねてみた。だがトカゲの骨は折れず、穴も広がらなかった。
あとは登り降りの事も考え、左右交互にずらしながら上へと伸ばしていくだけだ。
最初の足場を 左が1 右が2 として次の段は2の真上に3 その右に4 次の段は3の上に5 その左に6 といった具合になる。
これならどこかで足場が壊れたとしても地面へただ落ちるということにはならないだろう。
所々の高さに物資を引き上げて置いておく貯蔵階も作りながら俺はただ上を目指した。
作業効率が良いとは言えないが中々のスピードだったと思う。
黙々とピッケルを振るい足場を作り、飽きたら肉を少し摘まむ。
そんなことをしばらくしていたのだが、まだ終わりも見えない中で問題が起こった。
それは建材不足。光らない石と肉以外のほぼ全てを使い切ってしまったのだ。
足場の感覚を広くする? 足場を引き抜いて材料へばらして上まで運ぶ作業はちょっと考えたくない。
なら新しい材料を取るしかないか。
一番下まで降りて上を見上げると足場に付けた石によって自分がどこまで行ったかがよく見えた。
もちろん残りの高さは分からない。
でも、こうして成果が目に見えるだけで気が楽になる。
数秒それを眺めてから俺は首を振った。ゆっくりと感慨にふける時間はない。あの化け物たちが帰ってくるまでに準備をしなければ。
すっかり手になじんだピッケルと建材の残りの骨とロープ、これを使って罠を作る。
化け物たちの進行ルートをアバウトに思い出し、壁に刺したのと同じように骨を地面に打ち込む。
残った骨全てを地面に埋め、その間に可能な限りのロープを張り巡らせた。
これであとはあいつらを待つだけ。
肉を摘まみながらのんびりしていると丁度あいつらがやってきた。
上で作業をしてる時もたまに通っていたが近くで見るのは久しぶりだ。
いつものように餌が無いことに気づき互いを追いかけ始めるバケモノ達。
お互いが相手の背中を狙う終わらない鬼ごっこ。
俺は踏まれないようにその遊びの中へと入り込み、罠の上をバケモノが通るのを待った。
その瞬間はすぐに訪れた。一匹の毛に覆われた犬に似た四足歩行のバケモノ二匹が罠の上を通るルートで回り出す。
俺はぐっと腕に力を入れ、骨に結ばれたロープを引き上げた。
足止めは数秒。いやもっと短いかもしれない。しかしその数秒で全て終わった。
バケモノの足に絡んだロープはすぐ地面の骨ごと引き抜かれてしまった。
当然俺なんかの力じゃ何の効果もない。ロープに太い足が当たった瞬間、それを掴んでいた俺は弾き飛ばされ、地面へ転がされた。
そんなことは最初から織り込み済みだ。
ほぼ同速で動く物体の片方を数秒足止めできた。その結果がこれだ。
俺は埃を払って立ち上がりそれを見た。
舌をだらりと垂らして絶命する獣とその背中を食い破る獣。そしてそれをじっと見つめる残りのバケモノ共。
これでまたしばらくは建材に困らない。
ここにいるバケモノ共だけで材料が足りますように。
上空から風が吹き、餌を探しに去っていくバケモノ達を見送りながら俺は祈った。
そういったことを繰り返しながら少しずつ高く積み上げた足場。
バケモノの数も減り、罠にかけるのも苦労するようになった頃、ようやく待望の光が見えた。上層階の光だ。
生きて出られた喜びか、積み上げた苦労の辛さか、光を見つけた俺はしばらく涙が止まらなかった。
「ようやく。……ようやく帰ってきた。ははっ長かった」
二階の地面に腰を下ろし、久々に感じる眩しい光に目を細める。
「ははっ酷い格好だ。浮浪者じゃないか」
俺が着ていた服は長い間風雨に晒していたかのようにボロくなっていた。
暗い穴の底では他人の目も無く考える必要もなかったので気にしなかった。だが街へ帰るならそれなりの衣装も必要だ。
こんな格好じゃみんなに笑われてしまう。いっそ捨ててしまうか?
建材として半端になった皮や殻はまだずいぶん残っている。これを羽織れば逆に有りなんじゃないか?
俺は着ていた服を穴へ捨て、毛皮を適当なサイズへカットして頭から被った。
下はボロを履いたままだが上だけでも良くなった。
さて、今度こそ帰ろう。