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穴の底で

 

 グルグルグルグル石を求めて歩き続けて帰ってきた何度目かの穴。

 この時だけは化け物共が暴れるので岩陰に隠れる。

 しかしこの迫力のある光景も何度も見れば多少飽きる。

 餌が無くなり化け物同士が取っ組み合って喧嘩をしているのだが、それもどうも本気ではなさそうなのだ。


 喉元や腹なんかの生きものとしての弱点は狙わず、互いに相手の背後を取ろう回っている。

 俺よりも何倍も大きな化け物が二匹1ペアでお互いを追いかけているのだが、どこの組み合わせもいつまでもその距離は縮まらない。

 それは自分の尻尾を追いかけて回る犬のようだった。


 互いを食い合うための争いじゃなく一時的なストレス発散のじゃれ合い?

 周囲のあちこちで行われているそれを見ていると、クマに似た一匹の化け物が追いかけていたトカゲの化け物の背中へ追いついた。

 どちらかが追い付く。それは俺がこの穴に落ちてから初めての出来事だった。


『グギャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア』

「──なんだ!?」


 追いつかれた側の化け物が突如叫び声を発する。それは悲鳴のように聞こえた。

 トカゲの化け物が背中を掴まれただけであんな声を出すのか? 俺は疑問に思った。

 遠いし薄暗いので細かい部分までは分からないが、トカゲの背中は岩の様に尖っているんだぞ。


 バギッバギッ! 静かな洞窟に化け物の捕食音が響く。

 静か? そのことが気になり他を見る。するとどのペアも動きを止めその一組を注視していた。

 あれほどまでに夢中になって互いの背中を追いかけていたのに。


 異様な光景に、ここしばらく鈍っていた恐怖心を思い出す。


 その時だった、コツンと何かが俺の足にぶつかる。

 トカゲを捕食するクマの口元、そこから何かがボロボロと落ちている。これので出どころはそこだろう。


 拾ってみるとそれは手のひらより少し大きいくらいのあの光る石だった。しかし拾うまでそれとは気づけなかった。

 何故かというとその石の光量が極端に低かったせいだ。

 大きさの大小はあったが石ごとの光量なんて気にしたこともなかった。


 もしかして違う石なのか? 疑問に思い俺はそれを口に入れてみた。口に入れた瞬間の頭に光が走る感覚は無いしかし味は同じだ。

 そもそも他の石なんて食べたことがないのでこれで判別出来るかは知らないが。

 そうだ、穴に落ちる前からずっとこの石に頼ってきたのに俺はこの石の事を何も知らないんだな。

 穴から吹き降ろされる風で作られるなんて事も知らなかったし、それを背中から生やす生き物がいることも知らなかった。


 ここに来てずいぶん長い時間が経ったのにそれでもまだこんなに知らない事が増えていく。でも、少し楽しい。

 一人前の冒険者なんて言われて調子に乗っていた。どんなダンジョンでもやっていけると慢心していた。

 でもそうだ、俺たちはまだ二階までしか知らないんだ。


 早くここから出てそのことを社長やみんなに伝えたい。

 ここで見たこと経験したことその全てが貴重なサンプルになるはずだ。

 延々繰り返される退屈なループにいつの間にか帰郷心まで削がれていた。

 でもきっとまだ遅くはない。今からでも帰る手段を探そう。


 俺は化け物たちが歩き去っても一人だけ残った。

 食い散らかされたトカゲの死骸からヒントを得るためだ。

 遠目で見ても大きかったトカゲは近くで見ると更に迫力があった。

 足の一本ですら俺の背丈よりも長くそして太い。


 その肌に触れてみると指先に痛みを感じた。暗い中、目を凝らしてみるとうっすらと血が出ている。

 ただの皮膚を軽く撫でただけでこの切れ味。こんな奴に襲われたらと思うとゾッとする。


 だがそれと同時に考えた。この化け物を素材としたらどんなに凄い物が作れるのだろうと。

 穴を登るためにはそれなりの道具がいるはずだ。こいつの爪や牙をどうにか加工できないだろうか。


 それから俺は化け物たちが帰ってくるまでトカゲの解体作業を続けた。

 その作業は長い時間がかかったと思う。


 行った工程はこんな感じだ。

 切れ味抜群の殻に気を付けて背中に登り、クマの化け物に食われたところから少しずつ皮膚を剥がす。流石に皮膚の裏にまで刃は無かった。

 最初は素手でその作業をしていたので時間がとにかくかかった。

 でも一部を剥ぎ、それに服を巻いて持てるようにしてナイフにする。

 作業道具が出来るとそこからは全身をバラすまでそう時間は要らなかった。


 解体作業を終えるその間、トカゲの肉体が腐敗を始めることはなく、その肉はいつまでも生で新鮮に食べることができた。

 久しぶりに食べた石以外の食事は、自分がちゃんとした生き物だということを思い出させてくれる味がした。

 それをおいしく調理するための調味料や火が無いのがとても残念だ。


 味の他にも分かったことがある。

 この大トカゲは色んなダンジョンで見かけるブロックリザード系の生物のようだ。

 ただ、通常の奴とはサイズがかなり違うし、他の種は『ブロック』と呼ばれていてもそれは見た目由来であって、実際に体から岩などは生えていない。


 ここにいた奴が上に暮らしているのと同一の種なのかは今の俺には判断ができない。

 それを突き止めるためにもこの穴を登って出るんだ。


 トカゲを解体して手に入れた材料はこんな感じ。

 殻で作ったナイフ。全身に張り巡らされた太い腱を割いて作ったロープ。爪や牙や骨といった頑丈な建材。

 あと大量に残った殻とあの光らない石。それに食べきれないほどの肉。


 さあ崖登りを始めよう。


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