100年前
ここは空に大地が浮く世界。
大きな大きな空飛ぶ一つの島に大勢の人間が暮らしている。
島の下にはいつでも厚くて黒い雲が敷かれていて、その雲の下に何が有るのか誰も知らない。
何故ならその雲は毒で、人が吸い込むと死んでしまうのだから。
島の端から下を見たことがある人間は誰でも思う。雲に触れたらどうなるんだろう。雲の下には何が有るんだろう。
今までも、これからもたくさんの人間がそれを確かめようとする。
でもそれを試して生きて帰った人はいない。
人々は限られた土地と資源とダンジョンを消費しながら空で暮らしている。
ダンジョンとはこの島と同じく空に浮かぶ島々の内部に存在する巨大な洞窟のこと。
内部はその島固有の特異な生き物やそこでしか取れない素材などで満ちていおり、一度ダンジョンの口が開くと一獲千金を求めた者たちがこぞって冒険へ向かう。
口が開く。言葉ではそう表しているが実際に入り口が物理的に開閉しているわけではない。
島自体が動き雲の下へ沈んでしまう。ゆっくりと島が沈みダンジョンの入り口から島の内側に雲の毒が満ちる。
なのでダンジョン攻略は時間との闘いだ。
雲から現れるのをじっと待つ。見つけたら急いで飛び移る。そして沈む前に余裕をもって脱出する。
無事に生きて帰ってこれたら誰でもヒーローだ。なんせ行って帰るだけなのに大勢が死ぬのだから。
ダンジョン内で取れた物はどんなゴミだろうと欲しがる人間がいる。その売値は好きに付けられる。
だから一つでも多く宝を拾いたい。でも欲を出しすぎると閉じ込められる。
どこまで粘るかの取捨選択。その命を懸けたギャンブルが人を夢中にさせるんだ。
俺もそんなダンジョンに潜って宝を集める冒険家の一人だった。
もちろん一人ではない。会社というチームの中の宝さがし担当だ。
小さな会社だったがダンジョンの情報や消耗品の手配などの本島での雑用は全部してくれるいい会社だった。
『だった』そう全部過去の話しだ。あの日に全てが狂ったんだ。
あの日俺は会社に新しく入った後輩を連れてのダンジョン探索に来ていた。
そのダンジョンの開口期間は約一か月。その間俺は自分がそれまでに得た知識やテクニックを後輩に教え込んだ。
俺たちの会社ではここ数年ダンジョンへ降りられるのが俺しかいなかった。だから少しでも早く一人前になってもらいたかったんだ。
後輩の物覚えはとてもよく、だから俺はその成長を見るのが楽しくなって本当に持てる限りを教えたんだ。
その結果があれだ。
帰還も近いある日。俺らは探索で集めた宝やベースキャンプに散らかしていた日常道具などをまとめて帰り支度をしていた。
宝の山を前に今回の冒険でのおさらいなどをしながらいつも通りの夕飯を食べ、そして眠りについたんだ。
次に俺が目覚めると辺りには何もなくなっていた。
ダンジョンってのは基本的には内側に日の光が届かない。
だけどその代わりに発光する鉱石が転がっている。
手のひらサイズの石が壁や地面に半端に埋まって光ってるんだ。俺らはそれを明りとして使う。
だからダンジョン内は常に昼夜関係なく一定の明るさを保っている。
そうなると持ち込んだ時計を見なければ日付も時刻も分からなくなる。
だけどその時計すらも無くなっていたんだ。
俺は慌てて出口へ急いだ。今回のお宝を盗まれたことに怒ってるからじゃない。
自分に残された時間が分からなくて怖かったから。
全力で走って走って、体力も限界で、そうして俺が見たのは雲がダンジョン内に沈んでくる所だった。
触れたことなんて無いがそれは人を殺す毒だって知っていた。何度も聞いてるから。
だから俺は今登ってきた道をまた走って降りた。どこまでも。
もう来ないかな? と立ち止まり息を整えているとすぐ音もなく雲が来る。
そんな鬼ごっこはずいぶん長く続いた。さっきもいった通りダンジョン内では時間が分からない。
だから俺は自分がどれくらい長く走ったのか今でも知らない。
体力も尽きて足も痛くてもう限界だって頭ではわかっても恐怖心で足は止められなかった。
逃げ続けた俺は、最終的に深い大穴の淵まで追い詰められていた。
その穴の説明の前にダンジョンの構造についてまた捕捉しておく。
島の内側に掘られた物の名前がダンジョン。その内部は一つとして同じものが無い。
自然に出来た穴なのでそれぞれには共通点がほぼ無いのだが、人が冒険をするときの目安として呼び方が付けられている部分もある。
その一つがダンジョンの階層だ。
一階・入口や天井の崩壊で日の光が入ってくる高さ。
鉱石ではない光が入ってくることが有るので地表にある植物なども生えていることが多い。
二階・一階から下り坂や穴を落ちた先の階層。
上に遮るものが何もなくても光は届かない。長くいれば時間の感覚が狂うので時計の持ち込みは必須。
住んでいる生き物は基本的に積極的に人や他の動物を襲う。
明確に階層を降りる道が無ければどこまで深くなっていようが全て二階に含まれる。
三階・穴等を経由し二階より下に落ちた際にたどり着く場所。
人が落ちた場合そこからの生還は絶望的であり、更に島ごとに明らかに内容が異なるため詳しいことはわからない。
三階よりも更に下が存在する可能性もあるがそれはまだ判明していない。
俺たちがダンジョン攻略をするといって出かける場合だいたい二階までしかいかない。
理由は簡単で割に合わないから。
一つのダンジョンに拘って調べてもそれを他のダンジョン攻略に活かせない。
それに同じダンジョンに挑めるのは早くて年に一回。
年に一回の短い期間に危険な道を通って調べる。
ただでさえ危険なダンジョン冒険でそんな無駄なことをしたがる人間はいない。
だから俺たちは二階までしか冒険をしない。
俺が雲に追われてたどり着いた大穴とは三階へ入り口だった。
目の前にできた雲の壁に飲まれて死ぬか、凶悪と名高い三階に落ちて死ぬか。
その二択を迫られた俺は、三階へと飛んだ。