第44話 フラグなんて、知りませんっ!!
「はいっ、お腹を引っ込めてっ! 息を止めてっ!」
「しっかりつかまっていてくださいましっ!」
ふっ、ふぐううううっ!
「お胸がないなら作るっ! 寄せて寄せて、上げるっ!」
ひぎぃぃっ……!
「ほら、動かないでくださいまし、おしろいをはたくだけですから」
ぶっふあぁぁぁっ……!
あっちからこっちから。手が伸び顔を押さえられ、身体をひねられ、揉まれ、散々なことに。
「出来ましたわ」
そう宣言されたころには、もうヘロヘロ。
まあ、これがわたし? なんて言って鏡を見る余裕なんてありません。
「さあさあ、もう時間がありませんわ。お早く会場に向かわねば」
グイグイとメイドさんたちに押されて廊下に出る。
「あら、リュリ。かわいくしてもらったのね」
「お嬢さまぁ~」
廊下であたしを待っていたのはお嬢さま。泣きたい気分で、すがるような声を上げる。
「どうしてあたしまでこんなドレス姿なんですかぁ」
いやホント、化粧をしてないのなら泣きたい。
優しいピンク色のドレス。あたしの胸の頼りなさをカバーするように、胸のところに少し多めのレースがあしらわれてる。白い手袋に、真珠のついた髪飾り。
お嬢さまのような大人っぽさはないけれど、そのかわり、清純さを売りにしたような作りになっている。
「今日はね、アナタをわたくしの妹として披露するんだから。これぐらい当然よ」
「いっ、妹、披露ぉっ!」
「リュリ。もう少し言動に気をつけなさい。アナタはもう、公爵令嬢なのですよ」
お嬢さまをエスコートしてきたイェルセンさまに釘を刺される。
「ああ、いいのよ、イェルセン。こういうところが、リュリのカワイイところなんですもの」
「ですが、お嬢さま。お嬢さまの妹御となったのですから、もう少し落ち着きをもって欲しいところなのですが」
イェルセンさま、一歩も譲らない。そのかたくなさに、お嬢さまが相変わらずねと、少し笑われた。お嬢さまに笑いかけられると、イェルセンさまはいつものクールさを保てないみたい。ちょっと困ったように、顔を赤らめてる。(わ、珍しい)
こうして、幸せそうなお二人を見てるだけなら、いいんだけどね。
そう。あたし、今の身分は、「公爵令嬢」。「侍女」じゃない。
正式に、公爵さまの養女にしていただいて、なんとお嬢さまの「妹」になった。
あたしが? 公爵令嬢?
その降って湧いた立場に、ひっくり返りそうなほど驚いたけど、「女神の娘」なのだから、それなりの身分が必要だろうと、殿下たちが強引にことを押し進めたのだ。
あたしが、お嬢さまの姉妹になるなんて。
お嬢さまも、「妹が欲しかったのよね」と、喜んで受け入れてくださったけど。あたし、まだ実感がない。とりあえず、あたしがこの立場を受け入れられるまでは、お嬢さまの侍女という仕事もさせていただいているけど。
「いつまで笑ってるつもりですか。リュリ」
あたしの視線に気づいたイェルセンさまがムッとする。
「アナタのエスコート役がいらっしゃいましたよ」
エスコート? あたしの?
「リュリッ!」
その呼び声に驚いてふり返る。
息せき切って現れたのは、なんと!
「殿下、それに、アウリウスさま、ルッカさまも」
皆さま、いったいどうしたんですかっ! 殿下はもちろんだけど、アウリウスさまやルッカさままで正装してる。
「リュリ、今夜は僕にエスコートさせてくれ。僕は、きみを愛してるんだ」
え? あ、あい……? なんですって? 殿下、どうなさったんですか?
「いや、リュリ。今夜はオレとともにいて欲しい。オレにきみを守る名誉を与えてくれないか」
ええっと、それは騎士としての誓いの言葉……とか?
「ねえ、リュリ。ボクとなら、このお二人よりも気楽につき合えるよ。歳も近いし、貴人に仕える者同士、いろんなことを話せるしね」
いや、ちょっと。そんなウィンクされても。
あっけにとられるあたしの前で、お三方がそれぞれ膝をつく。競い合うように、さあ、と伸ばされた手。
(ふむ。面白そうだな)
うえっ?
ポンッと音を立てて、セルヴェまで人型になって、殿下たちに並ぶ。
「さあ、乙女。我の手を取れ」
いやいやいや。聖獣さままでなにやっちゃってるんですかあっ!
「いや待て、この場合、王子である僕がエスコートするのが一番ふさわしいだろう」
「いいえ。お言葉ですが殿下。乙女を守る剣となる自分がエスコートするべきかと」
「殿下もアウリウスさまも落ち着いて。ここは、一番親しいボクに任せてください。その方が、リュリも緊張しなくてすみますから」
「乙女は我のものだ。他のものが好きにするのは許さん」
オタオタするあたしを前に、互いにけん制を始めた。というか、なに、言い合いになってるんですかあ。
「おっ、お嬢さまぁ……」
「あらあら、愛されすぎて大変ね」
お嬢さまはクスクス笑うけど、あたしはそれどころじゃな~い。
愛とかなんとか。皆さま、本気ですかっ? 正気に戻って下さ~いっ!
ここにいるのは、ただのリュリですってばぁ! チビでどんくさいだけのリュリですよぉ。
皆さまを嫌いではないけど、まだそういうことを考えるのは二年、ううん。十年早い。
華やかなドレスだけでもとんでもないと思うのに、皆さま「さあ!」とばかりに膝をつかれて。
涙目になってオロオロする。
どの手をとってもとんでもないことになりそうだし、どの手を取らなくても大変なことになりそうな気がする。
「……ふう。仕方ないわね」
しばらく騒動を眺めた後、軽いため息とともに、お嬢さまにグッと引き寄せられる。
「皆さま。この子はわたくしがエスコートいたしますわ」
その笑顔は妖艶。フフッと微笑む姿は、ちょっと悪者っぽい。
え? え? ええっ!
あたしだけじゃない。皆さまもキョトンとされている。
「イェルセン、いいわね」
「お嬢さまのお気の召すままに」
イェルセンさまがうやうやしく頭を下げた。
「さっ、行きましょ、リュリ」
差し出されたお嬢さまの腕にすがるような気持ちで手を添える。
「ちょっ、ローゼリィ、待てっ!」
「では、皆さまごきげんよう」
優雅なお辞儀だけ残してお嬢さまが歩き出す。あわてる皆さまには悪いけど、あたしはちょっと安心していた。
今はまだ恋とか愛とかいうよりも、お嬢さまと一緒にいられることのほうが、なによりうれしい。お嬢さまのお役に立つことのほうが、あたしを幸せな気分にしてくれる。
「悪役令嬢だ……」
残された誰かが、そう呟いたのが聞こえた。
人の恋路を邪魔する悪役令嬢?
それは、あたしにとって、物語に出てくる白馬に乗った王子さま以上にカッコよかった。人の窮地をこうして助けてくださるお嬢さま。そのお姿は颯爽としていて、とても凛々しい。姉と認めることはまだ難しいけれど、「お姉さま」とお呼びしたいぐらいステキ。
お嬢さまが、あたしを見て軽く微笑まれる。その瞳に、あたしはトキンと胸を高鳴らせる。
お嬢さま。
あたしリュリは、一生あなたについてゆきますっ!
おしまい。
第四十四話です。最終回です。
乙女ゲーム×学園モノ×悪役令嬢×身代わり×侍女。
好きなモノテンコ盛り物語として書き始めた今作も、これで終了です。
いやあ、この先、リュリは誰と恋愛するんでしょうねえ。お嬢さまと!? それでは百合モノになっちゃうよ。
「2」の世界が始まったら、ちゃんと恋愛するんでしょう。おそらく。
個人的にはアウリウス推しなのですが、それぞれのパターンのラストを考えるのも楽しかったり。
ということで。
『身代わり悪役令嬢は、フラグを圧し折れない。~だって、本職「侍女」ですからっ!!』は終了します。
評価、ブクマをつけてくださった方、閲覧していただいた方。皆さま、本当にありがとうございます。見ていただけた、読んでいただけた。それだけで物書き冥利に尽きます。だんごは幸せ者です。
次作でまた、皆さまにお会いできることを楽しみにして。
令和2年9月5日 若松だんご




