第4話 今、一番会いたくない人たち。
(あ……、あたし……)
次に意識を取り戻したのは、真っ白なシーツのかかった寝台の上だった。
糊付けされて、ピンと張ったシーツは、清潔感にあふれていたけど、ちょっと硬い肌触り。普通の寝台…ではないような。……あれ?
鼻孔をくすぐる、かすかな薬品の匂い。これって、医務室?
前後の記憶がボンヤリしてる。
あたし、どうしてこんなところで寝ていたの?
「ああ、気がついたんだね」
声がした方に顔をむける。
「ナディアード殿下……」
「きみが、魔術の授業で倒れたって聞いてね。心配して見に来たんだ」
寝台の上で放りっぱなしになっていた左手を、そっと包むように持ち上げられる。
「気分はどう?」
「えっ、あっ、もうっ、もう大丈夫ですっ!」
だから、その手を離してくださいっ! 潤んだ目で見ないでくださいっ!
心臓がムダにバクバクしますっ!
あわてて身体を起こして手をもぎ取る。
殿下は一瞬不思議そうな顔をしたけれど、すぐにいつも通りの笑顔に戻った。
「無理をしてなければいいけど。そうだ。もう授業も終わっていることだし、屋敷まで僕が送るよ」
ひぃえええええっ!
でっ、殿下がですかぁっ?
「え、いえ、そんなお手を煩わせるわけにはまいりませんわ」
控え目にやんわりと断る。
「どうして? きみは、僕の大切な婚約者だよ? それぐらいのことはさせてくれないかな」
ううう。そんなふうに切なげに見つめないでください。
殿下のお優しさも、お気持ちも、よぉぉぉくわかっておりますから。
リュリだった時にも、殿下はこうして分け隔てなく優しくしてくださっていた。普段は、その優しさがうれしかったけど、今は、その、ちょっと……。
正直、困る。
でも、それ以上断ることも出来なくて、どこか連行されるみたいに、医務室からエスコートされる。
医務室の外に待機していたのは……。
(やっぱり、いた―――っ!)
そこに立っていた二人の男性に、心のなかで叫ぶ。
「ご無事ですか、ローゼリィさま」
そう訊ねてきたのは背の高い方。殿下の護衛騎士、アウリウスさま。心配という感じの言葉を投げかけているけど、声に表情はなく硬い。
「ローゼリィをこのまま屋敷まで送る。ルッカ、馬車の手配を」
「はいっ!」
殿下の命にきびすを返したのは、従者のルッカさま。いつも通りの身軽さで、殿下の命に従う。
ルッカさまの後を追うように、殿下があたしの腰を支えるようにして歩き始める。半歩下がってアウリウスさまもついてくる……けど。
これは、よくあるお嬢さまと、婚約者の殿下と、その護衛騎士の風景。いつもなら、その半歩後ろに、チョロチョロとあたしがくっついていくのだけど。
(た~す~け~て~)
心のなかで叫ぶ。
この二人に囲まれて、お嬢さまらしく歩くなんて、なんの拷問ですか。
うっかりバレたらどうしたらいいの?
王子殿下をたばかった罪で、即日断罪されそうですよ?
たとえ、断罪はなかったとしても、お二人に、お嬢さまの事情を説明して納得していただける自信がない。多分、おそらく、絶対、きっと、「はあっ?」って大きく首をかしげられるに違いない。
――バレたら、その時はそのときよ。
お嬢さまは、半ばヤケのように開き直っておっしゃっていたけど、あたしには無理です。
そこまで図太くなれないし、ウソをつき続ける自信もない。
で、どうなるかっていうと。
肩痛い。首痛い。顔強張る。両手両足、一緒に動いちゃう。関節は折れることを忘れる。壊れたゼンマイ人形歩き。
「ローゼリィ、大丈夫?」
「大丈夫ですわよ」
いけない、いけない。殿下に疑われてしまった。
取り戻せ、歩き方。思い出せ、お嬢さま。
何度も呪文のように「あたしはお嬢さま」と心のなかで唱えながら、歩いていく。
「ナディアードさま」
あと少しで玄関ホールといったところで、背後から声をかけられた。
「ミサキさま……」
そこに立っていたのは、淡いストロベリーブロンドの少女。線の細そうな顔立ちで、彼女が動くと、フワリとその輪郭を髪が縁取る。すごくカワイイ。
「あ、あの。お借りしていた本をお返ししようと……」
手にしていた本を差し出しながら、その蒼緑の瞳は、視線をそっとずらす。
ああ、そっか。あたしが殿下に抱き寄せられた格好になっているから。普通、レディならそういう反応よね。男女が寄り添っているのを見るのは、恥ずかしいわよね。
いつも、お嬢さまと殿下のそういうお姿を見慣れていたから、そういう感覚を忘れていたけど。ミサキさまの少し赤くなった頬に、普通はこういう反応を示すものなのかと、感心してしまう。
「わざわざありがとう、ミサキ殿」
殿下が、何気なくその本を受け取る。
別にいつでも構わなかったのに。殿下は軽く笑った。
「いえ、あの、貴重な本をお借りしたのですから、そういうわけには……」
「いやいや、この国の聖女となったあなたのためなら、誰だってお手伝いいたしますよ」
そうなのだ。
このミサキさま。この国に突如として現れた聖女さまなのだ。
お嬢さまからお聞きした話だと、伯爵家の娘ではあるものの、幼いころに誘拐され、自分が何者であるかを知らずに、地方の孤児院で育ったのだという。そして、今年になって、突然不思議な力に目覚め、神殿からも聖女として認められたのだそうだ。この国では、魔力は貴族でしか持ちえないから(それも、聖女級の力)、どこかの令嬢か? ということとなり、十八年前に行方不明になっていた伯爵令嬢だと判明し、この王立学園に編入してきた……というわけ。
お嬢さまは、このミサキさまがこの世界にやってきた「ぷれいやぁ」で、お嬢さまを破滅させる人物だっておっしゃっていたけど。
(とてもじゃないけど、そんな風には見えないわ)
もし、お嬢さまが困っていらしたら、この方なら、きっと助けてくださる。そんな気がする。ヒドイことをするようには、到底思えない。
「あの、その本、とても参考になりました。けど、どうしても理解できない部分があって……」
ミサキさまが、軽く眉根を寄せ、頬に手を当てる。
「どこですか?」
パラパラと殿下が本のページをめくる。
「ああ、そこですわ。わたし、どうしてもそこが理解できなくって……」
ミサキさまが本を覗き込む。気がつけば、アタシの腰に回されていた殿下の手がなくなっている。
「殿下」
本に夢中になり始めた二人に声をかける。
「わたくし、先に帰らせていただきますわ。殿下はミサキさまとお話しなさってください」
「え、いや、それは……」
あたしにとっては、殿下から離れられる最高の機会だけど、殿下にとってはそうでもないらしい。弱ってるあたしをエスコートするのが婚約者としての責任ならば、聖女の相談に乗ってあげるのも王族としての義務でもある。
「大丈夫ですわ。帰るだけですもの」
あたしより、困っていらっしゃる聖女さまの助けになってあげてください。
その方が、気が楽だし。
「……では、アウリウス。ルッカとともにローゼリィを屋敷に送ってやってくれ」
うえええええっ!
上手く離れられたと思ったのにぃ。
エスコート役が代わっただけじゃない。
「では、こちらへ」
アウリウスさまは、殿下のように腰に手を回したりはしない。手を取ることすらしない。
キビキビと、先導してゆくだけだけど。
うえ~ん、失敗したぁ。
ホントは、こうして出会ってる人たち全員、会いたくなんてなかったんだよぉ。
第4話です。
この作品を書くにあたって、攻略対象者は何人ぐらいが妥当なのか悩みました。私が知ってるネオロマ系だと、9人、8人、7人(すべて、第一作目をカウント) 職場で、別の乙女ゲームについて触れることがあり、そちらでカウントしてみたら、9人、10人、11人、12人、17人、17人、17人……!!
うっひゃああぁっ!! そんなにたくさんの男性とっ!? スゲー、逆ハーじゃん。
容姿とか、性格とか、差別化してキャラクター作れるのっ!? (声優さんが違う……はナシだぞ☆)
いつも、最低催行人員で小説を書いちゃう私にはムリだあ。大人数を書いてもブレない作家さんを、本気で尊敬します。そして、それだけの大所帯の中から推しを捜し出す乙女の皆さまにも脱帽。
ということで、この作品のゲームのキャラは「7人」と決まりました。これが私の限界値。長~い物語にすれば書けるのかもしれないけど。
これからもよろしくお願いします。