第2話 それはかなりの無茶難題。
「ねえ、リュリ。アナタ、協力してくれるわよね」
そう言うお嬢さまの笑顔は、少し怖かったけど、協力するのにイヤはなかったから、とりあえず、「はい」と頷いた。
「じゃあ、ちょっと待ってて」
寝台を飛び降りたお嬢さまが、執務室に走ってゆくと、しばらくして、何かを持って戻ってきた。
……ムーンストーンのペンダント?
「ねえ、これを着けてくれないかしら」
「あ、はい」
受け取ると、いつものようにお嬢さまの背中に回る。
「ああ、そうじゃなくって。アナタが身に着けるのよ」
「うえっ? あたしがですか?」
てっきり、お嬢さまが身に着けられるのかと思ってた。
だって。
ウズラの卵ほどの大きさのムーンストーン。その周りには繊細な銀細工で花の意匠があしらわれてる。首にかける鎖も銀で出来ていて、とても細い。
こんなステキなペンダント、お嬢さまにはお似合いだろうけど、あたしには……。
気後れします。罰が当たりそうだし、不釣り合いだし。
「いいから、着けてみて」
「でっ、では、お言葉に甘えて……」
強引に押しつけられるように、自分の首にかけてみる。
(えっ……?)
後ろの留め金を着けた次の瞬間。
「きゃあああっ!!」
ムーンストーンから光が弾けた。
目を刺すような鋭い光ではないけれど、それがパアッと広がり、膜のようになってあたしを包み込んでしまう。
眩しくって目を閉じたのは、ほんの一瞬。
次に目を開けた時。
「うえええええええっ!!」
悲鳴とも叫びともつかない声を上げてしまった。
だって。
「かっ、身体がっ、……ひっ、胸がっ、胸がぁっ! あわわわ、髪もっ?」
たいして膨らんでいない胸に下げられたはずのペンダントが、大きく出来た谷間に挟まっている。夜着がこれでもかってぐらいその下の胸に押し上げられている。驚くあたしの手は、透き通りそうなほど白く、針仕事も水仕事も知らないようにスラッと細い。うつむくあたしの顔を縁取る髪も、いつものゴワッとした冴えない砂色ではなく、絹糸のように艶やかなハニーブロンド。
これって、これって……。まさか。
「お嬢さま……」
目の前にいるお嬢さまと、ソックリ。まるで鏡に映したお嬢さまをここに連れ出してきたみたいに。
でも、これがあたしなのよ……ね?
「姿映しの魔法よ。わたくしが開発したの。それを身に着ければ、わたくしソックリの容姿になれるのよ」
「名づけて『モシ〇ス!!』」と、またお嬢さまは、意味不明な言葉を口にした。
「でね、リュリ、アナタにはその格好で、学園に登校してほしいの。わたくしの代わりに」
「ええっ? あたしが、ですかっ?」
「そ。わたくしは、このまま領地へ戻って、そこで行われている設定になってる不正を糺しに行くわ。それさえなんとかすれば、断罪されても処刑はないと思うから。で、その間、ずっと学園をお休みするわけにもいかないし。リュリ、ヨロシクね」
いやいやいやいや。
「むっ、無理ですっ! お嬢さまっ!」
「大丈夫よ。外見はそのペンダントでわからなくなってるし」
「でも、あたしに、お嬢さまの振る舞いは出来ませんっ!」
「それっぽくしていれば、大丈夫よ」
「お嬢さまみたいな魔法は使えませんよっ!」
「少しは、使えるんでしょ? だったら平気、平気」
「バレたら、どうするんですかぁ」
「バレなきゃいいのよ。そして、バレたら、その時はそのときよ」
「そんなぁ……」
どんどん涙目になるあたしに対して、お嬢さまは気楽に答える。
「このまま断罪されて、公爵家が没落するのを放っておけないの。公爵家が没落すれば、領民にも迷惑がかかるわ。お願いリュリ、協力してっ!」
パンッとお嬢さまが手を合わせる。幼いころから、何かを頼むの時にお嬢さまがする行動。
これをされると、あたしは言うことを聞かざるをえなくて……。
「……わかりました」
「ありがとうっ! リュリッ!」
両手を持って、うれしそうに上下にブンブンとふられた。
こういう時のお嬢さまのお顔。このお顔を見ていると、まあ仕方ないなあって気になっちゃうのよね。自分より3つも年上、今年18になられるというのに、カワイイって思てしまうんだもの。普段は、キリッと凛々しくあらせられるから、その落差がたまらない。
「じゃあ、さっそくだけど、リュリに身代わりをしてもらってる間に。わたくしは領地に一旦戻るわ。そこで、どうやら、魔法具の不正取引があるらしいの」
「魔法具の……ですか?」
魔法具は、今、あたしが身に着けたペンダントと同じ。魔法を使えない庶民に、魔法を使えるようにする道具。お嬢さまが考案したこのペンダントみたいなものもあれば、それこそ恐ろしい武器になるものもある。
「それだけじゃないわ。素材になる魔法石も取引されているらしいのよ」
「そんなっ、まさかっ!」
魔法具も魔法石も、貴重なものだから、神殿などで厳重に管理されているのでは? うっかりそんなものが悪用されたら、戦争どころの騒ぎではすまない。
「その取引にお父さまが関わっているっていう設定だから、わたくし、お父さまを止めてくるわ」
「グーパンチッ!」と、お嬢さまが見えない何かを殴りつけた。
にしても、あの公爵さまが? にわかには信じがたい。だって、普段の公爵さまは、キリッとしていらっしゃるけど、その中身は、娘であるお嬢さまにデレッデレのあま~いお父さまなんだもの。人も良くって、領民からも慕われてる、ちょっとのほほんとした公爵さま。とても悪事に手を染めているようには見えない。
「でも、お嬢さまお一人では危険ではありませんか?」
「大丈夫よ。イェルセンを連れていくわ」
「イェルセンさま……ですか?」
お嬢さまつきの執事。黒髪を丁寧に撫でつけた、鋭い目つきの冷たい感じの男性。実は、ちょっと苦手。
「彼も、このルートに関わるキャラだし。彼、このままじゃ、わたくしの破滅ルートに合わせて死んじゃうのよ」
「ひえええっ!」
苦手とか、そういうことを言ってる場合じゃない。死ぬって。かなり危険な状況なのでは?
「わたくしも彼を死なせたくないし、彼なら執事としても有能だから、捜索にも役立ってくれるでしょう」
「そっ、そうでございますわねっ!」
イェルセンさまが優秀なことは、あたしでも知っている。仕事上、関わることの多い彼から、何度もダメ出しされたし。それも、表情一つ変えずに、淡々と。
「善は急げ、鉄は熱いうちに打て、ね。さっそくだけど、わたくし、このまま領地に向かうわ。期限は三か月。卒業パーティ。それまでに戻ってくるから、リュリ、後のこと、よろしくね」
「あっ、はい! お嬢さまっ!」
「あ、あと、これがゲームについて書いたものよ。このルートで起こるイベントとか、このゲームの攻略キャラクター名とか、知ってる限りのことを記したから、参考に使って」
「あ、はい」
びっしりと文字が書き込まれたメモ紙を渡された。
「もし、この紙に書いたような出来事が起きたら、警戒して。一番危険なのは、ナディアード殿下と、アウリウスさまに関わるイベントだけど、それ以外が発生してもおかしくないから」
ざっとナナメ読みした紙にも、その二人の名前は記されていた。
「じゃあ、後は頼んだわ、リュリッ!」
ザアッと部屋のなかにつむじ風が巻き起こる。風は、お嬢さまの身を包んで渦を巻き、そして消えてゆく。
風の移動魔法。
「お嬢さま、どうかご無事で」
祈るような気分で、風を見送る。
公爵家が没落するのも、お嬢さまが処刑されるのも、どちらもあってはならない重大事件だ。公爵家が没落すれば、故郷の領民の皆さんも困ってしまう。孤児だったあたしを温かく迎え入れてくれた、公爵家とその領民の皆さん。彼らを、なんとしても守って欲しい。
お嬢さまが動くことで混乱を阻止できるなら。そのための身代わりをあたしが務めればいいのであれば……。
あ。
身代わり。
風が治まると同時に、あたしも冷静になって、今度は、徐々に青ざめアワアワと動揺する。
どうしようっ! あたし、お嬢さまの身代わりを演じなきゃいけないっ!
それもバレないように。
「で、出来るの?」
あたしなんかに。
返事も誰もない部屋で、一人意味もなくオタオタ、オロオロ歩き回る。
第二話です。
最近、「悪役令嬢」をもっと理解しようと、なろう内の作品をたくさん読ませていただいてます。皆さま、ホント面白いっ!! 頭クラクラしてるけど、つい読んじゃう!!
この間、実家に帰ったら、オカンが書籍化された作品を何冊か読んでた…。昔から、コバルト文庫とか読む人だったけど、まさか、なろう作品にまで手を出してるとは。それも悪役令嬢モノ。ち、血は争えないぜ……!? オタクの母は、やっぱりオタクだ。
これからもよろしくお願いします。