第1話 笑顔ほど、怖いものはない。
「きゃああああああっ!!」
絹を裂くような悲鳴。
「お嬢さまっ!」
その聞きなれない叫びに、あたしはウトウトし始めていた意識を叩き起こす。
珍しく学園を早退してきたお嬢さま。帰って来るなりずっと、食事すら召し上がらずに自室にこもられていたけれど。
「いやっ、そんなのっ!」
「うそっ、信じらんないっ!」
「えーっ、でも、だってっ……!」
お嬢さまの叫び? は、止まらない。ちょっとブツブツ言ったかと思えば、また叫ぶ。
何が起きてるの?
お嬢さまが、こんな夜遅くにあんなお声を上げるなんて。
あの、大っ嫌いなGでも出たのかしら。(お嬢さまは、あの黒くてカサコソ動く虫を「G」と呼ぶ)
それとも……。何?
「お嬢さまっ!」
想像もつかないままに、乱暴に扉を開ける。あたしの手にはさっきまで履いていた靴。
さあ、Gはどこっ?
「リュリィ……」
お嬢さまは、寝台の上。泣きそうなぐらいお顔を真っ赤にしてこちらをふり向く。
「お嬢さまっ、ご無事ですかっ?」
このリュリが来たからには、もう大丈夫ですよって……あれ?
お嬢さまの寝室は、いたって普通。Gの気配など、どこにもない。
「どうしよう、リュリ。わたくし、このままじゃあ、悪役令嬢、断罪コースだわ……」
代わりにあったのは、よくわからないお嬢さまの言葉。
――アクヤクレイジョウ?
――ダンザイコース?
ソレハ、イッタイナンデスカ?
首をかしげる私に、お嬢さまが言葉を続ける。
「この世界、私の知ってる『乙女ゲーム』なのよぉ」
――オトメゲェム?
あの、お嬢さま。お気は確かですか?
おっしゃってることが、欠片も理解できないんですが。
「あのね。わたくしも、先ほどハッキリと自覚したのだけど……」
前置きをしてから、お嬢さまが説明してくださった。
「今、わたくしたちのいる世界、ここは、わたくしが前世でプレイしてたゲームとソックリ、おんなじなのよ」
「ぷれい? げぇむ?」
「『蒼き瞳のアンジェリカ』。多分、そのシリーズの一つ、『君の瞳に恋してる』の世界なのよ」
な、なんですか? そのわけのわからない説明は。
「んー。そうねえ、例えて言うなら、リュリ、アナタが知っている物語の登場人物に、アナタが生まれ変わって、その世界で暮らしてるって想像してもらえればいいわ」
はあ。そんなこと起こるんですか?
物語を、知らないわけじゃないけれど、自分がその世界で生きて暮らすっていうのが理解しにくい。まあ、自分がこの主人公で、こんな素敵な王子さまに惚れられたらなって、想像はしたことあるけれど。でも、それは想像であって、実際にそこで暮らす、生きるのとはわけが違う。
「でね、ゲームにも物語が存在して。わたくしは、その中の『悪役令嬢』の立場なのよ」
「あくやくれいじょう……?」
お嬢さまがコクリと頷いた。
「そ。悪役令嬢。物語って、主役たちを困らせたりイジメたりする人物が必要となるでしょ? それが悪役令嬢。主役の女の子にイロイロとヒドいことをしたりする役目なの」
物語、特に恋愛ものだと、恋人たちを妨害する事件や人物が存在する。それが「あくやくれいじょう」なのだろうか。
「でね、悪役令嬢は、ゲーム終盤でその悪事から、断罪されるのよ」
断罪? えらく物騒な言葉が出てきた。
「でも、それなら、悪いことをしなければよいのでは?」
悪いことさえしなければ、主人公たちの邪魔さえしなければ良いのではないか。
「それがダメなのよ。たとえ、悪いことをしなくても、断罪は免れないの。そういう筋書きに合わせて、冤罪であっても断罪されるのよ」
「そんなっ……!」
あまりにメチャクチャではないか。悪いことをしなくても、そういう立場だから冤罪をかけられるの?
今まで、物語の主役たちに感情を移入して読んでいたけれど。これからは、そういう悪役に同情したくなる。
「でっ、では、なるべく主役たちに関わらない生き方をすればよろしいのでは?」
近くにいるから、冤罪でもなんでもふりかかるのではないか。我ながら、名案!
「それも、もうダメなの。もう遅いのよ。だって、わたくし、主役たちに出会ってしまって、物語にバッチリ巻き込まれているもの。手遅れだわ」
「うえええっ。そっ、そんなあ……」
「今、王立学園に途中編入してきた子がいるの、知ってる?」
「えっ? ああ、あの有名な聖女さまですよね。地方の孤児院育ちで、実はスッゴイ魔力の持ち主で、伯爵令嬢だったっていう」
赤子の頃に人さらいにあって、どういうわけか孤児院で育った令嬢。触れた者の病や怪我を治す、治癒魔法の発現で、聖女の再来として神殿に認められ、なおかつ、身元も判明し、今は伯爵の娘として、学園に通うようになった少女。
そんな、夢物語みたいなこともあるんだなあ。
同じ親なし子として、ちょっとだけ境遇が似ていたから、「実は……で」の部分に驚き、よく覚えていた。自分にも、そうやって両親が名乗り出てくれたらいい……なんて、思ったことは内緒のしょである。
「その聖女ミサキが、この世界のヒロイン。主役なのよ」
あたしの思いに気づかないまま、お嬢さまは話を続けた。
「ゲームでは、プレイヤーは彼女になって、学園内外にいる男性とラブラブになるように行動するの。物語的に、全員を墜とすことは無理だけど、それでも誰か一人は、必ず墜とされるわ」
「げぇむ」、「ぷれいやぁ」、「らぶらぶ」。そして、「墜とす」。
よくわからない単語と、物騒な言葉が出てきた。
「で、わたくしは、卒業パーティで、婚約破棄、断罪、悪事暴露、処刑という、コンボを決められて死ぬか、よくて身分剥奪のうえ、国外追放、もしくは修道院送りにされてしまうのよ」
「うえっ、卒業パーティって言えば、あと三か月しかありませんよ?」
先日、そのパーティ用にドレスを新調したばかりだ。
「そう、そうなのよ。あと三か月。あと三か月もすれば、わたくし断罪されて処刑されるのよぉっ!」
「お嬢さまっ!」
その灰紫のキレイな目にブワッと涙があふれ、こぼれ落ちる。
正直、よくわからない。理解はイマイチ。
だけど、お嬢さまを泣かせておくわけにはいかない。
「大丈夫です、まだ三か月もあります。あたしが、このリュリがついておりますっ!」
「……リュリ」
「三か月もあるんでしょう? でしたら、何かしらの対策はとれるはずです。難しいかもしれませんが、あきらめてはダメですよ」
断罪、処刑なんてお嬢さまの妄想だと思う。だって、そんな理不尽なこと実際に起きるはずがないじゃない。だって、お嬢さまはこの国の筆頭貴族、カルティミラル公爵家の一人娘で、王太子殿下の婚約者なんだから。
「だけど、あの子は、かなり物語を進めてきてるわ。多分、今、第三章あたりで……、おそらくターゲットは、……と、……かしら。うん、ここであのイベント起きてたし、間違いないわ」
またお嬢さまがブツブツと呟き始めた。
顎に手を当て、なにやら思案している。
「だとしたら、わたくしに待ち受けているのは、やはり断罪、処刑エンドで。としたら、その理由が、アレでしょ? ということは、待って。お父さまたちもマズい……わよね」
何が? と、口を挟む余裕はない。
お嬢さまが、一点を見つめたまま話すのを止めた。
「……ねえ、リュリ」
かなりの時間費やしてから、お嬢さまが口を開いた。
「アナタ、協力してくれるわよね?」
え? もちろん……ですけど。
なんですか、その笑顔。
少し、怖いです。お嬢さま。
こんにちわ、こんばんわ。
若松だんごです。
乙女ゲーム×学園モノ×悪役令嬢×身代わり×侍女。ちょっとだけ逆ハーレム(っぽい)
七人の攻略対象者と、身代わり侍女。
リュリの設定は15歳で153㎝と、ややおチビちゃんに作ってます。
一生懸命だけど泣き虫な侍女、リュリ。彼女が、大好きなお嬢さまのために必死な姿を楽しんでいただけたらいいなあと思ってます。
起承転結の「結」は決まっているけど、途中がいきあたりばったりなので、リュリ共々「頑張れっ!!」と励ましていただけると幸いです。
これからもよろしくお願いします。