にしょう
食事後、ミーコに宿を案内してもらい分かれた。遅くなってしまったので夕食は頼んでいない。お湯も一杯貰い体を拭いたのでいつでも寝ることができる。
次にミーコが待つに来る用があるのは三日後だそうだ。だが、いつでも神社に来てもいいと言っていたので暇を持て余したら行くことにしよう。宿は、お金もあったので少し良いところのものに泊まれた。火熊様様である。部屋の中で荷物の確認をする。マントを借りたままにしてしまったので、ミーコに新しいマントを買ってやれば喜ぶだろうか。
「たのもーーーー!」
いきなり大きな声がしたと思ったら、ドアを優しく叩く音が聞こえた。昼間に変な奴に絡まれたので、中から叩き返し一応確認をする。
「すいません、誰ですか。」
「これは失礼。昼間にギルドで見かけて、火熊を倒したと聞いたのでな。ギルド長に火熊を見せてもらったら見事な熊だったものでついつい話したくなってしまったのだよ。」
落ち着いた声で説明をされる。
「すいません、意図じゃなくて名前もお願いしてもよろしいですか。」
「これはこれはすまぬ。某、ワサビと申すもの。よろしければ食堂で話さぬか。つまみは某が用意しよう。」
「自分は、創だ。すぐに行くよ。」
「待っておるぞ。」
ワサビはそのまま食堂に行ったようでそれきり物音がなくなった。呼ばれてしまったので、そのままの服装で出ていく。
食堂には小柄で華奢な体つきの袴姿の女性が座っていた。
「おお、来てくださったのか。遅くに申し訳ない。」
「まあ、自分もこの街に知り合いがいなくて寂しかったところだから、ありがたいよ。」
「この街に来たばかりで?某も半年ほど前に来たところでござるよ。」
多分ワサビが来たのは、今いる街から見て、火山の反対側にある里であろう。
「カスミ里出身なのですか。」
「おお、知っておられるのですか。黒い髪でそれを知っているとはもしかして、同郷であったり。こちらをどうぞ。某の手製でござる。」
ワサビが差し出してきた夜食はドライフルーツであった。
「いえ、僕は何かよく分からないけれども起きたら火熊の居る森に居たのですよ。これは、珍しいけどおいしいですね。」
ぐいぐい質問を飛ばしてくる。このくらいなら社交辞令だろう。ドライフルーツはリンゴのようなものや、根菜のようなものであったがおいしい。
「深くは聞きませぬ。蛇足でしたな。では、本題に入るでござるよ。どうやって火熊を倒したのですか。」
「具体的には言えませんが、流れで倒しました。必死だったので覚えていないんですよ。」
ワサビは納得だという顔をして頷く。
「無我の境地というわけですな。その境地にたどり着いているとは流石でござる。某も精進しなくては。」
「多分勘違いしていますけど本当にギリギリでしたからね。無我の境地とかわかりませんから。」
ワサビは驚いた様子で言う。ああ、絶対勘違いされたなと思う。
「無我の境地に入るまでもないと。某の無力さが身に沁みますな。普段の修業は何をしておられるのですか。」
これ以上誤解されても困るので話が変わるのはありがたい。
「部屋の中で箱庭を創ったり、勉強をしたりかな。特別何かしてないよ。」
インドア系の学生なので、外で運動をしたりなどはしていなかった。
「それは、何をおつくりになっているので。」
「世界を。勉強は植物を。」
まあ、大体あっている。
「ほうほう。自分にもできますかな。もしよろしければ教えていただきたい。勉学もやらなければならぬのは頭が痛い話だがやらなければ熊を倒せないのならやりまする。」
箱庭の仲間が増えそうだ。
「勉学は無理ですが、箱庭仲間ならなりますよ。」
「おお、それはありがたい。早速、お願いしたいのだが何か用意は必要か。」
沼にはめ込もう。
「じゃあ、明日買いに行きましょうか。」
「明日ですな。」
「ええ、私も買い物をする予定なので案内を頼もうかと思うのですがいいですか。」
「御意に。」
「じゃあ、また明日会おうか。おやすみなさい。」
こちらに頭を下げ続けるワサビを見てから部屋に戻った。
次の日、日が昇ってから起きて食堂に行くと、すでに準備が終わっているワサビが居た。そういえば昨日、時間を約束していなかったから悪いことをしたなと思い謝る。
「すいません、時間の約束をするのを忘れていました。」
「いや、それを言わなかった自分の落ち度でござるよ。つい舞い上がってしまって、これから朝餉を頂くのでしたら、某も共に食べてよろしゅうございますか。」
昨日も思ったが、妙にワサビの言葉遣いが堅い。
「そこまで敬語でかためなくてもいいよ。怒らないからさ。仲間だろ。箱庭の。」
急に泣き顔になるワサビ。どこか地雷を踏み抜いたか。さてどうしようか。
「本当によいのでござるか。」
「気にしなくてもいいのよ。これからも関わりあいそうなんだからさ。」
「感動でござる。里を出て一年。やっと仲間ができたでござるぅ。」
感涙のワサビに話を聞くとどうやら、街に来てからはギルドと宿と、魔物討伐のルーティーンで誰とも関わることがなかったようだ。社会から隔離されている点でニート状態とほぼ同じだったのだろうか。
「ほらほら、泣き止んでくれよ。これあげるからさ。」
昨日の残り湯で洗ったタオルをワサビに渡す。
暫くして泣き止むと、やっと朝飯を食べることができた。スープは冷えパンは(もともと)硬かったが、笑顔で食べるワサビを見ると、不思議と手が進んだ。
「ごちそうさまでした。」
「ごちそうさま。」
食事はすぐに終わってしまったので、部屋に戻り荷物を集めチックアウトをする。
「おお、戻ってきたでござるか。」
「ああ、待たせたな。じゃあ行こうか。」
日が出るまで寝ていたこともあり、街は既に活気にあふれていた。
「さて、いろいろ買うぞー。」
「お手伝いしまする。まずは何を買うでござるか。」
買うものは沢山ある。背嚢、マント、防具、薬草、箱庭の枠、お菓子だ。
「じゃあまずは背嚢からかな。物が持ち運びづらいから。」
「おお、それに石を入れて修行するのでござるか。なるほど。日々の鍛錬からですな。」
「いや、自分弱いからね。念を押しておくけど、スライムより弱い自信あるよ。」
「またまたそんな戯言を。」
これは、勘違いは直らないな。
背嚢は服屋に売っているらしい。ワサビは風呂敷に必要なものを入れているらしく、かなりコンパクトだ。しかし自分は荷物がそこまで少なくないので少し大きめの物を買う。
「それにしてもお主のその服は目立つ。ここで一着買ってみてはどうでござるか。」
「そうだな、お金もあるから買っておこうか。」
基本的に街の人々は結構おしゃれな服を着ている。自分は黒いジーパンにシャツ一枚だ。派手ではないが浮いている。Yシャツはびりびりに引き裂いたので捨てた。
ズボンと肌着、上着を買った。1セット買っただけであったが1大金貨なくなったので驚きだ。
「おお、なかなか。強そうじゃの。」
「そう言ってくれるならうれしいよ。これで買った甲斐がったってもんだ。」
次は薬草を買いにエマ婆の所に行った。目をつけていた薬草のすべてが買えた。薬草、魔力草、毒草、青くて辛い草と物凄く苦い草だ。青い草は粉末の物もあったのでついでに買っておく。名前は付けてないものもあるがが効能などは多分、箱庭を創った時と変わらないだろう。
「婆さん、これをくれ。」
「あいよ、小金貨三枚ね。」
かなり沢山買ったのでこのくらいが妥当だろう。
「あっちの剣士さんは誰だい。」
「ああ、昨日宿に来たんだよ。なんでも倒した火熊を見たんだとよ。今は案内をお願いしているところだ。」
「そういう事かい。女をとっかえひっかえして遊んでいたなら、はっ倒すところだったがね。」
「まさか。そんなことないですよ。」
「そうならいいんだがね。また買っとくれ。」
エマ婆とは、長い付き合いになりそうだ。店を出て外で待っているワサビに買い物が終わったことを伝える。
「あとはマントと防具でござるな。防具屋で買えるはずでござる。」
「お菓子も忘れないでくれ。」
「そうでござった。」
防具屋は、ギルドの近くに建っていた。途中で赤フンマッチョな人に声をかけられた以外は何もなかった。赤フンさんはマッソという名前だそうで、火熊を倒したことを称賛していた。後、逆三角形と叫びながらポージングしているのが印象に残っている。巨大な威圧感のある風貌であったが実際は良い人そうでギャップに驚いた。
「熱い人だね。」
「ああ、綺麗な肉体であったな。今度、どうやって鍛えているか聞くでござる。」
脳筋かな。でも、ここまで強くなることを考えているのは、すがすがしくていい。
「それで、ここが防具屋だと。もし、よかったら防具を見繕ってくれないか。」
赤フンさんと話していたら、いつの間にか防具屋にたどり着いていた。店の中でワサビに着やすい鎧について話す。
「すまぬが、金属の鎧は鎖帷子以外着たことがなくて分からないでござる。革の物の紹介しかできないがよいか。」
むしろ重くて動きが阻害されるものよりも、軽くて動きやすいものの方が自分には向いているだろう。それに金属鎧はきっと高いしサイズが合うものがあるかわからない。
「ああ、実は革の動きやすい鎧が欲しかったんだよ。ほら、金属鎧って移動が大変そうじゃないか。肩が凝って仕方がなさそうだし。」
「適所適材というものでござるな。下に鎖帷子を着れば急所以外も守れるのでそれにするでござる。」
防具の説明になると急に真剣になるワサビだ。
「それがいいかもしれないな。」
脛あて、左右非対称で半身を取ることが前提の胸当て、鎖帷子、手甲を選ぶ。シャベルを持って突撃することを考えてこの格好に落ち着いた。ついでにスリングショットも売っていたので買うことにした。試着をすると慣れないがしっくり来たのでこれを買うのが良いだろう。
「どうだ、かっこいいかな。」
「創殿、格好良さではありませぬ。質実剛健を求めなされ。某は命を預ける道具を選んだ次第。」
質問がおかしかったようだ。それならばと防具に求めるものを聞く。
「じゃあ質問を変えよう。これで身は守れるかな。」
「そもそも、突撃で軽装鎧というのは些か不自然。だが、急所は守れているので最低限はこれで良いでござるよ。」
中世ヨーロッパの騎士もゴリゴリの鎧で突撃していたことを思い出す。
「あとはマントかな。これは二枚か。」
ミーコへのプレゼントと自分用だ。
「それは分かりませぬな。某は蓑と笠しか使わない故。」
「そうか、それなら仕方ないな。適当に選ぶよ。また買えばいいし。」
どうせすぐに破れるだろう。二人でどれがいいか候補を挙げて選んでいると下の方から声がかけられる。
「この間のお兄ちゃんどうしたの。ミーコお姉ちゃんは無事なの?」
下を見るとマリがいた。
「ああ、傷はあったが何とか街まで来ることができたぞ。もしあの時、言ってくれなかったら見捨ててしまっていたな。本当にありがとう。所で何故ここにいるんだい。子供がいる場所じゃないだろう。」
「また、お姉ちゃんに謝っておかないとだね。それと私、ここの店の娘なの。防具に関しての説明はまだしちゃだめって言われてるけどマントはしていいから説明しようか。迷っていたようだし。」
「次はないだろうからな。ちゃんと謝っておけよ。ワサビ、説明を聞いてからもう一回選ばないか。」
「それがいいと思うな。生兵法は怪我のもととよく言われておるからな。」
一度、選んだマントは棚に戻された。
「こっちはね、ただ色のついただけの布で、こっちは油が、、、、、、、、、」
一つずつ説明をされていく。ミーコの物は黒で油をしみつかせておいてなく、ボタンで変形できるものであったので似たようなものを買おうとしたところマリから止められる。
「こんなのじゃ、ミーコお姉ちゃんが気に入らないわよ。それよりもこっちの青い奴の方にしなさい。お姉ちゃんの奴は洗えばまた使えるはずよ。」
値札を見ると他の物よりも一桁高い。
「このマント名前はヴィブールというのよ。高いけど丈夫だし、幻惑の効果が付いているわ。前回のマントとこのマントで迷っていたからこれを買えばイチコロよ。」
「しかし、高いと思うでござる。子供とは言え商売人でござるな。」
「とりあえず、キープしておくよ。予算の中に入れば買うから。所で防具とかにも何か効果が付いていたりするのか?」
「お兄さん何言ってるの。少し高級な装備にはついているよ。あなたが装着しているものにはついていないけどね。お姉さんのその刀には何かついているんじゃないの。」
マリはワサビの刀を指で指示して言う。ワサビは刀の柄頭を撫でながら自慢するように言う。
「ああ。これには三つついているでござる。かなりの一品で一番のお気に入りだった故、里から持ってきたでござるよ。」
「へー。すごいんだね。」
「褒められると照れるでござる。脇差も一つついているでござるよ。この二刀で最強になるのが某の夢。精進するなり。」
「ね。ついてるでしょう。だから、安全を取るにしても上を目指すにしても付与された装備があるに越したことがないのよ。」
「僕のマントでおすすめはあるかな。できれば目立たなくなるような奴がいいんだけど。勿論、防水のもので。」
求める理想が高いが、魔法の力が防具に働いているのなら可能であろう。
「まあ、油をしみこませたのはこっちだからこれから好きな色の奴を選べばいいと思うわ。」
ミーコと自分の扱いの差が激しい。だが、最初に目についていた緑色のポンチョっぽいマントもマリの言うこれらの中に入っていたため、買うことにした。
「手痛い出費だよ。マリ。」
「会計ね。お父さん、この人が街の外から運んでくれた人。安くしてあげてね。そうでなきゃ、もうお店の手伝いなんかしないんだから。」
「こら、マリ。あれは勝手に着いて行ったお前が悪いんだろう。反省していないのなら、また尻を叩くぞ。それはそうと、あなた方でしたか。マリを助けてくれたのは。親として感謝します。」
「いえ、某は創殿の案内をしているだけ。昨日の当事者は創殿ともう一人、だれであったかな。」
「ミーコのおかげです。僕も無謀なことばかりしていましたから。感謝をするならミーコです。」
ミーコが居なかったら自分は今頃熊の腹の中で溶けていることだろう。
「まあ、私たちから見たらどちらも変わらないですよ。本当にありがとうございます。お礼としてこっちの緑色のマントはまけておきます。」
「そんなにまけていただいてもいいんですか。」
「ええ、これからもご贔屓していただければ。本当にありがとうございました。」
そこまで高くないとはいえなかなかいい値段のするマントを素直に貰う。本当にありがたいことだ。店から出るとき、マリが親父さんに怒られている声が聞こえたが関係のない話だ。
「これから、ワサビが楽しみにしていた箱庭の材料を買いに行こうか。」
「楽しみですぞ。何が必要になるのでござるか。」
自分は枠組みを買ってその制限の中で庭を作っていた。本当に基本的なものだからワサビもすぐになじんでくれるだろうと考え、桶屋に案内してもらう。
「まず入れ物かな。桶屋に行こうか。他は、拾ったり作ったり買ったりして集めるのが楽しくてしょうがないんだ。」
「ほうほう。創殿は工作も得意と。色々なことができるのですな。某も精進するでござるよ。」
「別に趣味として楽しんでくれればいいんだからね。なんか、年配の殿様とか盆栽を楽しんでなかった?」
「ええ。領内の年貢をたくさんつぎ込んでいたでござる。あんな領主なんていなくなってしまえばいいでござるよ。」
盆栽というと急に愚痴のような口調でボソボソ言い出した。箱庭と盆栽は似たものなので例として出したが愚策だったようだった。
「ま、まあそれだけ楽しいのかもしれないし。とにかく、箱庭は楽しんでやること。いいね。」
趣味でやるのだから楽しまなければ損なので、ワサビにそう伝える。
「分かったでござるよ。箱庭ができたら見せ合いでもしてほしいのですが。」
自分は今までに作った箱庭を家族以外の誰にも見せたことはない。あえて言うのならこの自分がいる地が箱庭なのでワサビに最高傑作の作を見せているが特殊すぎるだろう。それにしても見せ合いっこか。自分の作品が他人から見てどんなものになるか、聞いてみたいが恥ずかしい。どうしようか。でも、人の作品も見れるのならいいか。
「分かったよ。出来たらお互いに見せ合いっこしようか。それまでは隠しておくね。」
「頑張るでござる。それでここが桶屋でござる。」
桶屋には風呂サイズの桶から井戸の桶まで様々な桶が置いてある。
「桶の中に箱庭を作ろうと思うんだけど、好きな桶を持ってきてくれないか。自分もこっちで見てるからさ。」
いったそばからワサビは桶屋の中に入っていった。ずいぶんと楽しみにしていたようだ。自分も気づいたら桶を他の中に入れている。人のことは言えなかった。
寿司桶っぽい桶、細長い竹の桶、様々な桶を見て回っていると、ワサビが気に入った桶があると言って持ってきた。手持ちのある丸い桶であった。水張桶という名前だったはずだ。
「某はこれに決めたでござるよ。持ち歩ける庭なんて素晴らしいでござる。きっと誰も持っていないでござるよ。」
確かに誰も持っていなさそうだ。自分もそれは思いつかなかった。
「それは僕も思いつかなかったよ。新しい考えだね。楽しそうだと思う。」
「そうであろうそうであろう。」
ワサビは鼻が高いようでフンスと息を吐いていた。
「所で創殿はどんな桶にしたのでござるか?」
興味ありげに僕の持つ桶を見てくる。
「口が大きめで深めの桶にしたよ。」
いわゆる半切桶というものだ。外側には竹が巻き付けてあり桶がばらけないようになっている。中に庭を作るには作りやすいサイズのもので、色もこげ茶でしっくり来たからこれを選択した。
「中々渋い桶でござるな。それは中に物を配置しやすそうでござるな。」
基本こそ王道だ。そういったポリシーにも合う。完璧だ。
「じゃあ、お金を払ってくるよ。桶を借りるね。」
「あっ。」
確か、カスミ里の人たちは武士らしく設定したので誇りに傷をつけられることをとんでもなく嫌う。払うよ、と言っても自分で何とか工面するので奪い取って買ってから渡した方が楽だ。すぐさま、精算所に駆けこむ。
「親父さん、この二つでいくらだ。」
「まいど。小金貨1枚と大銀貨5枚か。おまけして、大銀貨は3枚でいいよ。」
「ありがとう。」
きっとワサビはこのおまけも断るだろう。それほどまでにカスミ里は悪く言えば見栄っ張りだ。
「この桶は、僕が買った。だから、プレゼントだ。返すよ。」
「ええ、悪いでござるよ。それに情けは要らぬ。渡すというのなら創殿といえど怒るぞ。」
きっと、ワサビはこうでもしないと自分でお金を払って桶を手に入れていただろう。
「いいや、情けではないさ。箱庭仲間の誕生を祝してこれを送らせてほしいのだよ。これなら情けじゃないだろ。」
「そういわれると返す言葉がないでござるよ。本当に貰ってもいいので?」
憶測ばかりだが、多分ワサビは友達から物を貰ったことがないのだと思う。ガラスの向こう側のおもちゃを見る目をしている。
「いいよ。君の箱庭生活を祝して。」
「魂にするでござるよ。」
水張桶を受け取ったワサビは水張桶を抱きしめている。相当嬉しいようだ。
「カスミ里の剣士って刀が魂じゃなかったの。」
「むう、意地が悪いですな。では二つ目の魂ということにしておきますぞ。」
「そう簡単に魂を増やしてもいいのか...そうなると僕の魂は何個になるんだ。」
自分の場合、箱庭は作ったら保存するので自分の魂は何個あるのだろうかと思い出す。
「創殿は沢山、魂があるのですな。これは強そうでござる。早く自分も魂が増えないか楽しみでござる。」
尊敬するような目線で見られて少し罪悪感が刺激される。箱庭を作っただけで尊敬されても、ねぇ。でもまあ、悪い気はしない。
「やっと二桁っていうところだけどな。中々作りこんじゃって完成しないんだよ。」
「魂は数ではなく質も大事でござるからな。」
店を出る。桶屋の店長が犬も食わんという顔をしていたが誤解だ。
「じゃあ、今日はここらへんで別れようか。ミーコの所に行きたいんだよ。」
時計を見ると四時を指しているが太陽は頂点にあるので時計は頼りにならない。
「例の、火熊の共同戦功者ですな。某もついて行ってもよろしいでござるか。」
「出来たらまた道案内をしてくれると嬉しいんだけれども。」
「むしろ、させていただきたく思うでござる。神社に行くのは簡単なのですが神従に会うのは畏れ多くてなかなかできないのでござる。」
まあ、確かにミーコが街を歩くと合掌をされたりお辞儀をされていて中々声をかけづらい。それなら声をかけられる人間と一緒に行った方がいいというのも分かる。
「じゃあ、食事をして手土産を買ってから行こうか。」
「お願いするでござるよ。」
昼食もワサビに案内してもらった。ギルド前の市場で適当なものを買って食べる。サンドウィッチがおすすめだそうだ。いつも野外に持って行っているらしい。ついでにミーコへの手土産と夕飯用の黒パンも買えたので上々だ。
行儀は悪いがミーコの居る神社まで食べ歩きをする。
「街を出て山間の中腹にあるんだっけ。」
リコスの街は北側を山に囲まれ南側は畑などが広がる草原だ。東側の山の中に神社があり、西側に川がある。
「そうでござる。途中の階段は中々にきついぞ。だから軽食にしたのでござる。」
街の門は東西南北に一つずつある。前回、街の中に入った門は北側で出入りだけ出来て整備された道はない。他の門は整備された道があるので、迷うこともないだろう。
「それはありがたいよ。」
東の門に着くころには手の中からサンドウィッチがなくなっていた。
「冒険者ワサビでござる。街の外に出たいのであるが。」
ワサビは門にいる記録簿を持った門番に話しかける。
「へーい。記録しておきますね。もう一人は誰ですか。」
やる気のない声で門番が応え、帳簿に記載する。
「一般人の創です。通ります。」
「火熊は討伐されたらしいが危険だからな。気を付けて行って来いよ。」
やる気はないが、しっかり注意はしてくれるんだ。
「戻らないと俺たちが確認しなきゃならないからな。面倒くさいことこの上ない。」
もっと面倒なことになるから注意しているのかと再認識する。
「はい、ちゃんと気を付けて行ってきます。」
「おうよ、行って来い。」
街を出て森に沿うように生えている道沿いを進み、途中にある横道に入って直進をする。炎天下の中歩くのは中々に大変だ。道沿いの用水路でワサビが手ぬぐいを半分に割き、濡らして渡してくれたので快適に進めた。
「創殿、お暑いのでこれをどうぞ。」
「これはずいぶんと可愛いものを。破いちゃってよかったの?」
渡してくれた手ぬぐいは桜色に染めており、普段の性格からは考えられないようなものだ。
「か、可愛い?創殿はそう思われるのか。あと、手ぬぐいは破けるような素材故こうやって使うのに向いているのでござる。」
「うん、普段の様子とギャップがあってね。チラリズムを感じる。」
「ちらりずむがどういったものであるかはわからぬが、そうか、可愛いのであるか。うんうん。さて、行くでござるよ。」
急に、上機嫌になったワサビが照れ隠すように道を直進していった。自分は手ぬぐいを額に巻いて置いて行かれないように追いかけたのであった。
階段では途中に休憩をはさんだものの何とか、登り切った。ワサビは自分が昇るのが遅かったのか、自分と神社を走って往復していた。体力が尋常じゃない。
「やっと鳥居か。疲れたなぁ。手ぬぐいはありがとう。今返しておこうか?」
「お疲れ様でござる。手ぬぐいはまだいくつかあるのでそのままもらっておいてくだされ。」
「ありがとう。助かったよ。」
階段の途中から植生が変わり、イチョウやモミジなど、燃えにくそうな木が生えている。そのどれもが周りの森とは一線を画す高さで、立派な並木であった。山火事にあってもこの辺りは大丈夫そうだ。
鳥居の向こうは道は石造りで他は砂利が敷き詰められている。また池や手水なども配置したとおりである。落ち葉はしっかりと掃除され境内の一角にうず高く山にしてある。ミーコは、神社の管理をしっかりとしているようだ。
「先に失礼のないように神様に挨拶をして行こうか。」
「そうであるな。手水で手を洗ってからガラガラするでござる。」
二人で手水の水を使い清め、本殿に見える建物の鈴をガラガラ鳴らす。何かの縁で箱庭の中に来て、何かの縁で火熊を食べた。色々なものに感謝をしながらお賽銭も賽銭箱の中に入れる。今日は気分がいいので小金貨を一枚にしておいた。ワサビはしばらくの間、小銀貨か大銀貨を入れるか困っていたが、「さらば、生活費。」といいつつ大金貨を入れていた。
お参りが終わると一息をつく。
「じゃあ、ミーコに会ってくる。ミーコに会いたいんだっけ?」
自分がワサビに目的を聞くとちょっと遠慮するような態度で答えた。
「初対面で会うのが少し不安でござるから某は池にいるでござる。中々、風流で涼めそうであるからな。もし、何かあったら呼ばれたら駆けつける故。」
一緒に行くことを断られた。人見知りかっと思う。まあ散々会いたがっていたが、池を誉めてくれたので許そう。この池はレジンの中に魚の模型を沈めたり、橋を手作りで作ったりと中々苦労をして作ったものだからだ。多分その魚も池にいるようだから夕飯用に買ったパンをワサビに渡し餌やりするように言っておく。
「じゃあ、裏に行ってくるよ。」
手を振ってワサビから離れる。
「パンはかたじけのうございます。では、また後で会うでござる。」
ワサビと別れ本殿の裏に行く。そこには神職用の館が一軒、用意されている。本殿の角を曲がると外に面した廊下が見える。ミーコの姿は見えないが何やら黒い塊が蠢いているのが見える。たしか、あれは封印されているはずの御神体だろう。なんであそこにいるのかと見ていると、急に触手を出し手招きと共に邪悪っぽそうな声を発する。
「〇‣×◇1<‘*_>_*」
何を言っているかはわからないが、呼んでいるのだろう。邪悪そうだが邪悪じゃないことを思い出して近寄る。
「こ、こんにちは。触手さん。」
だが、何を言っているかも不明でおぞましい見た目をしているのでどうしても敬語になってしまう。
「+{?>‘{、、、、おっと、こちらの言葉は通じないんだったな。これは失敬失敬。ワタシこの神社に祀られていたイオドという者。貴方様はこの箱庭の創造主様ですね。ああ、お待ちしておりました。お待ちしておりました。箱庭の完成を迎えてから早いもので、、、、」「あの、すいません。」
話が長くなるので遮るようにしゃべる。
「ああ、はい、私としたことが。隣にどうぞ。」
イオドの隣に座る。風通しのいい縁側だ。
「あまり人と会わないものでついつい話し込んでしまうのですよ。娘からあなたの事は聞いていますよ。ずいぶんと危険なことをして。だが、娘を助けたことはお礼を言うべきですね。箱庭を作っていた時とは男らしさが違いますよ。」
ミーコは、父?に色々と話していたらしい。所で何で外にいるんだろうか。
「ミーコに怪我をさせてすいません。」
「いえいえ、頭を下げないでください。火熊と会って生きて帰っているだけでも奇跡なんですから。」
この触手、思ったより紳士だ。
「所で何故、封印が外れて外にいるんですか?結構、雁字搦めな設定にしていたはずなのですが。」
「ええ、最初は出ようとしていましたが出れる気配が全くしなかったのであきらめて寝ていることにしたのですが、ミーコの母に開けられてですね。」
ミーコの母である、メーラは好奇心旺盛だったはずだ。なるほど。分かってきた気がする。
「メーラですか。好奇心旺盛だったはずでしたが、まさか開けたら大変なことになりそうな封印を開けるなんて思いもしませんでしたよ。彼女は今どうしているのですか。」
イオドは自身に生えている触手の一本を猫の手招きのようなしぐさをしながら答えた。
「十年前にぽっくりと。彼女は触手である自分とつがって娘を授かりました。ミーコですが。今は神社の業務も彼女に頼りきりです。」
ああ、メーラはもういないのか。心に小さな虚脱感を感じる。それを紛らわすようにため息をつく。
「ふぅー、、、、。なんだか寂しいな。」
遠い目で空を見る。
「そうですね。創さんが作った箱庭とはもう別物ですからねぇ。ひとまず見回ってみたらどうでしょう。何かピンとくるものがあるかもしれませんよ。」
「それもいいかもしれませんねぇ。はぁ。」
ため息をつきつつも次に何をしようかと思案を巡らす。仕方のないことは仕方がないと割り切るのが一番だ。
「ッアーーーーーー!」
突如、縁側に続く廊下から叫び声が上がる。そちらの方を見るとミーコがいた。
「あっ今日来るなんて準備してないどうしようどうしよう、、、、、。」
足元に落ちているのは洗濯物だろうか。ミーコは両手で自分の耳を掴み顔を隠していた。若干震えている。
「創君が来ていたからお話ししていたぞ。」
洗濯物の手伝いをしようとしたが、この家に住む着衣をつける者はミーコだけなので踏みとどまる。
「お邪魔しています。洗濯物は、手伝わない方がいいよね。」
ミーコは左手で顔を隠したまま、右手のひらをこちらに向けて言う。服装は紅白の巫女服の上に割烹着だ。
「ごめんなさい。準備ができてないです。お菓子も出しますから少し待ってて。お父さん、なんで教えてくれないの。準備ができなかったじゃない。」
「いや、さっき来たばかりでな。もう少ししたら呼んでやろうと思っていたんだよ。」
「ごめんね、急にお邪魔しちゃって。迷惑だったら帰るよ。」
「迷惑じゃないですから少し待っていてください。準備もすぐしちゃいますから。」
その後、ミーコは洗濯物を慌てて拾い縁側を通って消えた。
「あの娘は私とメーラの娘でな。普通ではないけど普通の女の子だから優しくしてやってくれ。私はお菓子を貰ったら、部屋に入るよ。」
何やら矛盾している。というか、どうやってお菓子を食べるのだろうか。そっちの方が気になる。
「ええ。分かりました。所でその体でどうやって食べるんですか。口とか見当たりませんが。」
「まあ、それは追々。じゃあ私はミーコが来たから行くよ。」
イオドはミーコから受け取った湯飲みと懐紙に載せたお菓子を器用に触手で持ちながら這いずって家の奥に入っていった。自分が創ったながら謎だ。
「ごめんなさい。待った?」
謎な動きで消えていったイオドの方を向いていると視覚の外から声がかかる。
「いいや、こちらこそ何も言わずに急に来てしまって悪かったね。」
「いいえ、私がいつでも来てって言ったから。来てくれてうれしい。」
ミーコはしゃべりながらお盆に載せたお菓子を差し出してくる。尻尾はゆっくり揺れている。黒っぽいゼリー状の皮の中に黒いものが入っている。黒いのはあんこだろう。
「山でとった草を乾燥させて粉にして皮にしたの。中身は街で買ったあんこだけどどうかな。口に合えばうれしいんだけど。」
水まんじゅうのようなものなのだろうか。プルプルしていて涼しげだ。観察していると茶を入れ終わったミーコから食べないのか聞かれる。
「綺麗なお菓子で見惚れてたんだよ。今から食べるね。」
お盆の上にある楊枝で切って口に入れる。ミーコはどんな反応をするのか見たいようでこちらを見ている。口に入れるとひんやりし、甘さが感じ取れる。
「おいしいよ。気が休まる。」
ミーコはほっとしたような顔でお茶を差し出す。尻尾が先ほどよりも早く揺れているので気分が高ぶっているのだろう。
「お茶もどうぞ。今日は暑いから冷えた緑茶だけれども。」
「ありがとう。気が利いてて嬉しいよ。」
ミーコも、縁側に座り自分のお菓子を食べ始める。
「そういえば、この間はありがとう。お礼にマントを買ってきたから受け取ってくれると嬉しいな。」
お菓子を食べているミーコを見つつ背嚢の中から青いマントを出す。
「これ、なんかよくわからないけど幻惑のエンチャントが付いているらしいんだ。あと名前はウィーブルっていうらしい。」
湯飲みを持ちながらミーコが言う。
「こんな高級品貰えない。」
「ミーコのために買ったんだよ。それにこの間ミーコのマントを中に入れた熊で使えなくしちゃったから。」
そう言って湯飲みを下ろして断ろうとするミーコに押し付ける。
「そんなに言うならいただきます。来てくれるだけでもうれしいのにこんな物までくれて。」
断れないことを悟ったミーコは素直にウィーブルを受け取ってくれた。
「受け取ってくれてよかった。」
尻尾が大きく揺れているのでいい気分だろう。
「ねえ、ねえ、これ着てみてもいい。」
ミーコが新しいおもちゃを手に入れた子供のように聞いてくる。勿論、ウィーブルはミーコにあげたものであるから承諾する。それに幻惑の効果がどんなものか見てみたいので幻惑の効果も使ってほしいと提案をした。
「似合う?」
深い青色をしたマントは派手ではあるものの背景と調和し違和感がない。
「似合っているよ。尻尾もしっかり中に入ってるから尻尾も荒れなさそうだね。」
ついついミーコの顔がにやける。可愛くて憎い。
「よかった。じゃあ、幻惑の効果も使ってみるね。」
嬉しそうに動くミーコの耳を見ているとその上からフードをかぶる。じっと見ていたつもりだがふと急にミーコの居る場所が認識することができなくなってしまった。じっと見ていても分からないので、俯瞰的にみるとミーコがいるであろう場所とその周囲だけに違和感を感じる。蜃気楼のような光が屈折する感じだ。
「どうでしょう。すごく操作するのが難しいです。周囲の環境を弄るための触媒装備っぽい気がします。」
何もない空間から、ミーコの声が聞こえる。ミーコの居るであろう空間に向かって話しかける。
「すごいよ。何も見えない。あえて言うなら違和感はあるけど注意してみないと分からないよ。」
会話をしていると、違和感のある空間がなくなる。
「えいっ!」
「ぴゃぁぁぁ!!」
肩を急に叩かれる。驚いて変な声を出してしまった。後ろを振り向くとミーコがニヤニヤした顔で喜んでいる。憎らし可愛い。
「えへへ、おどろきましたか。ついついやりたくなってしまって。」
いたずらが見事に成功したため、満足して楽しそうだ。
「心臓が止まるかと思ったよ。でも、使いこなしてくれて嬉しいかな。」
「ごめんねぇ。でも楽しかったです。」
心臓がキュッとしたがそれだけだ。プレゼント貰って嬉しんだ上に使いこなしていてプレゼント名利につく。
「また、大切に使ってくれよ。今日は、街でできた友人も連れてきたんだけどいいかな。」
「はい。壊れても継ぎ足し継ぎ足し使います。で、友人ですか。今、どちらにいらっしゃっているので?」
物持ちがいい。確かに森の中でもらったマントも自分でボタンをつけていたりしていたので、裁縫が得意なのだろう。
「多分、本殿前の池で鯉と戯れていると思う。餌はやっちゃだめだったかな。」
「いつも苔を食べているので、鯉も贅沢してるでしょう。自分も行きますね。」
そう言って、お盆を奥に下げていった。
「おぬしミーコと仲良くしてやってくれよ。あの子はここに住んでいることもあってなかなか人と関われなくて寂しい思いをさせてるのだ。」
軒下から触手が生えてきた。いや、この様子だとずっと話を聞いていたようだ。困った触手だ。だが、親心でここにいたのなら何を言っても聞かないだろう。
「あ、はい。」
返事を聞くとイオドはまた軒下の中に消えていった。何だったんだ。
少々待つと、割烹着を脱いで巫女服になったミーコが出てくる。肩や手などから出た白い肌が中々に主張していて目に付く。そして、何より顔を赤らめるミーコが言った、
「待った?」
という言葉にハッとする。あの伝説のデートの待ち合わせで遅く来た方が言う言葉。ミーコが言うとこんなにも破壊力があるのか。実際は数分であるし、待ったことに対するこの言葉。有り金はたいても価値がある。
「いや、ありがとうございます。行きましょうか。」
「?何もしていないはずなのですが。満足しているのならいいのですが。」
ミーコが縁側に置いてある自身の履物をはいたのを確認してから、歩き出す。本殿の陰から池のほとりでしゃがんでいるワサビを見つけ声をかける。
「おーい、ワサビ。」
「創殿ー!まだパンは残っておらぬかーって、ミーコ殿ですな。お恥ずかしいところを見せたでござる。」
ワサビは自分の横にいるミーコに気づき走って寄ってくる。
「初めまして。ワサビと申します。ミーコ殿の勇名はお聞きしていまする。なんでも創殿と共同で火熊を討伐したとのこと。某に何か道を示していただきたい。」
まくし立てていくワサビについていけないようでミーコは口が出せないでいる。
「あ、あの。私が倒したのではなくここにいる創さんが倒したので私は何もしていません。」
「創殿も火熊を倒した功をミーコ殿のものと申しておったが互いに謙遜をしておられるな。まあ、どちらにせよ火熊を倒した功は褒められるべきであろう。というわけで、何卒、何卒教授を。」
ミーコがどうしていいのか困っている。分かるよ。ワサビはちょっと、いやかなり愚直だ。騙されてしまわないか心配になる。
「そ、それは無理です。」
引き気味にミーコが言う。確かに使うと患部から激痛の走る治癒魔法とか教えても自分に使えないし職業軍人のような浪人に教えるほどの戦闘の仕方などはなさそうだ。
「それに運がよかっただけですよ。創さんが居なかったら死んでいましたし。」
運が悪かったら今頃二人で仲良くクマの腹の中にいただろう。そして、ワサビが再びこちらを見る。
「彼女も謙遜なさる。」
中々話を聞くことができないワサビは手詰まりといった様子で肩をすくめる。
「所でなのですが、何故二人とも桶を持っているのですか。必要なさそうなのに。」
ミーコは、話を変えたかったのか何故桶を持っているのか知りたかったのか、質問をしてくる。
「これはな、創殿が箱庭について教えてくれるというので桶を買ってきたのでござる。いやはや、精進して作るでござるよ。」
ワサビがミーコの質問に答えるとこちらを向いて不満な様子になる。
「私も誘ってほしかったですのに。」
これは、もう一つ桶を買ってこればよかったか。だが根本的に会っていなかったので誘おうにも誘えなかったので言い訳をする。
「ごめんよ。誘う時間もなかったから。」
「しょうがないです。許します。」
少し不満が残った様子ではあるが、誘わなかった件は許してくれそうだ。それにしても乙女心は難しい。ミーコは謝った後、桶をちらちら見ていたのでミーコにも箱庭をやらないか話を切り出す。
「もしよかったらミーコも一緒に箱庭をやらないか。」
先ほどまでの不機嫌さがなくなる。喜んでくれたそうだ。
「ええっと、うん。ありがとう。桶が必要なのかな。」
「いいや、桶にしたのはちょうどいい入れ物のある店がそこだったからにしただけだよ。」
リコスの街の桶屋以外でちょうどいい入れ物の見つかる場所は思いつかない。
「後は、自分の創りたいものに合わせるのがいいでござるよ。」
そう言って、手に持つ水張桶を見せびらかす。
「そうなのですね。では私は後で用意しておきます。やるときは呼んでくれればすぐに駆け付けます。」
何か使う入れ物には目星があるのだろうか。ミーコは蔵の方を見ていた。
そうして話を続けていると、段々と日が落ち空が橙色に染まってくる。内容は天気の話であったり、どこどこの団子がおいしいなどという話を話し込んだ。立ち疲れたので現在は本殿の賽銭箱に続く階段の上に座っている。まあ、ご神体は外で這いずりまわってるので多分不敬ではないだろう。そして街からはかなり時間と体力を使って来た記憶があるので、ミーコに別れの挨拶をする。
「ミーコ、そろそろ帰らないと夜までに街に戻れなくなりそうだよ。」
「そうでござるな。夜道は危険でござるよ。」
ワサビも帰ることに賛成している。それに早く帰らないと山の中や傍は動物とかに襲われて大変だ。
「もうそんな時間になっていましたか。お夕飯の準備もしていませんでしたね。」
ミーコは残念そうに言ったが、少し考え込むと思いきった様子で言う。
「創さん。もし嫌じゃなければ、都合が合えばいいんだけれども夕食をご馳走させて。」
ミーコの手料理か。とても興味がある。
「是非。」
二つ返事で承諾する。ミーコの料理を断ることがあろうか。いや、たぶんない。
「ワサビさんもどうでしょうか。」
しかし、ワサビは少し困った様子だ。
「いやまあ、しかし創殿がいいと言えばいいでござるよなぁ。では、自分も是非に。」
困っていたようだが、ワサビも食べていくようだ。しかし、何を言っていたかはよく聞き取れなかった。
「では、ちょっとここで待っててください。」
池の方にミーコが走っていく。嬉しいのか足が軽い。池についたミーコはしゃがみ込みじっとしていた。何をしているのだろうか。
「にちにちとんらのなとんなにちにちとんらのなとんなにちにちとんらのなとんな、、、、」
森で聞いた治癒の魔法のような詠唱が聞こえたと思うと、池の底から触手が出てきた。えっと、何をしようとしているのか、ますます分からなくなった。そして触手に対して、何か指示をすると、触手は再び水の中に戻り鯉を一匹、水揚げしてミーコの幻惑の魔法のように消えていった。
鯉は口をミーコに持たれ運ばれている。
「すいません、戻りました。取れたての鯉です。」
確かに取れたてだがなんかすごい申し訳ない。
「お、おう。」
「何が起きたでござるか、、、、」
驚いた自分とワサビを置いて住まいの方にミーコは歩いて行った。暫くして理解をするのを諦めた自分はワサビを連れて縁側に行ったのだった。
「あれは何なのでござるか。」
縁側では、先ほどの謎の触手についてワサビと話すこととなった。
「触手だろうな。」
今になって、触手と狐人の間で生まれたミーコの事を思い出した。すごい個性だ。
「初めて見たでござる。」
「人生初めてのなんて何回も見るさ。」
部屋の中でこもっていた自分も、ネットでよく分からないものをよく見ていた。未知の物は、案外沢山あるものだ。ちょっといあいあしているだけだ。庭は先ほど触手に驚いて詳しく見れなかったが、和風の庭であり、苔生した岩や、水琴窟の音が響く。
「創殿、この反響する音は何なのでござるか。不思議な音で某にはわかりませぬ。」
「多分、水琴窟っていう庭の技法だよ。さっきは聞こえなかったから誰かが水やりでもしたんじゃないかな。」
ワサビは頷きながら、不思議な反響する音に耳を澄ませる。
「おお、この趣味が分かるのか。これはいい。」
ワサビが何もしゃべらなくなったので自分も環境の音に耳を澄ませていると急に声がかかる。この声はイオドだろうと、縁側の下を見ると案の定居た。
「またこんなところにいるんですか。」
「ここは涼しいからの。」
イオドは軽く話している。
「ギャアッ!」
隣から、驚いた声と共に跳ね飛ばされる。そして自分は縁側に設置されている柱にぶつかってしまった。ゴキっという音が聞こえたが気のせいだろう。
「ぼくはわるいしょくしゅじゃないよ。」
驚いたワサビは庭に出ていく。枯山水が弾き飛ばされるがイオドはワサビをなだめようとしている。だが、悲しいかな。イオドの声は邪悪で、説得しようにも説得力が全くない。
「きええええええええ!」
ワサビは半狂乱で腰につける太刀を抜き取り片手で上段の構えから一気に切りかかる。侍やべぇ。
「ぼっぼくはっ!」
イオドの叫びむなしく振られる刀。最後の抵抗とばかりに触手は真剣白刃取りを試みていたが、見当違いの場所で獲ろうとしてしまい、触手もろとも真っ二つになってしまう。
「あっ。」
いくら触手の塊でも二つにったら生きているだろうか。力なく死んだ蛸のように地面にへばり付く触手がその結果を物語っていた。ワサビは触手殺し?だろうか。
「ワサビッ!」
そう言いながらワサビのもとに行くと、剣をふるったワサビの手は震えていた。
「お、おい大丈夫か。」
大丈夫か聞いたとしても、大丈夫じゃないだろうがかける言葉が思いつかないのでこの言葉しか言えなかった。
震えたワサビは何も言わず自分の手を見ている。どうしようか迷っていると、後ろから肩を叩かれたので振り向く。するとイオドが何事もなかったのかのように元気よく蠢いていた。但し、二匹。よく観察するとそれぞれのサイズは斬られる前よりも小さい。分裂したのだろうか。
「急に斬りかかられるなんて驚いたよ。僕は悪い触手じゃないって言うのに。」
イオドは言う。ワサビはその声が聞こえたのか、自身の手から触手に目線を移す。
「きゃぁぁぁぁぁぁ!」
女の子らしい悲鳴と共に腰を地面につけた状態で後ずさる。腰についたもう一本の脇差を引き抜いいたため、自分にはどうしようもない。
「どうしたの。」
今度はミーコだ。客としてもてなされているものの悪いことばかりして本当に申し訳ない。ああ、胃が痛い。
「おお、ミーコ。あの嬢ちゃんを驚かせてしまってな。斬り捨てられたところだ。」
イオドの話を聞いたミーコは手を額に当てため息をつく。
「もう、いつも神社に来る誰の目にも触れないようにしてくださいと言っていますよね。」
「あ、ああ。すいません。」
イオドはミーコに頭が上がらないようで丁寧に謝っていた。
その間もワサビは触手に向けて剣を向けていた。謝った触手を見たミーコは、仕方がないとばかりに懐から紙と小刀を取り出し、指を切って血を紙に染ませ、その髪を庭に投げる。
「にちにちからすにらとちいかい!」
謎の呪文も詠唱する。何の魔法だろうか。
変化はすぐに起こった。地面が少し膨らんだと思ったら、玉砂利を散弾のように弾き飛ばし4本の触手が出てきた。触手と判断した時にはもうワサビに巻き付こうとしてぶった切られていたが。黒くてドロッとした何かが庭にぶちまけられた頃、ワサビは四肢を取り押さえられていた。よくここまで耐えたものだ。自分なんかだったら最初に捕まえようとしてきた奴にキュッとされて終わっている。侍すぎょい。一連の騒動が終わるとまずミーコはイオドに怒気をはらんだ声で言う。
「お と う さ ん。庭の処理は自分でやってください。原因はあなたですから。ワサビさんとのお話も頑張ってください。」
いや、イオドとワサビの騒動だから絶対適任じゃないと思う。
「はい。ぼくはわるいしょ「やれますね?」はい。」
問答無用に話を進める。そして自分の方に歩を進めてくる。
「ミーコさん、すいません。自分が悪いんです。」
「いえ、あなたは悪くありません。言いつけを守らなかったお父さんと武器を取り出したワサビさんですから。」
「本当にすいません。」
ミーコの顔が怖くて見れなかったが、そっと見ると、いや見てしまうとハイライトのない目があった。ああ、だめなやつだこれ。
「それよりも怖くなかったですか。この魔法はできる限り見せないようにしていたのですが。」
お、大丈夫そうかな。
「すごい、触手でいいと思います。」
「それならよかったです。ここに来る人は触手の事を悪いものとしてみてくるので創さんに嫌われないか心配だったんです。」
「素敵だと思うんだけどなぁ。」
結構、ダークな感じで自分は好きだと思うのだが。
「素敵?なら、これからも時々使います。」
ミーコの尻尾はぱたぱた振られており喜んでいることが伝わる。
「うん。また見せて。」
「夕食の準備はまだ途中なので戻りますね。」
正直に伝えると、顔を赤くしたミーコはとてとて走っていった。
「別に悪くないと思うんだけどな。」
独り言を言って立ち上がろうとするとまた腕から激痛が走る。前回は肘と手首の間だったが今回は二の腕が痛い。
「うぐぐ。」
自分の腕はいつから骨粗鬆症になってしまったのだろうか。まあ、一回目の骨折は落下してできたものだから当然と言えば当然なので仕方がないが。
「創殿。申し訳ない。驚いてとばしてしまった。痛む部位を見せてくだされ。」
いつの間にか触手から解放されたワサビが近くに寄ってくる。というかイオドとは話さなくて大丈夫なのか。痛む部位をワサビに見せる。左上腕骨のあたりは内出血で赤い。
「いででで。」
怪我ばっかりしてぼくのからだはぼろぼろだー。
「どれ、私が何とかしてしんぜよう。」
「ぴゃあ!」
「ぎゃあ!」
イオドはワサビの肩に自身の黒い触手をのせ退くように促したつもりなのだろうが、驚いたワサビは声を上げる。それに巻き込まれ患部が跳ね上げられたため、続けて悲鳴を上げる。
「私は治癒の魔法が使えるのだが、暴れられると困るのでな。ワサビとやら、抑えておいてくれ。」
これは、また激痛を味わうのか。動けない自分は一人と一匹に抑えられて悲鳴を上げた。そして、またしても出てきたミーコに一人と一匹が叱られているのを涙でゆがむ視界の中で見たのだった。
「では夕食にしますよ。」
一通り怒ったミーコは興奮した様子だが、自分は悪くないので普通の態度をとる。叱られた者共はしょぼんと小さくなってはいるが、仕方がないので反省していてください。
ミーコの用意した夕食は質素であるものの非常に豪華であった。麦ごはん、みそ汁、豆腐、そしてメインの鯉の刺身。半引きこもり生活をしていた時に食べていたようなカップ麺と違って素材に活力があるためか、食べていると非常に活力が出る。
「どうですか?私の料理はお気に召しましたか。」
ミーコが心配そうに聞いてくる。味は甘味料や香料などで濃くいじくりまわされたものとは明らかに薄いが自然でおいしい。
「ああ。無限に活力が出てくるようだよ。毎日、食べても飽きないと思う。」
「じゃろう。触手でもちゃんと食べやすいように丼にしてくれるのだ。」
触手のご飯は多分、鯉の刺身の丼を猫まんまにした感じだろう。
「よかった。明日の朝も楽しみにしてください。腕によりをかけますので。お父さんは後で話があるので部屋に行きますね。」
「はい。」
この夕飯も十分に腕を振るって作ったものだろう。味わって食べよう。イオドの触手は萎えているが気にしたら負けだ。
「所で創殿。おそらく街に戻っても門が閉じているでござるがどうするでござる?某はぞじゅくでも問題はないですが。」
急にワサビがとんでもないことを聞いてくる。
「えっと、ごめん、考えてなかった。野宿でいいかな。」
「あ、泊めるつもりで引きとめたので大丈夫ですよ。どうしても泊まりたくないのなら野宿でも構いませんが。」
街の門が締まることは知らなかったので失態を犯してしまったがミーコの厚意に感謝して甘えることを伝えると、喜んで泊まらせてくれることとなった。
「では、今日はどうぞお泊り下さい。それとワサビさん、泣いていますが山葵の量を間違えていましたか?」
「いえ、懐かしい味でござる。故郷の母の手作りが思い出されてしまったでござるよ。感涙ですぞ。」
ワサビは涙を流しながら一口ずつ噛みしめて食べていた。
「それは良かったです。みそ汁とご飯だけはおかわりがあるので言ってください。」
毒ガス訓練とかないですよね。お腹いっぱい食べます食べます。
「じゃあ、たくさん食べるよ。」
「是非。」
ミーコのニコニコした顔が食事の中で一番、印象に残りました。
食事が終わるとイオドが順次、皿を運び出していたので手伝おうとすると断られた。器用な触手だ。
ワサビは鍛錬し忘れたと言って本殿前の広場で訓練をしているらしい。
外は日が沈み闇夜となっているが、昼間荒らした庭は部屋の明かりで照らされ、幻想的な雰囲気となっている。そういえば、家の中には照明器具や火がないのに何故こんなに明るいのだろうか。
物思いにふけっていると、ミーコが隣に座り声をかけてくる。
「食事、どうでしたか。」
「それはもう、毎日食べたいくらいで。」
「嬉しいです。」
それっきり、自分たちは何も話すことがなかった。話したくないわけではない。だが何を離せばいいのかわからないからだ。暫くののち、魔法について聞くのが無難かと思い、話しかける。
「「あの、」」
ミーコも同時に話しかけてきたため声が重なる。
「ど、どうぞ。」
「そちらがお先にどうぞ。」
譲り合いの精神だ。これはもう自分から話すしかない。
「ミーコってすごい魔法が使えるんだね。どんな魔法が使えるの?」
ミーコは自分の手を振り謙遜するように言った。
「いいえ。私は欠陥のある魔法ばかりしかつかえなくて。」
どうやら自分の魔法に自信が持てていないらしい。褒めてやらねば
「でも、怪我がたちどころに治ったり触手を操ったり凄いと思うんだけどなぁ。」
「自分の魔法って見た目が悪いか、激痛を伴うか、贄を伴うからなかなか使えないんですよ。」
まあ、ワサビが驚くような見た目で驚くような肉肉しさのある触手に、患部を更に痛めつけるような激痛の治癒魔法だからなぁ。でも、それを天秤にかけても十分役に立つと思う。
「自分は沢山助けられたから、誇ってもいいと思うのに。所で触手を触ってみたいんだけどいいかな。」
何回も見ているのにまだ触ったことがない。ちょっと、、、ではなくかなり興味があるのでお願いしてみる。ミーコは鳩が豆鉄砲を食らったような顔で、驚いていた。
「あ、でも何か贄が必要だったりするならやらなくてもいいんだけどいいかな。」
「えっとえっと、あんなのの何がいいの。」
ミーコの素が出る。
「えっと、見た目かな。あと感触がよさそう。」
ちょっと何を言っているのだろうかという顔で見られる。いや、ミーコが自分で出しているものなのに何か悪いことでもあるのだろうか。
「仕方がない人ですね。では私の尻尾ならいいでしょう。」
どうやら自分はミーコの召還した触手ではなくミーコ自身の触手がさわれるそうだ。
「えっと、どこに生えてるの?ミーコは狐娘にしか見えないんですが。」
「ふふーん。聞いて驚いてくださいよ。実は私、触手を生やせるんですよ。あとすごく体が柔らかいからグニャグニャできるんです。」
フンスッと自慢げにミーコに言われる。触手と狐娘のハーフで触手成分が少ないなと思ったら普段は人に見せないように隠していただけらしい。だがしかし、人型で首を回すのは違和感しかない。変な目で見られる理由はこれではなかろうか。
「見慣れない体勢だね。」
「ええ。溶けることもできるのだけれども元に戻るのには苦労するからこれくらいにします。」
一通り自慢し終えたミーコは違和感のない普段の姿に戻る。
「じゃあ、触手を触ってもいいかな。」
「ちょっと待っていてくださいね。」
普段のミーコの尻尾は一本ぶっといのが生えている。一回間違えて触ったが感触は毛の生えた触手のような感じだった。それはともかく、ミーコは触手を生やす。
尻尾の形で数本と耳からも出てきたため、寄生されたような見た目だ。何やら粘液のようなものでテカテカかている。
「わぁ。」
「どうですか。変じゃないです?」
ミーコは自分の姿が変じゃないか、伺うように聞いてくる。
「すごく、自由仲な感じがしてて好感が持てるよ。」
褒める言葉が見当たらないが触手がそれぞれ自由にうねうねしている様は自由でいい。とてもすこ。
「それならいいんですが。それで尻尾の触手でいいかな。」
「どれがいいか分からないから、触ってもいい奴でお願いするよ。」
そう言うと尻尾の触手を一本、縁側に座る自分の膝の上に置いてくる。
ニチャと粘液が言ったが触り心地はとてもいい。パンパンに膨らんだ風船のようではあるが柔らかく、すべすべしている。まるで新品の抱き枕のような感覚だ。
「ああ、抱いて寝たい。」
触手は生やしたばかりだからか熱かったが、外気に触れちょうどいい温度になる。
「ええ。まあ、いいですよ。」
持ち主の許可が出たので、触手を抱いて横になる。すると気を利かせたのか、毛の生えた尻尾が背中の後ろに入り転がらないように抑えてくれる。気が利いていていいなぁ。
「極楽。」
「そうですか。」
このまま寝ていたら堕ちてしまう。しかし、まだ味わっていたい。そんな冬の日の朝のような気持ちだ。
どれだけ時間が経っただろうか。少し寝ていたような気がした。まどろみと覚醒のはざまをうろついていた時だった。
「創殿ー!素振りと型をしてきたのでそろそろ戻るでござるよー。」
急にワサビの元気な声が本殿の向こうから聞こえ意識が覚醒する。
ガッ!と跳ね起きる。つもりで起きようとしたが、頭が抑えられていてできなかった。何故ならば、尻尾の他の触手に絡まられていたためである。
「ミーコ!」
「あっ!今戻します!」
ミーコもまどろみに落ちていたのか、舟をこいでいたがハッとして、すぐに触手が、小さくなって生えていた所に消えていった。
「すいませぬ。」
ワサビが戻ってきた。間一髪である。見られなくてよかった。
「お帰り。精が出るね。」
「毎日の鍛錬お疲れ様です。」
何事もなかったかのように答える。
「申し訳ありませんが、井戸はありませぬか。体を洗いとうございます。」
「それなら、裏に風呂が。落し蓋は沈めて入ってください。父が今、風呂を用意していると思うので。」
「豪華ですな。ではありがたく入らせてもらうでござる。」
急にワサビが来て驚いてしまったがワサビは直ぐに家の裏に行った。
一息つき、先ほど焦った時に上がった心拍数を下げながら会話をする。
「すいません。私も寝ていたようです。」
「こっちこそ勝手に寝ていてごめんよ。あまりにも居心地がよかったから出るに出れなくてね。冬の朝みたいだったよ。」
「それならよかったです。そんなに言ってくれるなら、またしてあげますね。」
触手布団はまた、やってほしいがミーコの顔をじっと見てからだと、なんとなく恥ずかしさが勝る。僕は照れて顔を逸らすと、ミーコが視界の中に入ってくる。
「お願いします。」
「はい!」
怒った時は淡々としていたが、今喜んだミーコは手を胸の前で握りこみ下ろしていたので存外に感情表現が豊かなことが伝わる。そんな僕の視線に気づいたミーコは照れたのか席を外す。
「そうだ。お布団の用意をしてきますから、また後でお話しましょう。」
僕が話す前に素早くミーコは部屋に入ってしまう。今日は取り敢えず、客として歓迎されようと考える。
「よう、随分とイチャコラしていたじゃないか。」
またイオドの声が下から聞こえる。
「あれ、イオドは風呂を焚くようにミーコに言われてなかったっけ。幻聴だよな。」
まさか、娘とイチャイチャしているのを全て見られていたというのかッ!
「幻聴ではないぞ、少年。あと、ワサビとやらに斬られたから今は二匹いるのだよ。」
ぶった切られて増えるとか、体の構造が原始的なのだろうか。それとも神か。いや、両方か。
「なんか、すいません。」
娘とイチャイチャしていたのは事実であるし言い訳もできないので、無難な言葉で反応を試す。
「触手は堪能したか。ああ、それと結婚してくれてもいいのだぞ。寧ろ、してほしいくらいだ。この庭の創造主である君は君を記憶に残す者から愛されているのだよ。今では知らない人々も多いが、創造主のようなものがいたという知識はあるだろう。」
箱庭には時間もお金も、勿論の事、愛もすべてを注いできた自信がある。その結果に認められ、今までしてきたことを思い出す。自分のしてきた歴史が認められたことはうれしい。
「それはどうも。自己満足でやってきた箱庭だから別に感謝もしなくてもいいと思うのに。」
「私は、メーラに封印が解かされるまでは恨んだこともあるが、それよりも、この素晴らしき桃源郷のような世界を作った君を敬愛しているのだよ。今では君がしたようなことを庭に描いているだけの毎日さ。」
枯山水が荒らされた庭はよく手入れされており、非のつけようがない。
「すごい庭だ。」
そう自分が言うと、イオドは触手を庭に向かって振るい庭に出る。触手から出た水は庭を湿らす。月明かりに照らされ、イオドは庭というステージの中で強調される。
「ミーコに出会わせてくれてありがとう。」
そう言って溶けて枯山水の中に染みていく。この家系は相手に何も言わさせずに去る技術ばっかりが高い。ため息をつく。すると水琴窟のキョーンという音だけが聞こえる。
「認めてくれる人がちゃんといたんだ。」
今なら、何でも作れる。そんな気がした。
「創さん、お風呂の支度ができたのでどうぞ。」
「夜食は昼と同じ、水饅頭ですがどうぞ。」
「お布団は用意しておきました。」
ミーコはずっと働いており、二人の客人が居てもスムーズに仕事をこなす。客人であってもその仕事ぶりには感嘆の声しか出ない。ここに居たらダメ人間になりそうだ。
「ありがとう。所でなんだけどさ、これ渡しておいてもいいかい。そうめんなんだけどさ。」
背嚢の中から、そうめんを取り出して渡す。そうめんがあっても、鍋がないので調理できない。
「これは、そうめんですか。こんなに細くて白いものは見たことがないです。灰色でもう少し太い蕎麦はよく食べるのですが。本当に貰ってもいいんですか?」
尻尾がゆっくり揺れる。中々に食いしん坊さんだ。
「うん、暑い日に食べるといいよ。」
「ありがとうございます。それと、もう寝ますか。明かりを消してから出て行こうと思うのですが。」
「ずっと聞こうと思ってたんだけどさ、火とか明かりになるものがないのに何でこんなに明るいの。」
「狐火です。詳しいことは明日。では。」
ミーコは野生の動物のような軽いステップで部屋を出ていく。明かりは揺らめきながら少しずつ少しづつ消えていった。完全に消えると外の月明かりに照らされ障子がほのかに光っていた。
布団に体を預け、目を瞑ると昼間の疲れからか直ぐに意識が消えた。
ワサビは創さんと別の客間に寝てもらい、父に挨拶に行く。
自分は周りとは違う。尻尾は生えているし、気を張っていないと体が形を保つことができない。
「ミーコよ。彼とはうまくいってるのか。」
お父さんが心配をしてくる。今日初めて会った彼について何か知っているようではあったが、きっと教えてくれないだろう。
「うん。私の嫌いな私の事、認めてくれる気がするの。」
お父さんは自分が普通ではない体だということを、とても申し訳なさそうに謝る。でも、彼は違った。気に入ってくれた。それに誰とも変わらずに接してくれる。
「そうか。それなら、よいのだが。」
そう言って、父は日記を書いている。暫く自分も父も何もしゃべらなかったので部屋を出ようとする。すると、また声がかけられる。
「察しのいいお前の事だ、きっと私がお前に隠し事をしていることは分かっているのだろう。少なくとも悪いことではないし、自分の口から言うことではないだろう。彼から、創様の口から聞いてほしい。聞いてもいいが、きっとお前に心を許した時に教えてくれるだろう。ここまでが不器用な私に言えることだ。さあ、お休み。」
背中からかけられた声は、父にしては珍しく重い口調だった。
「では、おやすみなさい。」
そう言って、父の部屋を去った。彼の秘密とは何なのだろうか。興味があるが聞かないでおこう。聞いてしまったら、彼が居なくなってしまう気がするから。
朝起きると、まだ薄暗い時間だ。障子を開け縁側に出ると、湿気の多くどっしりとした涼しい空気が淀んでいる。いつもは授業に合わせて起きているためすでに日が上がっている。こんなにも早く起きたのはいつぶりだろうか。
「あ、起きましたか。早いですね。」
「ミーコ、朝から忙しくしてごめんね。ワサビはまだ寝てるのかい。」
「いえ、すでに朝の鍛錬と言って素振りをすると言って出ていきましたが。」
最強を求めるためには毎日の鍛錬が必要と。
「はえー、凄い努力しているんだね。ごめんね、引きとめちゃって。」
「いえいえ。どうせ、境内の掃除しかしませんから。」
これなら自分でも手伝える。
「よかったら、自分も掃除をしてもいいかい。」
実はボッチだから掃除の時間、暇で真面目に掃除をしていたら得意になった。まあ、掃除がうまくなった理由は絶対に言いたくはないが、ミーコの助けになるなら是非やらせてもらおう。
「いえ、私だけですべて事足りますから。」
「いや、ずっとしてもらうばかりで悪いからやらせてもらえないかな。」
「仕方がないですね。では、箒を用意しますから本殿前で待っていてください。」
そう言って、ミーコは縁側から出て行った。
自分も玄関から出ていき、本殿前でミーコを待つ。
「956、957、958、959、、、、、、、、、」
本殿前ではミーコが真剣を振っていた。剣の速度が非常に早く目でとらえることはできない。振っていることは体の動きと空気を切り裂く、パァン!という音が伝えてくれる。ここまでよく鍛えたなという、単純な感想しか出ない。
「すごいですよね。彼女。」
ミーコがいつの間にか箒を二本と雑巾を二枚持ってきていた。
「空気を切り裂く音が彼女の鍛錬の結果だと思うと驚きしかないですね。」
「ええ、ではあまりないのですが落ち葉を集めてください。自分は本殿の掃除をしますので。」
ミーコは片方の箒を軒先に立てかけ、もう片方を渡してくる。
「頑張ります。」
自分は本殿から階段の方に落ち葉を掃いていく。
しゃっしゃっしゃっっとリズミカルな音を立てながら落ち葉を飛ばしていく。
「創殿、手伝います。」
「ああ、素振りはもう十分なのかい?」
ワサビが話しかけてくる。すごい勢いで刀を振っていたが息一つ乱さず、涼しい顔で驚きだ。
「朝に千回、夜に二千回。毎日やれば、数日で万に一か月で十万に、積み重ねが大事なのでござる。」
「毎日毎日、お疲れ様です。箒はあそこに立てかけてある奴しかないかな。後でミーコに許可を取ればいいと思うし。」
ワサビも落ち葉集めに参加する。掃除をして分かったが、境内は中々広く毎日、掃除をするミーコの苦労が味わえる。そんな、大変な掃除も二人でやれば半分の時間で終わる。
無言で箒をはき続けると、既に日が昇っていることに気付く。朝の涼しい空気はどこへやら。
「創さん、わさびさん、朝食にしましょう。」
汗が滲んできたころミーコから声がかかる。箒を使って掃除をしたが中々にハードだ。もしかして、三人の中で一番体力がない気がする。いや、ないだろう。
「すぐ参ります。」
「まだ終わってないんだけれども、箒は立てかけておけばいいかな?」
「ここに立てかけておいてくださいー。」
ミーコがそう言って、本殿の軒先で手をこまねく。
「こんな感じでどうかな。全然進んでないけども。」
「大丈夫です。しっかり仕事はしてくれてますね。おかげで本殿の掃除が捗りました。」
「いや、剣を振るのと違う動きで大変だったでござる。」
ワサビは腰に手を当て伸びをする。
「朝食は父に任せておいたのでそろそろできたころだと思いますから行きましょう。」
ミーコが自分とワサビに家に行くよう促すので歩きながら話す。
「ミーコっていつもこんな仕事をしているの?」
「ええ、毎日やれば慣れますよ。」
「朝餉は何であろうか。」
「楽しみですね。」
二言三言話すうちに、玄関だ。
「おう、朝ごはんの準備ができたから先に座っていてくれ。」
玄関の横にある炊事場からイリスが話しかけてくる。
「ピャッ!」
まだ慣れないのかワサビは驚いている。
「あ、すまんすまん。驚かしちまったな。ミーコ案内しておいてくれ。」
「分かりました。二人とも昨日と同じ部屋で同じ席に座って下さい。」
履物を脱ぎ、縁側から部屋に入る。
囲炉裏には、昨日みそ汁が入っていた羽釜がシューシューと蒸気を出しながら用意されている。いい匂いだ。
暫く待つとイオドが盆にいくつかの副菜をのせて現れる。
「ありがとうございます。」
「恩に着るでござる。」
たくあんと、茹でた野菜である。
「朝は活力の元ですから、たんとお食べ下さい。」
ミーコがそう言ってご飯を分けた後、食事をした。
食事がすむと朝の掃除の続きだ。
玉砂利の上は落ち葉だけをはくのが難しく、砂利ごとはいてしまう。
「腰を伸ばして掃けば、落ち葉だけを掃けますよ。」
自分とワサビが苦労しているのを見かねてか、本殿を掃除するミーコから声がかかる。せっかく言われたので背を伸ばして掃くと、箒が持ち上げやすくスムーズに掃くことができる。無意識に猫背になっていたのだろう。
「ありがとう、掃きやすくなったよー。」
一度試してからミーコに掃きやすくなったことを伝えると、手を振って応えてくれた。
境内を掃除するのにそんなに時間はかからなかった。
「ミーコ殿、この落ち葉はどこに片付ければよいでござるか?」
「森の中に捨ててください。」
集まった葉っぱの捨て場は境内の外の森だそうだ。
「創殿。お手伝いくだされ。」
「分かってるよ。掃いて運ぼうか。幸い隅の方に集めてたおかげですぐに終わりそうだ。」
自分とワサビは箒を地面に擦って落ち葉を森の中へ運ぶ。森の中は木漏れ日が所々にあったが、奥に行くとうっそうと茂っている。
「運んどいたよー。」
落ち葉を運び終わるとミーコに作業が終わったことを伝える。そして箒を持って、本殿にいるミーコの元へ集まっていく。すると一瞬、影が本殿を通り過ぎる。鳥だろうか、と空を見上げると驚いたことに赤い龍が飛んでいた。
「創殿、見ましたか。今の、、、」
ぎょえぇぁぁぁぁ!
既に街の向こうの山の方まで行った龍が叫んでいる声が聞こえる。
「かっこいいなぁ。」
そして、青い空に紅を主張する生物は去っていった。先ほどの龍は、四足歩行で歩くための足を持ち、胴体ほどの長い尻尾を持つ。確かこの大きさでも幼体のはずで卵は山頂の火孔の溶岩の中に沈めておいたはずだ。その個体以外の龍はいないはずなので恐らく孵化したのだろう。
「かっこいいどころじゃないでござる。あれは天災ですぞ。」
「ヘ~すごいね。」
ワサビが狂乱しているが、自分にはなぜそんな焦るのかは分からない。
「故郷の里を半壊させて何処かに行った積年の恨みがございまする。」
ああ、そういえば一時期、廃墟に興味があって作りかけの箱庭を煙くすぶる戦場跡地にしたことがあった。箱庭の中の人と人が争うのはどうしても納得がいかず、外因的な要因、つまりドラゴンを登場させて荒らした設定にした。ワサビの故郷が荒らされた原因は自分の好奇心だ。これはワサビに言えない。
「、、、、、」
「どうしたでござるか。顔が青いでござるよ。」
ああ、顔向けができない。
「すごい生物ですね。」
ワサビに対して居心地の悪さを感じていると、いつの間にか本殿から歩いてきたミーコに声をかけられる。
「街は大荒れだろうなぁ。」
今日はまだ日が明るいうちに街に戻った方がよいだろう。
「そうでござるなぁ。」
ワサビも同じことを思っていたらしい。
「もしかして、この間の火熊も龍に追いやられて森の浅いところで出てきたのかもしれませんね。」
ミーコは、火熊と遭遇した理由を考えたようだ。火熊は普段、森の生態系の王者ではあるが、龍に対して捕食するとは考え難い。逆に、捕食される側だろう。
「そうかもしれないけど、なんで急にあれが出現したんだろう。」
「知らぬ。」
「分かりません。偶然じゃないでしょうか。」
まあ、分からないだろう。逆に知っていたのなら黒幕だろう。
「それもそうか。怖いねぇ。」
「今のところは実害は見受けられぬが、今後どうなるか。もし何かあれば龍殺しの誉れを得に参ろうと思いまする。」
「平和が一番です。」
あんなおっかない生物に喧嘩を売ろうとするワサビの精神に驚きながら話をする。
「掃除も終わったし、片付けしようか。龍が来ようと日常は進むんだから。」
「それもそうですね。」
ミーコに案内されて、箒を蔵に入れる。蔵の中は思ったより涼しい。
「掃除も終わったので今日は箱庭について教えてください。」
ミーコは早くやりたいとばかりに言ってくる。
「とりあえず、桶か何かの入れ物は用意したの?」
「うん!お父さんの封印された箱が蔵の中にあるのを思い出したんです。少し待っててください。」
「おお、もうここで箱庭ができるのですな。」
二人は龍の事を忘れているほど楽しみにしていてくれている。頑張らなければ。
ミーコはがらくたが積まれた山から、発掘するように目的の品を探している。フリフリと上機嫌に揺れる尻尾が眼福だ。
「ありました。」
「どんな箱なんだい。見せてくれぃ。」
ミーコは鎖が巻かれたいかにも封印してますよといった雰囲気の箱を目の前に出してきた。
「禍々しいでござる。」
ワサビはその箱から何かを感じるらしく、ちょっと引いていた。
「そうかな。寧ろ、愛着が湧くくらい、いい雰囲気の箱だと思うんですが。」
人の感性はそれぞれだからこればかりは何も言えない。
「ミーコがその箱で納得がいくのならそれでいいと思うよ。」
「はい、この箱にします。どこでやりますか。」
「じゃあ、自分の入れ物を持って縁側で集まろう。自分もワサビも準備ができてないし。」
「分かったでござる。すぐに参りますぞ。」
ワサビも早くやりたかったのだろう。すごい速さで駆けて行った。
「自分たちも行こうか。」
「はい。」
昨日の縁側以来、二人っきりになった自分たちは顔を合わせることができないまま一度、分かれた。
「ごめん、待った?」
自分が言う。
「いえ、ワサビさんとお話ができたので案外待ちませんでしたよ。」
「触手とはすごいものでござるな!」
昨日まで、触手が苦手だったワサビがそう言う。何があったんだろうと、聞いてみる。
「えっと、何があったの?」
「それは秘密です。」
「言えないでござるな。」
二人とも楽しそうに答えてくる。まあ、楽しそうなので良いか。
「それなら仕方ない、箱庭をやろうか。」
「はーい。」
「楽しみにしていたでござる。」
「それはうれしいよ。じゃあ、何からにしようかな。」
箱庭と言っても、テーマを決めてから作ったり、なんとなく配置したりと色々と方法がある。
「創さん急に黙り込んでどうしましたか。」
悩んでいると、ミーコに話しかけられる。
「ごめんよ、どの方法がいいかなって考えてただけだから。」
「それならいいのですが。」
ワサビもそわそわしているし、早く決めたほうがいいだろう。なら、一番最初に思い付いた方法でいいかと口を開く。
「じゃあ、今回は好きなテーマを決めてそれに沿った箱庭を作ろうか。」
「テーマのおすすめはないでござるか。」
「うん、自由。途中で変えて作り直してもいいよ。そっちの方が面白いしね。」
ワサビの故郷は、それでボロボロになってしまった。ごめん!
「うーむ、うーむ。」
ワサビは、悩みこんでしまった。存分に悩んでくれ。そして悲劇を繰り返さないでくれ。
「なんでもいいのですか。」
悩み込むワサビを見ていると今度はミーコが声をかけてくる。
「なんでもいいんだよ。それこそ、さっきの龍とか夢の世界とか。」
一拍、置いてからミーコが頷く。
「決めました。えっと、テーマは「おっと、少し待とうか。」はい。」
テーマを言おうとしたミーコを慌てて止める。
「それは完成してから言った方が面白いよ。」
「それもそうですね。では、完成するまでは秘密にしておきます。」
自分はなんとなく、テーマを決めた。
「創殿、決まらないでござる。」
「なら作ってる途中で決めちゃえばいいんだよ。そもそも、素材の統一とか、利便性からテーマを決めることが多いだけで、決めないこともあるんだから。」
そう言うとワサビは頷く。
「それならば、取り敢えず適当に作り、閃きが来たらそれにしまする。」
「そうそう。楽しければいいんだよ。」
まだ何か言いたげだったが、自分がヒントを出さないのが分かったのか、引き下がる。自分はアドバイスはするが、作品の口出しはするつもりはない。理解してくれて何よりだ。
「じゃあ、二人とも何を作るか決まって無くてもいいから、次の工程に進もうか。」
二人がどんな庭を作るか会話しだしたのでそろそろいいかなと思って言う。
「ええ。何でもするつもりですよ。」
「某は、テーマをまず決めるでござる。」
「やる気があっていいね。じゃあ、入れ物を用意しようか。」
自分たちは、傍に放ってあったそれぞれの桶や箱を自身の目の前に置く。それぞれ違う形の入れ物がそれぞれの個性を表していている気がする。
「じゃあ、それを持って外に行こうか。材料集めだよ。」
「それなら、早いですがお昼を食べてから出ましょうか。お父さーん。」
掃除をしたため、時間がかなり立っておりもう日が高く昇っている。
「じゃあ、今日は材料集めの後にそのまま帰るよ。また、今度は早めに来るからさ。」
「それがいいでござるな。朝の龍で町がどうなっているか分からぬからな。」
自分たちが帰ることを伝えると、ミーコは少し残念そうな様子になる。
「そうですね。また来てくれると嬉しいです。」
玄関までイオドが送ってくれた。
「お父さん出かけてくるけど、家事をお願いします。」
「うむ、いろいろと頑張ってくるのだぞ。創君もよろしくお願いします。ワサビさんは楽しんでくれたかな。」
何をお願いされたか分からないが、夜までにはミーコを家に帰らせておこう。
「分かりました。では、またお元気で。」
触手に元気という言葉はかけていいか分からないが人とあいさつするように言っておけばいいだろう。
「はい。切り捨てて申し訳ない。」
「ははははh、私は死なないからな。全く問題ない。」
斬られたら増えるだけだろう。今は最初に会った頃と同じほどの大きさだったのでくっついたのかな。
「お父さん、今度は肉片になりますよ。」
ちょっと強い口調でイオドをミーコは諫める。それにワサビがイオドを切った時は片手で斬っていた。両手で切られれば衝撃波でパァンする気がする。
「それは勘弁願いたい。では、家事は任されたから行ってくるといいぞ。」
玄関から出ると、ミーコがため息をつく。君のお父さんはちょっとやんちゃだからな。そうなる気もわからんでもない。
「それで、何を集めればいいんですか。」
一息ついたミーコはもう箱庭の事が気になるらしい。
「そうですぞ。何を使えばうまくできるでござるか。」
ミーコに続きワサビも激しく聞いてくる。
「二人とも近いって。」
ちょっと、圧がすごい。まあ、可愛い女の子二人に詰め寄られるのは悪くないけれども。
「あ、私としたことがすいません。」
「少々、押しすぎたでござるよ。以後気を付け〼。」
詰め寄ったことを恥ずかしがる二人。そうなるならやらなければいいのに。恥ずかしがっているのを見てもいいが、それを思い出されるのも恥ずかしいだろうから、話を続ける。
「材料もね、自由。」
「それも、自由に選んでいいのですか。何でも?」
「もう、何を選べばよいのかわからぬ。分からぬぞ。」
ミーコは、もうきょろきょろしている。いいものが見つかるといいね。ワサビはテーマも決まっていないのに、素材まで自由と言われて困惑している。
「ワサビ、本当に好きなものを選べばいいんだよ。それに、今は材料集めだけど使わないようなものを集めてもいいんだよ。足りなかったらまた集めればいいんだから。君は何が好きなのかい。」
「えーーと、光物が好きでござる。」
「へー、可愛い趣味をしているね。」
「ふぁっ!可愛い?某、可愛い?そんなことないでござるよ。」
急に可愛いと言われて爆発するワサビ。あー言われ慣れてないんだな。こういうこと。それに、自分で物事を決めるのが苦手そうだ。きっと、言われたことをやり続けたらこうなるんだなと思う。庭の隅に黒く反射する石が落ちていたので拾いに行くとまだワサビは顔に手を当てて照れていた。
「いや、可愛いと思うよ。後これ。多分、黒曜石じゃないかな。凄いきらきらしてるから好きそうだけどどうかな。」
「某を、からかわないでいただきたい。あ、でもその石は好きでござる。これを貰ってもいいのでござるか。」
「うん、ちょっと割ってから渡すよ。」
黒曜石の外見はただの石だが、割ると黒いガラスのような光沢が現れる。そしてガラスには筋があり、難しいがやろうと思えば細長いものが割り出せる。
カン!カン!
黒曜石に固い石をぶつけ形を整えてから剥離するようにもう一度石をぶつける。すると、ペリッと細長いものが剥がれてきた。
「これ、ワサビの刀みたいに細長く加工してみたんだけどどうかな。」
「創殿、凄いですぞ。魔法も使えたのですね。ミーコどのぉ。」
「えっちょまっ。」
「はーい、なんでしょうか。」
今回のは偶然、物の道理を知っていただけだ。博物館で原始人の石器についてみただけの付け焼刃な技術だ。
「これ、どう思うでござる?」
「すごい綺麗な刃物みたいですね。」
こんなもので喜んでくれて嬉しい。
「これを創殿が一瞬で作り出したのでありますぞ。凄い魔法でござる。」
「さっき、石がぶつかった音がしたときに作り出したのですね。創さんは魔法ができることを隠していたんですか?」
魔法というよりビギナーズラックかな。
「いや、これに関しては完全に技術だよ。それにビギナーズラックが味方してくれただけかな。」
二人はそう言っても納得してくれない。この世の不思議なことは全部、魔法だと思っているのだろうか。
「こんな短時間で物体を加工するのは錬金術くらいしか思いつかないでござるよ。」
自分で言うのも何なんだが、自分は箱庭をよく作っているので器用だ。作業が速かったのはそのためだ。
「それにこんなきれいに加工出来ているでござるし。」
ああ、これは納得してくれない奴だ。自分でやれるようになれば流石に納得してくれるだろうと、割り方を教える。
「やり方は教えるから、自分で試してみればいいよ。これは、、、、、、、」
半信半疑で話を聞いていたが、これでワサビも細石器を作り出せるようになるだろう。
「あっ、折れてしまうでござる。」
作り方を教えたら細石器づくりに没頭してしまった。ふぅと一息をつくと、ワサビに細石器づくりを教える時間待っていたのか、ミーコに話しかけられる。
「こんなものを集めてみたんだけどどうですか。」
箱を渡される。中にはコケや、炭、瓦のかけらが入っていた。ミーコを見ると、投げられたおもちゃを取ってきたから誉めてほしい犬みたいだ。尻尾が振られている。
「植物もいれたのか。」
「駄目でしたか?ダメなら捨ててきます。」
「いやいや、捨てないで。観葉植物を入れて世話しても面白いし色につやが出ると思うよ。」
苔の塊をわっしと掴んで駆け出そうとするミーコを止めて言う。
「本当ですか。よかったです。」
喜んでいるミーコを見て、自分の箱庭の素材を集めるのはまたの機会にすることにする。今日は二人のお手伝いをしよう。二人は、次々に採取したものについて聞きに来る。その様子はさながら飼い主に獲物を自慢する猫のようだ。
神社の前の階段を下がると、登るときは気づかなかった発見がある。まあ、こんなに長い階段は登るときが大変で疲れていたから見つからなかったのだろう。
「某はこれがいいと思うでござるが創殿はどうでしょう。」
「これなんてどうですか。」
ミーコは黄色いキノコを、ワサビは木の皮を持っている。ミーコのキノコは淡く光るキノコで太陽の光を蓄光し夜中に発する。夜中の森はただ暗いだけだとつまらないので、幻惑的にするため山の奥に植えたものだ。一応、毒はないが。また、ワサビの持ってきた木の皮は、杉の皮をはいだようなものだ。因みにこの世界の杉は花粉を出しにくい。花粉死すべき。慈悲はない。
「ワサビは、あんまり同じ木から皮をはがないようにね。直接使いにくいけど、色をぬったらいい味を出しそうな素材だと思う。」
「ほうほう。街で顔料を買うでござる。」
ワサビは頷く。独特の質感が雰囲気を出すと思う。
「ミーコのキノコは森で光るやつだよね。」
「はい。自分の箱庭のテーマにマッチしていると思うのです。」
「もう方針が決まってるのか。いいねいいね。そいつは日の光を貯める性質があるから、ちょくちょく日に当てるといいよ。」
「へぇ~、流石詳しいですね。」
この箱庭の創造主だからな。それに、植物の勉強もしているんだ。あったりめえだろ。ちょっと褒められた気がして、照れる。まだ、この箱庭の中に一週間といないが実家のような安心感を感じる。ワサビやミーコ、箱庭に生きる者がここに存在を許してくれる感じだ。
僕が箱庭を始めた理由はなんであったか。ふと思い出す。幼稚園でひたすら砂場に山を作り、ひたすらに図鑑を見た。小学校に入ってもあまり変わらず、本とフィールドで遊ぶだけだった。そんな自分と仲良くしてくれる人はいなかった。いや、いるにはいたが全て自分から拒絶していたのかもしれない。何故なら自分には必要なかったからだ。
それはそうと、中学生になると田舎のため繰り上げ方式だったので事態が変わることはなかった。
悲しいかな、もうそのころには誰も自分に歩み寄ってこなかった。別に自分が居なくても世界は変わらずに回っていくのだろうと思った。そして、賑やかな教室の中で悟ったのだ。自分は孤独なのだと。自分から話しかけてみるも、今まで避けられ続けた僕と会話をするのは煩わしいのか近づけば近づくほど離れていく気がした。
自分の薄っぺらい感情の表面で否定はしていたが、奥の方は諦めでいっぱいだった。ああ、もう自分が居なくても変わらない世界なんだな、そう思って部屋に閉じこもってしまった。今思えば愚かな選択だと思う。でも、そうすることしかできなかったのだから仕方がない。両親は何も言わなかった。その時になって両親が友達を作りなさいと再三、言っていた理由が分かった。
学校からの連絡は先生がしてくれた。仲のいい友達が居れば友達がしてくれたのだろうが、居なかったからそんなことはない。先生は一見心配しているようであったが心底面倒くさそうに、対応してくれていたようだ。よく来てくれていたから自分の考えはネガティブさに支配されていたのだと思うが。
中学校に入って、すぐに引きこもってしまった僕は心配してくれている両親としか話さなかった。それも朝と夜の二食の時のみ。それ以外の時間は、ただ布団に入り寝て過ごしていた。あんなにも好きだった図鑑、自然観察、物づくりは、心の虚無がやる気を封じ込めてしまった。
珍しく、陽の光が浴びたい日があった。たしか、その時も今日と同じように暑い日だったのを覚えている。
布団からもぞもぞと這いずりだし、朝食を食べに居間に行くと珍しく母親が家にいた。両親は共働きだから二人ともいないと思っていた。
母親におはようと言われたが適当に返事をして朝食を食べる。
「ねえ、創。」
二人には関係ないことなのに苦しめてしまっている自分に腹が立っていたことを今でも思い出す。でも、自分なんか何もできないと思っていた。母親の顔を見ると引きこもり始めたころよりも力ない感じがした。
「うん。」
「あのね、私の実家のお父さん、あなたのお爺さんが創に会いたいって言っているのよ。」
引きこもってからは、何かをしたらいいんじゃないとは言われなかった。
「うん。」
お爺ちゃんは引きこもっている自分の事をどう思うだろうか。情けない自分が答えを出すことができない。
「だからね、ちょっとだけでいいから行ってみない。嫌だったらすぐに戻ってきてくれていいから。」
お願いというよりは懇願のように聞こえた。何もできない自分ではあったが、情けない自分の事で両親が自身を責めてしまうことが嫌でもあった。なんだ、自分には行く選択肢しかないのか。
「うん。」
少し間をおいてから少しだけ本当に少しだけ嬉しそうな答えが返ってきた。
「そう、行ってくれるのね。なら準備しなきゃ。」
母親は僕が家から出ることを拒否するのかと思っていたようで、準備はしていなかったそうだ。布団の中で二年と少し過ごした自分には服も、身だしなみも清潔さもなかった。風呂に入り、服を買いに行き、散髪し、日用品を買う。よれよれの服しか着ていなかった自分には新品の服がチクチクした。髪はなんとなくもったいなかったので長めに切ってもらう。
そして、近くの駅で切符も買った。痩せて青白い自分は周囲から注目されていた。母親から欲しいものは何かないかと聞かれたので図鑑というと、本屋に寄ってくれた。植物、昆虫、キノコ、怪獣、星座。その全てを買ってくれた。車までの間を持って歩けなかったのはいい思い出だ。
家に帰ると、父親が今に居た。
「苦しい思いをさせて悪かったな。それでお前、最近本を読んでいなかったから何冊か面白そうなのを買っておいたから見ておいてくれ。」
母親が父に自分が家の外に出ていることを伝えたのだろう。
「うん。」
二人は喜んでいた。こんなに喜ぶものだろうかとついてはいけなかったが。夕食は、寿司の出前だ。自分が外に出て疲れただろうから、だそうだ。ちゃっかり赤飯もあったことにクスリと笑うと、不思議に思った二人が沢山よそってきた。
夕食の間は、ずっと二人の話を聞いていた。ニコニコしている自分に両親が面白いと思っている話をしていた。例えば、精神科医に行ってそうじゃないだろと思ったことを延々とカウンセリングした話。じゃがいもでノーブル賞を受賞した話。これから行く田舎の話。二年間っずっと更新されていなかった情報が一新される。もうそんなに時間が進んだのかと改めて実感した。
次の日、母方のお爺ちゃんの家に向けて出発した。朝早く起き、車に乗せられる。本や、他の荷物は後から送るそうだ。まあ、持たされても運べなかっただろうが。
電車の中では親父から貰った本を取り出して読んだ。6冊ほど包みに入れられていた。一冊目はなんかよく分からない数字のたくさん書いてある本だった。うん分らんと二冊目はもっとよく分からない新書である。その後もファッション、女性雑誌きゃるるんが出てきて、本当に父親は自分のことを分かっているのか不安になったが、ライトノベルを読むと気に入った。いあいあ言っていた女主人公が触手になってしまい、それを治すために奔走するものだ。乗り換えを何度かして読み終わった頃に目的の駅までついた。漢字が読めずに四苦八苦したため、読むのに半日以上かかったが、その本は今、大学近くの自室に置いてある。また読みたいな。
自分の住んでいた家は田舎とは言えど、地方都市の隅の方だったが、祖父の居るここは違う。見渡す限りの茶畑だ。携帯なんかは持っていなかったので事前に聞いていた番号に公衆電話からかけると、既に駅のターミナルに居たそうだ。気の強そうな爺さんが公衆電話ボックスまで来て攫われるように家まで行ってしまった。
「いらっしゃい、よく来てくれたわね。」
家の中には祖母が居た。
「うん。」
祖父は少し肩をすくめながら、祖母に言う。
「こいつ、うんと違うとしか言わないんだ。青白くって痩せていてな。うまいもん沢山食わせれば治るじゃろ。」
「あらあら、今日買い出しに行って正解だったわね。」
食事は命の元とは言うが、ほんのりと欠けた心を再生する。食事が終わってからも質問攻めにされたが、“うん”としか言わなかった。
次の日から何故か、山奥に連れていかれ作業の様子を見せられていた。何でも少しは焼けたほうがいいとのことだ。祖父は殖木から生えているキノコを採っていた。じっと見ている視線に気づいたのか祖父から収穫のお誘いが声かけられる。
「おーい、こっちに来てやらんかの~。」
別に断る理由もなく、のそのそと歩いて原木からモシモシとキノコを採る。原木を傷つけないようにと再三と言われたので丁寧に取っていく。何でも雑菌でシイタケ菌がやられてしまうのだそうだ。昼食は祖母が持ってきた。家で作ったおにぎりを携えて。そして、祖父と何口か会話した後、山を下りて行った。何だったのだろうか。
食事後も、午前と同じ作業をしていたが、三時くらいになると今日の分は終わったからと家に戻る。
この生活を、一週間ほどしたときに転機がやってきた。
そのころになると自分は、歩くのも大変だった体力も少し回復し、細々とした体にも肉が付き始める。さらに、常にボーっと感じていた思考も鮮明になっていく。まるで、洗濯機で、体の不調を根こそぎとってしまったようだ。
「おう、今日は休みだ。儂は庭の手入れをするぞ。」
祖父は、そう言って縁側から出ていき道具を持って帰ってきたと思ったら、葉っぱを切り始めた。
「あらあら、久しぶりの手入れだからって張り切っちゃって。昨日、荷物が届いたから整理しておいたわよ。」
祖母は、お盆にお茶をのせて、縁側に座る。
何もしていないが、風が気持ちよく感じる。切られた葉っぱは、つむじ風にくるくる舞う。ふと隣に、電車で読んでいた本が置かれた。
「最近のお勉強は難しいわねぇ、こんなもの分からないわぁ。」
祖母は一冊一冊、呼んでいく。中学生の僕には∫や、Σなんてわからない。本当にお父さんは何を思ってこれを買ったのだろうか。
最後に読んでいた本は箱庭入門といった本だ。触手のライトノベルを読んでいて気付かなかった。
「お爺さんお爺さん。」
「おう、なんだ。昼の時間か。」
「いえいえ、もっと働いてくださっていいのですよ。予定もだいぶ遅れていますし。」
多分収穫の予定だろう。シイタケは農協に納品するとか言ってた気がする。
「じゃあなんだ、お茶か?」
祖父は一旦作業をやめ、こちらに近づいてくる。
「お茶は好きに飲んでください。それより、創の持ってきた本の中にこんな本があったんですよ。箱庭入門ですって。お爺さん、こういうの得意だから創に教えてあげたらどうでしょう。」
「そうだな。まだ、荒れても大丈夫だから今日はこれをやろう。」
そう言って、あれよあれよとしているうちに準備をし始めた。箱庭の枠は農機具庫にあったトロ箱を引きずり出して用意されていた。トロ箱というのは金魚すくいやヨーヨー、ヒヨコ掬いで使う大き目の箱だ。なんでも、密林大陸でポチったらセットで届いて邪魔だったという理由だったが、直ぐに準備ができたので二人は満足そうだ。
「それで、何が必要なんだ。」
祖父は僕に本を渡し、聞いてくる。何が欲しいのだろうか。お祖母ちゃんと祖父と暫く沈黙をしていたが、必要そうなものを言う。
「石。」
「そうか石か。じゃあ軽トラに乗れ、行くぞ!」
必要なものを言った途端、軽トラに乗せられ荷台にスコップやらのこぎりやらを入れた箱が運び込まれる。
「婆さん、河原行ってくる。昼前に一回帰ってくるからな。」
そのまま、道路交通法なんだそれといった速度で河原まで行ってしまった。
「ほれ、好きなのを選べ。んで、荷台に乗せろ。」
お爺ちゃんは、そう言って河原の近くの木と竹が生えた雑木林に入っていく。のこぎりを持って行ったから木でも切るのだろう。
林からギコギコいう音が聞こえなくなったころ、石を選んでいると竹を運んでくるお爺ちゃんが来ていた。
「おう、どうしたんだ。」
「石、悩んでて。」
祖父は荷台を一瞥する。時間に対して全然、集まっていない。
「おうおう、悩むくらいだったら全部載せちまえ。ほれ、その石もな。」
そう言って、拾った石を片っ端から奪い取り荷台に入れてしまう。もう、いいやと自分も適当な石をどんどん積んでいく。お爺ちゃんは、それを見て満足したのか、放っておいた竹や枝を回収していた。
日が照って、肌がちりちりと焼けるように疼きだしたころまで、その作業は続いた。家に帰ると食事をし、そのまま箱庭づくりに移る。トロ箱は縁側の正面に置かれていたので近くに材料を転がしていた。お爺ちゃんは小刀や鉈で竹をいじっている。
さて何の箱庭を作ろうか、と思い箱庭の本を見る。それに従って石を配置してみたが、しっくりこない。またその配置を崩し、次の方法で配置していたら章の終わりが来てしまった。どうやら、この本は完璧ではないらしい。仕方がないのでパラパラとめくっていると、ひらがなの多そうなページに当たる。その項はあとがきで、すきな箱庭を好きなように好きなだけ、と書いてあった。要するに気に入らないなら気に入ったものを作ればいいじゃないか。と書いてあるように見えた。結局ほしい情報が得られなかった僕は午後の間ずっと、創っては壊しをしていたのだった。
早いもので、お爺ちゃんお婆ちゃんの家に着いてから一か月が過ぎた。段々と長い文も言えるようになり、土日に様子を見に来た父親と母親が喜んでいた。父も母も祖父母に怒られていた。なんか、僕のせいでごめんなさい。
箱庭も着々と完成に近づいて行った。図鑑を見て参考にしたりした。箱庭の本はもう一回だけ使ったが気に入らなかったので何処かになくした。そうそう、父の本の選択のセンスの無さに祖父母と母が鼻で笑っていた。
ある日、祖父に誘われて夜祭に行った。楽しくはあった。だが友達と仲良さそうに来ている男子や女子の集団を見るとなんだか欠けた心がもぞもぞと動くような気持ち悪い感覚になった。綿菓子に焼きそば、ホットドッグはいつも食べるのとは違う特別な味がして気持ち悪い感覚はどこかに行ったが。夜祭の中央部は神社だったのでお爺ちゃんとお参りした。お願い事は確か、“居場所を作る力が欲しい”だったかな。帰りは、金魚すくいをしたが一匹も取れず悔しかった。でも、お爺ちゃんはべらぼうに上手くて十匹くらいとってしまった。
「どうだ、楽しかったか。」
「うん。とっても。」
そう言うと、お爺ちゃんはほほ笑んだ。家に帰って縁側から見る花火も綺麗だった。
きっと、僕にとって“居場所を作る力”というのは箱庭だったのだろう。石やセメント、土、水を入れた小型の池になってしまった箱庭は人力で運ぶことができないため、縁側に置かれたままなのだろう。あの夜祭の金魚も箱庭の中に居るだろう。それが僕の箱庭を始めた経緯と理由だ。
思い出に浸っていると階段を降り切ってしまう。日は後、数時間で落ちるだろう。なので、ミーコと別れる。
「ミーコありがとう。泊めてもらっちゃって悪かったね。」
「いえいえ、私が引き留めてしまって悪かったです。」
二人で責任を奪い合う。
「某も急に悪かったでござるよ。」
「夜中、一緒に話せて楽しかったです。また来てください。同世代の友達が居なくて寂しいですから。」
ミーコとワサビは知らぬ間に仲良くなっていたようだ。
「じゃあまた~。」
「またよろしく頼むでござるよ~。」
「また来てほしいです~。」
それぞれ別れの言葉を言いながら帰途に就く。これから階段を上るミーコには沢山荷物を増やして悪い気はしたが、軽く登っていく様子を見るに全く支障に放っていないだろう。
「じゃあ、ワサビ、街に戻ろうか。」
「そうでござるな。朝の龍の事も気になるでござるからな。」
そう言えば朝、そんなこともあったか。軽愚痴を言い合いながら街まで歩いた。
日が傾きいい感じに赤いそれになった頃に街にたどり着いた。もうヘロヘロだ。街の門は硬く締められており、門につけられた小さな扉が開く。
「昨日街を出た方々ですね。創さんとワサビさんですか。」
「はい。門は締まっていますが入っても良いでしょうか。」
門から出てきた衛兵は一旦、門の中に戻る。許可でも得なければならないのか、中々帰ってこない。
「長いね。」
「そうでござるな。理由は大方朝方の龍でござろうな。この街は長い間平和だったから急に危機が現れて過剰反応しているのかもしれんぞ。」
開け放しの小さな扉から先ほどの衛兵が戻ってくる。
「確認が取れました。では、ワサビさんだけ通っていいですよ。」
自分には門を通り抜ける資格がないそうだ。何故だろうと聞こうとしたがその気持ちはワサビが代弁してくれた。
「何故、創殿だけ通れぬのか聞いてもよろしいか。」
「ああ、それはな、俺は眉唾話だと思っているんだが、龍が来る直近に街に始めて来た人間が創君だったんだ。別に街の中に入れてもいいとは思うが、過激派が居てな。」
「そうか、それは仕方ないですね。ワサビ、君は街の中に入りなよ。自分はどこかに行くから。」
なんか化学が発展してないから何の根拠がなくてもこうやってゲン担ぎのように切り捨てられるのか。あれ、ここは僕の居ていい場所じゃないのか。そう思ったが仕方がないことなので諦める。まあ、根拠がなくとも青い鳥でデマが流れたりするから同じようなことなのかもしれないが。
「創殿、、、、」
ワサビが心配そうに声をかけてくる。ここは街中で体験するように現代日本とは治安からして違う。衛兵さんはそれを心配して入れないという判断をしているのだろうから仕方がない。今日はミーコの所に泊まるかな。
「大丈夫。今日は何とかなると思うからワサビだけ街に入りなよ。」
門の方に一足先に行ってこちらを見ていたワサビが会話していたのとは別の衛兵に肩を掴まれる。
「そういうことだ。あんちゃんは分かってくれたようだがどうする。」
「ああ、ワサビは気にせずに街に帰るといい。」
中々、ワサビが街の中に入ろうとしないので街に背を向け歩き出す。これから直ぐに暗くなるし危険だろう。早く行動を起こすことに間違いはない。
少し歩いて振り向くとこちらを見つつ仕方がないといった様子で町に入るワサビが見えたので、意を決し門が見えなくなるまで走る。
門での出来事からまた階段まで一人で歩いてきた。そのころにはもう日が沈み切り涼しくなった。幸いにも曇っておらず月が煌々と道を照らした。二人で歩くのは中々に楽しかったこの道も、一人で歩くとなると寂しいし怖い。池に映る月がきれいに映っているのを見ると自分は色々とばかばかしく思ってしまう。
「ああ、どうしてこうなった。」
思えば龍の責任なんて自分にはない。あるのは適当に責任を押し付けられたという事実だ。これからあの街に入ることはできないのだろうなぁと思う。
はぁ~
長い溜息をつくと池の月は風によって揺らめく。まるで何をやっても簡単に崩れてしまう砂上の楼閣のようだ。
ワォーーーン! ウワォーーーー!ンワーーーー!
何もせずにボーっとしていると水と風の音に交じって狼の遠吠えが耳に聞こえる。
早く安全な場所に行きたい。外で暗い場所に一人でいるのがこんなにも怖いなんて思わなかった。
怖さから鳥肌が立った自分は立ち上がって階段を上り始める。昨日登った時の筋肉痛と今日ずっと歩き続けた疲労でなかなか足が上がらない。少し進んでは周りの景色を見て休むことを続ける。体力が無さ過ぎて情けないな。森の中にはほんわかした明かりや、蛍のような様々な色が浮かぶ。こんなにもぐったりしていなかったら、森の中に入っただろう。それだけ幻惑的な景色だった。
「おーーい。」
階段の下の方から声が聞こえる。誰だろうか。座ったまま叫んでいる人がこちらに来るのを待つ。
はぁはぁ
駆け上がってきたのか声の主は息が切れていた。もしかしてわざわざ街から自分を殺しに来た刺客だろうか。
「創殿ー。」
暗くて顔は見えなかったが声でワサビだと分かった。
「あれ、街の中に戻ったんじゃなかったの。わざわざ大変な方につきあわなくてもいいんだよ。」
「いえ、街の中で昨日から創殿と一緒に居たので某もいろいろ言われたので着たまででござる。冒険者となんかよく分からない烏合の衆に追われたので困ったでござる。多分、あの赤髪が扇動してるでござるよ。」
赤髪?なんか見覚えがある。
「ワサビ、ちょっと聞いてもいいか?」
「某に分かることであれば。」
「その冒険者って赤髪で体格が良くてよく日に焼けてて腰に剣を付けた感じの人?」
「どうしてわかったでござるか。冒険者かどうかは分かりませんでしたが、他の特徴は一致しまする。訳の分からないことを言われたので否定したら後から追われ始めたでござる。」
ああ、多分エンドだ。厄介なのに絡まれてしまったな。
「僕のせいで町に出入りできなくてごめんよ。」
「気にしてないいないでござる。それよりも、創殿を一人で町から出してしまったことの方を謝りとうございます。弱き者の味方となれという訓を忘れた某の責でござる。気に入らぬというなればここで腹を掻っ切って死にましょうぞ。」
脇差を抜き服を脱ごうとするので慌てて止める。
「いやいや、やめろって死んだらダメだろ。」
「むっ、そう言われるならやめましょうぞ。この埋め合わせはいつか必ず。」
とても物騒だ。葉隠を読んでから箱庭を作るんじゃなかった。いい感じに死に狂ってる。それに龍の襲撃を加えたものだからワサビの箱庭を作った時の自分はどうかしてるや。
「なら今からしてほしいかな。」
「早いでござるよ。それで何をすればよろしいでござるか。」
「一緒に階段を登ってほしいかな。もう疲れちゃって。」
ワサビはあまりにも早いお願いに身構えていたが、お願い事を聞いてからは顔がほころんでいた。
「喜んでお付き合いいたします。」
よかった。一緒に登ってくれるようだ。
「一人だと、寂しくってね。どうしても登る気力ができなかったんだよ。ありがとう。」
「分かりまする。一人で日が暮れた後に街で戻った時、門が締まっていて野営したのですが何の気配もしないのは慣れなかったでござる。」
ワサビも同じような経験をしたことがあるらしい。心細いよね。
二人で階段を登ると一人で登っていた時よりも歩が進む。二人とも無言だがなんとなく楽しい雰囲気だった。
二人で登り始めて少し経った頃、ワサビが急に転んだ。
「キャァッ!」
悲鳴と共に肉を石にぶつける鈍い音が聞こえる。ワサビは華奢だから骨が折れてないか心配だ。暗くてよく見えないので仄かな月明かりを頼りにゆっくりと黒い塊に近づく。
「ワサビ、大丈夫かい。」
「恐らく問題はないでござる。受け身が上手くとれてよかったでござる。」
日ごろの鍛錬をきっちりと行っているからだろう。すっと立ち上がったと思ったらふらついたので強引に腕を回し支える。
「クッ!」
体を支えると体重を預けられ、そのまま座り込んだ。階段を転がった時にグゴッとか凄い音がしていたから何処かを痛めたのだろう。
「ワサビ、足を怪我したのかい。他にもどこを怪我したか教えてくれると対応のしようもあるんだけれども。」
「会談にぶつけた場所は何処も問題がないと思いまする。木刀を打たれるよりはましでござるしな。ただ、転んだ時に足を捻った感覚があったのでそこが痛むでござろうな。」
転がった時の怪我は全て木刀以下なのか。丈夫?慣れてる?のかな。
「多分捻挫かなぁ。」
どれだけ鍛えても筋肉は切れるし怪我はする。この世界なら治せるから一時的なものだろうけど。
「このくらいなら問題ないでござるよ。ちゃんと神社までは歩き切るでござる。」
月が出ているとはいえ応急処置をするには暗すぎる。ましてや怪我が酷くなったらワサビが困るので、先ほどのお願いを変更しようとする。そのために抱えて持っていた半切桶は階段の隅に置く。ワサビは水張桶を肩から掛けている風呂敷に引っ掛けていたので邪魔にはならないだろう。
「さっきのお願いを変えてもいいか。」
「そうなるが自然でござるよね。一緒に歩けず申し訳ありませぬ。先に行って下され。某はまた後から追う故。」
ワサビは元気のない声で返事をする。
「いいや、そうじゃなくてさ、僕がワサビを背負いたいなって。」
「それは創殿に利がないのでは。」
「いや、ワサビにはいろいろとよくしてもらってるからね。自分からの感謝の形としてさせてくれると嬉しいな。」
どうしようもない様子で丸まっているワサビの身体は小さく見えた。暫く迷っていたのか少したってから返事をされる。
「では、お願いしまする。」
承諾された。もし、ワサビに拒否されても無理にでも連れて行ったが。背嚢も半切桶と一緒に森の中に置く。これならあると分からなければ盗られないだろう。それにどうせ元気になったら取りに来るだろ。多分。
「じゃあ、背負うね。」
ワサビは小さく、軽かったが着物が邪魔で持ちづらい。あと、汗で濡れているのか、着物と髪が体に張り付いていた。
「重くないでござるか。降ろしていただいてもいいでござるよ。」
「重くないから大丈夫だよ。」
重くないと言ったら安心したのか、頭部を自分の背に預けてくる。汗臭くないだろうか。だが、人一人を背負って階段を登るのはかなりきつい。
「創殿。」
後ろから呼ばれる。
「なんだい、ワサビ。」
「いや、何でもないでござる。」
階段を登る途中に何回も同じやり取りをしたが、ワサビが上機嫌だったので良かった。
鳥居に着くころには三足歩行で階段を登っていた。もう、動けない。片手はワサビを抱え、もう片手を地につける様相だ。階段が急でその方法なら移動しやすかった。
「ああ、やっと着いた。」
「ほんに申し訳ない。かたじけない。」
腰も足も手もビキビキと痛い。筋肉細胞がいくつも死んだのだろうが着いたので良いだろう。ワサビを背から降ろすと鳥居の下に寝転ぶ。熱くなった体に冷たい石の感覚が気持ちいい。月は真上に上がっている。池に映る月を見た時は三十度ほどの角度だったので、あれから四時間くらい経ったのだろうか。
「創殿、某がミーコ殿の所に参るでござるよ。しばしお待ちを。」
正直、足を怪我しているワサビに歩かせたくなかったが自分はもう動けないのでお願いする。
「ありがとう。じゃあ、お願いするよ。でも、足首を痛めないように気を付けてね。」
「ええ、痛いまま動き回るのは嫌でござるしな。」
ワサビは骨が折れても動き回りそうなイメージがするが流石に痛いまま動き回るのは嫌らしく素直に話を聞いてくれた。そして怪我をした足をかばうために、近くにあった竹を太刀でスパッとちょうどいい長さに斬り、杖代わりにして本殿の陰に消えていった。
ワサビが見えなくなり緊張の糸が切れた自分は、月の光に照らされながら瞼がゆっくりと閉じた。




