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いっしょう

ふと目が覚めた。きっとここは病院だろう。そうに違いないと思い、目を開ける。すると、目に入る景色は空と、木々であった。目がおかしくなったか、気が動転したかどちらかだろうがどちらにせよおかしいことに変わりはない。

 起き上がろうとする。しかし、すぐには起きることができない。そして最近出さなかった大声を上げる。何故なら左足と左腕に激痛が走ったからだ。意識をすると肋骨も痛いことに気が付く。多分、マンホールに落ちた時に折ったのだろう。血は出ていない。

 這って近くの木にたどり着く。途中に50cmほどの枝があったのでそれを回収する。これで応急手当てができる。上体だけ起こし、その木に寄りかかる。丁度いい紐はないので着ているシャツを脱ぎリュックの中にある万能シャベルの刃で切る。そうして先ほど得た枝で患部を固定する。応急的にはこれでいいだろう。

 暫く安静にしていると、落ち着いてきた。カバンの中にスマートフォンがあることを思い出し、電話をしようと119を押したが反応はない。よく画面を見るとアンテナが付いていない。電波のない携帯電話はただの黒い板じゃないかと愚痴を吐きながらしまう。

 どうしようかと、考えているうちに日が傾いてきた。結論は未だ出ない。仕方ないので這って移動を始めた時であった。

「キャー!」

 悲鳴が聞こえた。小さな子供の声である。何があったのかわからない。だがその答えは次の声で分かった。

「ヒグマ!ほらクマの方へ向いて。逃げないで。」

 別の女の声がする。おそらく二人組でクマに出会ったのだろう。しかし、この森の中でクマに襲われていたら助からなかっただろう。運がよかったといえばよかったが悪い。

 二人組の方に移動を開始した。最初は這って行ったがちょうどいい長さの枝が一本あったので、シャベルもつかいそれらを杖代わりに歩く。牛歩の歩みだがクマの前に怪我人一人でいるよりはましであろう。

 クマと女性の居る場所までは目と鼻の先であった。二人の後ろの茂みから現場を見る。クマは唸っており今にも女性を食べてしまいそうである。そのクマに既視感を感じた。毛が燃えているのだ。それは自分が創った箱庭にいる動物だからだ。

 火熊。女性たちが羆といったと思ったが勝手に勘違いしていただけだ。勿論、羆の凶暴性に加えて燃え盛る体毛があるので、危険が危ない。

 女性たちもそう見てみると現代人と比べて服装が違う。

数分の間、息を飲んで見ていると茂みを大きく揺らしてしまう。杖にしていた枝が枯葉で滑ったのだろう。転んでしまう。

「あなた、なんで。」

 女性がこちらを見たため目が合ってしまう。驚かせたようだ。その隙を火熊は逃さない。

 一気に走って体当たりを女性たちにぶつけようとする。女性は幼い子を抱いて間一髪、避ける。そして転んでしまう。火熊はそれを狙っていたのか、両腕を広げる。その恰好は自分が想像していた火熊だ。そのまま女性たちをこんがり焼いてとどめを刺してしまう算段なのだろう。

「このデカブツめ!こっちをむけ!」

 女性たちはまだ逃げ切る足がある。それなら怪我人の自分が犠牲になって女性を逃がした方がいいのではなかろうか。火熊は自分の方に向き直る。よし。

「にげろー!」

 女性はなく子供を抱え、必死に立とうとはしているが緊張で動けないようだ。

 逃げられなくなった様子の女性たちを見た火熊はそれらを一瞥するとこちらへ向き直り、再び突進の構えを見せる。死を覚悟する。何とかならないだろうかとここまで杖になってくれた枝をクマに投げる。しかし、クマは微動だにせず受ける。当たり前だがクマには効かない。これは万事休すだなと思いつつ、ただでは死ねないと折れていない右腕でシャベルを振り回す。

 シャベルの刃が当たった草が刈られる。これなら何とか一矢報いることができると思ったが、火熊の突進はそれをやめさせるほど絶望的なものであった。助かりたいと強く願う。

 目と鼻の先まで火熊が接近した時、それは起きた。穴ができたのだ。クマが自分と同じように落ちる。そこまで大きくない穴だが、火熊が穴の壁に顔をぶつける高さはあったようだ。ふらついている。暫く呆然としていると、

「立って!」

と声がかかる。女性が気が付かない間に近くに来ていたようだ。しかし悲しいかな、腰が抜けていた。立たないことに焦りを感じたのか、女性は左腕で、僕の服の首の襟を掴む。

「え?」

 そう言った時には首が閉まってグエッと言ってしまった。女性は自分を引きずって走ったのである。木に接触したり、地面に腰を打ち据えたりした。女性が止まった頃には体のどこかがもげていると思ったが、五体はしっかりとあった。ずいぶんと乱暴な仕打ちだ。

「すいません。大丈夫ですか?」

 女性にそう聞かれる。だが、骨折した体を引きずられて、ぶつけられて痛くない訳がない。火熊から逃げられたので文句を言うのはお門違いだが、少しくらいなら愚痴を言ってもよいだろう。

「骨が幾本か折れました。治せますか。」

「いいですよ。」

「冗談ですよ。元々です。っていいんですか?」

 骨が折られたように言ったが、実際はマンホールに落ちてから折れている。骨が折れている部分は時間もたっているので内出血も伴い青黒く変色しているだろう。そして、冗談で治せるか聞いたら治せるといわれ驚いている。

「私も火熊から助けられましたから。ただ魔力を先ほど逃げるのに使ってしまったので一か所しかできないのですが。」

 これはありがたい。彼女は添え木が何本かあるのを見て怪我がいくつもあると思ったのだろう。しかし、どの骨を治すのがいいだろうか。左足か、左腕か。クマがいるので一刻も早く逃げたいから足にしよう。

「では、左足の方をお願いします。」

 彼女は足の添え木を外し、持っていた短刀のようなものでズボンを切り裂く。器用なその刃は皮膚を切ることなく見事に布だけを切っていった。案の定、青黒く変色した太ももを見ると、短刀を吊るしていた逆側から瓶を取り出し、中の水をかける。そして、何やら詠唱をすると青白い魔方陣が現れ激痛がはしった。

「にちにちみちらすいにちにちみちらすいにちにちみちらすい、、、、、」

「ア゛ッーーーー!」

 自分は叫んで暴れようとしたが彼女が足を抑え込み更なる激痛に襲われる。全身の筋肉に力が入り、硬直する。ちょっと漏れたかもしれない。

「もう少しです。我慢してください。」

 非情にも、まだ続くようだ。そうして、しばらく耐えていると段々痛みが引いてきた。体中冷たい汗でびっしょりだ。少し体を起こしたが集中していて気が付かないようだ。

 完全に痛みが引いたころには彼女は疲労困憊といった様子でこちらに向き直る。

「多分これで足は治りました。」

 太ももは青黒いままではあるが、確かに痛みは引いた。この魔法を見たため、自分は自分の箱庭の中にいるのだろうと確信を得た。いや、得てしまった。

「ありがとうございます。せめて痛くなるなら先に言ってくれれば、いえ、何でもありません。もう一人の子供は大丈夫ですか?」

 まずはお礼だ。しかし、先ほどいた子供がいないことに気が付く。火熊がいる森に置いて行かれたのだろうか。それなら、早く助けに行かねば。と思い聞く。

「すいません、治癒の魔法が痛いことは言い忘れてました。次回から言いますね。それと、あの子は火熊が突進してきた時に気絶してしまって。まあ、気絶していなくても森を走るときに怖い思いをさせていたのでよかったんじゃないでしょうか。」

 近くを見回すと、髪の長い幼女が木の根元に寝かされていた。森の中を走り抜けるのは自分は首が締まってそれどころではなかったが、幼い子供には怖いかもしれない。

「そうか。自分はそれどころじゃなかったからな。所で、火熊は執念深いのだがどうしようか。」

 箱庭すべての設定をした自分は、当然ながら火熊の設定も考えた。爪をふるえば木が倒れ、走れば岩をも砕く。おまけに、毛が火でできている。山火事をしない理由は、森にあるのだが、それは今はどうでもいいだろう。そして火熊の重大な危険な点は執念深いということだ。ただでさえ絶望の塊なのに、執念深さが加わったらどうすればよいかわからない。

「ええ。どうしましょう。ええ。所でお名前をお聞きしても。私はミーコといいます。」

ミーコは困り果ておろおろしていたが、諦めたのか割り切ったのかあるいは両方なのか話を変えた。

「あ、自己紹介がまだでしたね。僕は工楽創といいます。何も思いつかないなら逃げるのがいいかと。あなたは、疲れているようですから私があの子を背負えば何とか全員で逃げ切れるかもしれません。足を治しておいてよかったです。」

 ミーコは、急に明るい顔になった。そして今まで荒れた銀髪の中に隠れていたであろう獣耳が現れる。名案だと思ってくれたのだろう。かくいう僕も友達の輪から戦術的撤退をしている。慣れたものだ。こら、そこ。ボッチとか言わない。明るい顔になったミーコは耳をぴこぴこ動かしながら笑う。どうやら、逃げることにしたようだ。

「そうですね。逃げるのが一番ですね。討伐しかないと思っていました。」

 あんなのが討伐できるのなら討伐してみたい。生態系の頂点だからな。

「あんなのに勝てる訳がないですよ。面白いこと言いますね。所でミーコさん。この子の名前はなんというのですか?」

 幼女の方は怪我は無く、安眠しているようであった。こんな事態の中で寝ているとは。

「その子はマリです。街の娘なのですが、私が山の祭壇に行くと知って心配してついてきたのでしょう。」

 マリというらしい、その少女を抱える。左腕が使えないので、足につけていた包帯代わりの割いたシャツをおんぶ紐にして前で支える。

「これで何とかなるでしょう。」

 ミーコは自分が背負っている荷物を持とうか提案してくるが、それは断った。まだ、荷物を安易に渡せるほどミーコを信用できていないためだ。準備が完了したので、ミーコに道案内を頼む。

「本当に、荷物を持たなくていいのですね。では、行きましょう。多分、こちらであっていると思うのですが。」

 ミーコは、道に自信がないとは言いつつも森の中を直進している。

 ふとしばらく進んだ時である。バキバキと、遠くの方から音がしてきたのだ。枝が折れる音ではなく、太い幹が折れるような重厚な音だ。

「ミーコさんミーコさん、何か聞こえませんか。」

 自分の感覚で音が聞こえているが、ミーコにも何か聞こえていないか聞く。気のせいであればいいと思うが現実はそう甘くない。

「聞こえますね。先ほどのヒグマでしょうか。」

 ミーコは、恐怖に身が震えている。自分も体が冷えたように感じる。早く逃げ切りたいと切に願う。そうして道を進むことをせかした。

「早く逃げましょう。また会ったら逃げられるとは思えないので。」

 自然と歩く速度が上がる。だが、木が折れる音はだんだん近づく。動物由来の嗅覚で匂いで追ってきているのだろうか。その音が、死神の足音のように聞こえる。

 その足音が大きくなる。

「ここで、分かれましょう。」

 ミーコが急に止まって、提案をする。どういうことだろうか。自分が犠牲になるということだろうか。

「ここで別れれば、どちらかが生き残れるかもしれません。創さん。街はこの先です。まっすぐに行ってください。」

 自分たちが街に逃げるとしてミーコはどこに逃げるというのだろうか。

「犠牲になる気か?」

 ミーコに問う。

「いえ、社がこの近くにあるのです。そこまで行けば結界が貼ってあるのでヒグマ程度なら何とでもなります。」

 社があるのか。それなら、分かれても大丈夫だろう。三人とも助かるのならよい。

「分かった。ここをまっすぐに行けばいいのだな。ミーコさんも、早く逃げてくださいね。」

 ミーコは無言でうなずいて、早く行くように促す。その指示に従い、森を進む。振り向いたとき、ミーコは自分たちが進んできた方向から見て9時の方向に進んでいた。きっとそちらに社があるのだろう。


 森を数分進んだ頃であった。森が途切れ街の外壁が見える。後ろを振り向くと、依然と木の折れる音は聞こえるが、少しづつ小さくなるのが分かった。クマはミーコの方に行ったのだろう。安心のため息を出した時、胸元の、マリが起き、一声を上げる。

「ミーコお姉ちゃんはどうしたの。」

 起きてすぐに他人の心配をするとはいい子だ。そしてミーコが森の中で別れたことと、大体の位置を聞いたとき、マリは寝惚け眼からハッとなる。

「そっちにおねえちゃんの家はないの。そっちじゃなくてあっち側にあるの。」

 マリが指さす方向を見る。ミーコが、行った方向からどう考えても社に行けるとは思わない。自分を犠牲に、マリと自分を生かしたのだろう。悔しい。理不尽にはどうすることもできないのだろうか。ミーコに直してもらった左の太ももをさする。この命、一度はなくなったようなものだ。女の子一人に全部背負わせて、自分だけが逃げるのか、そう思う。マリを下す。

「お兄ちゃんはちょっと森を見てくるからね。マリちゃんは一人で町の中に入れるかい。」

 覚悟は決めた。箱庭の中の状態は知り尽くしている。何とかなるだろう。

「うん、衛兵さんに怒られるけど、街で待ってるね。」

 マリは笑顔でそう言う。というか、無断で町から出たのか。たくましい。

「じゃあ、またね。」

 そうマリに言うと、マリは手を振りながら街の外周の壁伝いに歩いて行った。

「自分も、行こうか。」


 森の中、死神の足音のもとに近づく。怖くないのか聞かれたら怖いと言うしかないだろう。森の中をよく見ると自分が、想像した様々な植物がある。強い衝撃を与えると弾ける栗、弾け栗や、鉄のような強度の外皮を持った蔓などだ。折れた木の中に面白いものを発見する。これは回収しておこう。リュックのポケットの中に入れる。

「ひぃぃぃいい」

 ミーコの悲鳴が聞こえる。火熊の足音も近い。こんなことをしている暇はなかった。行こう。


 必死に急いだ。すると少しだけ開けた場所に出る。そこに、火熊とミーコがいる。ミーコは持っているナイフを前に構えじりじりと下がっている。が、後ろにある木に気づかず、下がれなくなってしまった。それを狙い、火熊は体当たりをする。

「うわあああああああああ!」

 怖い。叫ばずにはいられない。火熊の注意を引こうと、叫びながらシャベルを振り回し、突進する。火熊は、こちらを見ることもなく、ミーコに突進する。

バーン‼

 火熊は木と当たり、そのまま突進していった。ああ、ああ、ミーコがと思い、木の根元を見る。へたり込んだミーコがいる。服は焦げ、所々切れてはいるが目立った怪我は無い。まだ生きている。ミーコはこちらに気が付き、なんでこんなところにと思ったのだろう。さらに絶望的な表情となる。だが、こちらは覚悟をしてきている。震える腕でミーコに肩を貸し、逃げだす。何故か、ミーコの下半身の着衣が濡れていたが持っていた聖水の瓶が割れただけだろう。

 リュックを背負い、右腕でミーコを支える。左腕は痛くて何もできないので、ミーコを抱えるだけとなってしまう。

「な、なんであなたが。」

 ミーコが抱えられながら言う。自分は森の中で倒れていた時点で死んだも同然の状態から救われた上、自分たちだけで逃げればよいもののわざわざ自分も連れて逃げたなどと慈悲にあふれたミーコが死ぬなどありえない。させない。自己犠牲の精神は尊ばしいがそれだけだ。

「そんなのはいいだろ。それにこれから二人で逃げるんだ。」

 ミーコの倒れていた耳が少しだけ見えた。少しだけだが、されど火熊に完膚なきまでに折られたミーコに希望が見えたのだろうか。

「ええ。ええ。二人で。」

 ミーコは涙を見せる。しかし、感傷に浸る時間はない。弾け栗の木を蹴り飛ばし、実を落としておく。これで少しは時間が稼げるだろう。帰り道にある、植物や地形を使って逃げるのだ。プランはない。あるわけがない。あり合わせだ。

 ちょうど後ろからのしのしと火熊が表れる。餌が増えたと、笑っているようだ。自分たちは必死に歩くがそれ以上に熊は早い。クマが不注意にも、栗を踏んだのだ。大きな音と共にいがが飛ぶ。他の栗にも刺さり、音が爆竹のように連鎖する。クマは驚いたように、木々の中に逃げ込む。獲物を追い詰めてはいるものの臆病だ。いや、逃げられないだろうと高をくくっているのか。

「こんなこと良く思いつきましたね。」

 ミーコは驚いているが、これは序の口だ。

「ああ、昔から想像をしていたんだ。こんなことができるとは今日は良い日なんだか、悪い日なんだが。」

そう、皮肉気味に言う。

「ええ。まるで、ハンターみたい。所で多分歩けるから降ろしてほしいのだけれども。」

ミーコは、きらきらした目でこちらを見る。さらに、必死に逃げている間に震えが収まったようだ。まだ、体力が残っているようなのでカバンも持ってもらう。とんでもないスタミナだ。

ミーコを下した後は毒霧を発生させるカラスノエンドウや、地面に粘着質の液体を垂らし続けるク(く)(もく)など、あるものをミーコに手伝って貰って必死に使う。が、街までには当然足りない。

 火熊が寄ってくる。障害をことごとく打ち倒し、怒りの様相だ。諦める気は毛頭ないらしい。毛が激しく燃える。

「どうすれば。」

 シャベル片手に考えを巡らせるが、思いつかない。そう考えているうちに、火熊は突進をする。立ててはいるものの足は震える。万事休すか。仕方ない。

「ミーコ先に逃げろ!」

 自分は跳ね飛ばされるが、ミーコだけでも逃げてくれればよい。そう思い、叫んだのだがミーコの行動は違った。

 自身の右側にいたミーコは自分を跳ね飛ばし守るように抱き着く。

「嫌!」

 自分たちは火熊の真正面から少しだけ逸れたが、ミーコに渡したリュックがクマの鼻先に引っ掛かり、二人共々とばされたのだった。

 幹には当たらなかったものの枝に引っ掛かり、地面に落ちる。リュックは焼けて中身が散乱している。ミーコは服のない部分が切れて動けない様子だ。どこか、骨でも折ったのだろう。自分はミーコがクッションになって、傷こそあるものの骨折以外の怪我は無い。

 火熊を見ると、雄叫びを上げた。

GOGYAAAAAAAAAAAAAA!!

戦勝の勝鬨のように思えるが、まだ自分たちは生きている。これから嬲るつもりなのだろうか。させない。

 ミーコと共に弾き飛ばされた時も握りしめていた、シャベルを握りなおし火熊に向き直る。そして振り回す。少しくらいなら、一矢報いることができればよいと思った。が、その手は、すぐに止まった。シャベルが当たった木が小さくなったのだ。まるで、ミニチュアだ。ミーコと会った時も何故か地面が陥没したが、納得がいった。ここは僕の箱庭、いや世界なのだ。それが分かったのなら早い。

火熊がこちらに向き合い直り、まだ雑兵がいたか、といったように息を吐きだす。また突進をするのだろう。それでいい。突進は確かに脅威ではあるが手段があれば何とかなる。

 地面を蹴り、火熊は突進を繰り出す。何度も見た。完全に加速し方向転換ができなくなったと思ったら地面をシャベルで突く。すると、突かれた地面がもとからなかったのかのように陥没する。大きさは先ほどよりも大きく5m四方だ。

Gyaaaa!!

 火熊は見事に落ちた。落ちるときの顔が何で?と疑問にあふれたような顔だったが、逝ってくれ。間髪を入れずに穴とは別の所を掘って、クマの居る穴の中に土を入れる。生き埋めだ。

火熊の火の特徴に、一定以下の硬度のものを焼くというものがある。なので、この森の植物の表面は固いか、耐火かどちらかだ。そして火熊の火は細胞の中でも燃えていてこの火が消えると死ぬ、という設定だ。因みに肉は美味しい。皮はどんな冬山でも過ごせるほど温かい服となる。

 ミーコの元に戻る。ミーコは起き上がれないが目は開けていた。か細い声がミーコから聞こえる。

「この馬鹿ぁ。」

 ミーコは泣きつつ腕で僕を叩く。

「ごめんな。」

「マリは大丈夫なのですか。」

「ああ、街の外壁まで送ったから大丈夫だろう。そこから先は一人で帰れるらしいから一人で行くように言った。それよりも、どこか痛いところがありますか。」

 マリを心配するミーコの応急救護を急ぐ。こんな時になっても他人を心配するところがマリと似ている。

「それはよかった。痛いところですね、足が、ふくらはぎが痛い。」

聞きつつ体を見回す。腰から足まで覆うスカートのような布が焦げていたのでめくると足を火傷していた。右のふくらはぎ辺りが火傷だろう。救急法の本を読んでおいてよかったと思いつつ、木の中から回収をした青い石を取り出す。これは、水が沢山滲み出る石だ。沢山とは言っても石によって量は違う。シャベルで砕くと流れるように水が出る。

「かなり痛いかもしれないが、我慢してくれよ。」

ミーコに痛いことを伝え、頷いてから石を、患部の上に置く。

「痛い痛い痛いぃ。」

 痛いなら大丈夫だろう。幸いにも火傷によく効く赤い薬草が近くに生えていたので、採取をする。必死だったため今まで気づかなかったが尻尾がスカートのようなものの中から出て振られていた。きっと、かなり痛いのだろう。尻尾でふくらはぎを払おうとするので掴む。

「ぎゃひん!」

 尻尾はつややかな毛の感触と共ににちゃっとしていたが気のせいだろう。

 女の子とは思えない声が出たが、この場合は仕方がないだろう。その後、尻尾を掴んだ件について長いこと言われ続けたのだが、それはのちのお話。




 暫くたった後、日が暮れてきていた。ミーコの足には薬草と青い石をシャツで巻き付けた即席の処置をしてある。既に、空は赤く、もし村まで今から行こうとしたら村に着くまでに遭難しそうだ。

「困ったなあ。夜中の森は怖いからなぁ。なにより、暗いのが怖い。」

 きっと街の人々は、街から出ないだろう。街から出て火熊の居るであろう森に行くのは危険だ。

「私が火をおこしましょう。枯れ木を集めてもらえませんか。」

 電波の届かない、スマホを懐中電灯代わりに枯れ木と乾いた落ち葉を集める。そろそろ火熊も蒸し焼きになって死んでいるだろうと、掘り起こし、ミニチュア化して回収する。

「これでいいかな。ミーコさん。火熊は美味しいらしいですから持ってきましたよ。」

 ミーコは少し不満げにこちらを見る。

「ミーコとお呼びください。後、敬語もやめてください。それにしても面白い魔法を使いますね。光といい、シャベルといい。」

 自分は、枯れ木を二本転がし、片方の木の上にもう片方が載るように削ってから置く。真ん中あたりは大目に削ったので、その中に枯葉を入れておく。

「ミーコ、これでいいか。真ん中に火を入れてくれ。」

 ミーコに対し、砕けた感じで話しかけ、準備が済んだことを伝える。返事がないので、ミーコを見るととろんとした目で見ていた。僕を見ていたことに気が付かれた彼女は、ハッとするとすました顔で言う。

「はい。いいですよ。真ん中に入れればいいのですね。所で、ちょっと休憩したら魔力が回復したので腕も治してもいいですか。」

 左腕はできるだけ使わないようにしていたので作業に手間取っていたのでそれを見ていたから言ったのだろう。しかし、ミーコの火傷のほうが重傷だ。

「自分の腕は使えないだけだから。それにミーコの火傷のほうがひどい怪我だから治した方がいいよ。」

 そう言っても、ミーコは僕の骨折を治したいと言ってくる。

「いえ、あの治癒の激痛を味わったでしょう。あんな激痛の中で治癒の魔法をかけ続けられるとお思いで。」

 確かに、それは無理だろう。話し合った結果、ミーコの体中の傷を治し、そのあと魔力が残っていたようであったら左腕をお願いするというものだ。女の子の体に傷が残るのは、あまりよろしくないので、それを伝えたら渋々納得してくれた感じだ。

 自分の傷を治し終わったミーコは僕の左腕を治した。自分の身をよじりながら傷の治癒をしていたので、よほど治したいと見える。自分はもちろん痛んだので暴れようとしたらミーコに押さえつけられた。女の子の押さえつけられる自分って何なのだろうか。

「足が痛い。これは、街に帰らないと治せない。」

 ミーコは自分の足を見て言う。

「夕食は、さっき回収した熊肉でいいですかね。」

「ええ。それしかないですからね。でも、楽しみです。」

 ミニチュア化しておいた火熊を出す。これを近くの地面に放り投げる。すると、火熊の死体が現れる。先ほど、掘った土を火熊の穴に入れた時も、シャベルから少ない体積の砂を投げたら埋まったので方法はこれでいいかと思ったが正解であった。

「適当に切りますけど、何処か希望はありますか。」

「じゃあ、ハツをください。ナイフ貸しますね。」

 獣のさばき方は分からないのでミーコから借りたナイフでぶつ切りにするしかない。鳩尾から下に向かって切り開く。さっき死んだばかりのはずなのに、まだ出てくる血が熱い。匂いはない。が、初めて掻っ捌いた内臓を目視で見てしまい、嗚咽をする。

「もしかして、獣のさばくのは初めてであったり。」

「ええ。適当にぶつ切りにすればいいかなって。でも、無理そうです。ごめんなさい。」

 ミーコには悪いが今日は飯抜きになりそうだ。火熊の腹の中を見ると気分が悪くなる。

「仕方のない人ですね。ナイフを返してください。あとこの水の出る石も借ります。私がやります。希望の肉はなんですか。」

「すいません。食べたくないです。」

「そうですか。では適当に見繕いますね。」

 ミーコは無理にでも自分に食べさせる気があるようだ。ミーコのさばき方は上手で、いらない臓器などを地面に捨て目的の心臓を剥ぎ取ってしまう。

「これ、ちょっと離れたところに捨ててきてください。」

「分かった。でも何でなんですか。それも食べればいいのに。」

「内臓は、食べた後にお腹が痛くするから。それに痛みも早いし。さあ、切っておきますから早く行って埋めておいで。」

 ミーコは他の部位を切るのに集中をする。とにかく捨ててこいということなので引きずって運ぶ。そして薪の明かりが届かなくなるギリギリのところで穴を掘り、内臓を捨てる。

「内臓を捨ててきたけれども、あれでいいのかい。血まみれだけど。」

 自分は足や腕が、ミーコは体の正面が黒い赤でホラー映画のゾンビのようだ。

「ありがとう。肉は枝に刺して火にかけておいたから勝手に食べて。熊肉は固いものだから硬かったら諦めてね。」

「いや、火熊は固めだけれど普通においしいはずだから大丈夫だと思うよ。」

 火熊の設定を思い出す。確か、肉は固めだが筋がなくておいしいはずだ。

「そんな事を何で知ってるのですか。まさか、食べたことがあったり。」

「いやいやまさか。食べたことなんかないよ。でも、創ったから。」

「創ったのですか。まるで神様ですね。」

「いや、何でもない。食べたってことにしておいてくれ。」

 ミーコは尊大なものを見る目でこちらを見ている。これは誤解だろう。まあ、ある意味正しい誤解かもしれないが。

 先ほどは食べるつもりがなかったが、視線に耐えられず焚火にかけられている熊肉を一つとる。枝で串焼きになっており、油が滴っている。匂いを確認すると、少し甘い肉のにおいがする。熊は臭くて食べられないそうだが、火熊は問題なさそうだ。そして串焼き熊肉にかぶりつく。

「熱い!」

ハフハフ

 口の中で冷ますように食べる。肉は硬めで噛み切るのに苦労はするが、噛むたびに脂が出て旨い。

「おいしい、おいしい。」

 ミーコも肉を誉めている。ただ目線はチラチラこちらを見ている。

 焼いていた肉はすぐになくなってしまう。自分はそこまで食べることができなかったが、ミーコがどんどん食べるのだ。まだ食べそうなので、ナイフを借り熊肉を枝に刺す作業に終始する。辺りは薪のはじける音のみがする。上を見ると満月がある。食べるのに集中するミーコを見る。改めてみると、汚れてはいるものの綺麗な銀髪でその上には機嫌がよさそうに揺れる耳がある。ただ、体中血まみれであり、何処か快楽殺人鬼のような格好である。少しは綺麗になってほしいのでタオルと青い石を用意しておく。

「焼いておくから適当に取って食べてくれ。」

「うん、ありがとう。肉見ても大丈夫ですか。さっき顔色が悪かったので一応聞きますけど。」

「ああ、ここまで解体されているなら、よく見かけたから気持ち悪くならないよ。」

 剥ぎ取られた部分は精肉店にある塊肉と同じだ。火熊は内臓と、片方のももだけ剥ぎ取られている。時間がかかるからそれだけ剥いだのだろう。ハツももも肉も、十分あるので解体されかけた死体に触れミニチュア化することを念じると、解体されかけのミニチュアとなる。

「やっぱりそれ便利な魔法ですね。」

「いいや魔法ではないと思うんだが。所で体をふくためにこれを使ってください。いつまでもその様子だと、怖いですから。」

 ミーコは魔法と言っているがシャベルが魔法の道具でありそうな気がする。

「このくらいなら解体したらなると思うのですが。」

「使って下さい。」

 自分の服を見たミーコは申し訳なさそうな様子で断ろうとしていたが強く言うと、喜んだ様子でタオルを受け取った。服に隠れている尻尾がぱたぱたと振られている。可愛い。

「いいのですね。汚しますよ。」

「はいはい。私は向こうを見ていますよ。それに肉も準備しておきますから。」

 そう言って薪と肉に向き直る。後ろからは衣擦れの音がするが見ないようにする。


 愚かな人だ。それが私から彼に思った第一印象だ。漏らしながら火熊を撃退したり。それでいて人を気遣って。挙句の果てには、自分を助けるために火熊に立ちはだかった。ただ、尻尾を無遠慮に掴まれた時は殺してやろうかと思った。だが、彼もわざと握ったわけではないので許すが少々、いやかなり恨んでいる。今では、自分より弱そうなのに火熊を倒した彼の事が気になって仕方がない。後ろを振り向くとこちらを見るでもなく肉の用意をする彼が嫌でも目に入る。誠実な人なのだろうか。どんな人なのかもっと知りたい。

 いや、それよりも先に服を洗わなければ。血みどろの服は確かに外見が酷い。彼から借りた青い石できれいにしよう。


 薪の前ですることがなくうとうとしていると、後ろから声をかけられる。

「綺麗にしました。これは返しますね。」

 ミーコはローブを羽織っており、抱える服からは水滴が垂れている。ローブの下は脱いでいるのだろう。

「ええ。枝を取ってくるので火の近くでそれに服をかければすぐ乾くでしょう。」

「そこまでやってくれるのですか。ではお言葉に甘えて。」

 ミーコはまた肉を食べ始める。先ほどたくさん食べていたのに、そんなことはなかったかのようだ。適当な枝を立て、服も立てかけておく。まだ血糊が残っているが仕方ないだろう。

「あの。なんでそこまでしてくれるんですか。下心ですか。」

 服を立てかけているとミーコに言われる。ひどい言われようではあるが事実半分くらいは下心かもしれない。ミーコ可愛いし。

「下心で火熊に立ち向かいませんって。命が惜しいですし。」

「じゃあ何で。」

 自分の行動には理由がない。行き当たりばったりの行動だった。しかし、一つだけ思い当たることがある。

「いや、他人に自分を犠牲にしすぎる奴が目の前にいてな。なんか、悲しかったんだよ。少しぐらい利己的でもいいと思うぞ。命は一個だけだからな。もっと考えて行動しようよ。自分が言えることじゃないけどさ。」

 少なくとも理由もなく火熊の餌を増やそうとした自分がミーコに言えたことではないだろう。だが、言いたいことはミーコが理解してくれたようだ。

「それは、火熊より私の方が強ければいいってことですか。」

 理解してなかった。

「うん。今の言葉がどうやったらそう聞こえたのかな。ちょっと頭の中が見てみたいかな。」

「火熊を仕留めることができるなら問題がないってことですよね。私は無理ですけど、創さんはできますよね。」

 自分は、捨て身の覚悟で行った結果だからできたことだからと言ったら自ら死地に修行しそうな様子だ。

「もっと、自分の願望を叶えていいんだぞ。」

「ええ、だから村の者を助けようとしたのではないですか。」

 自分がしたいことをしているようだった。話の前提からずれていたのだ。まあ、悪いとは言わない。

「伝わって無いようだからいいや。」

「えぇ。そんなぁ。」

「自分は寝るから服が乾いたら着とけよ。」

 そう言って薪に背を向ける。ミーコが何か言っているがその時には自分の意識がなかった。覚えているのは暖かなものに包まれているような感覚だけだ。


 翌日起きると、ミーコは既に起きていた。

「疲れていたんですね。熟睡でしたよ。夜、見張りの交代をしようと思ったのですが、起きなかったので私がやっておきましたから感謝してください。」

「ああ、思っていた以上に疲れていたみたいだ。一人で見張りをやらせてごめんな。朝食の準備は僕がするから待っててくれないか。」

 どうやら見張りまでしてくれていたようだ。自分も夜中に交代するべきであると思ったが後の祭りだ。申し訳ないので朝食の準備をする。しかし、昨日置いて置いた肉は消えていた。

「肉を夜中に全部食べましたからそれで許します。」

 消えたと思った肉は全部ミーコの腹の中に消えていったようだ。

「じゃあちょっと待っていてくれ。火熊を切り分けるから。」

「クマの手がいい。」

 少し離れ、火熊を出し肉を取ってミニチュアに戻す。要望のクマの手を取り、自分の分も用意する。

「火にかけておくよ。」

「はーい。所でどうやって街まで戻りますか。遅くていいのなら私も歩きますけど。」

 昨日、足を怪我したため仕方のないことだろう。

「嫌じゃなかったら背負っていこうか。それこそ遅いと思うけれども。いやだったら肩を貸すけれどどうする。」

「じゃ、じゃあ、背負ってもらえませんか。ええ。断っても、もう背負われますよ。」

 やけに背負われることに乗り気だ。

「無理がない範囲でいいならな。それと、肉もこのくらいでいいだろう。ほら。」

 夜、大量に肉を食べたからか昨日よりミーコの食べる速度は遅い。それとも、僕が食べる速度に合わせてくれたのだろうか。自分が食事し終わった時にミーコも食べ終わっていた。

「この、リュックに入ってたものはどうしようか。」

 街に戻るにあたって、破れたリュックの中身を持っていくのは手が足りない。

「私のマントの中に入れるといいですよ。ボタンが付いてて入れ物にもなるんですよ。」

 血がまだとれていないマントを差し出してくる。確認するとボタンがいくつかついていて風呂敷のように使えるようになっていた。

「ありがとう。ミーコは自分が背負うから、このマントはミーコが持っていてくれないか。」

「分かりました。」

 街までは、特に何もなかった。ミーコによると、火熊に動物が襲えて避難していたので比較的安全になっていて、火熊がいなくなった森はそのうち元の森に戻ると伝えられた。

 街が見える距離になるまでミーコを背負っていく。

「おろしてください。街の人に見られるのは恥ずかしいです。」

 ミーコは知り合いにおんぶされているのが見られるのは嫌なようで降ろすように言ってきた。逆の立場だったらおろしてほしいので素直に降ろす。そのまま、街の外壁を周り検問所につく。昨日は急いでいて分からなかったが、この街は自分の箱庭の中で最高の人口を誇っている、リコスであった。

「ミーコさん!生きてらして。マリから話を聞いていますよ。葬式が開催される前に顔を見せてやってくれ。所で横の男は誰ですか。ミーコはひどく叱っておいたので二度と危険な真似はしないでしょう。」

「おおミーコよ。よくぞ戻った。」

 門番さんに見つかると、驚きの声がかかる。マリも無事なようでほっとする。

「ええ。火熊は危ないですね。こちらは創さん。助けていただいた恩人です。街に入れてもいいですか。」

「ええ、それなら問題ないでしょう。」

 自分の事は問題なく街の中に入れてくれるようだ。隣の王様みたいなやつは、涙ぐんでいたが反対する様子もなく快くしてくれた。

「まず、足の治療をしておかないと。早いうちにやった方がいいんじゃないかな。」

 街に帰ったら取り合えずミーコの足を治してもらいたかったので忘れないうちに言う。

「そういう約束でしたね。なら最初はエマ婆の所でしょうね。」

 街の中は自分が創った箱庭の街と大きく違っていた。自分が創ったものに比べると劣化しているのだ。例えば外壁に草が生えていたり、痛んでいたりなどだ。エマも確かに自分が創った人であるが、婆という歳ではなく18歳くらいの町娘をイメージしたはずだ。

「何を呆けているのですか。早く行きましょう。」

「あ、ああ。すこし、懐かしい感じの街でな。うん。案内をしてくれ。」

「ええ。面白い感性ですね。」

 ミーコのは少し微笑む。確かに始めて来たはずの街を懐かしいというのはおかしい。

 途中、ミーコが街の人に合掌をされたりお辞儀をされていたりして居心地が悪く感じたのか、進路を変更し裏道を通りエマ婆の家に着く。ノックして入ると、薬草の青臭いにおいがする。

「エマ婆-、エマ婆―。」

「なんじゃ。生きておったのか。ここに来たってことは怪我をしたって事かい。」

 エマ婆と呼ばれた女性は驚いた様子でミーコを見る。確かに、死んでいたと思っていた者が現れたら驚くわ。

「火熊を倒して何とか帰ってこれたのですよ。こちらはその時にお世話になった創さん。見た目はぱっとしないけど、中々気骨のある人です。」

「あんらぁ。よく、よく助けてくれたのお。お主も治してやるからこっちに来なされ。」

 ミーコがエマ婆に僕を紹介すると、エマ婆は快く向かえ入れてくれた。

「ありがとうございます。自分はミーコがに治してもらったので、もう大丈夫です。」

「ほうほう。これまた珍しいことがあるものじゃ。ミーコが他人を治おすなんての。村の坊主どもはぶちのめす割に。」

 自分の隣のミーコを見ると赤面して目をそらしていた。事実のようだ。

「あれは私に非がないですから。そういうことになっているはずですよ。」

 誤魔化すように僕に言う。あたふたして尻尾と耳が出ている。

「まあ、自分はミーコの事は大食いしかわからないからな。なんとも言えないよ。」

 人を一方から見るだけの危険さはよくわかっているつもりだ。ミーコは大食いという言葉を聞いて僕を両手でバシバシたたく。からかいすぎたかな。

「ほっほっほ。仲が良きことは良きかな。ミーコお主は奥に来とくれ。創とやらは店の中を見て回って待っておれ。なに、すぐに終わる。」

 ミーコがエマ婆に連れられて奥に行く。治療に入るのだろう。店の中を見て回るとここが薬屋なのがよくわかる。昨日使った、赤い薬草なども棚の中に乾燥させて置いてある。自分の創ったエマは、薬師の娘という立場だったが店を継いだらしい。暫く店の中を巡回する。いくつか面白いものを見つけたが、火熊の肉と交換してくれないか交渉しようと待っていた。

「おい、エマ婆。ここにミーコがいるって聞いたんだが居るのか。おーい。」

 急に青年が屋敷の中に入ってきて強い口調で言う。体格は自分より大きく、赤髪で日焼けをしている。服装は金属の胴のみをつけ戦闘をしそうな感じだ。剣も腰につけていて怖いので彼に居ることがばれないように空気になっていたが、奥から誰も来ないことで辺りを見回した時に見つかった。

「おい、お前。ミーコはしらんか。」

 怒気のこもった口調で言うので、矛先がこちらに向かないように適当に返事をする。

「は、はぁ。私は薬草を見ているだけなのですが。」

「そうか、お前は知らない奴だな。まあないだろうがもし見かけたら僕こと、エンドに言ってくれ。」

 そう言って、外に駆けていった。嵐のような奴だ。彼が出ていった玄関を見ていると、後ろから声がかかる。

「治りましたー。待っていてくれてありがとうございます。」

「おお、もう足は痛くないのかい。」

「ええ。傷跡も残らずに治ったのは適切に処置してくれたからのようです。」

 ミーコはふくらはぎを見せつけるように後ろを向く。既に包帯などはとられており、綺麗な柔肌が見える。非常にまぶしい。

「代金はこの石でいいからの。木の中にあるんじゃが、中々手に入らんで困っておったのじゃ。これでまた質の良い薬が作れるわい。」

 そうだった、エマは結構がめつい娘だった。でもまあ、そのくらいならいいか。

「それはどうぞ。所でこの草が欲しいのですが、肉と交換してくれませんか。」

「火熊の肉かえ。肉は困るの。ミーコに案内してもらって換金して、買ってくれんかの。後、話がお前さんとあるから、ミーコは先に行ってておくれ。」

 老人に肉を勧めるべきではなかったか。お金にして持って来いということだった。話があると聞いたのでミーコが外に出るのを待つ。出たら、エマ婆に聞く。

「どうしたんだい。エマ婆や。」

 エマ婆は一息ついてから話し始める。

「お主、ワシらを創った奴じゃろ。おそらく、ワシ以外に知っているものは一人もいないとは思うが、気を付けておいた方がよいじゃろ。」

 居ないということはそういうことだろうか。作られた記憶があるというのは不思議なことだ。

「別に取って食おうというわけじゃない。今までと変わらずにここと接してくれればいいだけの事よ。それと、ミーコが認めてるからの。悪い奴じゃないってわかるさ。話は終わりじゃ。ミーコも待ってることじゃし行っておやり。」

「ああ、ありがとう。また来るよ。」

 店の入り口から出ようとするとき、エマ婆に声をかけられる。

「今度は客としてきとくれよ。」

 店の扉を閉めると、外で待っていたミーコが寄ってくる。

「何を話していたのですか。」

「お上りさんみたいだから気をつけろって言われたよ。」

 ミーコには、そのうちつたえるかもしれないが今はお茶を濁しておく。

「もう、エマ婆ったら心配性なんだから。それより、換金に行くんでしたよね。案内しますね。」

 ミーコについていく。大通りを抜けていく。箱庭が巨大化するので街はコンパクトに作ったが、とても広い。キョロキョロと見まわしていると、大通りの店子たちに声をかけられた。様々な服装や体形、特徴の人々もいた。例えば、エルフであったり、獣人だったり、着物を着ていたり、赤フンだったり。

「色々あるんだねぇ。珍しくて仕方がない。」

「街は初めてでしたっけ。今のうちに楽しんでいってください。それと、換金はこのギルドでできますよ。」

 気づかないうちに街の中央部に来ていたようだ。ミーコと共にギルドに入ると、昼だというのに酒の匂いがした。机に突っ伏している男や、武器の手入れをしている女もいる。

「いらっしゃい。」

 女性の声が店の奥からする。ミーコが先に行き、その女性に話しかける。

「こんにちは、お久しぶりです。今日は買取をお願いしたくて来ました。」

「あら、ミーコじゃない。死んだかと思っていたわよ。生きててよかったわ。ああ、ごめんなさいね。買取を先に済ませましょうか。所で手持ち無沙汰だけれども何を売るの。」

 受付の女性は驚いた様子でミーコと話していたが、プロのようで直ぐに本題に入っていた。

「ええ。私ではないの。助けてくれた彼が火熊を換金したいらしくて。」

「え、あれを倒したの。彼が。ミーコより弱そうじゃない。」

 先ほどよりも受付が驚いていた。

「事実よ。火熊を倒したってことも、私より弱いってことも。」

 悲報 俺氏、女子に自分より弱いと言われる。

「じゃあ何で、助かったの。それに肉を売りたいってことは火熊も倒したってことよね。」

 受付嬢は混乱し始めている。

「とりあえず、何処かに火熊を入れるスペースはないですか。話はそれからです。」

 ミーコが混乱している受付嬢に言う。聞いただけでは信じられないだろう。自分も無理だ。

「ええ、ええ、では裏の倉庫に回ってもらえませんか。私もすぐに行きますので。」

「はい。創さん、行きますよ。」

 またミーコに連れられて、ギルドの裏倉庫に行く。すると、ずんぐりした体系のおっさんと先ほどの受付嬢が転がっている肉や毛皮を片付けていた。二人は作業をしながら話しかけてくる。

「少し待っていてくださいね。置いてあるものを片付けますから。」

「儂は、ギルド長じゃ。まあ、珍しいものがあるらしいから見に来ただけじゃよ。少し待ってくれ。」

「こんにちは。お初にお目にかかります。」

 二人に注目されているものだから緊張をする。暫くすると、片付いたようで、改めて声がかけられる。

「改めて、ギルド長じゃ。よろしく。」

「こちらこそ、創といいます。よろしくお願いします。」

「さっそくで悪いのじゃが、火熊を出してもらえんか。」

 ギルド長は、急かすように言う。自分は解体しかけの火熊のフィギュアを出し、開いているスペースに出す。

「おお、こ、これは、まさしく火熊じゃないか。」

「大きいですね、、、、。すごい。」

 ギルド長は驚き、受付嬢は信じられないという様子で呆けていた。

「そうなんですよ、創さんはすごい熊を倒すものすごい人なんですよ。」

 二人の様子を見たミーコは自分を推す。あまり推されても困るが、ミーコの尻尾が揺れているので何も言わないでおこう。喜んでいるようだから水を差すようで悪い。

「これは、よく生きて帰れたな。かなり、土に汚れているが高く売れるぞ。」

 ギルド長はすぐに正気に戻り、商談に入った。

「色を付けて大金貨8枚でどうだ。」

 やばい。通貨価値が分からない。仕方がないのでミーコに頼むことにしよう。

「ミーコ。これって安いの。それとも高いの。分からないから任せてもいいかな。」

「安いですよ。では私が交渉しましょうか。」

「頼みます。」

「ええ、ふんだくってやりますよ。ちょっと待っていてくださいね。」

 ギルド長は、やってしまったといった顔になっている。これは前に何かふんだくったのだろう。それならミーコに任せて安心だ。

「安いですね。20枚。」

「それは困る10枚。」

 いきなり強気のミーコだ。

「先ほど言いましたがね、生き埋めで殺したので捌いた以外は無傷のはずです。」

「うーむ。なめしてないからな。13枚だ。」

「死んでからまだ腐らないうちに持ってきたのですよ。匂いは腐った匂いじゃないでしょう。」

「ああ、確かに肉の価値を忘れていたな。負ける交渉するのが馬鹿らしくなってきたぞ。よし、交渉は諦めよう。17枚と金貨5枚だ。それ以上は、無理だ。原価で売ることになっちまう。」

 ミーコに頼んだら値段が倍になっていた。ぼったくりにはぼったくりをということか。恐ろしい。

「まあ、こんなものでしょう。ぼったくってやりました。創さん、褒めてください。」

「凄いぞミーコ。尻尾可愛い。ぼったくてて可愛い。大食いで可愛いよ」

 役に立っていない自分はミーコの頭をわしゃわしゃと撫でる。まるでゲームの中でペットを撫でてやる気を出してもらうような感じだ。撫でられるミーコは顔を赤くしていたが、尻尾は振られていたのでこれでよかったのだろうか。

「あらぁ。」

「犬も食わんわ。」

 二人は駅にいるマスコットキャラを見る目をしていた。

「とにかく、お金を貰わないと何も買えないから手続きをお願いしてもいいかな。ミーコ。」

「分かりました。ギルド長、そういうことですがお金はすぐに用意できますか。」

「おう。すげえもんを納品してくれたからな。表ですぐに渡すぜ。今夜はごちそうだ。ありがとよ。」

 ギルド長はこの肉を食べるようだ。しかし、破格の値段で買い取ってこれをどこに卸すというのだろうか。

「所で素材はどこに行くのですか。」

「ああ。この街の長がこういったものを集めていてな。高く買い取ってくれるのさ。俺たちの税金で。ああ、ふんだくれるな。まあ、もともと俺たちの金だ。そのくらい許されるだろう。」

 この世界の今の支配者はずいぶんと評判が悪いらしい。自分が創った時は民を大事にする支配者だったはずなのに。世代が変わって、凡人が受け継いだのだろうか。


くぅ~


 隣にいるミーコの腹の音が考えていた自分の思考を現実に引き戻す。朝、熊肉を食べてから何も食べていなかったのを思い出す。

「ち、違うます。私、お腹なってない。」

 ミーコは焦って取り消そうとするがもう遅い。

「ごめんな、ミーコ。ついつい話し込んでしまって。お金を受け取ったら何か食べるものを案内してくれないか。」

「お腹なってないです。」

 ツーンとした表情のミーコを横目に、ギルド長に早く表で取引の手続きを終わらせるように催促をすると快く表に行けと言われた。なので、あたふたとしているミーコを連れて受付に再び行く。

「この袋の中に入れておきました。袋代は大銀貨5枚分です。引いたので確認をお願いします。」

 受付嬢にお金の入った袋を渡される。ミーコは僕にお金が来るように誘導をしているようなので半分を渡すため袋をもう一つ貰う。

「すいませんもう一袋を貰えませんか。それと大金貨一枚は小金貨に変えて、使いやすいように両替してもらえませんか。」

 貨幣は小銅貨、大銅貨、小銀貨、大銀貨、小金貨、大金貨の順に十倍の単位で上がっていく。物の価値は分からなくても貨幣の価値は分かる。

「どうぞ。銀貨一枚分引いておきますね。」

「ありがとうございます。」

 小銭が多いとじゃらじゃらしていて重い。大金貨8枚と小金貨7枚をそれぞれの袋に入れていると、ギルド長が受付に現れ、こちらを見る。

「話をまた長くしてすまんが、ギルドに所属しないかの。こっちとしては火熊をなんとかできる奴がいれば安心じゃし、そちらには買取価格を一割増でwinwinの関係じゃぞ。」

「ありがたい話だけれども、あんなのとはもう好き好んで会いたく無いからやめておくよ。」

「そうか。仕方がないの。ほほっ。また考えておいとくれ。」

 実際は一割引きの価格で買い取っていることも知っているので別に旨味がない。それに、二度とクマと会いたくない。いや、一度も会いたくなかった。でもまあ、魔物討伐に興味がないと言えばうそになる。ここでは答えを出しきれないので返答は濁す。

「考えておくよ。」

 ギルド長に返事をし、ミーコにお金を半分入れた袋を渡す。

「ミーコが居てくれたから、生き返れたんだ。受け取ってくれ。」

 ミーコは受けとらずに押し返しながら言う。

「いいえ。でも、火熊から助けてくれたのはあなたです。」

「じゃあ、仕方ない。これは貰っておくよ。だけど、森の中で治癒魔法で怪我を治してくれたでしょ。治療費として受け取ってくれないか。多い分は利子ってことでさ。」

 いったん納得したようだが、渡そうとすると頑なに押し返してくる。そのやり取りを見て受付にまだ居るギルド長から声をかけられる。

「男には引けない時があるんじゃ。これで受け取ってもらえなかったら面目丸つぶれじゃから受け取ってやれ。」

「いい男ねぇ。ミーコ、貰ってあげるのが筋よ。これ以上謙遜しても失礼よ。」

 二人からの言葉でやっと納得がいったのか、押し返すのをやめ、やっと素直に受け取ってくれた。一息を突く。

バァン!

 一息を突いた途端にこれである。どうやら一息を突くのはまだ早いようだ。エンドが来てしまったのだ。ギルドの建物の中を見回しミーコを見つけてしまう。

「ミーコ、生きていたんだね。よく森から戻ってきた。これからは森に行かなくていいよう、僕が稼ぐから一緒に住もう。そうだ、それがいい。ほら行こう。」

 ミーコに近づきながら言っている。正直、やべえ奴だ。ミーコに手を出して肩を掴もうとする。しかし、その手はミーコが強く払った。

「嫌です。第一、私の家の家業をなんだと思っているのですか。街の外に行かなければならないのです。それに、あなたは嫌いです。消えてください。」

 ミーコはエンドをのしたことがあるとは聞いていたが、これはのしても許されるかもしれない。

「ははーん、分かったぞ。熊がいたのに僕が来なかったから拗ねていたんだろう。可愛いな。」

 話が通じていない。本当に行動も頭の中も嵐だ。

「仕方ないですね。また、ぼこぼこにしますよ。」

「そうやって恥ずかしがって、素直になってくれればいいのに。」

 お前なんかに素直になる人がいるかと思っていると、ミーコから目線を外したエンドに見られる。

「お前、さっき薬屋に居た奴だな。さっきはよくも騙したな。聞きまわっていたら、よく分らん男とミーコが仲良さそうに歩いていたって聞いたからな。ここにいるってことは冒険者なんだろう。僕とミーコをかけて勝負をしろ。」

 押し気味のように言うので一歩、後ずさる。

「はっ。勝負する以前だったか、雑魚め。お前は消えろ。そうすれば今回は見逃してやる。」

 どんどん言葉をまくし立てるので、引いてしまう。つばも飛んでいて非常に下品だ。冒険者でもマナーは守ってほしい。

「創さんは火熊討伐者ですよ。ギルドの掲示板に貼ってあった物の。喧嘩を売るのはやめておいた方がいいですよ。それにここはギルドの構内です。周りを見たほうがよろしいかと。」

 受付嬢が、口出しをする。

「こんな弱そうな奴がそんな訳ねえだろ。」

 そう言い返すも、彼が周りを見回すとギルドの中の目線を集中されていることに気づいたようでおとなしくなる。

「じゃあ私が何で生きているのか考えることですね。創さん、早くご飯食べに行きましょう。こんなところに居たら気分が悪くなってしまします。」

 いつの間にか近づいてきたミーコに手を取られ、引っ張られる。

「あ、ああ。丁度、そのことを考えていた所だったんだよ。おすすめの所を頼むよ。」

「はい。」

 元気よく答えるミーコにうっぷんが貼れるのだった。因みに後日聞いたのだが、エンド君はギルド長に呼び止められ一般人に喧嘩を売ったことをこってりと絞られたそうな。

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