俺と少年
ある冬の公園の青年と少年の話
「お兄さん、今から俺は芸をします」
目の前に現れた少年はそう言った。
柔らかそうなくせ毛と、パッチリとしたつり目が印象的だった。
「へえ、そうか」
特に拒否をする理由もないので、俺は手の中のカメラを弄びながら答える。いつも持ち歩いてる一眼レフではなく、軽いインスタントカメラなのでクルクルと手遊びのように回していた。
「なので、よかったらお金をいただけませんか」
「大道芸人を始めるには若すぎないか」
「ちょっと事情があるんです」
少年は小さな貯金箱を足元に置いた。どうやらそこに見物料を払うらしい。
空はからりと晴れ、木枯らしが公園の木々を揺らす。昼になっても息が白い今日は俺と少年ぐらいしか公園にはいなかった。
「それに、いきなり大勢の前でやったら緊張するじゃないですか」
「それは、そうだな」
「なんなら、今日も一人で練習するつもりだったんです。でも、暇そうなお兄さんがいるのでこれはチャンスかと」
俺は暇そうかつ、練習レベルの芸に金を払う男に見えたらしい。なけなしの自尊心がむくりと反応したが、大人の余裕を持って飲み下した。
「そりゃどうも。何を練習してるんだ、ジャグリングか、マジックか」
「浮きます」
ちょっと予想を超えてきた。
頭の中で流れていた手品でお馴染みの曲、オリーブの首飾りが止む。それは、大道芸というより軽めのイリュージョンではなかろうか。
「そうか、浮くのか」
「はい。訳あって、今は二十センチが限界ですけど」
悔しげな少年に問いたい、訳ってなんなんだ。なんなら過去にはどれくらい浮けたのか、何か比較対象がある前提での悔しさなのかも気になる。
悩んでいる間に少年は軽いストレッチを済ませ、姿勢を正し始める。最後に首をゆらゆらと回しながらこう言った。
「じゃあ浮きますね」
「お、おう」
すいっ、と少年の体が持ち上がった。
塵一つ、砂つぶ一つ巻き上げないで静かに浮いた。段差を登ったような動きもなく、糸に吊り下げられたようにも見えない。鳥や虫よりも静かに、それでいてスムーズに浮かび上がった。
本人はさほど苦でもないようで、涼しい顔をして立っている。腕をゆるく後ろで組んで、感想を求めるような視線をこちらに投げかけた。
「すごいな」
「ありがとうございます」
少年は少し誇らしげな顔をした。すごい、は素直に出た言葉だった。なんせ、それなりに近くで見ているのにタネも仕掛けもわからない。プロが見れば粗が分かるのかもしれないが、素人相手なら十分だろう。どんな仕掛けか知らないが。
「なんというか、さらっとやられたからありがたみはないがすごいと思う」
「ありがたみ、は必要ですか」
ふっと顔を曇らせた少年に問われた。ちなみに彼はまだ浮いたままで、つま先で空に丸を描いて遊んでいる。
「ちょっと大変そうだったり、呪文を唱えたりしたらもっと金を払いたくなるかもしれない」
「なるほど、労働っぽさがないと」
「労働というか、神秘性というか」
一人で頷いて少年は何やら納得している。その様子を横目に見ながら貯金箱に五百円玉を入れた。
「うわ、なんか重い音がしましたよ」
「この国で一番高価な硬貨を入れたからな」
「いいんですか、ありがたみないのに」
「ありがたみよりもすごさが勝った。あと写真を撮らせて欲しいから撮影料も込みで」
俺がインスタントカメラを構えると、少年は少し戸惑った様子でピースを作った。ちなみにやっぱり浮いたままで、今度は行儀よく足を揃えている。どうにも肩にも力が入っていて、入学式の記念撮影をする新入生に見えた。面白いのでそのまま三枚ほど撮った。
「コンクールに出したりしたら怒るか?」
「いえいえ。でも賞金をちょっといただけたら嬉しいです」
「撮影料とは別なのかよ」
気づいたら少年はもう浮かんでいなかった。ぺったりと足を地につけて、踵で地面を蹴って遊んでいた。
この写真はとある賞の佳作に選ばれた。
フィルムの質感と、撮られ慣れていない少年の初々しさ、そしてそれが中に浮いている非現実感が奇妙にマッチしていると評価された。周りは勝手にジャンプした瞬間に撮ったネタ写真だと思い込んで、撮影方法を追求しては来なかった。
佳作の賞金は三万円で、その十分の一の三千円を公園で再開した少年に還元した。少年は早速、近所のコンビニで肉まんとピザまんを買って後者を俺に差し出した。
「受賞祝いです。おめでとうございます」
「ありがとうな。貰っていいのか、遠慮しないぞ」
「どうぞどうぞ」
受け取ったピザまんに噛り付いた。伸びるチーズをいなしつつ、少年を見ると肉まんを二つに割って冷まそうとしていた。
「熱いのを食えよ、勿体無い」
「猫舌なんです。あっちにはこんなに熱いものなかったし」
「あっち?」
「天国です。あ、僕がまだ天使やってた頃の話します?」
俺はどう返したらいいかわからず、とりあえずピザまんをもう一口食べた。話の真偽は置いておいて、その話を小説にでもした方が稼げるぞと助言してやるべきだろうか。
残りの二万七千円はちょっと美味しい肉と酒になりました




