牢屋
「ただいま……」
「ただいまじゃないわよ」
顔が痛い。気がついたのは先ほど。エルフ族長にお会いできたと思ったら、なぜか戦闘が始まり、親衛隊長に一瞬で倒され、牢屋へと連れていかれたのだった。
「あの看守、一筋縄ではいかないな……」
「言葉でどうにかなるわけないでしょ」
牢屋から脱出するため、看守エルフに声をかけたのだが、扉を開けて出してくれると思いきや、殴られ、再び鉄格子の中へと舞い戻っていた。
「なんなんだ一体。エルフを助けた褒美に、なんでも叶えてあ・げ・るとか言われてムフフな展開になるはずなのに……おかしいよこんなの……」
「おかしいのはあんたの頭ね」
「クソ……営業マンのこの俺にこんなことをして、ただで済むと思うな!」
「うるさいぞ!」
「申し訳ございませんッ!」
看守が怒鳴る。つい反射的に謝罪してしまった。これも営業マンの宿命か。
「しかし、このままでは現実世界に戻ることもできないな。ああ、ノルマが」
「そうねえ……」
「そういや、さっきはどうして助けてくれなかったんだ?」
「え?」
「いや、戦闘になってアドバイスをくれてもよかったのではと」
「ああ。私もできることならしたかったわよ。でも、族長エルフが持っていたあの杖の効果で、喋れなかったのよ」
「あれかあ……」
やけに光り輝く宝石が付いた杖だった。そんな効果があったのか。
「にしても、ここをでないことにはな」
さて、早速詰みそうだ。牢屋を出るためには鉄格子を壊すか、カギを看守から奪うかだが……。この鉄格子、切れそうにない。先ほど、試してみようかと刀ちゃんを構えたが、刀ちゃんに怒られた。
「うーむ」
どうするか。スキルといっても脳死しかないし。と、ここにいるはずのない仲間を思い浮かべた。あいつら、今何やってんだろな……。すると。
俺 :『 』
なんと、メッセージウインドウが開いた。嘘、なんだこれは。会話できるのか……?
俺 :『牢屋に入れられてて辛い。誰か助けて』
……。やはりなにも反応はないか。と、思ったその時、返信がきた。
ダイ:『なにこれ』
驚いた。ダイの文章だ。今ダイはどこにいるのだろうか。この世界にきている? 現実世界にいるのか? とにかく助けを呼ばねば!
ダイ:『牢屋? てかこの世界にきてんの?』
俺 :『そうだよ』
ダイ:『そうなのか。俺だけじゃなかったんだな……。安心した』
俺 :『た す け て』
ダイ:『話したいことはめっちゃあるが、ひとまず合流しないとな。牢屋なら、抜け道とかあったりしそうだけど』
俺 :『探してみる』
ダイ:『がんばれ。合流場所はエルフの里のはずれにしよう。俺もいまその辺にいるからさ。じゃ』
俺 :『ちょ! 』
ウインドウが消えた。どうやら、いつでも使えるわけではないらしい。しかし、ダイがこの世界に来ているとは……。ひとまず合流しよう。
「抜け道か……」
牢屋内を見回してみる。窓は一つだけ。しかし、窓といっても小さすぎて通れないだろう。他には何もない。目を凝らすが、抜け道のきっかけになりそうな壁もなさそうだ。
「いや、ねえのかよ!」
「うるさいぞ!」
「はい! 大変申し訳ございません!」
また怒られてしまった。あの看守からカギを入手できればな……。仕方がない……。
「ぐはああああ!!」
「なに!? 突然どうしたの!」
「(ここは任せてくれ)」
刀ちゃんに小さく告げ、全力で苦しみの声をあげる。
「おい、うるさいぞ! ってどうした!」
「ぐ、もうだめだ……」
「お、おい!」
驚いた看守が、牢屋の扉を開ける。まだだ、まだ。
「おい、しっかりしろ!」
「……」
「っち、お前に死なれちゃ監視してたアタシに責任が来ちまうだろ!」
看守のエルフが傍に寄ってきた。ここだ。
「社訓唱和! 始めます!!!」
「なっ……!?」
営業たるもの常に心に社訓あれ。かつての同僚を思い出す。あの時の彼のように俺は高らかに叫んだ。
「あああああああ!?!?」
看守エルフが悲鳴を上げる。そうだろう。耳が長く、聴力が強化されているエルフでは耐えられまい。この音量をな。
「っふ……」
「あが……」
ぱたり、と倒れる看守エルフ。俺は、そのすきに牢屋を出る。出る際に、向かいの牢屋に小さな影があったが、気にせずに表にでた。
★
「うるさい……」
「すまないな」
なんなのあの大声、と刀ちゃんが呟く。俺も会社に入った当初は、同じ思いだった。しかし今、そのおかげで命を取り留めたのだ。ありがとう会社。ありがとう社訓。やはり営業たるもの、平常心が大事だな。うん。
「それで、はずれに向かうんだったか」
牢屋を出たのはいいが、大っぴらな道は通れない。裏道から向かう。こっちであってるのか……?
「なんだか空気が違うな」
「ええ気をつけるのよ」
裏に入るほど、闇が深い。日が入ってこないせいもあるだろう。ばれないように身を低くして辺りを見渡せば、ボロ絹を身にまとうエルフが少し。しかも褐色の肌だ。
「あのエルフたちは……」
里のはずれ。裏道。褐色肌のエルフ。ふむ、RPG的に考えれば、迫害をうけているダークエルフ的な? まあ、とにかく奥に進もう。 どうやら酒の匂いがする。酒場でもあるのか。ひとまず、そこに向かうか。
酒の匂いを頼りに、酒場へと向かった。