オークあらわる
「ただいま」
「何がよ」
真っ白になった景色から、青空が広がる草原にでた。
「口癖でな」
風が気持ち良い。手には先ほどの喋る刀。
「ちょっと震えてるわよ」
「そんなことはない」
断じて違う。震えてなどいない。営業たる俺が知らない場所へ移動させられたくらいで臆するものか。
「ふうん」
喋る刀が嘘おっしゃいと言わんばかりに返す。
「それでここは……」
一面草原だが、天に届きそう大きな木が一本見える。あれはなんだろうか。RPG的に考えるならば、あれは……。
「あれは」
「あれはエ〇フの里!」
「な、急に叫ばないでよ!」
間違いない。エ〇フの里だ。耳が長く、美人が多く、長身でスラリとして妙に大人の色気を醸し出す種族。好きだ。早く会いたい。
「ま、そんなところよ。微妙に違うけど、エルフの里で
合ってるわ」
「やったぜ……。早く会いたい」
「……」
変な空気が流れるが、気にしない。なぜなら俺は営業マンだからだ。
「きゃあああああ!」
「悲鳴だ!」
「ひとまず説明は後! 走って!」
草原に来たばかりだというのに、いきなりなんだ。俺は声のする場所へと向かった。
★
「あれは何だ……」
悲鳴のした場所へと急行した俺は、そこで目撃した。
「あれはオークよ!」
巨体。筋肉の獣。人間では太刀打ちなどできまいと思うほどの存在。そいつが今にも一人のエルフに襲い掛かろうとしている。
「やばい俺のエルフが!」
俺は無我夢中で走り、オークの前に立った。
「お忙しいところ失礼いたします。私ただいまこちらの世界に参りましグフォああ!」
「ちょ、なにやってんのよ!」
吹っ飛ばされた。痛い。ものすごく痛い。というか出血してるよ俺!
「な、なぜだ……。俺の華麗な挨拶が」
「バカ! いいからあの子を早く助けなさい!」
助けると言ったって……。どうする。時間はない。手には刀。出血した状態で、勝てるか? そもそもオークってなんだよ。俺はあいつに勝てるのか?
「うがああああ!!」
「きゃああああ!!」
オークが叫び、エルフを引き裂く! 何とか躱すエルフちゃん。しかし、服が切り裂かれてしまう。そしてその美脚があらわに!
「うがあ……」
オークの動きが止まる。どうした。どうしたんだ。そんなにエルフを見つめて……。
「っ! そうかわかったぞ!」
エルフちゃんは涙を浮かべながら後ずさる。今だ。今しかない。
「であああああ!」
俺はエルフちゃんに見とれていたオークを後ろから斬る! しかし筋肉の塊に阻まれてしまった!
「は?」
「うがあ?」
オークが振り向く。なぜだ。なぜ切れぬ。
「この下手くそ!」
刀が俺を罵倒する。いやまて、刀ってそもそも振ったことないし! 俺、営業マンだし!
オークがこちらに目を向ける。まずい。やられる。
「しゃーないわね! スキル発動って叫びなさい!」
「え?」
「いいから早く!」
「ええい……。スキル 発動!」
≪スキル発動 脳死≫
「……」
無機質な声が聞こえた。体が自分の意志から離れ、勝手に動き出す!
「ああああ!」
俺は叫びながら、オークに向かって力任せに刀を振り下ろした。
「うがあ!」
今度はオークにダメージを与えられたようだ。オークは致命傷とまではいかないまでも、俺を警戒し距離をとった。
「……」
「……」
互いに見合う。そして、小さくともダメージを与えたからか、オークは鼻を鳴らし、逃げていった。
「もう、いいわね」
「はあはあ」
思考ができない。なんだこれは。
「今、あんたはスキルを使った弊害で何も考えられないわ」
「うぐっ……」
「体も限界みたいね」
俺はその場に倒れる。
「脳死は力を向上させ自律戦闘に移るわ。かわりにあんたの思考と体力は減るわ」
何か刀が言っているがあまり聞こえてこない。ダメだ意識が……。
「そこのエルフ! こっちにきて!」
刀がエルフに呼びかける姿が、最後の記憶だった。