営業マンと異世界と
「ただいま」
と言いながら帰宅した。誰もいない部屋に俺の言葉が反響する。
「今日も大変だったな……」
俺は営業マンだ。営業マンの朝は早い。朝礼にて社訓を叫び、しつこく客先に出向き、契約をとったりとれなかったり。ノルマをこなせばヒーロー。成果がでなければ負け犬の
世界。
「さて」
今日の結果は最悪だった。面倒なお客様につかまってしまった。が、そんなことはもう忘れよう。メンタルがタフでないと営業はやっていられない。冷蔵庫から梅酒を取り出し一杯。
「うまい」
一人暮らしを始めて一年程。独り言が加速する。同僚からすると俺の独り言は激しいらしい。嘘、みんな言わないの? それっぽい呪文言ってみたり、手をかざして「俺は、必ず勝つんだ……!」とか。二十五歳にもなって中二病が抜けてないんだろうか。まあ知ってた。
「人生、面白くなきゃなあ」
そうである。人生は面白くなければ意味はない。そう思うからこそ独り言が勇者っぽくなる。会社でのあだ名は勇者だ。
「さてゲームでもすっか!」
時刻は深夜。営業の夜は遅いのだ。俺はRPGゲームを起動する。テレビ画面がタイトルを表示する。が、動かない。なぜだ……。俺の物語は今夜動き出すはずなんだ。コントローラをいじるが反応はない。
「終わった……」
コントローラから手を放し、後ろに倒れこむ。引いてある布団が柔らかい。ここか、ここが終着点なんだ。ありがとう布団。君にずっと包まれていたい。
「そこのあなた」
声がした。女性の声だ。はて、こんなボイスは聞いたことがない。布団の妖精だろうか。それともRPG内のキャラクターか。しかしテレビ画面はフリーズしたままだ。きっと、布団の妖精だ。ありがとう、俺の心がやっと伝わったんだ。
「布団の妖精さん、ありがとう」
毎朝、毎晩のスタート、そしてゴールである場所。それが布団。毎朝、離れたくないと思いながらも別れをつげ、そして社会という戦場で戦ったあとまた舞い戻る場所。日頃、話しかけていた成果が実ったんだ。
「起きなさい」
怒気を含んだ声音。怒っている布団さんも可愛い。いやまて、何が起きている。ここは俺以外に誰かがいるはずがない。警戒しながら、部屋を見渡した。
「ここよ」
声がした場所を見れば、そこには一本の刀があった。知らないぞ、こんな刀。
「知らない刀が喋っているわけだ。なるほど、俺は遂に独
り言を極めたらしい」
理解した。ああ。俺はスキル 幻覚と会話を得た!!
「ほどほどにして寝るか」
一人遊びも限界なのかもしれない。明日も早い。さっさと寝よう。
「おやすみ、布団の妖精さん」
「ちょっ……」
妖精さんの声が聞こえたが、夜更かしは明日にかかわるのでさっさと寝た。
「ただいま」
「おかえりなさい」
今日はどうやら最初からクライマックスらしい。幻聴が返事をした。
「俺はどうしてしまったんだ」
異変はそれだけではなかった。本日、朝礼にていつも通り社訓をみんなで絶叫していると、同僚の一人がだんだんと叫びながら目を見開いていった。怖い。そう感じた。
社訓を言い終えた後も、その同僚は目を見開きながら社訓をループし、叫ぶのをやめなかった。上司もその姿に、最初は「その意気込みや、よし!」と称賛していたが、あまりにも長い。とまるんじゃねえと、誰かにささやかれているかのように同僚は叫び続けた。遂には倒れ救急車で運ばれていった。運ばれていく際にも社訓を叫び続けていた姿が、まさに営業らしく思えた。
「あなた昨日、私のこと無視したわね」
ほらまた幻聴だ。おれも同僚のように狂い始めたのかも。原因を探ろう。とりあえず梅酒を一杯。
「ねえ聞いてるの」
聞こえている。声は未だ触ってもいない刀からしていた。この刀、本当になんなんだ。
「あっ」
刀を握ってみる。可愛い声がする。まさか、そんなことが。
「乱暴に触らないで」
怒られた。謎が謎を呼ぶ。
「なあ」
どうかしてると思いながらも、刀に声をかけてみる。
「なによ」
返事がきた。そうか、刀から声が……。
「謎は全て解けた。刀よ、君は布団の妖精さんだな?」
「違うわ」
違った。おかしい、このスーパー営業マンの俺に解けない謎などないはずなのに。
「ふざけてないで話を聞きなさい」
「はい」
俺は刀から手を放し正座した。この異常事態に正面から向き合うことにしたのだ。営業たるもの、どんなことにも逃げてはならないのである。
「あなたは選ばれたのよ」
選ばれた。
「勇者として世界を救うのよ」
俺が勇者。
「以上よ」
簡潔だった。
「そうか。俺はやはり勇者だったのか」
俺は日頃から中二病を発揮していたが、ここまでくると、もう病院でも手がつけられないかもしれない。唯一無二の親友たちに連絡を飛ばす。
俺 :『俺、勇者だったみたい』
ヨシ:『そうか』
ダイ:『世界を救うのだ勇者よ』
シン:『(^^♪』
小さいころから一緒にいる四人組だ。グループチャットはいつも稼働している。類は友を呼ぶのだ。衝撃的な展開のはずが、通常運転だった。
「流石に説明不足だったわね。いいわ、行けばわかるわ。私を手に持ちなさい」
「はい」
喋る刀を手持った。すると、目の前が真っ白になった。