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LN小話  作者: uka
2/6

4月22日 夏芽さんと暁さん

TO:カナさん

この前頼まれてた日記送ります。


 俺とはまた違ったベクトルで夏芽さんはアカツキさんが好きなんだと思う。

 それも大が付くほど。

 だからいくら暁さんが怒ったって、夏芽さんは嬉しそうに笑うんだ。


 ―――暁さんご愁傷様です。




 今日俺に与えられた仕事は経理課からの【夏芽さん捕獲】という大変不名誉なものだった。

 どうしても決裁書類に判を押したくない? 夏芽さんとレベルEに帳票を出しに行かなければならない暁さんとの攻防戦は、最終的に全課プラスとうとう新人の俺まで投入した大規模捕獲作戦となってしまった。


 事の始まりは決済書類を雪崩を起こすほど溜めていた夏芽さんが失踪した午前9時まで遡る。


 他の課はどうか知らないが、特能課は毎朝一緒に朝食を取る。そこで今日の予定などを確認しあうのだが、ローズさんは武器生成課、カナさんは武具装飾課、クゥさんは古代魔法課とそれぞれ前の課で終日引き継ぎ作業に。夏芽さんは午前は技術開発部でミーティング、午後は現代魔法課で演算テストという予定だった。

 言わずもがな、俺は特能課で待機。資料整理もそろそろ終わりが見えそうで、今日も暇なんだろうな・・・とぼんやり思っていた。


 朝食後、とりあえず出勤を取る為に特能課まで全員で向かい(必ず各課フロア入口で隊員証をスキャンしなければならない)スキャン完了後、俺以外は部屋には入らず各々の仕事場へ向かった。

 もちろん夏芽さんも技術開発部へ行く為に2Fエントランスへと向かうエレベーターに乗ったところまでは見送ったので覚えている。

 

 それから1時間も経たない内に、俺の携帯端末にメール着信を知らせるバイブレーションと『メールだ。読むか・・・?』とクゥさんの声がした。

 悪戯でカナさんが仕込んだ着信音だ。

 勝手に何をしてくれてるんだと思ったが、不思議なものでクゥさんから言われるとメールを読まないといけない気になるのでそのまま残してある。未読スルーがなくなったと評判なので今のところ変える予定はない。

 メールボックスを開くと珍しい人からだった。


-------------------------------------

 TO:水方くん

 お疲れ様です。暁です。

 申し訳ないんですが、夏芽さんどこに行ったか分かりますか?

-------------------------------------


 それに対し俺は当然ながら、先程聞いたばかりの情報を伝えた。

 すると5分もしない内に暁さんが特能課へやってきた。

 何も知らない俺に僅かに憐れみの眼差しを向け、あの人(夏芽さん)らしいですが、きみも知っておいた方がいい、と照明パネル横のスイッチを押した。


 ビィーッ!

 その途端天井に取り付けてあるスピーカーから鳴り響く警告音。

 次いで通信司令課からのアナウンスが飛び込んできた。先程のスイッチはスピーカーのものだったようだ。


《―――Last Notice内全職員へ告ぐ。現在特殊異能課夏芽班長が技術開発部から逃亡中!! 発見次第捕獲し経理課まで連行すること。なお、これより業務は一時停止。この捕獲作戦を最優先業務とする》 


 何なんだコレは!? と警戒してしまったが、暁さん曰く毎月のことなのでみんなは慣れ切っているらしく、この放送が流れると『ああ、もう月末なんだな』と思うらしい。

 ただ、捕獲自体はみんな真剣らしく(聞くところによると捕獲成功のあかつきには賞金が経理課より出るからとのこと)今もLN棟内は元より出入り可能な場所へみんな散らばって探しているそうだ。

 発見者は随時通信司令課へ連絡、そこから全課へ情報展開・・・という流れになっているという事で、俺もそれに参加して欲しいという訳だ。それでわざわざこちらまで来たらしい。

 暁さん直々に頼まれれば断る理由もなく―――もちろん喜んで参加したわけではない―――不本意ながらも自らの上司の捕獲作戦に投入されたのだった。


 夏芽さんへ辿り着くまでに紆余曲折あったものの、ありすぎて纏められなかったので割愛する。


 最終的に魔法の使用制限を全面解除までした最早捕獲というより駆逐に近いこの騒動。通信司令課からの放送も最後には《DEAD OR ALIVE(生死問わず)》となっていた。

 死体でも良いから判をよこせ! という事だろうか。


 俺は普通に仕事がしたい。


 まぁとにかく一日の大半を費やした夏芽さん捕獲作戦の結果は上々。

 軍配が上がったのは当然ながら全課投入を決断した暁さんだった。

 俺がこの毎月行われているらしい捕獲作戦を知らない体で夏芽さんにプライベートメッセージを送り、可視能力で発信源を辿って現在地を割り出した。こんなくだらないことに固有能力スキルを使ったのは初めてだ。それと同時に俺でなければレベルE司令室のセキュリティを掻い潜って夏芽さんの居場所を特定できなかっただろう。

 夏芽さんもそれなりに本気で逃げていたようだ。

 

 それなり、というのは勢い良く開けたドアの向こう、レベルE本部司令室でアカリ副司令官とガンシューティングゲームを楽しんでいたからだ。見つかると思っていなかったのかそうでないのかは不明だが俺はこの光景を一生忘れない。玩具のロケットランチャーを担いで敵を撃破するそこそこの地位の二人。誰が仕事中に司令室を仮想空間バーチャルスペースにしろと言った。誰が本格ガンシューティングを楽しめと言った。

 こんなモノの為に俺は労力を使ったのかと思うと悲しくなってくる。

 これが俺の上司なのか。泣いてもいいかな?


 ただ、俺の怒りと悲しみはすぐ目の前の暁さんによって解消されたのだった。

 俺は真後ろに立っていたので表情を読み取ることはできなかったが、灯副司令官がすぐさまゲーム用のゴーグルを脱ぎ捨て直立不動の態勢へとなったことからそれはそれは恐ろしいお顔をなさっていたんだろう。

 暁さんの『副司令官、ご無礼は重々承知しております。後ほどお叱りは受けますので、少し席を外して頂けますでしょうか』という言葉に『君を叱る理由などないさ! ああ、そういえば雅に呼ばれてるんだった。君たちがこの部屋を出たら自動施錠オートロックを掛けておくからゆっくりしていってくれ』と言ってそそくさと司令室を出て行った。


 数える程しか会ってないけどこの人こんな話し方だっけ? と首を捻ってしまったが、それだけ暁さんの顔が怖かったんだろう。後ろで声だけ聞いている分には穏やかだったが。


 それからのことは筆舌には尽くしがたい。

 最早魔法など関係なく、肉弾戦(ただし一方的)。圧巻の攻撃だった。

 暁さんのスペックは知らないが、経理課で埋まらせておくには勿体ない素晴らしい体術を披露してくれた。

 コツコツとあくまでゆっくり夏芽さんへ近付き、手が届くところまで歩み寄り『夏芽さん』と一言発し、そして―――渾身の右ストレート。次いで左ミドルキック。吹き飛ぶゴーグル、砕け散るロケットランチャー・・・重力に沿って倒れ込む直前に腹部にめり込む右ローキック。

 親の仇の如く繰り出される顔面への容赦ない平手打ちの速さは音速を超えていた。

 夏芽さんは呻き声すら出せなかったようだ。息ができていたかも分からない。それほど暁さんのスナップは早かった。

 

 どれくらい経っただろうか。1分かもしれないし、10分かもしれない、圧倒的勝利を収めた暁さんは最後に夏芽さんの胸倉を掴んで頭突きをかますと片手で放り投げた。

 シャランと暁さんの眼鏡チェーンが司令室に響き、これで全課を巻き込んだ夏芽さん捕獲作戦は終わりを告げたのだった。

 

 ようやく気が済んだらしい暁さんが、どこか晴れ晴れとした笑顔で放り投げられたまま転がる夏芽さん(だったもの)をどこからともなく取り出した荒縄でこれでもか! というほどきつく縛り上げ、引き摺って来た。

 お疲れ様でした。きみのお陰でこの馬鹿を捕まえることができました、と労いの言葉を頂いたところで終業時刻を告げる18時のベルが鳴った。


 俺の4月22日はこうして終わったのだった。




 後日談として残しておこう。

 その日の夜中、俺の部屋を訪れた夏芽さんは目視できる範囲全てを包帯でぐるぐる巻きになっていた。見目麗しい分、痛々しさ3割増しだったが当然ながら同情の余地なしとの判断を下していた俺は特に触れることなく部屋へ招き入れた。

 ツッコミどころは多々あるも、一部下たる自分が苦言を呈するのもどうかと差し障りの無い話題を振った。

「今まで押印処理してたんですか?」

「んー、まぁね。何とか終わって提出してきたよ」

 にこっと笑って紅茶を啜る。

 カナさんやクゥさんほど上手には淹れれないが、お疲れだろうと蜂蜜を垂らした少し甘めのミルクティーはお口に合ったようで、ほぅっと息を吐いたのを確認して俺も胸を撫で下ろす。

「聞いてもいいです?」

「うん?」

「そんなに決裁書類確認するの嫌なんですか?」

 純粋な疑問に一瞬ぽかんと口を開けた夏芽さんは、意味を理解すると違う違うと首を振った。

「あはは! 確かに処理をするのは大変だけどね。仕事が嫌で逃げてる訳じゃないんだ」

 目尻に涙を浮かべて、まぁ傍から見てたらそう思うよね。と頷いた。

「もっと単純なことだよ」

「単純な、こと」

「そう。昔から・・・子供の頃から僕が隠れると、誰も見つけられなくて諦めてしまっても、最後には必ず暁が見つけてくれるんだ。それが堪らなく好きなだけ」


 ―――唯の一度も諦めなかったのは暁だけなんだ。


 くすくすと口元を押さえて目を伏せる夏芽さんは、包帯でぐるぐる巻きにされても見惚れるほど美しい。

 たったそれだけの為に毎月付き合わされる暁さんは本当に気の毒で仕方がないが、可哀想だから止めてやれとは言えなかった。


(そんな顔で言われたら何も言えなくなるじゃないか・・・)


 心底嬉しそうに微笑む夏芽さんはまるで子供のようで、とても幸せそうだったから。

TO:カノ

あー、そういやあったなー

もう年中行事っつーか何年も毎月やってるから麻痺してたけど、オレは面白いから好きだぜ。

ボスは暁のこと昔から兄貴みたいに思ってるからな。暁はON・OFFの線引きハッキリしてるからああでもしないと構ってもらえないっつーか、な。

暁も立場さえなけりゃもっと優しくしてやるんだろうけど。

とにかくあれだ。これからはお前も構ってやってくれよ。ふざけたところしか見えてないだろうが、あの人あれでも重責を担ってるんだ。


また続き送ってくれ。

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