今日という日を記しておこう
入局して1ヶ月。
まだ仕事らしい仕事もなく、暇を持て余したカノが密かにしていたこととは―――?
国家保安局レベルE所属特別戦闘部隊Last Notice内特殊異能課・・・
無駄に長い名前に言う方も聞く方もうんざりしてしまう、そんな俺が所属するこの―――大胆に略して特能課は、この春出来たばかりの新規部課だ。
メンバーは、新人の俺を含めた5人。
スイーツ作りの達人カナさん。
見たことないけど手品が得意クゥさん。
小さな体で大食漢美少女ローズさん。
そして超絶残念美青年・・・もとい謎の人物夏芽さん。
俺達の仕事はこの国に未だ眠っているであろう異能者、簡単に言えば魔法師になれる素質がある者達のスカウトと育成だ。とは言うものの、契約によって国家保安局の外へ自由に出入りできない関係から今のところこれといって実績はなく、立ち上げ早々手詰まり感が否めない。
かろうじてカウントできるのは技術開発部から知らない間に引き抜かれていた俺くらいだろう。
外出許可については現在夏芽さんが上層部と交渉しているそうなので、その内特能課として始動できるようになるのだろうが、保安局本部との交渉が難航しているようで俺が入局して早1ヶ月近くこれといった仕事もなく、日がな一日資料整理やら他課の手伝いなどをして過ごしている。
他の4人はそれまでの所属していた課での引き継ぎや、異動に伴う手続きなどで日中席を外すことが多い。夏芽さんに至っては何と全課取り纏めも兼ねているらしくそこそこ忙しいので暇を持て余す時間はないらしい。
―――ハッキリ言おう。
俺は給料泥棒だ。国家機関に所属している以上、俺の給料は国民の血税を頂いている訳で・・・
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「おいカノ。お前日報に変なモン書くなよ」
「あ、見ましたね。俺の日記」
「日記かよ」
余りにも暇すぎてすることがなかったので日報フォーマットのコピーに日記を認めていたら、ちょうど後ろを通りがかったカナさんに見つかった。
朝から前の所属課である武具装飾課へ行っていたカナさんは、菓子パン片手に遅い昼食を取りに戻ってきたようだ。多分俺が一人だから気を遣ってくれたんだと思う。
この後も引き続き武具課へ行くようで、自席に座らず俺の隣・・・ローズさんの席に座った。
「で、日記? 書いてんのか」
「道楽です」
「ジジイか」
ぶはっと吹き出しながらノートPCを覗き込むカナさんは、カチカチとマウスを動かしながら過去数日分の日記を遡ったところで肩を震わせ始めた。そんな酷い内容ではないはずなんだけどな。そう思いながら目尻に涙まで浮かべるカナさんを眺めていると、突然ひぐっと変な音を上げた。
「え? なんです今の?」
思わずびくっと椅子ごと後退る。
「なん、ですっ、じゃねー・・・ぶっ! おまっ、これ」
さっきの変な音は、どうやら菓子パンを喉に詰まらせた音らしい。
慌てて紙パックのオレンジジュースで流し込んで息を吹き返したものの、若干苦しそうに且つ何故か爆笑していた。デスクをばんばん叩きながらお腹を抱えている。
「誤字脱字ありました?」
「違ぇよ!!」
「毎日欠かさず書いてます」
「いやそうじゃねーよ」
ばしんっと真顔で裏手ツッコミをかまされる。
一応与えられた仕事は全て終えているし、居眠りをするよりマシだと思ったのだが流石に勤務時間中に日記を書いていたのはまずかっただろうか?
「多分お前が考えてる事とは違う」
「?」
じゃあ何なんですか? と口には出さず視線を送る。
するとカナさんは気付いてないのかよ!? みたいな視線を返してきた。
「お前自分で書いた日記読み返してるか?」
「いえ、とりとめのないその日の出来事を書いてるだけですし、改めて見返すことはないですね」
「だろうなぁ」
じゃなきゃ気付くぜ普通。と言ってる内にまた思い出したのか、口元がひくひくし始めた。
「何です? 俺、そんな変なこと書いてました?」
「ふっ・・・カノが、思う・・・無意識の日常っ、が・・・悪ぃ、ちょっ、待て」
「ええ、ああ・・・まぁ大丈夫です」
「ぶぶっ! くるし、もうお前何なの? オレを笑い死にさせたいわけ?」
「そんなつもりは毛頭ありませんけど」
「ぐっ! はぁ・・・はぁ、あー、死ぬかと思った」
「何かすみません」
結局一度は引っ込んだ涙は時間差で溢れてしまったようだ。ごしごしと上着の裾で顔を拭くカナさんはまだ少し爆笑の余韻を引きずっているようで、不規則に体を震わせている。何だか悪いことをした気分だ。だけど俺としては本当にただの戯れで、その日あった出来事を書いているだけなのだ。
「で、結局カナさんの爆笑ポイントはどこだったんです?」
「お前は気付いてないみたいだけどさ、この日記の9割はボスをディスってるぜ」
告げられた言葉は、予想していなかったものだった。
ディスってる。
つまり俺の日記の殆どは夏芽さんの悪口ってことだ。
「そんなつもりは、ないんですけど」
「いやまぁ書いてることは全部事実なんだけどな」
悪いと言ってる訳じゃないと首を振る。
ただ、カナさん曰く、淡々と綴られている文章がさり気なくすべて夏芽さんのダメっぷりを余すところなく書いているのだそうだ。こうじわじわとくるらしい。
別段文才はないと思うが、素っ気ない文章が余計に夏芽さんのダメっぷりを際立たせているという。
「コレ、暁あたりに見せたら喜ぶんじゃね?」
「むしろ怒りそうです」
「逆にボスが怒られるか。課が違っても顔合わせる度に説教されてるもんなぁ」
遠い目をするカナさんは、きっと夏芽さんと暁さんの日常を思い浮かべているのだろう。しみじみとそう漏らした。僅か1ヶ月の付き合いしかない俺でもありありと想像できるのだから、俺の日記がどうこういう問題ではない気がする。日記の内容じゃなくて、夏芽さんの素行の問題だ。
「俺はあくまでその日あったことを何となく書いてるだけですから」
「まー、ボスはお前のこと大好きだからな。必然的にネタは多いよな」
「それもありますね。あの人、忙しい割に日課のように俺に構ってきますから」
「たまにはお前から構ってやってくれよ。ボスが拗ねたら面倒だからな・・・っと、やべ! そろそろ戻らねーと」
「あ、結構時間経ってましたね」
PCの時計を確認すると15時を回ったところだった。
カナさんが来たのは確か2時過ぎだったような気がする。かれこれ1時間近く俺の日記で盛り上がってしまっていた。まさかの展開だったが、俺としては暇を持て余していた分良い時間を過ごせた。あとで今日の日記に追加しておこう。
「じゃ、武具課戻るわ。もうすぐしたらクゥが帰ってくるはずだし、もうちっと我慢な」
ぽんぽんと頭を撫でられる。子ども扱いされているようで微妙な感じだが、気にかけてくれていることは素直に嬉しいと思ったのでされるがまま頷いた。
「はい」
「良い子だ」
にかっと笑い、食べ終わった菓子パンの袋とオレンジジュースの空箱をゴミ箱に放り投げる。そのまま自動ドアへと駆けていく後ろ姿を眺めていたら不意に何かを思い出したかのようにカナさんが立ち止まった。忘れ物か? と首を傾げる。
「カノ」
「はい?」
振り返ったカナさんはそれはもう良い笑顔で一言。
「あの日記、後でオレのプライベートメッセージに送ってくれな」
どうやら続きが、というより過去履歴が気になるようです。