封じられた記憶
「ただいまー!」
「お邪魔します。」
私はレイの案内のおかげで無事にレイの家にたどり着くことができた。そして迎えてくれたのはミルだった。
「お、さすがは私の娘。無事にここまで来たわね。」
「私はあなたの娘じゃない。ミルが悪いんでしょ。」
今回ばかりは言い返す。いつもならば、これよりはましだったのに...。
「でもレイ君がいたから放置でいいかな~って思ってね。まあまあ、許せ娘よ。」
笑いながら私の頭を少し乱暴に撫でる。心地よくないことはなかった。不本意だけど。
「それはその辺に投げておいてだ。」
何かを投げる動作をしながら話を続けるミル。
「ポレットがケーキを焼いてくれたのよ、私一人で食べちゃ太るから、二人とも食べてくれない?」
「お母さんがケーキを?フーラせっかくだし、食べていきなよ、美味しいよ?」
私は別に甘いものが嫌いではなかったので、この話に飛びつくことにした。
「うん、ありがと。」
*
「いらっしゃい、フーラちゃん、ミルから話は聞いているわ。災難だったわね...。」
これが常人の反応だと思う。やっぱりおかしいのはミルに違いない。
「あ、はい。」
「レイもお帰り、二人ともケーキを食べる前に手を洗っておいで。」
ポレットさんはホールのケーキに果物を食べやすい大きさに切ったものを飾るようにして並べていた。
「分かった~。」
早くケーキが食べたいのか小走りでリビングを出たレイ。どこで手を洗っていいかわからない私はとにかくレイを追いかけることにした。
そして、手を洗ってリビングへと戻るとテーブルには皿が三枚並べられていて、そこにはホールのケーキを六分の一に切られたものがあった。
「わあ!」
私は歓声をあげた。ミルはお金はかなり持っているようだけど、無駄なことにはお金を使いたくないらしく、食事はそれなりではあるが、こういった必要性はない間食等に絶対にお金は使うことはない。
だから、ケーキを食べるのは私にとっては初めてで、無邪気に喜ぶ私を微笑ましく見ていたレイにとってはこれも一つの記憶のピースのはずだった。
*
「ねえポレット、私んとこのフーラとあんたの息子のレイ、どっちが強いか知りたくない?」
「私は興味ないわね。それに今は...。」
「ええ、やろうよ~。」
私とレイはミルに外へと連れていかれた。
「えっと、ミルさん何かするんですか?」
「また何か企んでるの?」
何のために連れ出されたかは知らない私たちは何故かを問うた。
「力比べってやつ?模擬戦よ模擬戦。」
「なにそれ!面白そう!」
「食後はやだ。」
レイは乗り気だったけど、食後の運動は横腹が痛くなるから私はあまり乗り気ではなかった。
「拒否権なし☆」
にっこりとしながら述べるミル。私はいろいろと諦めた。だけど、今思い返してみると諦めなければよかったと強く思う。結果論でしかないのはわかっているけれど。
ミルは魔法である程度しっかりした地面を作り出した。
「一応場は整えておくわね。基本的にこの中でよろしくね、観にくいから。」
自分の都合を当たり前のことのように押し付けられた。今更気にしてはなかったけれど。
「ポレットさんは?」
こんな話を独断でやるにしても、私たちならともかくポレットさんになら一声かけているんじゃないかと思った私はミルに疑問をぶつけた。
「え!?あ~洗い物してるって。」
「嘘ですね。」
相変わらず誤魔化すのが下手な人だ。
「うぐっ、い、家の中にいるのは確かだから!うん!」
「家以外のどこにいる可能性があるんですか?そんなこと分かっているんです。ポレットさんからこの話に ついての了承はもらっているんですかという話です!」
一度崩れたミルは追い込み漁のように逃がしてはならない。一生に暮らすうちによく知った。めったなことにお金は使わないのに、怪しい宣伝で結局ゴミになるものを買ってくるので、こういう弱みは握っておくべきとよく知った。
「ちょっと、疲れてるみたいだからお昼寝させたの!」
お昼寝させた...。魔法か何かで眠らせたのかな。そう思った私は追撃を試みる。
「魔法で?」
「うん!...。じゃなくて!ちょっと子守歌歌っただけ!」
「立派な魔法じゃないですか、あなたの子守歌は!」
「まあ、まあ、いいじゃない。フーラもこの話に興味がないわけじゃないでしょう?」
「...。それは...。」
ない、とはきっぱりと言えなかった。
「はい!決まりね、二人とも位置について~。あと、得物は当たってもいいようにちょっとカバーかけさせ てもらうからね~。」
私とレイが20フラットほど距離をとると、ミルは私にも見たことのない詠唱を唱え、私の細剣が薄い膜に覆われたのを感じた。
「一応、身代わり人形は持っているんだけど、念のためね☆」
この辺りは流石というか抜かりないというか...。これで、こんな性格じゃなかったらなとつくづく思う。
身代わり人形は自身の魔力を線のようにつないでリンクさせることで、外傷などを代わりに受けてもらうものだ、痛みも軽減される。これ五つで王都の郊外の家が買えるくらいには高価なのに...。
「じゃあ、二人とも準備はできた?」
「はい!いつでも大丈夫です!」
「できた。」
私は細剣を構えて、レイを見据える。レイも腰を落として、帯刀している刀に手をかけた。
「始めっ!」
「りゃあ!」
レイがかなりの速度で地を駆ける。おそらくまだ1秒もたっていないのに、もうレイは目の前で刀を抜こうとしている。迎撃は難しいと判断した私は魔力を惜しまず無詠唱で[バーン]を発動し、細剣と刀を交差させるように構える。
振られた刀は私の細剣にぶつかり、爆ぜた。
「えっ!?」
爆発が大きすぎるとこちらも反撃しにくいので、相手を驚かせる程度にしてあるが、爆発の衝撃をまともにくらった刀と共にレイはのけぞった。
「そこっ!魔法剣[ソニック]!」
「結界[防壁]!」
レイはこちらに手をかざすと、半透明の大きな薄い壁を一枚作り出した。私の細剣はそこにぶつかったけど貫通はせず、軽くはじかれるだけに至った。
その隙を縫うように反撃の袈裟斬りをすぐさま行うレイ。私はそれを身を引いて躱し、細剣の突きのリーチを生かして、手首を狙って執拗に攻撃する。
しかし、またもや半透明の壁に阻まれ、貫通もできないため、中々攻められなかった。レイは私と距離を取り、納刀する。その行為に私が疑問を持ったのもつかの間、先ほどよりも速く斬りかかってきた。
「居合[一閃]!」
反射的に細剣で守ろうとするけれど、手が浅く切られ、痛みが走った。
お返しとばかりに最近習得した派生形の一つをお披露目する。
「魔法剣[ストーム]!」
さっきのレイと同じぐらいの速度で繰りだされる細剣。これもまた半透明な壁が行く手を阻んだけど、今度は貫通した。
「いっ!」
痛みに軽く体をよじったレイ。ここぞとばかりに私は追撃をする。だけど、もう一度張られた壁を突破できず、一度距離をとった。
「ははっ。」
「ふふっ。」
二人は笑う。自分よりも強すぎず、弱すぎなく、互いに全力を出し合える相手に出会いに喜んで。
二人は駆ける。自らを、相手を、高めるために。
二人は斬る。自らの全力を出し切るために、相手の全力を知るために。
そして、感謝する。この邂逅に。
レイの袈裟斬りを私は躱す。すかさず飛んできた返す刀をよけきれず、腕に痛みが走る。
私の高速の突きがレイが張った壁を貫通して、肩に当たる。レイは軽く眉を顰めるがそれだけだった。
「はあ!」
少なくない痛みなのに、速度はまったく落ちない。だけど、隠してきたこの技が光る。
「魔法剣[スクリュー]!」
水流をまとう細剣、刀は剣に比べて軽い、大差は無くとも水流で軽く押すことは容易い。
太ももへと差し込まれた一撃はこの模擬戦での初めての直撃だった。
「っ!」
顔をゆがめるレイ。それと同時に、得体のしれない力がレイを覆った。
「grrrrr、あああああ!」
急に起こった激しい爆発。
「きゃあああ!」
私は大きく吹き飛ばされた。いつの間にか雪が積もっている場所にまで吹き飛ばされ、痛む体に鞭を打ちながら立ち上がった。
そして、追いかけてきたレイの頭には2本の角が生えていた。
*
その後起きた出来事は私もよくは知らない。
ただわかっているのは、興奮状態の鬼人化したレイを元に戻すためには、興奮する元となった私ともっと戦いたいという欲とその記憶を消すことだった。記憶の改変は大きな負担を伴うため、一回で終わらせるためにその日の記憶をすべて消すことで解決した。私自身もショックを受けてか、その時の話を忘れようとしていた。否、わざと忘れた。ポレットさんに頼んでまで。だけど、記憶というのは案外、雑草のように簡単には消えるものではなく、私はレイに抱き留められたあの日、すべてを思い出していた。