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006   わたしの行き場



 胃液は苦い。

 喉の粘膜を焼いて、呼吸のたびにひりひりする。

 取りあえず渡された安定剤(あまり意味がなさそうだが)を流し込んで、落ち着く場所を探し、狭い艦内を歩いた。

(知らない人ばっかりで……みんな青筋立ててるから、嫌だな)

 そう思ってしまうのは、生来の性格ゆえと甘えが出ているせいだ。

 膨大な技術と知識を詰め込むのに精一杯なのか、パイロット養成の課程には、軍隊色が薄い。死ぬほど下品で粗野な言葉を浴びせられたわけでもなく、体力の限界を超えるような厳しい訓練もあまり無かった。

 温室のような育て方をしている一方で、生体テストには何かを含んでいただろうが……。

 現実感の無さは、シャトレイサに平和ボケしたセリフを言わせてしまっているものの、体は正直な反応を示す。

 ストレスである。

 それが異常な緊張感を生み出し、コントローラの信号パルスと相まった結果が胃にストレスをもたらしている、とも言える。

「肩も凝ってるし…」

 艦後部デッキの展望室に、落ち着いた。

 アフリカの太陽は痛い。

 強烈な紫外線で眼や肌を傷めないように、ガラスに薄いスクリーンを張っている。

 ともすれば普段着よりも着心地のいいパイロット・スーツは着替えず、上半身だけ脱いでTシャツ姿のままベンチに腰掛けた。

「………宇宙は、平和なのかなぁ…」

 見上げた蒼い空に、上弦の月が白い姿を浮かばせている。

 あの衛星では、急ピッチで人が住む都市を建造しているという。都市、といっても一般人が住むにはまだまだ遠い先の話だが――ルナ・ベースと言う名で地上とは遣り取りされている。

 未知の世界で「平和」もどうかと思うが、憧れは妄想を抱かせるというものだ。

「この“静かな激戦地”で、よくもそんな事が言えるよな」

 頭の上からシャトレイサの平和が破られた。

 体を硬くして、最大の防御体制をとる。

「なあ? まただって? お前、そのうちに胃液でヴォロスを溶かしてしまうんじゃないのか?」

 苦手なジョールだった。

「………………」

「まだ大した戦果も上げてないし、軍人って自覚ないんだな。甘えるなよ。お前のせいで死にたくはないし、誰もお前にだけ構ってやってる暇なんてない」

 性格の善し悪しは別として、彼は正しい。だからシャトレイサは反論の余地が無い。

「なに勉強してきたんだ。第五世代フィフスって使えない奴の代名詞になってんじゃないか。レジーヌも艦長も我慢してるの判らないんじゃ、お前、帰れよ」


 家に―――。

 無表情で、ジョールの毒針を含んだ説教に耐えていたが、さすがに乾いた口腔内から唾を飲み込んだ。

 “家には――…家には帰るわけにはいかない………帰っても……帰れない……”

 抗ってはみたが、声にはできなかった。


「だんまりか? ……泣かないだけ増しだって誰も言わないさ。軍人は上官に報告する義務がある。その報告もできないだろう」

 シャトレイサいじめでストレスでも解消したのか、ジョールは人を傷つけるだけ傷つけて、展望室を去った。

 途端にハァーっと長い息を吐き、硬直を解く。

 味方はいないのだ。

 初めて社会に出た若者は、こんな体験を通して人生を選択していくのだろう。

(自信が無いのは、誰でも同じ……人間は、一人……期待は、裏切りによる絶望……甘えは、自分の――――)

 刺さったジョールの棘を抜きながら、自分に言い聞かせる。

「誰も教えてくれないじゃない……方法を聞きたくても、聞き方も判らないのに……」

 他人との意思疎通に必要な、人に通じる言葉の学習が優先されるべきだった。

(こわい……)

 急に恐怖感がこみ上げてきて、体中が強張ってきた。

(どうしたら、思ってることを口にできるんだろう―――)



「身体能力は申し分ないし、こう…運動神経がしなやかで反応が早いんです。ですから早期投入してみたのですが………うーん……テスト・パイロットですから、いまなら部隊から外すことはできます。除隊ではありませんけどね」

 ネルが決定的に言ってしまった。


「ウォクトワイスの研究所に一時、入所させた方が良いようですし……予定のうちです。戦力の減退にはなりませんね?」

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